第5話 日常の終焉
「これは……なるほど、すごいな……」
目を開けるとそこはまるで別世界だった。
中世のような石造りの建物が立ち並び、金属鎧を着た者や、猫耳や狼耳を生やした者が闊歩している。
その景色は圧巻だった。
「正直、ちょっと舐めてたかもな。」
俺は少しこのゲームを見くびっていたようだ。
所詮はゲーム、と考えて従来のイメージに被せていたのだろう。
だが、実際はまるで違っていた。
グラフィックも含め、何もかもが俺の想像を超えていた。まるで、異世界と錯覚してしまうほどに……。
「おっと、こうしちゃいられない。噴水のところへ行かなくちゃな」
気を取り直して、努――アルスとの待ち合わせ場所へ向かった。
「ん? あれかな?」
噴水の周りを見回すとアルスらしき人を見つけた。
「お、やっと来たかクロオ、ニ……って、お前その格好……。まさか、鬼人族か?」
「おうよ、そういうアルスは普人族か。」
「その通りだが、今は俺の種族なんてどうでもいいんだよ。なんで鬼人族なんて選んだんだ? 掲示板は見てないのか?」
「見てないが、それがどうかしたか? いいじゃないか鬼人族。力なら誰にも負けないって書いてあったし。」
「ステータスもそうだが、種族スキルもダメだろう。なんだよ【脳筋】って。どう見ても地雷スキルだろ。」
「そんなことないだろ、筋力上がるしお得じゃないか。」
「筋力だけ上がってもどうしようもないだろ。はぁ、別にお前がそれでいいならいいけどさ。
スキルによってはまだなんとかなるかもしれないしな。どんなスキルを選んだんだ?」
「【拳術】【脚術】【軽業】【索敵】【五感強化:視覚】だな」
「……お前すげぇな。5つ中3つ不遇スキルとか、え、なに、わざとやってんの?」
「えぇぇ、そんなこと言われてもな。俺はこれがいいと思って取ったんだが。」
「全然よくねぇよ。まず【拳術】と【脚術】だ。これがダメな理由は武器を装備しないから攻撃力の底上げが出来ない。」
「鬼人族はSTRが高いから問題ないだろ。」
「……次に【軽業】のスキルだ。これの説明は読んだか?」
「もちろんだ。〝体重を軽くし、軽やかに動けるようにする〟だったか。」
「そうだ。これは単なるAGIの底上げに過ぎない。だったらもっと有能なスキルを取ったほうが余程いいだろう。」
「そうか? 速く動けるのと体重が軽くなるのじゃ違うと思うぜ? 技能もあるしな。」
「はぁ、お前ってやつは……。さて、じゃあ最後の【五感強化:視覚】だが、これは本当になんで取った?」
「よく見えたほうが戦闘で有利になるかと。」
「それだけで勝てるようになるほど、このゲームの戦闘は甘くねえよ。」
「ぬぅ……」
「まあ、そんなわけだからキャラメイクのやり直しをおすすめするぜ。」
「うーん、でもなぁ。いけると思うんだよなぁ。うーん……」
「第一、〈Weapon Magic Online〉なのに武器も魔法も使わないってどういうつもりだよ。タイトル、ガン無視じゃねーか.」
「まあ、いいじゃねーか。1人くらい巫山戯た奴がいたほうが面白いってもんだ。それより、俺のスキルは言ったんだからアルスのも教えろよ」
「俺か?俺は【剣術】【盾術】【光魔法】【根性】【MP回復速度上昇】で聖騎士プレイをするつもりだ。アバターもそれっぽくしたつもりなんだけど、どーよ」
そう言うアルスの姿は、現実のイケメン面に短めのツンツンした金髪。
全身に比較的軽そうな甲冑を着込み、左手には金属のスモールシールドを持った、いかにも聖騎士といった格好をしている。
「いいんじゃないか? 格好もプレイスタイルもアルスによく似合ってるよ」
「へへっ、さんきゅな。ん? なんだあれ」
話をしていると、アルスが俺の後ろを凝視し始めた。気になって俺も振り向いて見ると、人ひとり分くらいの青い光が沢山あり、光が収まるとそこにはプレイヤーがいた。
「なんだあの不思議現象。」
俺の疑問にアルスが困惑気味ながらも答える。
「あれは転移の光だ。こんな序盤に転移なんて死に戻り以外ないはずなんだがな。彼らの様子を見るに、おそらく強制転移だろう。
何かのイベントか?」
「イベントなら説明が入るだろ。ちょっと待ってみようぜ。」
「それもそうだな。」
そんな会話の直後、巨大な仮面が現れた。
泣いてるような笑っているような不思議な表情をしたピエロのような顔が描かれている。
「はいはーい☆ 皆さんごちゅうもーく☆ ここだよここ、お空の大きな仮面に注目だよ! ボクは100年、いや……1000年に1度の大天才ハッカー〈ピエロ〉ちゃんなのだぁ!!」
へぇ、ハッカーね……。
『狩りしてたんだから邪魔してんじゃねーよ!』
『なにこれ、なんかのイベント?』
『ピエロちゃん声かわゆす。ボクっ娘萌え~』
『ほっといて、狩りに戻ろうぜ』
集められたプレイヤーがだんだんと騒がしくなる。
「こらーっ! ボクが喋ってるんだから黙って聞かなきゃダメなんだぞっ! あっ、そこ! 勝手に帰ろうとするなーっ!
