17 神璽④
回想編。
麻薬表現が出てきます、不快に思われる方がいましたら無視するのも手です。
夢を見ていた。
奴と、成田が苛められている所を助けて、友達になった日々の事。
とても楽しかった毎日の事。そして、裏切られた日。
「なぁ、秀樹。今日はあっちの遊具で遊ぼうぜ!」
「うん、じゃあ一番早く雲梯が出来た方が隠れんぼの鬼でいいかな?」
「お、やってやろうじゃん」
「神璽なら乗ってくれると思ったよ」
そう、あれは小学三年生の夏の事だった。
夏休みを目前に控えた俺達は、一年の時からの親友同士で放課後によく遊んでいた。二年の時は別のクラスになったが、それ以外は同じクラスで、一番仲の良い友達だった。
秀樹と俺は、体格も同じで運動能力にも大した差が無かった。ただ、秀樹は優しすぎたんだ。俺みたいに、来る者拒まずの喧嘩出血大サービスなんて天がひっくり返ってもやらなかったし、そういう連中に逆らう事なんてもっての外だった。
だからなのかもしれない。雲梯を俺の負けで終えて、隠れんぼに移行した時だった。
十を数えて、探しに行くが何処にもいない。秀樹は隠れるのが得意だから、そこまで異変を感じなかった。異変を感じたのは、一時間経っても見つからなかった時だった。
空は既に夕焼け色に染まっていて、互いの門限が差し迫っている時間だった。
六時のベルが鳴る。それでも、見つからない。俺は焦りながらも大声を上げて秀樹を呼んだ。必死で走って、もう帰るぞ!と叫んだ。だが、聞こえてくるのは風で木の葉が擦れる音と、数人の笑い声。
笑い声?
俺は周囲に注意しながら、笑い声の聞こえる方へ歩を進める。そこは、大きな戦没慰霊碑のある基礎として鎮座する大岩の上だった。
数人の黒い制服を着た男女と、一人の小柄な少年が気が狂いそうなほどに笑ったり、泣いたり、変な事をしていたりしていた。
その黒い服は、高校のブレザーだった。見たことのある、近所の高校で着ている制服。俺もそのうちこれを着るんだと思っていた濃紺色の制服。
その男女の集団と一緒に、秀樹は爆笑していた。
「ぎゃはははは」と、普段の秀樹らしからぬ笑い方をする姿を見て、俺の背中に怖気が走った。
あれは誰だ?
アレは俺の知っている秀樹じゃない。
秀樹はあんな笑い方をしない。あははは、と笑うんだ。
アレハ誰だ。
「おい秀樹!」
俺が叫んでも、反応を示さない。何度も何度も叫んで、走って近寄って、ようやく十メートルくらいの距離に来た時、秀樹は反応した。
「あれ、誰かと思ったら神璽じゃん」
「あ、ああ。俺だ、神璽だ。早く帰ろう、もうすぐ門限過ぎるぞ!」
「門限?門限って言った?ぎゃはははははっ!」
「なんだよ、お前のかーちゃん怖いんだろ?早く帰らねーと怒られるぞ!」
「誰が帰るかよ、あんなクソババアの居る家なんて!!」
手元にあった、何かを投げつけてくる。それは注射器だった。カンッコンッカロカロ、と音を立てて転がっていくところを見るに、プラスチック製なのだろう。しかしそれは、この場所には酷く不釣り合いである。
その当時の俺に麻薬の知識なんてある訳がないから、何の注射をしたのか、それに何の意味があるのか、さっぱり解らなかった。解らなかったからこそ、恐怖を感じた。
注射器のせいで、秀樹がおかしくなった。幼いながらも、それだけは理解できた。
「秀樹、今、助けてやるからな!!」
「うぜぇ」
「へ?」
とても低い声で、秀樹が呟く。周囲は俺と秀樹のやり取りを嗤いながら見ている。長くここにいると俺まで気が狂ってしまいそうだ。きっと今の声も、そのせいだろう。そう思いたかった。
「だいたいさぁ、一回苛めから助けたくらいで、何上から目線で見てんの?運動だって勉強だって僕と大して変わらないじゃん。そんな奴が助けるとか、ヒーロー気取るのもいい加減にしろよカス!」
