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召喚魔法に殺されて-外伝・元勇者の贖罪-  作者: さんぴよ
いきなり外伝・初代勇者の思惑
9/10

第7話 女教皇(ハイプリエステス)の愛と決意

本編に続くフラグの一つがやっと立ちます。

“シャルお姉さま”こと、シャロン・S・オルレーンは、王宮の馬車乗り場で己の馬車の到着を今か今かと待ちわびていた。シャロンは、実父(初代勇者)が暴露したこの世界の真実の一端に頭がどうにかなりそうな程の混乱していた。大好きな“パパ”の前で醜態を曝さずに済んだことは、『よくやった。』と自分を褒めてやりたい。


しかし、長兄アニの私室を出て一刻も早く一人になりたかった彼女は、当初の予定していた義姉(長兄の正室)との面会をキャンセルして足早に馬車に乗り込んだのだ。


『こんな時にしか会えないのに、お義姉ネエさんには、悪いことをしたなぁ。』

そう思いはするが、今は一刻も早く教会の自室に引き籠りたかった。


それほどまでに、初代勇者パパが露わにした真実は彼女に衝撃を与えていた。


漸くすると紅い装飾が特徴的な馬車が目の前に着く。ジャン兄上(次兄)の馬車であった。


『まだ来ないのか!』


やっと到着した馬車が自分(教会)の馬車でない事に、苛立ちを顕わにしていると、自分のよく知る御者が慌てて馬車の戸を開ける。


『あぁ、お忍びという事で次兄アニの家の馬車を手配してもらったのだったな。』

そう思い至る。

しかし、シャロンの勘違いなどと知る由もない御者は、シャロンが待たされたことで怒っているのだと思ったのか恐縮して小さくなっている。


御者の彼は、まったくもって悪くない。確かに、通常ならば、予め連絡を受けるので主人を待たせることは無い。しかし、予定を切り上げて急に馬車を出すようにと言われ慌てて用意したのだ。いつでも出発出来るように予め、準備をしていようで、かなり速くここ(馬車乗場)に到着させいた彼の要領の良さに、普段のシャロンなら、褒め言葉の一つもかけていただろう。


『蒼白な顔色の主人に馬車を急いで出すように命ぜられ、かなり急いでくれたのだろうと思い至り』


「さぁ、行きますよ。」


先ほどから俯いて申し訳なさげな御者を見て、シャロンは教会で信者に見せる聖母スマイルで優しく微笑み、御者の肩を軽く手をやってから、馬車に乗り込んだ。

シャロンに声をかけられて顔を上げた御者は、シャロンの聖母スマイルにまた俯いてしまう。ただ、俯いていた顔は赤く染まっていた。


馬車に乗り込んだシャロンは直ぐに馬車を出すよう御者に命じる。


馬車の中で一人になって少しずつ落ち着きを取り戻してくる。情報多寡の混乱状態からその情報が整理されていくにつれ、先ほどまでの心が押し潰されるような不安感は和らいだようだ。なぜ、これほどまでに不安を感じたのか?その正体はいまはまだ解らない。

王宮内の広い庭を受けた辺りで、車窓から外の景色を見る位の余裕は出来ていた。


馬車は、王宮を守る城砦を兼ねた大門をくぐり抜け、王宮を囲む大きな堀に架かる石橋《参城大橋サンジョウオオハシ》を渡る。堀の水は絶えず緩やかに流れていて、隙間無く積み上げられたまだ新しい石垣、水面からの煌めく乱光がその石面に写り込む。水面と石面の美しい煌めきは、夢幻的で心落ち着く。


参城大橋を渡ると正面の中王路ナカオウジ通称、王道と呼ばれる大通りと堀の外周に沿う通りである、王堀川通りオウホリガワトオリが交差する。

中王路は、政治と行政の中心地である。通りを挟むように各種役所が建ち並ぶ。


馬車は、王堀川通りを左手に沿って進む。


右手側には、貴族の大きな屋敷が建ち、その大きさが権勢の大きさを表すようだ。


暫くして、馬車は、また大きな通りとの交差点に差し掛かる。此方の大通りは、正式名称は北王路キタオウジだが、通称、聖道と呼ばれる。というのも、掘りを隔てて建つは、真聖アイリス教会の大聖堂だからである。聖道は、その通りを挟みように、各種教会施設や孤児院などの福祉施設が建ち並ぶ。

