14 神璽①
久々の一万字オーバー……しかし大して話が進まない……。
評価を入れてくれた方、ブックマークをしてくれた方、ありがとうございます!
偶にでいいのでコメントとか頂けるとうれしいです。(/ω・\)チラッ
交換留学生の名前を間違えていたので修正。ジェーン⇒ジェニー
まるでプールの底から、ビート版を持って浮上していくような感覚が襲う。
次第に重力を体に感じ、今までの浮遊感が嘘のように消えていく。これが、次世代型VRマシン“リンクス・ゲートZZ”のログアウト感覚だ。
従来のリンクス・ゲートでは、ユーザーからログアウト酔いの苦情が多数寄せられていたが、この進化版では酩酊感を極限まで軽減し、不快感をある程度解消したマシンである。ハイエンド版がZZ、ローエンド版はZである。
だが、やはりゲーム内での超人的な動作が可能なアバター性能と比べると、地球の重力のなんと重い事か。重力に繋がれた感覚とは恐ろしい。
「ふあぁ……ねみぃ……」
そんな事よりも、この眠気をどうするか。ゲーム内で夜間は眠っていたとはいえ三時間も寝ていない気がする。まぁ、夜通し走ったりもしたからなぁ。昨日の夜から深夜零時まで眠れた事を幸いと思うべきか。
俺はこの一週間で慣れた体を操り、布団を跳ね除けベッドから立ち退き、クローゼットの中にある制服を取ろうと奮闘する。シャツは昨日のうちに洗濯から乾燥、アイロンがけまで終えてある。これは寮に入る前に母さんから叩き込まれた事で、普段からこんなに家事をしている訳じゃない。一応シャツは数枚あるし、ストックも数枚分あるのだが今日から暫く夏休みなので、無理に新品を出すまでも無いと思ったのだ。
備え付けの洗濯場は、やはり野郎の巣窟と化している上に乾燥機なんて豪華な物は無い。何故か女子寮には完備してあるとか、建物が新しいとか、色々と姉貴が自慢してくるが別に羨ましくは無い。近場にコインランドリーがあるからだ。だから別に悔しくも無い。ケッ。
というわけで、しっかりとアイロンをかけられたパリッとしたカッターシャツを羽織る。余る。うん?サイズが大きかったのか?しかし俺の体のサイズは標準からやや大きい程度の筈。普通にLサイズで余裕の筈だが……?
丁度肘のあたりでブラブラしているカッターシャツを見て考える。もしや他人のシャツを間違えて持ってきてしまったのか?いやいや、だとしても昨日の俺が気付かないとかどれだけ間抜けなんだよ。
取り敢えず、詰襟なら問題なく着られるだろうと思い、届かない手を必死に伸ばして何とか詰襟をハンガーから外す。そして着用。余る。というか着られない。なんというか、こう……サイズがおかしい。もしかして部屋を間違えたのでは?と若干焦りながら部屋をキョロキョロと見渡す。
掃除の行き届いた床、愛読の漫画本にラノベの数々、整理されアイウエオ順に並べられたエロ本とAV、畳ベッドと布団、俺の携帯。間違いない、俺の部屋だ。そして最近姉貴が入ったことが白日となった。ちくしょう、また俺のお宝を持っていきやがったな!?日に日に減っていく巨乳お姉さんのお宝を思い出し、ほろりと涙を流す。そして増えるロリ本。姉貴は俺をそのうち訴えるつもりなのだろうか……。なお、そのロリアイテムは裏ルートでロリコン男子の手に渡っている。
そうだ落ち着こう、こう考えるんだ。別に服が大きくったっていいさ、と。
いやよくない。どうしよう、今日終業式だからサボっても大丈夫だよな?いや、こんな事でサボるくらいなら馬面でも被って出席したほうがまだマシだ。
本気でどうしようか考えていると、ガンガンガン!と、ドアが激しい音を立てる。
こんな朝っぱら誰だよ、と思ってドアへと向かう。ドアスコープから覗こうにも背が届かないから確認も出来ない。本当にこの体は難儀な設定だな。
「おいコラ三輪ァッ!!昨日テメェのせいで死に戻りしただろうが!今日昼からログインしろよテメー!!」
