第5話 えっ?パパ!家族会議開催
あけましておめでとうございます。
めでたい。めでたい。ようやくひ孫の顔が見れるわい。」
嬉しそうに目を細めて頷いているのは、漆黒の瞳にやや白髪まじりの黒髪の壮年の男だった。祖父(初代さま)である。
「「パパ!」」
二人の女性の驚きの声が重なる。
「「えっ?」」
またしても重なる声。
しかし、その表情は異なっていた。一方は、獲物を狙う肉食獣のような眼光で相手の女性を睨みつけている。他方は、一瞬だけシマッタという苦い表情をした後、無表情で何もない虚空へと目を逸らせる。
前者は、わが叔母であるシャルお姉さま。おじい様の一人娘である。よって、“パパ”と呼ぶのは至極当然?(元王族の成人した女性が父親をパパと呼称するのは問題ないとは言えないが・・・)そして、残念な程のパパっ子である。(敬虔な信徒たちには、女教皇という立場上、教義により初代勇者を神と同位の存在と定められているため、大げさに敬愛の念を表現しているのだと、好意的に受け取られている。)
後者は、私付きのメイド騎士のメリル、美しい金髪の少女。当然、祖父の血など一滴も流れていない。しかしながら、メリルは、おじい様とお婆様が運営している孤児院の出身。その孤児院では、おじい様とおばあ様が、子供たちにパパ・ママやお父さん・お母さんと呼ばせていたはずである。咄嗟に、“パパ”と呼んでしまったのだろう。先程、私の私室でのセバスとのやり取りの後から、メリルはずっと考え事をしていた様子だったので、周りの状況に注意が及んでいなかったようだ。
暫く、メリルを睨んでいたシャルお姉さまだが、そのメリルから一向に説明が無いため矛先を変えた。
「お・と・う・さま~。」
実父に『どう言うことですか?』とジト目を向ける愛娘ことシャル叔母様。
「ど、ど、どう言うも。な、何も・・・」
余りの迫力に意味もなく言い淀んでしまう、おじい様。もはや伝説の勇者の面影はない。
先程まで気まずそうにしていた金髪の少女がニヤリとかすかに笑った。
『あっ、あの顔は・・・メリルが悪戯を思いついたとき顔だ。』
私は、嫌な予感がしたが、火中の栗を拾う真似はしたくはなく、静観することにした。
「パパ、ごめんなさ~い。王宮では“パパ”って言っちゃダメだって言われていたのに、突然でびっくりしちゃってツイ。」
「バレちゃった、ごめんねぇ、パパ。」
妙に“パパ”にアクセントをおいて甘えるように謝罪するメリル。あえて誤解を生むような言い回しをする。
「みっ、皆に秘密にするように言い含めていたなんてっ!」
「説明を求めます。お・と・う・さ・ま!」
ますますその眼光は鋭くなるシャルお姉さま。
「あ~、その、秘密にしている訳では無くてだな。その、何というか。」
煮え切らぬおじい様の返答は、シャルお姉さまの妄想に火を着けた。
「まさか、(ジャンヌ)お母さまの他に側室でもお持ちだったのですか。」
「あれ程、側室を持つようにとの周囲の要請に首を縦に振らなかったお父さまが、陰でこのような娘を作っていようとは。しかも、後宮に迎え入れずに陰でコソコソと。(ジャンンヌ)亡きお母さまはご承知でしたの?」
「なっ。まっ、待て、待て。間違いなく、儂はジャンヌ一筋であったぞ。」
両手を前に突き出して手を振って必死に否定するおじい様。
しかし、シャルお姉さまの妄想は留まることを知らない。
「『あったぞ。』って過去形で・・・。まっ、まさか、娘ではなくて・・・そういう意味の“パパ”なのですね。お母さまがお亡くなりになってから、お手付きになられたのですか?いまでは彼女にお熱なのですね。お父さまがメイド好きなのはお母さまから聞かされていましたが。まー君のメイド騎士になんてことを。」
「まっ、まさか!そんなハズなかろう。いや、だから一度落着け。」
「つまりだな。ほら、儂との関係が周囲に知られるとこの娘に良くないと思ってだな。」