王宮に並ぶように建つ大聖堂は内堀で分け隔てられていて、 直接王宮と大聖堂を結ぶ道はない。だからこそ、こうして一度王宮を出て堀の外周を馬車で周ったのだ。


王宮と教会の大聖堂が並び建つのは、女神と勇者が並び立つ構図を連想させる。一方で、その両方を堀で隔てて政教分離を表現している。


この所為で、教会と王宮は地理的には近くに在りながらも、行き来するには時間がかかるのだ。

しかし、シャロンにとっては、心を落ち着けるよい時間稼ぎになった。


やや反りのある大きな紅い橋を渡ると、大きな門が見えてくる。門と言っても扉が在るわけでもない。朱色に塗られた丸太を組んだだけのシンプルな造りをしている。

これは、大鳥居と呼ばれる異世界の聖域と俗世を隔てる門。パパの発案である。不思議な魅力がある門だ。


一般の国民がこの大鳥居をくぐって大聖堂に訪れることは限られた場合のみで、大聖堂は聖職者と貴族のための施設と言える。

確かに、多くの国民は、女神アイリスと勇者を信仰しているが、普段のお祈りや参拝は、堀の外にある施設を利用する。毎年、年始に行われる神事(=女神への感謝祭)の前後数週間の期間だけ、一般国民に大聖堂が解放される。


余談であるが、パパがその様子を見て「まるで初詣みたいだな」と呟いたのが広まり “ハツモウデ” は、異界語として定着している。


馬車は、大鳥居をくぐり、人の手がよく行き届いた林に入る。この林は、全て聖木と呼ばれる女神の加護力を多く宿す種類の木々だ。しかし、どれもまだ幹が細く弱々しい、若木である。

この聖木の林もそうだが、王宮を含め今まで見て来た王都の全てのものがまだ若く新しい。正面に見えてきた大聖堂もその例に漏れない。透明感のある白い石造りの建物で、やや大きさにおいて王宮に劣るものの、様々な宗教美術による装飾の華やかさと神聖さによって、王宮に引けを取らない威厳を感じさせる。しかし、年月の経過による重みのようなものは、まだ宿っていない。


馬車が朱色の大鳥居をくぐった時には、シャロンは、先ほどまでの不安げな顔から、慈愛と威厳に満ちた女教皇ハイプリエステスの顔に換わっている。彼女は、大聖堂ここでは、決して己の心を露わにしない。それがシャロンの神への一番の奉仕者で信者の指導者たる女教皇の矜持というものだ。


大聖堂の停車場に降り立った彼女は、馬車に乗り込みのときとは打って変わって落ち着いていた。


ゆったりとした足取りで大聖堂に入った彼女は、そのまま礼拝堂に向う。シャロンは、普段身に纏っている白を基調に縁にさり気なく金と銀の刺繍された修道服ではなく、青いドレス姿であったが、この礼拝堂は貴族婦人も多く利用ためドレス姿のシャロンに声をかける者はいなかった。シャロンはそのまま礼拝堂を通り抜けて、祭壇の裏に回り、礼拝堂の裏口への扉を開ける。楽園エデンと呼ばれる小さな庭園がシャロンの視界に広がる。

庭園の中央には、二対の像があり、白を基調とした聖女を模した像と青を基調とした騎士を模した像が互いの武器をまるで門の様に掲げている。どちらも不思議な光を纏っていて幻想的である。像の間を抜けると庭園その奥が神域とされている勇者召還が行われた旧聖堂がある。

真聖アイリス教会の神域とされる旧聖堂が、現在シャロンの住む(管理する)建物である。

旧聖堂は、この国が出来る前から建つ歴史的にも学術的にも価値があり、この世界は珍しい木造の建築物である。魔王との大戦前は、この辺りは聖木が多く植生する豊かな森であったそうで、その聖木が建材として利用されている。


そんな豊かな森も戦渦に呑まれて消え去っていた・・・。


旧聖堂が残ったのは、幸運だけではなく確とした理由がある。

旧聖堂の黒檀のような艶のある黒い壁の縁には、鈍い輝きを放つ金属で補強されている。この補強材の金属には、防御の魔法陣が刻まれ、聖木の持つ加護力を利用して発動するように細工されている。これが、戦火からこの旧聖堂を守ったのだ。

この旧聖堂は、大聖堂に比べて小さく質素な造りだが、聖木の美しさとその歴史の重みから、真聖アイリス教会の中心としての風格が感じられる建物だ。


シャロンは、カッカッカッ!とかなり速いリズムの足音を立てながら教会の旧聖堂の奥にある自室へと歩を進めていた。昂然たる雰囲気はそのままに、先程までのゆったりと足取りから一転し、駆け足の如く早いものになっている。

