第6話 家族会議
勇者に女性問題はつきものです。
「これより、家族会議を開催する。」
おじい様の宣言により家族会議が開催された。
出席者は、初代勇者のおじい様、上皇の父上、現公爵家当主(貴族のまとめ役)の叔父様、現女教皇のシャルお姉さま(叔母さま)そして現国王の私(孫)の5名である。このユスティーツ王国の中枢が集まる会議を家族会議と言ってよいのだろうか?確かに、おじい様からすれば家族だが・・・・。
ところで、私は国王でありながらこの会議の議題について何も聞かされてない。おじい様は、思いつきで行動されることが多く、周囲の者が迷惑を被ることになることがしばしばある。一度、父上が御諫めしたのだが、おじい様は「忍者の学園長みたいな扱いをするな。」と訳の分からないことを言ってお怒りになられたそうな。結局、それ以降もおじい様の思いつきによる騒動は続いている。今回もその一つだと思っている。態々シャルお姉さまをお忍びで呼びつけて何を思い付いたのやら。
「いくつか話しておかなければいけないことがある。」
「まずは、孫たちの婚姻についてじゃな。」
その言葉に私はドキリとした。
「儂は、先ほどの話、進めてみようと思う。」
私は、咄嗟に惚けてみせる。
「マサトとセレナーゼの婚姻のことよ。」
おじい様は、ニタニタした笑いを私に向けてきた。
「待って下さい。先程の話は叔母上のご冗談で。」
「シャルお姉さまでしょ。今すぐ、婚姻とはいかないでしょうけど。でも、セレナの婚約の話は本気よ。」
「是非、そのようにしましょう。」
シャルお姉さまは、にこやかにほほ笑む。
「いや、ですから・・・。その・・・ですね。」
私は、何とかその話をはぐらかそうと試みるも上手い口実が思い浮かばず、あたふたしてしまう。
「マサトよ。落着け。まずはおじい様の話を聞こうではないか。」
「おじい様、なぜマサトとセレナの婚姻なのですか?先ほどの我々の話を聞いて思いつたのではないのでしょう。最初から、この話をするために我々を集めたように思えるのですが。」
父上の指摘を聞いて、おじい様が、わざわざシャルお姉さまをお忍びで呼びつけたのは、この話をする為かと合点がいった。とするなら、何か理由が用意されていたはず。そして、その理由に意味がないと証明出来ればこの婚姻話を断れるのではと思いまずはおじい様の話に耳を傾ける。
「もちろん、理由はある。が、その前に。」
「先ずは。」
そう言って、一度目を瞑り集中してから、見開いた。おじい様から光の幕が部屋全体を包んだ。この部屋は上皇たる父上の私室だが、誰かが聞き耳をたてているとも限らない。盗み聞きなど不遜な行為だが、情報は狸や狐が化かし合う貴族にとっての最大の武器、そのため情報収集には余念がない。本当に聞かれたくないことは、その都度、結界を張る必要がある。結界を張るほど重要な話がされたという情報を与えることになるのだが・・・。
「ヨシトよ!これからの話は、他の者には訊かせる訳にはあかんのでな。部屋を隔離した。」
「では、始めるか」
「今朝の会議、帝国の脅威についてだが本当の脅威に気付いておらん。」
「戦車などの魔法科学なぞ脅威になりえん。わかるかマサトよ」
『分かるかの?』とおじい様のニヤニヤとした表情が言外に挑発してくる。私は、自身の婚姻のことで頭が一杯であったため、急な問いかけに困惑する。正面に座る父上や叔父は何かに思い至ったようだ。ハットした 顔して眉間に深い皺がよる。
「相手、つまり帝国の立場で考えてみぃ。自ずと見えてくる。」
おじい様は、ヒントをくれた。