成田だった。というか、お前あの後死んだのかよ。俺とあと数人は治癒師居ただろうに。何してんだよ……と思ったが、俺も一人で行動したら即狼の群れに追われたんだった。意外とハードだな、あのゲーム。そしてデスペナはリアルタイムで一時間行動が遅くなり、死の呪いアイコンとして十時マークの付いた棺アイコンが右手の甲に現れる。まるっと一日役立たずになるのだ。
「起きてんだろコルァ!!…………チッ、先に教室に行ってる。ぜってー謝罪させてやるからな!そんで今日から夏休み全部使って俺の為に働かせてやる。覚悟しとけ」
そんな覚悟はしたくないなぁ。というか、地元に帰ってもコイツとは遭遇する可能性あるんだよな。嫌だなぁ、消え去ればいいのに。主にニ○ラムで。
取り敢えず、コイツと話したくは無いので無視する。幸い体重も軽いおかげで足音も聞こえない様だし。
最後にドアを一回蹴って、成田は去って行った。本当に面倒な奴に目を付けられてしまった。まぁ、それはどうでも良い。今は服をどうするかだ。むぅ……。
よし、寝よう。
どうせサイズの合う服が無いんだ。大は小を兼ねるというけど、大きすぎるとどうしようもないと学んだ。
そうだ、きっとこれ夢なんだ。だからサイズが合わないとか変な現象が起こるんだ。あのベッド暖かかったからな。柔らかかったし……むぅ……ぐぅ。
◆◇◆
やらかした。完全にやらかしてしまった。いくら眠いからと言って、あれだけ行動しておいて二度寝とか酷いものがある。
完全に覚醒した頭で考えれば、あの時は寝ぼけていたという事が丸解りだ。なんだ、俺はそんな寝ぼけ方をするほど眠かったのか。まったく……取り敢えず、もう十二時になってるが先生に連絡しておこう。設定はこうだ、気持ち悪くて起き上がれなかったけど、今なら平気。普段から真面目にしている俺だからこそ出来る芸当であって、成田あたりが真似をすると呼び出しを喰らう事になる。
やや大きい携帯を手に取り、担任教師の名前を検索するのもめんどいので音声アシスタント機能を活用して電話をかける。契約キャリアは『docode』という大手キャリアで、選んだ理由はアシスタント機能に好きなキャラがいたからである。機功魔法少女黒百合クラッシュハートに出てくる、敵役の魔法少女協会に籍を置く凛香ちゃんだ。
凛香ちゃんは人造人間で、協会が黒百合討伐に向けて作り出したキラーマシンなんだけど、黒百合との対話を経て人の心を理解するようになる。そして心は揺れ動き、協会に対する不信感もあって裏切る決意をする。けれど、その思考データをチェックしていた協会は、利用価値なしとして廃棄処分を決定する。送られた刺客はまだ生まれたばかりの後続ナンバー、つまり自分と同じ鋳型から生まれた人造人間だった……っ!っていう展開で、これからラストに向けて期待が持てる。
前回のブラックナイツ編は泣けたけど、今回はそれ以上に涙腺を刺激してきている。耐えられるだろうか。無印では鼻水が凄いくらい泣いた。
『もしもし、三輪か?今日お前サボっただろう。終業式だから単位に響かないとはいえ、こういう式にはちゃんと出なさい』
「あ、すいません先生。実は具合が悪くて……」
『……あー、ごめんね?僕は先生なんだけど、自分の生徒と間違えて電話を取ってしまったみたいで。それで、どちら様かな?』
はぁ?何を言ってんの、この人。そんなボケに構っている暇は無いので、俺は続けて要件を述べる。
「いえ、生徒の三輪神璽です。実は今日朝からなんだか気持ち悪くて、起き上がる事も出来なかったのでダウンしてました。すみません、行こうとは思って色々準備したんですけど、どうにも体調が優れず倒れてしまった様で」
『あ、あぁ、そう?』
「はい、ですので何か連絡事項があったら教えていただけますか?」
『あー、特には無い……いや、プリントは端末にメールで送ってあるから見ておきなさい。それと、何か悩みがあるなら聞くぞ。先生そう言うのには疎いが、これでも教師歴十年だ。少しでも助けになると思うし……。いや、ノリで習得した技術なら構わないんだが、もし何かあるなら相談してくれると嬉しい』
……?