『誰にも遇いたくない!』というのが、シャロンの足を速まらせる理由である。

大聖堂に比べて、旧聖堂ここには、それほど多くの人物が出入り出来る訳ではなく、人口密度的には人に遇う可能性は低い。しかしながら、ここに居る者と遭遇した時の厄介さは、大聖堂にいる者たちと比べ物にならない。そもそも、旧聖堂に居るという事は、真聖アイリス教会の中枢を担う人物という事になる。それも、とびきり有能で野心的な・・・。聖職者をあえて商人に例えるなら、秘密を商品として取扱う商人と言えるだろう。何しろ、神秘という神の秘密を商売のタネにしているのだから・・・。そして、旧聖堂ここに集うのは、秘密の取扱いに最も長けた商人達だ、こと秘密に関しては異常なまでに鼻が利く。“パパ”(初代勇者)から齎された世界の真理の一端など、彼らからすれば、金剛石の鉱床よりも高い価値を見出すに違いない。だから・・・シャロンは今にも走り出して仕舞いそうな体を必死で制する。


「やぁ、シャロン。」


突然、後ろから名を呼ばれ立ち止った。

シャロンには、振り向かなくても自分の名を呼んだ人物が分かって、少し“ほっと”しながら振り向いた。この旧聖堂ここで、真聖アイリス教会の最高指導者である女教皇ハイプリエステスである自分の “名”を呼んで歩みを止めさせること出来るのはその人物を除いて在り得ない。我が夫、クリス・オルレーンその人だ。教会での地位は、大司教で高位だが最高位(女教皇を除く)ではない。妻が女教皇ハイプリエステスなのだからその夫であるクリスが枢機卿(教会内の最高位)になっていても可笑しくないのだが・・・。


「あら、あなた。いたの?」


「あぁ、少し忘れ物があって部屋に取りに行っていたのだ。」

そう言って、彼は、右手に持つ書類の束を乱雑に振っている。


「お前こそ。王宮に行っていたのでは?」


クリスの軽はずみな発言に顔を顰めそうになる。王宮には、聖職者は入れないことは、常識である。例え、女教皇ハイプリエステスであっても・・・。


『何のために、ドレス姿で、わざわざ次兄にいさんのところで馬車まで借りていると思うのだ・・・』


「いいえ、ジャンお兄さまに会いに行ってきたのよ。ほら、あのの事で・・・。」


そう言って、冷ややかな目でほほ笑む。


「おぉ、そうだったな。」


クリスは、シャロンの冷たい目にたじろいだが、その理由を察することは無く、すぐに己が一番気に為っていることを聞きたいという衝動が勝った。「あの娘の事」イコール「娘の結婚」だからだ。


ところで、クリスは、私のパートナーであるが、教会のナンバー2ではない。寧ろトップ10に入るか怪しい大司教の地位にある。

女教皇ハイプリエステスの下には、5人の枢機卿が居り、その下に大司教が15人居る。

また、大司教の中でも頭一つ抜きん出た人物が2人居る。教会の戦力を統括する者たちで、神撃の称号を冠する者たちで、物理戦力を司る=剣の神撃と加護術を司る=法の神撃の二人がそれにあたる。

クリスは、聖女ジャンヌ(母)を排出した家の出でかつ現女教皇の夫にもかかわらず、大司教の地位なのが許せなかった。

何より、二人の神撃には、『なぜ、脳筋とオタクの下につかねばならん』と並々ならぬ対抗意識を持っている。枢機卿に成るためにも娘がより良い所に嫁ぐことが必要だと、すでにあちらこちらに見合い話を持ちかけているのだ。