ゴクリ、と息を呑む。どうしたのだろう、秀樹はどうしてこうなったのだろう。きっと周りの高校生が悪いんだ。こいつらが変な事を言ったんだ。
「おいお前ら!秀樹に何をした、秀樹を元に戻せよ!」
「おいおい、頭の足らないしんじだなあ、ぎゃははっ!僕はぁ、みんなのお蔭でこんなに楽しいんだよ?門限なんて関係ないし、色々と気持ちいい事もしてもらえるんだ」
「何だよ、秀樹。お前、何言って」
「だからさぁ、お前邪魔なんだよ。神璽なんて、もう友達でもなんでもねーよ。俺の事なんか一つも理解してくれねーくせに、親友とかバカじゃねーの!?」
ああ、そうだ。
この時、俺がここの遊具で遊ぼうなんて言ったから、成田はこの高校生と関係を持った。
後で判明したけど、大麻の亜種の様な麻薬や、コカイン、ヘロイン、様々な薬物を楽しむドラッグパーティーだったらしい。詳しくは教えてくれなかったが、成田のお母さんがウチに乗り込んできて散々と文句を言われた挙句、平手打ちを何発も貰ったから覚えている。
数週間後に保護された成田は、多種多様な薬にどっぷり浸かっており、脳に多大なダメージを受けたらしい。
その後は、今と大して変わらない。入院からリハビリを受けて、退院して暫くは同じ学校に通っていた。その間、俺は成田の“復讐”の標的にされ続けた。
けれど、それは突然訪れた。成田が俺に謝罪したのだ。あの頃の様な、純粋な瞳で、泣いて謝って来たのだ。俺は解放されたと安堵した。この連鎖から抜け出せたと、心底安心した。
それが中学一年の冬。
今まで離されていた俺達二人は、普段の様子を見てもう大丈夫だろう、三輪神璽が支えになって行けるだろうと判断された。俺は久しぶりの親友とのクラスメイト生活に、心を躍らせていた。
まさか、それが奴の策略だとも思わずに。
それからの“復讐”は、人気の居ない場所、解りにくい部位を狙って行われた。奴に殴られ、侮辱され、嗤われ、奪われ、何度も涙を堪えた。
まるで誰かから教えて貰った事をなぞるかの様に、計画的に、ばれない様に行動する成田。
誰に教わったなんて、解り切った事だった。あの時の高校生共と、成田は最近関係を持ち始めていた。それくらいなら風の噂で俺の耳にも届く。その高校生共が、とっくに裏の世界に身を沈めていた事も良く知っていた。
俺は辛くて、辛くて、それでもこれは受けるべき罰なんだと、成田母の言葉を心に刻んで生きて来た。
けど、これはない。
俺は自分が犯されると聞いて、心の底から恐怖した。こいつのモノが入ってくると理解しただけでまた吐きそうだった。きっと、俺はどこかで自分が女であることを認めているのだろう。男だって犯されるのは嫌だ。けれど、それとは違った、本能的な恐怖が俺を襲ったのだ。
この体になった時、酷く無力になったものだと嘆いた。
力はゲームでも無きに等しく、少しだけ素早さに振っているからステータスもバランス型になり始めている。それでも、ゲームでは魔術があったから強くあれた。
それが心の余裕となって、俺を支えてくれた。
けど、現実にそんなものは存在しない。
成田が犯すというなら、犯される筈だった。何の力も無ければ、そうなる筈だった。
けど、違った。ゲームで覚えた魔術を使って、俺は成田から逃げられた。どんな理屈かわからないけど、使えてしまった。九割方諦めていたのに、魔術が発動して、俺は助かってしまった。
良かったのだろうか、そう思う。
俺は、助かって良かったのだろうか。
この体になったのも、罰の一環だったんじゃないか。
ぐるぐると、思考は緩まず周り、俺を責めたてる。
“俺”か。もし、これが罰だと言うなら、俺は女になるべきなのだろう。
女らしく、あるべきなのだろう。
と、まぁそんな過去があったわけです。
この罪悪感に付け込まれて、神璽は成田家から息子の餌扱いにされているのですね。
成田側の話はもっと先で語るつもりです。
実は作者の実体験をオーバーに書き綴ってみました。
豹変した親友、マジトラウマ。