第1話 退屈な日常
「あーー、暇だーーー。」
俺は椅子の背もたれを使って限界まで背を反らしながらそう言った。長時間同じ体勢をしていたから体が固まっていたのだろう。背骨がボキボキと音を立てた。俺は意外とこの感覚が好きだったりする。
「なあ黒鉄。今は授業中なんだが、私の授業はそんなに暇か?」
額に青筋を浮かべながら今の授業――数学の教師、島田が問いかけてくる。
「いやー、先生の授業がつまんないとかそういうことではなくてですね。こう、世界がつまらないというか、なにか面白いことが起きないかなーみたいな、そんな感じなんですよ。」
別に隠すことでもないので素直に答える。
こうして何も考えずに当たり前のように学校へ来て、当たり前のように授業を受け、終わったら帰る。代り映えしない日常に飽きているのは俺だけではないと思う。
「そうかそうか、そんなにいつもと違うことがしたいか。そんなわけのわからないことを考える余裕があるなら今やっているところは完璧なんだろうなぁ。よし黒鉄、今からお前が授業をやれ。教えるもの楽しいぞ。拒否権はないからな。」
この人は何を言っているんだろうか。それは職務怠慢にはならないだろうか。いろいろ言いたいことはあるが、ふむ。授業を受ける側ではなく教える側か……。
意外と楽しいかもしれないな。拒否権はないそうだし少しやってみようか。
「と、言うわけでここからは俺が授業を行う。さて、それではやっていくぞ。さっきはどこまでやっていたんだっけな。……そうそう、P136からだったな。じゃあまずこの問題を――――」
「いやぁ、お前もバカだよなぁ。よりによって島田の授業であんなこと言うなんて。まあ、俺は楽しかったからいいけどさ。」
好き勝手いいながら俺に近づいてくるのは数少ない俺の友達の中で最も親しい友達、栗原 努だ。
成績優秀、運動神経バツグン、そして何よりイケメンという完璧超人だ。強いて欠点を挙げるとすれば、重度のゲーマーであることだろうか。
「いいんだよ、やってみると結構楽しかったし。まあ疲れたからもうやりたくはないけどな。」
「お疲れ様でしたってな。そんなことより和鬼、遂に来週まで差し迫った日がなんの日かわかるか?」
「来週? 来週は特になかったと思うが……。いや待てよ? ……そうかっ!」
「そう! 来週は待ちに待った〈Weapon Magic Online〉の正規サービス開始の日だぁぁぁ!!!」
「近くのスーパーで久しぶりに豚肉が特売の日だ!!!」
「……………………」
「……………………あれ?」
「いやいや待って、もったい振って言ったんだからそんな小さいことなわけないだろ!?」
「ぬ、それは聞き捨てならないな。特売は大事だぞ。家計がきついうちには大助かりなんだ」
実は、黒鉄家は貧乏なのだ。
だから青春真っ盛りのはずの俺も特売などに食いついてしまうようになった。
「ご、ごめん……」
「わかってくれればいいんだ。で、なんの話だっけ?」
「そうだった。〈Weapon Magic Online〉の正規サービス開始の日ってことだよ」
「世界初のVRMMORPGだっけ?確かゾイド社のゲームだったよな。」
「ほら、俺の父さんってゾイド社で働いてるだろ? だから、そのコネを使ってβテストに参加したんだよ。で、βテスターには製品版が配られるから、来週からまた〈W M O〉をプレイできるってわけだ。」
え、努の父さんってゾイド社で働いてんの? 初耳なんだけど。
まあ、それはいい。そんなことよりも――
「へー、そりゃ良かったな。限定1万本しかないんだろ? すごいじゃないか。でもさぁ……」
「ん?」
「――なんで、俺を誘ってくれなかったんだ?」
「い、いやぁ、その、えっとぉ、あれだ! 1万本しかないから1人分が限界だったんだよ!」
「……我が家の掟の一つに『嘘つきには鉄拳制裁を』というのがあるんだが、どうする?」
「ごめんなさい忘れてただけです殴らないで。」
「……はぁ、まあいいさ。元から手に入るとは思ってなかったからな。」
「許してくれるのか。ありがとう! さすが俺の親友だ!」
「その代わり、今度なんか奢れよ」
「そのくらいならお安い御用だ」
「じゃ、今日は卵の特売があるから先帰るわ。じゃーな。」
「おう、また明日な。」