『帝国からすれば、我が国の最大の戦力は、最新の魔法科学兵器だと思うがなんと言っても魔法科学の発祥地というアドバンテージがある。しかし、彼方には賢者の称号を持つあのお方がいるし何よりも人口が我が国の倍はあるのだ、人材の層の厚みがある。先ほどおじい様もそのことは否定していた・・・おじい様。そうだ、一番恐れているのは、おじい様。つまり、勇者!』
そのことに思い至って顔が蒼白になる思いがした。そして、改めてこの国がおじい様(勇者)に依存していることに得も言えぬ不安と王としての己の不甲斐なさに苦い思いがする。
「分かったようじゃな。ほれ、答えてみぃ。」
「それは、おじい様。いや、勇者です。」
「その通りじゃ。」
「もしや、勇者召喚の魔法を帝国は成功させたのですか。あちらにも、勇者がいると。」
「その事じゃが、少なくとも召喚魔法の研究はしているはずじゃ。もしかしたら、何度か召喚魔法を試しているかもしれん。」
「しかし、成功はしていない。断言出来る。」
おじい様の揺るぎない自信溢れる言葉に最悪の事態が無いことにこの場にいる一同は、“ほっと”する。
より確信を得るためにその理由を父上がおじい様に問うた。
「なぜ、“ない”と言い切れるのですか?」
「その問いに答える前に・・・・ところで、お前たちは、勇者とは何者だと思う」
「そんなの、女神アイリスが異世界からこの世界アスラドにお招きになられた方。女神アイリスの寵愛の受け、邪悪な魔王を討った至高の存在ですわ。そして、私たちの敬愛するお父さまです。」
とシャルお姉さまが顔を紅潮させて答えてみせた。
「後者はシャルの言う通りだか、私は違う人類の対魔王兵器だと考えます。」と父上は答え。
「俺も兵器とは言わんが戦力であったのは間違いないだろう。我が父ながら、女神と同じ存在だとは、信じられぬ。いや我が父だからこそか。」同意を示すジャン叔父上。
「まぁ、兵器など戦力などと神の教えを学び直されてはいかがですか?」
お二人を睨むシャルお姉さま。
「強大な加護力を有しているは間違いないことだし、女神の寵愛を受けた存在なのは否定しないが。」頬を引き攣らせながら答える父上。
『解らない?』これがおじい様の質問に対しての私の素直な回答だ。
『為政者としての父上と軍人としての叔父上の意見が奇しくも一致した。シャルお姉さまは、女教皇(教会)としての意見であろう。』
「どちらも正しいのでは?」と苦し紛れにおじい様に尋ねる。
「確かに、この世界では、正しい。しかし、本質は掴めてないな。」
「勇者とは、強力な力を持った異世界人。」
「その本質は、世界の理から外れた者の事じゃな」
私たちは、驚愕した。おじい様が異世界から来たとは知っていたがその意味について深く考えたことがなかった。なにより、この世界の理の根源たる女神アイリスの加護力をおそらく世界で一番持っいて、使いこなせている存在が理から外れるとは想像すらしまい。
召還された勇者がこの世界の理から外れた者だとすると、“勇者召還魔法”は“世界の理から外れた魔法”になる。
ここで大きな矛盾が生じる。そもそも、魔法とは、この世界に満ちる女神の加護力を利用し、物理的法則を魔法的法則によって改竄や変換する業の総称である。例えば、物に火を灯す魔法は、物理的法則では、可燃物と酸素と熱が必要になるがその要素の一つを女神の加護力で置き換えることで発動する。酸素を置き換えると水の中でも火がつくし、熱を置き換えると熱くない松明を作ることが可能になるのだ。 これらは、魔法的法則に則って行われる。魔法的法則もまたこの世界の理の一つである。
では、世界の理から外れた魔法はどうなるか?答えは簡単、何も起こらない、失敗する。
ゆえに魔法に携わる者は、その魔法的法則を解き明かすことに情熱を燃やす。