「あの、俺そんなに変ですか?実は声ガラガラだったりします?」
『い、いや、どちらかと言うとアニメ声的な感じで先生はいいと思うぞ?主に女性声優っぽくて可愛いんじゃないかな?うん』
「耳鼻科行きます?」
『いや耳は悪くない、歳で少し遠いだけだ』
「あ、脳の……」
『その声でその台詞を言われると、心が痛むから止めてください。先生としての自信が砕け散ってしまうから』
「うーん……?何か違いますかね、特に違和感は無いんですが」
『…………あー、三輪。お前の姉の電話番号を教えなさい』
「その年で女子高生は犯罪じゃないかと思うんですよ。それと相手は選んだ方が良いです、アレは外面が良いだけの猫かぶりタイガーですから」
『違うそうじゃない。お前の保護者として付き添ってもらおうと思っただけだ』
保護者って何だよ、むしろ外から見たら俺が保護者だわ。いや、むしろ犯罪者か。強面の宿命とはいえ、哀しい。
「はぁ、分かりました080-****-****です。悪戯には使わないでくださいね。あと情報源が俺だとも言わないでください。殺されますんで、今度こそ全殺しなんで」
『君ら姉弟がどういう関係なのか大体解った気がするよ。それと、今からそちらに行くから、誰が来ても絶対にその声で応対しては駄目だ。今後の学園生活に関わる死活問題だからな』
「そこまで!?」
『それでは、少しだけ待っていなさい。すぐに行く』
それだけ言うと、ブツッと通話が終わった。おいおい、そんなに酷いのかよ。
なんだかんだで急遽個室訪問になってしまったが、仕方がないので準備をする。ローテーブルを出して座布団を一応三枚敷き、お茶菓子におやつのストックを出してティーカップを三つ取り出す。先生が一度来たときは紅茶で問題なかったから平気なはず。姉貴は甘ければいい、どうせ味が解らんのだ。
この学園付属の寮は狭いながら個室が与えられていて、キッチンは無いが洗顔と給湯用に簡易のシンクが設置されている。もし本格的にお菓子や料理が作りたい場合、食堂のお姉さま方に具申して許可を得るか、家庭科室を使う他ない。まぁ、そんなのは女子力53万を誇る去年の文化祭で三段変身を披露し会場を沸かせ、ミス雪乃華に輝いたなんとか先輩くらいだろう。ちなみに彼氏は居るそうです。
あらかた準備を終えると、俺はやや収まりの悪い携帯の電源を入れてギャルゲーにいそしむ。トノ○ケ作品は必ずチェックしている身として、水○が携帯で出来るのは斬新だった。いや、携帯ゲーム機の方では既にあるんだけどね?こう、ブックカバー的な意味合いでさ。
丁度わはールート確定した所でノックが聞こえた。ずれるTシャツを直しながら、ドアの前に行きノックを返す。これは深夜姉貴が侵入してきた際に、声でやり取りするとバレる可能性を考慮して生み出した暗号通信。
トトン、トン、トトトン。(訳:姉貴ですか?)