閑話休題


「で、どうなった。」

クリスの期待に目をキラキラさせている。


その様子を見てシャロンは嫌な感情が沸々と湧き上がってくる。


クリスは娘の幸せに目を輝かせているのでない事を、シャロンは知っていた。

クリスが気に為るのは、娘が結婚して、自分の地位が向上するかである。

娘を自分の野心を満たす為の道具としか考えていないクリスが、シャロンは嫌いだった。


そもそも、シャロンはクリスに恋をして結婚した訳では無かった。いわゆる政略結婚である。

そのクリスとの結婚が嫌だった。

初めは、政略結婚であること自体を嫌った。クリスが嫌という意味ではない。

当時のシャロンは、恋に恋い焦がれる少女だったのだ。

物心つく前から恋愛の素晴らしさを寝物語に育った。

母ジャンヌの父とのラブロマンスは、物々しい英雄譚とは違い、甘く時には切なく心躍る物語。

加えて、母ジャンヌへの憧れとその娘であることの誇らしさ。

自分もまだ見ぬ殿方と運命的出逢いをして、恋に堕ちるものだと信じて止まなかった。

しかし、現実は、そんな少女の甘い夢を許さなかった。

こともあろうか、あの母ジャンヌから、お見合い話が齎されたのだ。


当時、シャロンには、貴族や他国の王族の妻にと、多くの見合い話が来ていた。

母親ゆずりの才能と父親譲りのこの世界では、珍しい黒髪と黒い瞳の神秘的な美しさが拍車を掛けた。

とうとう断りきれなくなった。

『遠くに嫁にやるのくらいならば』と母は、自分の血縁の者と結婚させたのだ。

(もちろん、当時のシャロンはそんな事情など知らない)


『よりにもよって、母が・・・、あれほど父との恋愛を誇らしげに語っていた母が・・・。』


『母に裏切られた!』


シャロンは、自棄になりクリスと見合いをした。


クリスは、ジャンヌの血筋の金髪に碧眼でメガネ姿が知的な印象を与える端正な顔の美男子だった。

性格は、物静かで信仰心厚く何より向上心がある。また、少し抜けたところもあって憎めないところがあった。

女の子なら誰もが彼に惹かれたと思うほどの好青年であった。

もしも、クリスと出会いがお見合いは無く、別のものだったらシャロンは、恋に落ちていたかもしれない。


嫌々結婚したものだからか、彼の向上心がただの野心に思え嫌気が差した。

父は、最後まで私の気持ちを慮って反対さてくれた。(どうも、父のいた異世界の価値観では政略結婚はよくないものらしい。)

しかし、私が先に諦めてしまったのだ。

もしかしたら、私も・・・。


だからこそ、今でも“パパ”が大好きなのだ。


思えば、娘セレナーゼと甥マサト陛下との結婚を推すのは、“未練”かもしれない。


野心家の夫は、己の出世のために必ず娘を政略結婚させるだろ、すでに動いているようだ。私がどんなに反対しても、娘を説伏せるに違いない。

パパが反対していたのに、私が夫と結婚したように・・・。


『それに・・・。セレナは、パパっ子だから。容易く自分の夢をあの人に捧げてしまうでしょうね。』


女教皇ハイプリエステスとして忙しく、母親らしいことをしてこなかったことが悔やまれる。


『ならば、政略結婚の相手が、セレナの好きな人なら良いのだ。やはり娘の恋愛は成就させてやりたい。母として・・・。』


私は、前々から考えていた、娘の為にマサトとの結婚を強引にでも実現させようと動いていた。


『今日の会話もその布石のつもりだったのだか、こんなにすんなり決まってしまうとわね。』


そんなことを、つらつらと考えていて、クリスとの会話が途切れてしまった。


クリスは、不安げにこちらを伺う。


「ダメだったのか?」


「えぇ、マサトは嫌がっていたわ。」


クリスは、見るからに落胆する。


「そ、そうか。シャルが言っても駄目か」


「えぇ、でも思わぬ援護射撃があってね。」


クリスの顔に色が戻り


「お父さまがマサトを説得したのよ。」


私は、すでに盗聴防止の結界を張っていたので、パパがこの話に賛成したことを告げた。

(夫婦の会話でも全て結界を張るのが習慣になっているので、この事を、クリスが気にすることはない。)


「お義父上がか!」

クリスの目が期待に溢れた輝き、私の両肩を掴む。


「えぇ、そうよ。そうしたら、婚約どころか結婚まで決まったわ。」


「そっ、そうか!結婚まで決まったか!」

クリスは、そのままの勢いで私に抱きついた。今にも飛び上がらんばかりに喜びようだ。


『純粋に娘の幸せを考えての喜びなら言うことないのに…。』

クリスの抱擁から抜け出し、一歩距離を取る。


『まあ、結果的にあの娘も幸せになって、夫も野望の一助になるのだからいいのかしら。夫に関しては、所詮一助に留まるでしょうね。あの枢機卿タヌキたちが黙ってクリスに席を用意するはずもないし。クリスも器じゃないわ。さっきも失言していたしね』