しょーがないなー、えいっ! ふふん、これでどこにも行けないぞ。どうだ、参ったか!」
『な、なんだよこれ。どーなってんだ!
通れねぇじゃねーか! くそっ、通しやがれ!』
どうやら、中央広場に繋がる道に見えない壁が出来たようだ。
「もー、皆がボクの大事な、とっても大事なお話を聞かないからいけないんだよっ!
でも、これでおっけーだね☆ じゃあ、お話をするよ。やっと本題に入れるね。
まず初めに、皆さまに重大発表が2つありまーす!
まず1つ目は――〈weapon magic free world〉の全システムを、この天才ハッカーピエロちゃんが乗っ取っちゃいました! いぇい☆
それにより、2つ目――〈weapon magic free
world〉をログアウト不能のデスゲームにしちゃいました! てへへっ☆ でも大丈夫! ちゃんとゲームを攻略してクリアすればログアウト出来るようになるからね! 安心してゲームを楽しんでね☆
このままここにいるとやばいから、もう消えるねーっ! ばいばーい☆」
俺はそのとき、時間が止まったかのような錯覚を覚えた。
それほどまでに、完全な静寂が場を支配する。
しかし言葉の意味を理解した途端、静寂は終わりを告げた。
それからは、阿鼻叫喚の嵐だった。
混乱に喚き散らす者、悲しみに暮れ泣き出す者、姿を消した言葉の主に怒り出す者、小説のような展開に喜びを表す者。
様々な人がいる中、俺と努は自分でも不思議なほど落ち着いていた。
周りが慌てるのを見ると、逆に冷静になるというのは本当だったのだと感じた。
「――なぁ努。キャラメイクのやり直し、出来なくなっちまったよ」
「そうだな。――なぁ和鬼。俺はあいつを、ピエロを許さない」
「ああ、お前ならそう言うと思っていたよ」
「ついて来てくれるか?」
「いいや、それは無理だ」
「な!? なんでだ!? お前もあいつを許せないだろ!?」
「ああ、許せない。絶対に許さない。
――だからこそ、俺は俺で奴を倒す。お前はお前で奴を倒せ。ちんたらしてると俺が先に倒しちまうけどな。それに競い合う相手がいたほうが、面白いってもんだろ」
「和鬼……。くっくっく。ああ、そうだ。お前はそういう奴だった。お前って奴は、こんな時でも変わらないな。わかったよ。俺は俺のやり方であいつを倒す!
お前こそ俺に先に倒されて、鬼人族だから勝てませんでした~、なんて言うなよ?」
「へっ、当たり前だ。そんなこと言わねぇよ。何故なら、勝つのは俺だからな」
「なんだと? 俺が勝つに決まっているだろう」
「いいや、俺だね」
「俺だよ!」
「俺だっつってんだろ!」
「あぁ!? お前から先にぶっ倒してやろうか!?」
「上等だこらぁ! すぐに吠え面かかせてやるよ!!」
「「ふっ、ふふふっ、あははははははっ」」
「クロはこれからどうするんだ? 俺はβ時代のパーティメンバーと組むけど。」
「俺は自分で探してみるよ。」
「そうか、頑張れよ。
あ、フレンド登録だけしておこう。相手が〈オンライン〉と表示されてるうちは無事なはずだ。これで互いの安否が確認できる。
何か困ったことがあったら呼んでくれ。可能な限り協力する。」
「わかった。気が付いたらオフラインとかいうことにはならないでくれよ。」
「当たり前だろ。」
「そうか。じゃあ、さよならだ」
「ああ、じゃーな。」
こうして、俺の〈weapon magic free world〉攻略が始まった。