トン(YES)トトントン(開けろ)
ガチャ。
そこには苦虫を噛み潰した様な顔の姉貴と、埴輪の様な顔をした先生が立っていた。
「神璽……あんた」
「俺の生徒から犯罪者が……」
姉貴はともかく、先生から不穏な単語を聞き取りビクる。ちょいまち、誰が犯罪者だ。
「よくわからんが、取り敢えず入ってくれます?クラスの連中に見つかると面倒なんで」
主に昨日の寝落ちの件についてとか。
「あ、ああ。分かった?」
「そうね……もうそれどころじゃ無いものね……」
どうやら納得してくれたようで、早々に中に案内しドアを閉めて鍵をかける。これで良し。この寮の居心地はそれなりに良く、高校生で一人暮らしに近い生活が出来るとあって夏休みと言えど実家に帰る割合は少ない。案の定クラスメイトも大半が居残り、お盆にのみ帰省するタイプの様だ。もっと家族と触れ合えよ。
とはいえ、お盆の時期はほぼ空になるから居残り組としては非常に過ごしやすいそうだ。
俺は実家に帰省して、弟の直人と久々に遊びたいので明日の夜行バスで帰る予定だ。新幹線は高いけど、夜行バスなら三千円もあれば余裕で着ける。まぁ、そこから更に普通電車に揺られて一時間程度の町に実家がある訳だが。
「それで、どういう事なの神璽」
「え、何が?」
最初に話し始めたのは、ベッドに腰掛けた姉貴だった。おいこら座布団出してるだろ、なんでアンタはいつもそうやってベッドに座りたがりますか。座布団の綿増やすぞ。
先生は呆けた顔でぬぼーっと胡坐をかいて座っている。そういえばぬーぼぉってお菓子が昔あったそうだ。エアインチョコ最中だったらしいが、似た味の物が無いとネットで話題になっていた。カポリコーンが一番近いんだとか。
「何で神璽がニノに成っているのか、という事よ」
「お脳の病院に」
「行かないわよ。むしろ眼科に行きたいわよ、こんな状況」
「でも流石に弟としては現実とゲームをごっちゃにし始めた姉を野放しにしてはおけないのですよ、いっそ精神科に」
「アンタ姿見とか見てないの?」
姉貴がキョロキョロと部屋を見渡す。残念ながらそんなものは無い。いつも洗面台に備え付けの鏡で確認しているからな。余計な物は極力省いているのだ。狭いからね。
「無いみたいね……。はぁ、じゃあ私の手鏡貸してあげるから、それで自分を確認してみなさい」
「ああ、ありがとう」
俺は手渡された手鏡を使って自分の顔を見る。うん、いつも通りの顔じゃないか。ここ数日でやっと慣れてきたんだ、流石に違和感何てある訳が無い。
「この顔がどうかしたのか?」
「……何も感じないの?」
「?――だから、何の話を」
「これ、アンタの写真。見比べて見なさい」
いや、そもそも何で姉貴が俺の写真を持ってるんですか?携帯に映し出された、撮られた覚えの無い写真に写った俺の顔を見る。手鏡を見る、写真を見る、再び手鏡を見る。
ホワッツ!?
「あれ!?そーじゃん、ゲームじゃないんだからこんなにちっさい訳が無い!リアルなのに強面じゃない!?あれ?え?ふえぇぇぇ……?」
「どうやら本当に気が付いてなかったみたいね……先生、コイツ神璽です。犯罪はまだやってないみたいですよ」
おいこら“まだ”って何だ!
「あははは、三輪さんは冗談が上手いなぁ。あんな見た目暴力団がこんな小さくて可愛い女の子に変わる訳ないじゃないか。やだなー」
「おいこら教師!?」
「先生、現実はいつだって非情なものよ……それを認めるしか、私達には出来ない」
「何かっこよさげに纏めようとしてるんですか!?てか何だよこの状況!説明プリーズ!!」
「私が知りたいわぁーっ!!」
「うきゃーっ!?」
枕をブン投げてきた姉貴の魔弾を避けきれず、モロに顔面ヒットする。うぅ、ひどい。
「先生、この事はどうか内密にお願いします。もしかしたら元に戻るかもしれませんし」
「先生は昔、女声の習得を頑張った事があってな、あの頃は動画生配信の全盛期だったから、大学生だった先生も頑張っちゃってね。結構集まったもんだよ、ふふふ」
「……特に知りたくも無かった先生の過去が明るみに出た所で、黙っていて貰えますね?」
「ああ、うん、大丈夫。こんな事言ったって誰が信じるのさ。顔は怖いけど優等生の三輪君が女の子になったとか言っても、頭大丈夫ですか?って心配されるに決まってる。大丈夫だよ、俺はまだ三十三歳なんだから、まだ若いさ。嫁くらいすぐに……うぅ」
大丈夫だよ、先生割と女子生徒から人気高いから。そのうちハードルを越えた生徒が恋人に成ってくれるよ。その時は情報部から教頭の耳に入って退職だろうけど。
ウチの情報部は恐ろしい程の情報収集能力を持っている部だ。以前「何でも知ってるな」と言ってみたら、こんな答えが帰って来た。「何でもは知らないよ、知ってることだけ。まぁ、僕らが知らない事なんてあんまり無いんだけどね」だそうだ。何ですか、その化物的なファミレスは。要するに、ほぼ何でも知ってるんじゃないですか。
「とりあえず、どうしよう姉貴」
「そうね、どうしようも無いわね」
バッサリと切り捨てる姉貴。ひでぇ。
「取り敢えず、お母さんに電話で聞いてみるから、少し待ってなさい」
「へーい」
姉貴が電話をかけている間、俺は冷めてしまった紅茶を淹れ直す。とあるギャルゲーで習得した紅茶の淹れ方を参考にしているので、修練中の身とはいえそれなりに美味しくできていると思う。そういやあの主人公、女装してたな。もう一回やって勉強でもしとくべきか?