「“勇者召喚魔法”は、必ず失敗するのじゃ。世界の理を外れているが故に・・・。」
「そんな信じられません。」
「事実じゃよ。“勇者召喚魔法”は成功せん。安心したじゃろ。」
「いえ、信じられないのは、パパが世界の理から外れていることですわ。それでは、まるで、パパは・・・・・」
そのまま、シャルお姉さまは口を閉ざした。
『まるで、魔王・世界に混乱を齎した者。』シャルお姉さまの言わんとしたことがここにいる皆に伝わった。
「しかし、どうにも解せませんな。父上が強大な加護力をお持ちなのは事実。これほどの女神アイリスの加護を持ちながら世界の理から外れているとは、思えません。」叔父上が冷静におじい様に反論した。
「世界の理から外れている故にじゃよ。異物から世界を守るために儂を取り囲んでおるのじゃ。その力を取り込んで今に至る。」
『あぁ、そうか。人体の免疫活動と同じなのだ。』と『そして、それを取り込むことでおじい様は、この世界から排除されずに生き延びている。世界の免疫活動を騙して・・・。』と一同は理解した。
とはいうものの、まだ最大の謎が残っていた。
「では、おじい様は・・・何故・・・このアスラドに御座すのですか?」
私は、自分の祖父の存在を否定することになるこの謎を恐る恐る尋ねる。
「一つあるじゃろ。魔法が失敗してなおこの世界に変化を齎せる現象が。」
「まさか!」
思いもよらない答えに、つい声が出る。
「ま、魔法災害でしょうか。」
魔法が失敗したとき、通常何も起きないのだが、時折、大規模な魔法を失敗したとき大暴走を起こす時がある。原因は、魔法のために集められた加護力が魔法の失敗で暴走するためとされている。
「しかし、あれはまさしく災害。魔法災害を起こして何かが召喚されたことなど聞いたことがない。」
魔法災害はまさしく災害である。森を荒野にしたり、小さな街を氷づけにしたりさえある。
「おぬしの祖母は、ジャンヌは奇跡を起こしたのじゃよ。」
祖母を懐かしみ優しく答えてくれた。
「詳しくは、長くなるゆえ、こんなものを用意した。」
おじい様は、小さな赤く透明な宝石を4つ懐から取り出した。
「これは、情報を劣化させずに保存しその内容を特定の人物にだけがその内容を閲覧出来る魔法具じゃ。」
「閲覧権限は、最後の権限者が指定できるようになっている。また、それぞれ合言葉を設定出来る様になっとる。では、それぞれ一つずつ手に取って額に当ててくれ。」
言われるままに、各々が赤い宝石を額に当てる。
「合言葉は、儂の世界の言葉で、『愛と勇気を友に!』だ。」
赤い宝石から光が迸る。すると、頭の中に情報の波が押し寄せてくる。一瞬、頭がクラリとしたがすぐに初めから知っていたように情報が頭に定着した。不思議な感覚である。
おじい様は、皆の顔を見渡す。そして、無事に魔道具に記録された情報が共有されたことを確認して話を再開した。
「分かってくれたと思うが、この世界アスラドの真理の一端がこの魔道具には込められている。よって、国王と教皇そして公爵のそれぞれに受け継いて貰いたい。このままじゃと素気ないから、簡単な装飾を施すことも可能なように作っておる。じゃから、好きに弄るといい。」
そう言って、父上から紅い宝石の魔道具を受け取り、懐から短剣を取り出してその短剣の柄頭に填めて見せた。
一同は手に握る紅い宝石を一瞥してから互いの顔を見て頷き合った。
「では、話を戻そう。意図して勇者が召喚されることはまず無いと、理解出来たとじゃろう。しかし、偶発的に成功することがあり得るのも事実じゃ。」
「勇者(異世界人)は、危険じゃ。」