そんなことを考えていたためか、シャロンの顔に影が差していた。


「どうしたんだい?シャル?」


「いえ、何も。」

そう言って、シャロンは、精一杯の笑顔を作ってみせた。


「そうかい?それにしても良かった。セレナのやつ喜ぶだろうなぁ。あいつ、マサト陛下に恋していたからな。初恋の相手だろ。いや、今でもか?」


『えっ?』

シャロンは、クリスがセレナの恋心に気付いていたことに驚きの声が漏れそうになった。


「どうも、悲恋になりそうだったから、あれこれ、新しい出会いはないか?と方々にいい男が居ないか声をかけていたのだが、無駄になったな。良かった。良かった。」


「何しろ、俺が初恋の相手と結婚しているのだ。出来れば、娘にもこの幸せを!とな」

頭を掻きながら、照れ笑いをするクリス。


「うそ!知らなかった・・・。」

『まさか、クリスが、娘の恋心に気づいていたなんて、ましてや、娘のために奔走していたとは・・・!』

『なにより、クリスが私に惚れていたなんて・・・。』


「あれ?知らなかったのかい?マサト陛下はセレナの初恋の相手だぞ。」

シャロンの動揺する様を勘違いしたのか、そんなことを訪ねてくるクリス。


「違うわよ。私があなたの初恋の相手だってとこよ!」

シャロンは、動揺のあまり何も考えずに語気を荒立ててクリスに『知らなかった』その内容を口走っていた。


「えっ?えぇぇ!」

クリスは、碧の目を掛けていたメガネが落ちそうな程大きく見開いて、叫んだ。


「知らなかったのかい?ジャンヌ様に無理を言って見合いをさせて貰ったから・・・。」


「その・・・てっきり、ジャンヌ様から聞いていると思っていたよ・・・。」


『うそ!うそ!うそ!・・・もしかして、ずっと、今まで私が勘違いしていたの!』

己の結婚の真相にシャロンは、驚きと共に何やら体の奥底から湧き上がる温かさを感じていた。


『私は、最初から愛されていた?19年間も一人相撲をとっていたの?』


「ふふ。ふふふ。ふふふふふ。」

シャロンは、なんだか自分が滑稽に思えて失笑してしまった。


「なに言ってるの?ふふふ。知っていましたよ。あなたが私とセレナーゼを愛していることわ。」

女としての矜持が、滑稽な自分の心境を悟らせまいと、シャロンに咄嗟に嘘をつかせる。


「じゃぁ、どうしたんだい???」

クリスは、首を傾げ、妻が何がおかしくて笑っているのか必死になって考えている。


シャロンは、下手に追及されないように、話を早々に切り上げることにした。


「ところで、あなた、これからどこかに向かうのでは?」

そう言って、クリスの持つ紙束に目を向ける。


「ああ、そうだった。では、詳しい話は帰ってからにしよう。」

そう言って、クリスは去って行った。


シャロンも、自分の部屋に向けて足を踏み出した。

その足取りは、先ほどまでのまるで逃げるような速足ではなく、軽やかでいて堂々としたものにあっていた。


『結局、あの人は私のドレスに何も言わなかったわね。久しぶりのドレス姿だというのに。』

シャロンは、ふと自分の姿を思い出して、クリスにドレスを褒めて貰えなかったことに残念に思う。

そして気づいた。好きでもない人の感想を聞けなかったことを残念に思うだろうか。


『あぁ、私もクリスを愛しているのね。』


『それに、名を呼ばれて”ほっと”したわね。』


シャロンは、今更ながら、自分の夫への愛情を確認して、うれしくなっていた。


シャロンが、自室に着いた時には、すでに長兄アニの私室を出てから、恐怖と不安は消え去っていた。むしろ、夫と娘を守るために最善の策を取らなければ、大好きなパパから齎された恐怖に立ち向かう勇気をシャロンは、手に入れていたのだ。


シャロンは、書斎机に座り、パパから受け取った紅い宝石を机の上において、それを指で弄びながら己のするべきことについて再考する。

それは、先ほどまで己を縛っていた恐怖に対して向き合うことだ。

その恐怖とは、“魔王”は復活するという事実に他ならない。

真聖アイリス教会は、勇者の存在を神と同等に重んじる。その為、“魔王”の力については否応なく詳しくなる。そして、その恐怖も大きなものとなる。


『やはり、勇者召喚魔法は後世に残すべきよね。』


パパは、勇者召喚魔法を完全に封印するだろう。

同時に、それは“魔王”に対する手段の放棄に思えて仕方なかったのだ。それが、不安で堪らなかった。


『パパは、お前たち(子孫たち)がいるから大丈夫だ。心配ない。』と言っていたが・・・。


神たる実父を欺き勇者召喚魔法の手がかりを後世に残す。大好きなパパの信頼を裏切るようで心苦しかったが、愛し愛される者に気付いたシャロンの決意は固かった。



外伝は、後1話で終わりそうです。

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