淹れ直した紅茶をテーブルに乗せると、ふと思い着いたように股間に手を差し込む。
「んっ」
「!?」
胸は無いので意識していなかったが、どうやら本気でアバター同様に女になっているようだ。どうせならナイスバディのお姉さんにして欲しかった。色々犯罪的なのは変わらないとか、そんなもの俺のアイデンティティーじゃねえよ。
「……どうしました、先生?あ、紅茶冷めると味が落ちるんで、温かい内に飲んでください」
「あ、ああ、すまない。有難く戴こう………美味いな……」
「ですよね!ダージリンでは一番と言われるセカンドフラッシュなんですけど、お小遣いを貯めて買ったティピー・ゴールデン・フラワリー・オレンジ・ペコーなんですよ!」
テーブルに手を付いて乗り出す俺に、先生はぼーっとした顔で無反応を示す。この人分かってないな!?
「たった200gで一万もするんです!頑張りましたぁ……リンクスゲートZZを買うお金とは別に用意しなくちゃいけないので、いくつのギャルゲーを我慢した事か……ああ、逃した初回限定版、予約特典の数々……。でも良いんです、リンクスゲートZZはもう買ったし、これからは我慢することは無いのです。この紅茶だって、三か月に一回は買える様になるんですよ……。だから味わって飲んでください。普段はリピトンのイエローラベルですし」
おや、先生の顔が少し変わっている。あれだ、アリシアさんがただの食道楽だと理解した時の俺の眼だ。多分、あんな顔をしていたに違いない。
「そうだ、先生ゲームやりません?VRMMOのAdvent Onlineってゲームなんですけど」
「うん?いきなりだな。だけど、あまりMMOにのめり込むのはなぁ……。先生、昔はフリーディア・オンラインってVRMMOをやっていたんだが、随分とハマってしまってな。危うく大学中退の危機だったんだよ。だからそれ以来やらない様にしていたんだが」
「あ、うん、なんかもういいです」
危ない、話の分かる教師が一人消えるところだった。こんな処でニ○ラム発動しなくてもいいんだよ?
とはいえ、さっき思い着いた先生と一緒にクラスメイトとご対面企画は夢と散った。やっぱり自分でケリを付けるしかなさそうだ。
「おい神璽、私にも紅茶淹れて」
「はい、ただいま」
はっ、いけない。長年沁みついた奴隷根性が自動で姉貴の命令を聞いてしまう。しかし姉貴に飲ませるダージリンは無いので、さっきと同じくイエローラベルのティーバックにミルクと三温糖をブチ込んで出す。これで美味しそうに飲んでいるのだから、問題は無い。
因みに俺が甘くする場合は蜂蜜を使う。勿論、瓶詰の産地直送だ。あとは偶にジャムなんかを淹れたりするが、良いのが手に入らない限りは入れない。安いのは甘味が強すぎたりするのだ。家に帰ったら、ジャムの作り方を母さんに教わるのもいいかもしれない。
紅茶を一口飲んだ姉貴は満足したのか電話に戻った。まだ話が終わってないのだろうか。
俺も紅茶を楽しみつつ、お茶菓子を頬張る。うーん、やっぱ安いお菓子を出すくらいならクッキーくらい作れば良かったか?でもクッキーでも作ろうと思えば食堂か家庭科室だしなぁ。この部屋にオーブンレンジでもあれば良いんだけど……クッキーくらいは焼けるし。マカロンはやった事無いけど。
「それで、三輪はこれからどうするつもりだ?」
「どうするって、どうにも解りませんよ。流石にこんな状況は漫画やアニメの中だけでしたし、ゲーム内で一週間以上もこの体だったから今更違和感無いですし。ついさっきまで気付かないくらいには」
そう、本気で違和感がなかったのだ。まるで向こうの体をそっくりそのまま持ってきたみたいに……もしかして。
俺はベッドに飛び乗り、リンクスゲートZZを装着するとAOにログインした。ログアウト場所である自室のベッドの上で目が覚めるが、急いで体を確認する。もしかして体が入れ替わっているんじゃないかと期待したが、やはりそういう訳では無いようだ。俺は諦めてログアウトをしようとメニューを開く。そこには怒涛の数字が描かれたお知らせアイコンが光っていた。よし、無視。無事ログアウトを果たして、自室に意識が戻る。
そこには顔を真っ赤に染めて正座する先生と、汚い物でも見るかのような侮蔑の眼差しを向ける姉貴の図がそこにあった。
何があった……?