「そこで、完全に勇者召喚魔法を封印する旅に儂は出ることに決めた。召喚魔法には、どうしても豊富な地に宿る力が必要じゃ。この地に宿る力が豊富な場所は世界中に点在している。そこで、世界中のパワースポットを回り封印を施し、最後にこの王都にある儂が召喚された場所を封印する。秘密裡に行うため、時間はかかるだろうが、3年もあれば可能じゃろう。」
「おじい様・・・では、3年もの間このユスティーツ王国を離れられるのですか?」
私は、先ほど感じたおじい様に頼り切りの己の不甲斐なさよりも、頼りのおじい様がいなくなることの不安が勝ってしまい、情けなくも判り切ったことを質問してしまった。
「安心せい。必ず、戻ってくるわい。その時には、マサトとセレナーゼの子の顔を見せておくれ。」
『そうだった!』あまりの情報量にそのことを失念してしまっていた。
「お・・おじい様、そのやはりセレナーゼとの婚姻は考え直してはくれませんか。」
「判っておろう。無理な相談だ。」
明らかな怒気を孕んで、黒い瞳が昏い輝きを放つ。
「儂は、異世界人で、この世界アスラドの理を外れた存在じゃ。そして、お前たちは、儂の血の系譜に連なる者である。後は、分かるな。」
「・・・私たちも・・・また・・・世界の理から外れる・・・。」
「・・・その通りじゃ。」
おじい様は、苦虫を噛み潰したかの様な表情で私の答えを諾う。
「儂の血筋は、この地に封じなければならん。しかし、絶やしてもならん。魔王が顕れんとも限らんからな。」
「・・・。」
全て判っていた。セレナは可愛く何より私を深く愛していることは知っていたし、私も嫌いは無い、むしろ愛していると言っても良い。ソフィアのことが無ければ結婚していただろう。だが、ソフィアのことが諦められない。
「おぬしの気持ちは、判っておるつもりじゃ。ソフィア嬢のことじゃろ。」
私は、『諦めろ』と言われると思いおじい様から顔を伏せた。
「この場で、ソフィア嬢との結婚を認めよう。しかし、セレナーゼとも結婚してもらう、セレナーゼを蔑ろにすることも許さん。ソフィア嬢との結婚をセレナーゼの結婚と同時に決めたのじゃ。セレナーゼが傷ついてしまうかもしれん。」
「どうか、セレナーゼに優しくしてくれ。儂のわがままで孫の幸せは遠退くのは我慢ならん。お前もセレナーゼも。」
「判りました。お受けいたします。」
『私は王だ。私を愛する女と私の愛した女を同時に守れなくて多くの民を守れるものか。王として人として強欲に愛すべきものを受け入れ、そして守ろう。』そう私は決意した。
暫く、今後の方針や具体的な取決めなどを相談した。
「では、儂は準備がある故、先に出るとしよう。皆、あとは頼んだぞ。」
「「はい。父上。(パパ。)(おじい様。)」」
おじい様に対して一同に頭を垂れた。
「では、俺も失礼しよう。」
ジャン叔父様も席を立った。
「あら、ジャンお兄さまももう行かれるの?では、私も御いとま致しましょう。婚礼の準備もありますので。」
シャルお姉さまも席をたった。
「次は婚礼の場で会いましょうね。」
私にほほ笑みながら手を振って部屋を出て行く。
「はい、シャルお義母様。」
私も手を振って応えた。
部屋には、父上と私だけが残された。私も退席しようとしたが、父上に止られる。
「まぁ、待て。折角の機会だ。ゆっくりして行け。」
そう言って、父上はハンドベルを鳴らしセバスを呼び、ワインと軽食を持ってこさせた。この後、私たちは、身分という枷を外し親子として一晩中、語り合った。父上は、私の結婚を心から祝福し、結婚生活に措ける留意点を自身の失敗談を交えて教えてくれた。最後は、母上との惚気話になったが気に為らなかった。
何気にハーレム宣言したマサト陛下、大丈夫か?