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入学

型月形の作品を読んでいて思わず書きたくなりました。

 漠然とした暗闇はまるで深海のように冷たく、どこまでも重たい。

 見上げても星はなく、見渡してもなにも見えず、見下ろせば昏い影を覗くだけ。

 音もなく光もなく、閉塞感だけはたっぷりなこの世界で、少女はいつだって耐えていた。

 視線を動かす事以外不可能な少女からすれば、この暗闇は牢獄であり地獄でもある。───人は暗く狭い場所に閉じ込められると精神が崩壊するというが、しかし既にどれほどの時をこの闇で過ごしたかも分からない少女の精神は未だに健在していた。

 退屈で、残酷な闇の中で少女が出来る事など過去を()ることだけだった。

 遥か昔、まだ彼女が幸福の中にいた僅かな夢の日々。愛する男と、有り得てはいけない感情と現実に身を焦がした永久であれと願った夢。淡い淡い恋愛は、彼女が有する特性と、愛した男の立場ゆえに最後は悲劇的とも言える虚しい幕引きで終わったのだった。

 けして忘れられない幸福と、それ故に知ってしまった絶望。己の運命を嘆き、世界を呪いながら自らの内に閉じこもった過去。それはこのなにもない世界で、彼女を照らす唯一だ。───否、唯一である筈だった。

 声が響いた。知らない少年の。

 光が差した。世界を両断する程の勢いで。

 手が差し伸べられた。思わずその手を取ってしまう程に自然な動作で。

 ああ、───この手はと少女は涙する。

 この手は待ち望んだ男の物ではない。だが待ち望んだ男のように、優しく少女を暗闇から引き上げていく。それは既に没した男を夢見続けていた少女には、あまりにも眩しく、何より温かで。


 これが私の運命なのだと、自然と笑みを浮かべたのだった。



      § § §



 魔術の完全独立教育研究機関〝逢魔〟。

 魔術師としての素質を示した少年少女が自らの意思で魔道を進むと決めた際に入学する事を許される日本唯一の魔導院。

 現代社会に隠れるように、事実隠蔽されているこの学園の位置はとある片田舎の山奥に存在している。それは現代社会から隔絶する事で魔術と呼ばれる奇跡を社会に不用意に明かす事で起こる可能性をできる限り排除すると言う思惑と、その内部で何かが発生した際に容易に隠蔽できるようにと言う異常思考により決定されていた。

 真新しい筈なのに古めかしい、現代の技術が一切使用されていない建造物の群れを囲む純白の壁の外側で本日入学予定の少年少女が石と土塊で作成された、運転手の存在しない摩訶不思議な乗り物に揺られながら閉ざされた門を見上げていた。

 さながらイギリスにでもありそうな見事な建造物、城と見間違えそうな程に見事な学び舎、自らが得られるであろう魔術師としての生を夢見て、その素晴らしい現実に期待と熱意を秘めた眼差しで多くの者が入学できるその時を待っていた。

 

「──────はぁ」


 そんな夢溢るる同年代の中で、一人だけ、冷めた表情を浮かべるでもなく、自信に満ちた笑みを浮かべるでもなく、倦怠感たっぷりに眉をひそめる少年が、周囲から離れるように座り込んでいた。

 平凡と言う言葉が良く似合いそうなその少年は、野暮ったい黒縁のメガネを通してこの光景に辟易している。別段、熱気が鬱陶しいという訳ではない。むしろそれに対しては肯定的だ。自分ではあそこまで熱意を持てないのだから、あそこまでやる気に満ちた存在は眩しくって仕方ない。

 彼が辟易としているのは周囲に存在する少年少女と違い、どうにもやる気と言うか、熱意が一欠片も湧いてこない自分自身の不甲斐なさに対してだ。煽てられ、甘い夢に思考を放棄し、特に考える事もなくこの場に流れてきた少年には現実として存在する魔道の存在がひどく重たい。どうせ周囲も似たようなものだろうと高を括った過去を恥じる程度には少年の周囲は覚悟を決めた意思が煌いている。それこそその熱意が灼熱の炎へと姿を変えたかのように、少年には近寄りがたい空間が存在した。

 

 ──────ああ、どうして乗ってしまったのか。


 考るまでもなく考えなかった自分が悪いのだが、しかし誰からも認められず、必要とされず、ただその場にいるだけだった小僧が初めて人に認めてもらえた事実がどれだけ嬉しかったことか。親から掛けられた欲にまみれた甘言がどれだけ冷たく、同時に擦り切れた心に染み込んだか。

 孤独の辛さを知っているからこそ、逃げるように駆けた木偶にはこの熱地獄は辛すぎる。

 自らの夢を魔術に託した者もいる。自らの夢を捨ててまで魔術に明日を求めた者もいた。己の異常性に苦悩してその解決を願いこの場に立つ者だって、……───だって言うのに伽藍堂の存在がどうしてこの場に存在するのか。

 相変わらずの自己嫌悪は過去類を見ない最悪具合。自信がないのはいつもの通り、冷静ではなく諦観主義者、熱意も抱けず足掻く事すら放棄する。そんな輩がこの場に居るのはひどく場違いなのだと、誰に言われるまでもなく理解した気になって溜息を吐いた。

 

 軋むような音を立てて、錆一つ無い鉄格子の門が口を開いていく。歓迎すると言うよりも捕食するかのようだと、誰かがポツリとつぶやくが、しかしそんな言葉は響き渡る歓声に容易く食べられてしまった。

 開かれた大口に飛び込む土塊は、まるで地獄へと人々を運ぶ火車のよう。それに飛び込む自分達は傍から見たら亡者の群れにしか見えないのかもしれない。そんなことを考えてしまう程に、閉ざされた門は重厚な音を立てている。───ああ、もう逃げられないと、誰かが呟くもまたしても周囲には響かなかった。



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