「神璽……いえ、これは違和感が酷いわね。ニノって呼ぶけど良い?」
「ああ、構わないけど」
「じゃあニノ、アンタさっき何でいきなりAOにログインしたのかは知らないけど、その、見えてたわよ」
「何が?」
「その……スジが」
「筋?スジ、すじ……あー、悪い。サイズが合う下着が無くてな、汚い物見せた」
「い、いや、凄い綺麗だったああああああああああいっ!」
「教師と言う名の性職者はちょっと黙っていようか?」
ニコリと笑顔で膝に水アレイという重石を乗せる。つか何処から持ってきた?そして座布団の代わりに洗濯板が敷かれている。だから何処から持ってきたの?
「いや、俺は別に気にしねーけど」
「気にしなさい!」
「はい」
姉貴には逆らえなかったよ。ぐすん。
「それで、何でログインしたのよ?」
「いや、リアルがニノになってるなら、ゲームのニノが俺の体になってるんじゃないかと」
「なるほど、そういう考えもあるのね……。でも、詳しい事は母さんたちが知っているみたいだから、明後日実家に着いてから詳しく聞きましょうか。それまでは保留ね」
「了解」
「先生も、そのうち両親から連絡が行くと思いますので、それまではノータッチでお願いしますね。いろんな意味で」
「スイマセンでした」
見事なDOGEZAである。別にこんな貧相な体を見た所で、残念な気持ちになるだけだろうに。むしろ可愛そうに見える。先生の耳元に口を近づけ、小さい声で内緒話の様に話しかける。
「先生は貧乳と巨乳、どっちが好きですか?」
「――っ!?ひ、貧乳……」
「OKです、残念ながら貧乳はロリ物しかないですが、それを回しましょう。俺は巨乳派なのですが、姉貴が置いてくロリ物の処分に一役買ってください」
「わ、分かった。だからその、少し離れて……」
「へ?あ、あぁ、はい。すいません、キモかったですね」
「え!?いや、そ、そんな事は!むしろ凄くいい匂いしってえええええええええええい!!」
「はいはい、仕舞っちゃおうねー。駄目な先生は仕舞っちゃおうねー」
「止めてあげて、変に折りたたむと死んじゃうから止めてあげて」
正座のまま上体を思いいきり前方に押したたまれ、呼吸困難に陥っている先生を助け出す。この姉貴は本気で容赦がないな。
「先生、今度ニノをそういう眼で見たら国家権力を行使しますからね」
「最後通告早くない!?」
「むしろ遅いくらいです。ちなみに襲ったら未遂でもHARAKIRIです。介錯は交換留学生のジェニー・バートン」
「やめて絶対なにか勘違いしてる人を選ばないで!腹切りは死刑宣告であって日本文化じゃないからね!?」
「ま、まぁ姉貴それくらいで……。両親に話を聞くというのは解ったよ。それについては助かった」
「私としても、まさかあのヤクザ面がリアルでまでこんなに可愛くなるなんて思わなかったもの。最低限の対応くらいするわよ、姉なんだし」
おお、姉貴が珍しく大きく見える……いや、物理的に俺が小さくなったんだった。今まで見下ろしていた姉のつむじが見られない事に一抹の寂しさを覚える。
「ありがとう。でも、目下の問題はいくつか存在するんだ」
「例えば?」
「トイレとかお風呂とか食事とか」
「いっそ、女子寮に来る?」
「そっちでもし俺が男に戻ったらどうするんだよ」
「犯罪者になったところで今更じゃない?」
「俺はまだ前科ゼロ犯だよ!何気に人を犯罪者に仕立て上げるのやめてくれる!?」