『わざとでは?』と思うような、ますます誤解を招く説明をするおじい様。
しかし、おじい様がメイド好きだったとは、考えてみれば、護衛の女性騎士がメイドである必要性は乏しいよな。物心ついた頃には、メイド騎士(当然メリルとは別の人物)が自分の護衛と身の回りの世話をしていたので、自然とそういう者だと思っていたが。
「やはり、関係を持たれたのですね!!」
「娘の私、いや孫よりも若い娘を・・・・。あぁ~。なんて嘆かわしい。」
右手で目を覆い、顔は天を仰いで嘆くシャルお姉さま。
「違うと言っておろうが。一切、関係などないわ~。」
と叫ぶおじい様。
「そんな。関係ないなんたて・・・あの夜、私に“パパ”と呼んでくれと肩を抱き寄せたのは嘘だったの?パパ!」
そこにさらに火薬を放り込むメリル。
そして、自分の体を抱きしめて悲しみに耐えるかの様に蹲る。
その様子を見てシャルお姉さまは何か思うとこがあったのか、メリルの隣に行き慰めるように彼女の肩に寄り添った。
「パパ。ちゃんと認めてあげて!言い訳するほど彼女が可愛そうよ。」
メリルの手を取りおじい様を睨みつける。
『なんだ、この茶番は?』私は、おじい様とメリルの真意に考えを巡らせる。
おじい様については、確信がある。メリルは、王宮の女性エリートであるところのメイド騎士で、しかも国王である私専属である。憧れと嫉妬を多く集める地位にある。そんなメリルが、おじい様の孤児院の出身者で“パパ”と呼ぶほどの親しい関係となると周囲がしれば、メリルが実力ではなく、おじい様のコネ(露骨に言えば、オンナの武器)によってその地位に就いたのだと邪推するだろう。必ず周囲の嫉妬や悪意がメリルに振りかかるのは目に見えている。だから、王宮では、その関係を隠すように言い含めたのだろう。
メリルについては、よく解らないが、推測程度は出来る。メリルは、おじい様に育てられた事を誇りにしている節がある。メリルは、よく私に宝物を見せるかのように目を輝かせながら、孤児院の生活での出来事を話してくれる。きっと周囲の嫉妬や悪意を気にするよりも、おじい様に育てられた事を隠す方が辛いのではなかろうか。だから、この機会におじい様に意趣返しただろう。ただの悪戯でないことを祈る。
祖父(おじい様)と叔母(シャルお姉さま)とメイド(メリル)による喜劇を傍観しながら、『いい加減止めなければいけないなぁ』などと思うが、私には出来そうにないので父と叔父にアイコンタクトを送る。
叔父は腕を組んで、目を瞑っている。いつもは軍人らしく慇懃とした空気を纏う叔父だが、今は、その存在が希薄に感じられるほどに気配を消している。
お父様は、手にした紅茶に目を落し、只々、自分のカップの紅茶に意識を集中させているようだ。
結局のところ、お二人とも、巻き込まれたくないようだ。
叔母とメイドに睨まれてうろたえるおじい様。
気まずい膠着した空気を粉砕したのは、お祖父様の後ろに控えていたメイド騎士マリル。
「お父さま、ヒドいですわ。『私にもあの日抱き締めて家族になろう、お父さまって呼びなさい』って、他の娘にも同じ口説き(セリフ)をしてたなんて。」
マリルはふっさふさの尻尾を左右にふりながら、悲嘆に暮れた顔で、核爆弾を投下した。
『あぁ~確か、マリルもメリルと同じ孤児院の出身で親友でありライバルなんだとメリルに聞いたことがあったなぁ。どうでもいいけど、マリルは“お父さま”なんだ。』と私の思考は現実逃避する。
「ヒドい(ですわ)」
とメイドたちは、言って両手で顔を覆う。追い打ちである。
おじい様は、泣きそうな目をしている。
プチっ!シャルお姉さまは、何が切れてブツブツ呟く。
「・・・いまここに・・・聖なる・・・顕わし邪悪なる・・・」
あれは、聖光属性による戦略級魔法『無慈悲なる神戟』の呪文!!