ちょっと感心したらすぐこれだよ!姉貴はやっぱり姉貴だった。
「まぁ、トイレに関しては最悪ボトラーにでもなりなさい。お風呂は後で一緒に銭湯にでも行きましょうか。ご飯はその時に外で食べればいいわ。母さんから軍資金も出たことだし」
携帯端末に電子マネーを振り込んでもらったのか、携帯を見せびらかしながらアピールする姉貴。いや、ペットボトラーだけは嫌だ。そもそも男の時はまだしも、ホースのないこの体のどの位置から尿が出てくるかわからない童貞なのだから、飛び散らせることは確実だろう。
おかしい、今先生の方からゴクリと唾を呑む音が聞こえた気がする。紅茶が足らなかったのか?しかしこれ以上ダージリンは出せないぞ?同じ童貞として配慮はしてやりたいが、さすがに聖水系の資料は持っていない。
「そ、そうなんだ。わかった、でもトイレはなんとかする」
「そ?でも無理はしないようにね」
「イエスマム」
「それじゃ、私は一度寮に戻るわね。サイズは少し大きいかもだけど、私のストックから服を幾つか持ってくるから、それを来て下町に出るわよ。あ、丁度良いので先生も付いてきてください、変質者避けとして。同類だから行動くらい解りますよね?」
「もう許してください、一緒に行くから許してください」
「大丈夫です、誰にも言いません。こんな美味しいネタ、誰にも言う訳がありません」
悪魔だ、悪魔がいる。今の俺と先生の心境は恐ろしいまでにリンクしているだろう。この悪魔のせいで人生を棒に振った男が何人いたことか。一見、幼い見た目のクールキャラだが、その実“使用者”と言っても過言ではない程に他人を使う。弟である俺すらも使う鬼道っぷりだ。あのポニーテールがツインテールになった時にNT-Dが発動するに違いない。先生、早くそこから逃げてください!姉貴は危険な女です!
「それじゃ、一時間後にまた来るわ。インスタンスキーを発行してくれる?」
「わかった。――これでよしっと、送っといたよ」
「じゃあ、先生。車よろしくお願いしますね?」
「ああ、分かった。俺もインスタンスキーを頼む」
「ほいほい、ちょりーん」
先生はサイボーグスマホなので、NFCでインスタンスキーを出す。姉貴はiPONなのでメールで送るしかない。微妙な差異だが、こういう時には便利こそ正義だ。
「それじゃ、またね」
「ああ、頼む」
「あとでな」
「先生も一緒に出るんですよ、何居座ろうとしてるんですか?そんなにハラキリがご所望ですか?待っててください、今ジェニーに連絡を」
「さ、行くか。何か欲しい物が在ったら買ってくるけど、何かあるか?」
「あー、いえ。特に」
「そうか。それじゃあ、後で」
二人揃って部屋を出て行った。何だか騒々しかったが、意外と心地良い。ここ数日、アリシアさんと賑やかな日常を過ごしていたからかもしれない。クスッと、つい笑みがこぼれる。
すっかりと冷えてしまった紅茶を飲みながら、一時間もの暇を左手の指輪を撫でながら深夜の冒険の記憶を辿った。
というわけで、もうすぐブックマーク100に届きそうな今作品。悩みに悩んでリアル女体化を選択しました。いや、本気で悩んだんですよ?ただし、本人は一週間の慣れがあるので違和感に気付かないという。
女体化の原因については、両親の口から説明があるので暫くお待ちください。フリ-ディアと違って、今回は戻る見込みがありますので。