シャルお姉さまが、唱えていた呪文に気づきすぐさま止めに入ろうとしたときには、叔父様がシャルお姉さまの背後から抱きついて動きを止め、父上がパシッ。とシャルお姉さまの頬を打った。
「何をなさいますの。お兄さま。」
「お前こそ、何をしているのだ。」
「お父さまに取りついた色魔を払わなくては。」
「色魔どころか、王宮が吹き飛ぶわ。」
打たれた頬に手を当てながら、父上を睨みつけるシャルお姉さま。
怯むことなくシャルお姉さまの目を見つめる父上。
初代勇者の威厳は何処へやら、オロオロと狼狽えるおじい様。
気まずそうに、顔を俯ける二人のメイド騎士たち。
沈黙が、その場を支配する。
しかし、すぐにその支配は解かれた。
「何をしている!メリル・マリル。」
沈黙を破ったのは、おじい様の紅茶と私たちに新しい紅茶を持って来たセバスであった。
すぐに、何があったか悟ったセバスは、元凶のメイド騎士を叱りつけた。
「二人とも悪ふざけをしおって。ここは良い。下がりなさい。」
セバスは、メリルとマリルに退室するように命じる。
「セバス、待ちなさい。まだ、二人には聞きたいことがあります。」
シャルお姉さまがセバスに咬みついた。
セバスは、シャルお姉さまに恭しく優しい口調で
「シャロン様。シャロン様の女教皇として物事の道理を見極めるご晴眼に、私は常々感服いたしております。」
「えっ、えぇ。当然ですわ。神に仕える者として世の道理を違える訳にはいきませんもの。」
シャルお姉さまは、セバスの言葉とは裏腹に強い眼差しにやや気おくれしながら肯定する。
「しかし。」
急に語気を強めるセバス。
「淑女としての振る舞い方をお忘れのご様子。」
セバスはシャルお姉さまを睥睨し続ける。
セバスのあまりの気迫に、シャルお姉さまは口を閉ざしてしまった。
実は、シャルお姉さまの礼儀作法は全てセバス仕込みだ。その教育方法はかなり厳しくシャルお姉さまはセバスに対して苦手意識を持っていたことも、シャルお姉さまの口を閉ざさせた要因であった。
おじい様は、勇者とは言え、異世界では一般人であったらしい。(召喚当初から、おじい様は、かなり高い教養を持っていたので周りの者は信じていない。)おばあ様は、幼い頃から教会に預けられていたため、教会での儀礼などには精通していたが、貴族の礼儀や嗜みなどの貴族文化については疎かった。(ちなみに市民一般の常識にも疎かった。)
お二人とも、王族としての振る舞い方など知る由もなかったのだ。幸いなことに、勇者と聖女として魔王討伐の功績が有るお二人に関しては、多少の礼儀を知らなくとも見縊られることはなかった。しかし、新興国の王家がそのような体たらくでは、周辺諸国や帝国に軽んじられると子供たちに厳しい教育係を付けた。その教育係に抜擢されたのがセバスだ。セバスは、元帝国の裏組織の住人だがその出自は貴族の三男で、他国の皇室や王室に潜入するために礼儀作法は当然の嗜みとして習得していたのだ。
シャルお姉さまが口を閉ざしたことでこの騒動に終止符が打たれた。
『それにしても、おじい様のスキルはすごいな。』
私は、先ほどの大混乱(喜劇)を頭の中で整理しつつ、セバスが淹れてくれた紅茶に口をつけた。
そもそも、メリルの冗談で済む話が戦略級魔法『無慈悲なる神戟』による王宮崩壊の危機にまで大きくなったのには理由があった。
その理由が、スキル『ハーレム』である。その効果は、おじい様に対して好意を持っている複数の女性の思考を阻害し気づかれることなく、その好意を増大させ少女的思考に誘導する。また、このスキルは常時発動型で条件に適した環境の下では無意識に発動してしまう。もちろん効果のキャンセルは出来るが一度発動しなければキャンセル出来ない。
スキル『魅了』と似ているがこちらは任意に対象一人を選択し完全虜にするが対象の精神力により成功率が大きく変わり対抗も可能である。
おばあ様は、おじい様への愛がスキルの所為ではないかとかなり悩んだらしい。一方、おじい様も、女性からの好意がスキル『ハーレム』によるものでないかと疑心暗鬼にかられ、彼女たち絡みのトラブルから女性恐怖症に陥りかけたと語っていた。
スキル『ハーレム』とは、恐ろしい能力だ。精神攻撃に耐性を持つ様訓練を受けているメイド騎士メリルとマリルはもとより、まさか、自分の娘(シャルお姉さま)にも有効だったとは・・・・。(シャルお姉さま、『ハーレム』の所為ですよね。)
スキルは遺伝することがあるので、孫としてこのスキルを受け継がなかったことの幸運に感謝しつつ、また紅茶を口に運んだ。
その後、おじい様は、メリルとマリルが孤児院の出身で、自分の所為で彼女たちに嫉妬や悪意が行かないようにしていたことを説明し、シャルお姉さまが落ち着いたのを見計らい、セバスを退室させ、今日の集まり本題はいることを宣言した。
「これより、家族会議を開催する。」
『もちろん議題は、おじい様の女性問題ですよね。』と私たちはそんなツッコミを心の中で入れた。
後、2話で本編に入ります。