閑話 初代さまの想い
突然、会議に参加した初代さまの思いを書いてみました。
ユスティーツ王国会議から時はおよそ3か月ほど遡る。
今年に入り体調を崩した妻のために保養地として有名な南の地ブルーシスの離宮で療養していた。ゆっくりと痩せ細って行く妻を前に、儂は勇者として強大な力を持っていても何も出来ない自分の不甲斐なさを呪った。
しかし、妻は優しく「仕方がないことですよ。それより今日は気分がいいので砂浜を散策いたしましょう。」などと気を使ってくれる。
そんな日々も長くは続かず、妻ジャンヌは死んだ…。まだ72歳だった。
地球では、平均寿命以下ではあるが、“若すぎる死”とは言われないだろう。
しかし、この世界アスラドではいささか事情が異なる。通常のヒト族の平均寿命は50歳といわれている。平均寿命の短さは乳幼児死亡率の高さやモンスターの被害による死亡者が一定数あるためだ。しかし、女神の加護による寿命格差が存在する。強大な女神の加護を持つ者は、おしなべて150歳を超える長寿だ。聖女であった妻も当然のことながら、強大な加護を持っていたにもかかわらず…死。早すぎる死である。
若き日の魔王討伐の旅で体を酷使したのが、祟ったらしい。
妻ジャンヌの最後の言葉が身に染みる。
「あなた、愛してくれて、ありがとう。」
「そして…」
「ごめんなさい。あなたを召喚して…。本当にごめんなさい。ずっと、ず~っと謝りたかった。」
彼女の目から、“ツー”と一筋の涙があふれて頬を伝っていた。
儂は、妻の涙を指で掬い
「ああそうか」と呟いた。
儂は、世界を良くしようと言い訳して故郷を作っていたのだ。この世界にはこの世界の良いところがあるというのに。
この世界の良さを否定して、世界の発展と称し地球の科学技術や文化を取り入れることに躍起になっていた。儂の居た地球をいや、日本を作ろうとしていたのだ。儂は、只々己の望郷の念と、この異世界で生きていくことを強いられたことへの復讐の念を満たそうとしただけだったのだ。
そして、彼女は、そんな儂の心の裡をよく知っていた。この世界に儂を召喚したのは当時最高の聖女であった彼女自身だ。きっと彼女はそんな儂の妻として間近に居て身に詰まる思いだったであろう。そして、自分がいる世界を愛せていないことは、“悲しいこと”だと、“歪んだこと”だと、自身の死の間際に俺にそう気づかせてくれたのだ。
「すまない。」
謝るのは俺の方だ!
「ありがとう。」
感謝するのは俺の方だ!
儂は、静かに眠る妻を抱きかかえ大声で泣き叫んだ。もう二度と覚めることのない眠りについた妻へ確と伝わるように叫んだ「すまない」「ありがとう」と大声で何度も何度も…。
『この世界を愛そう』
『彼女と生きたこの世界を』
儂は、ジャンヌの最後の言葉に茫然自失のまま、妻の葬儀を粛々と済ませ、儂はそのまま自室に引き籠った。
儂は、自室で人が偉業として讃える異物たちを一から見直すことから始めた。そうすると、今まで見えていなかったいくつもの問題が見えてきた。
そして、自らその多くを破棄することを誓ったのだ。これは、いままで蹂躙してきた異世界へのけじめであり、最愛の妻への贖罪なのだから。
そして、新たに種を蒔こう。今度はこの世界アスラドを愛して。
儂が作った異物を破棄又は封印は、途方もない労力がいる作業だろうが可能だと考えている。そんなことよりも、ある問題が儂の頭を悩ませていた。それは、異世界からの勇者召喚魔法のことだ。
儂は、先ほど手元に届いた勇者召喚魔法の資料に目を通す。この勇者召喚魔法だけは必ず滅さなければない。勇者召喚は、勇者としての儂の根幹であり、すべての元凶である。
この世界はこの世界に住む者の手によってその歴史を紡がれなければならない。どんなに絶望的な事件が起きても決して異世界人に頼ってはいけないのだ。好き勝手にこの世界に変革をもたらした儂だからこそ強く思う。
また、儂は、妻の最後の指摘通り、この異世界からの勇者召喚を怨んでいる。ある日突然見知らぬ世界に跳躍され、魔王との戦いを強要され、しかも元の世界には帰られないと知ったときの絶望感は未だに忘れることが出来ないでいる。思えば、妻や旅の仲間たちは、そんな儂を慰めようといろいろしてくれたものだ。妻は、死の間際まで心配してくれていたのだろう。
この勇者召喚魔法を詳しく調べた結果、この魔法を失伝させることができないことに絶望した。この魔法自体は、ごく普通の召喚魔法のアレンジに過ぎないのだ。
ただ、召喚対象が当時の最強最悪の魔王を倒せる青少年となっておりその想定される魔王像がもはや神にも等しい力に設定されていた。
当時の魔法を開発した者の魔王に対する絶望が表われていると思われる。この魔法では、異世界からの勇者召喚なんて出来るはずが無いものだった。
もしかしたら、この魔法の開発者は、少しでも魔王を倒し得る可能性を秘めた青少年を見つけ出すことを目的にしたのかもしれない。
召喚対象が青少年に限定しているのは、召喚された者を保護し、鍛えて、戦力の充実を図ったためなのだと推測すれば辻褄が合うように思える。
しかし、異世界から神に等しい力を持った勇者を召喚することに成功してしまった。
つまり、偶然なのである。
成功の理由としては、その魔法を発動した場所の地脈による地の力、と救いを求める人々の精神の力が召喚の儀式場に特殊な力場を生み出したこと。加えて、当時最高の術者であった聖女ジャンヌによって行使されたこと。これらのことが、魔法の効果が時空間を超えて及ぶという非常識な結果を齎したとしか言えない。
まさしく、神の奇跡である。
兎にも角にも、偶然の産物を完全に消し去ることはできない。
儂が召喚されたときに用いた召喚魔法陣は、破壊し尽くすことは出来たとしても、ごく普通の召喚魔法のアレンジに過ぎないのだから、新たに作ることは容易い。
また、召喚に必要な地脈の力と勇者を求める民衆の精神力というのも始末が悪い。
地脈の力を無くそうとするには、この世界を破壊する以外にない。風水の様に人口的に山や河の造成でどうにか出来る都合の良いものではない。
そして、勇者を求める民衆の精神力だが、すでに儂が魔王を倒したことによって“勇者”という存在が広く“人類の救世主”として心に刻まれている。今更、民衆が勇者をなかったことにするなんて出来ない。次の人類の危機には、自然と救世主たる勇者を求めるだろう。
次善の策として取敢えず勇者召喚に使われた召喚魔法陣は破棄させよう。儂が召喚された当時の記録やその資料もまとめて全部である。
召喚魔法は、建国前のこの地にあった教会で、当時最高の聖女であった妻ジャンヌが行なったため、それらのすべては教会とこの国に残っていたのは幸運であった。
これの作業は、秘密裡に行うため女教皇である儂の長女シャロンに行わせよう。彼女なら確実に処分してくれるだろう。
そして、召喚が行われた場所の封印は、地の力を封じるのに特殊な細工が必要であるため最後に儂自ら行おう。
さて、つぎは未来への種を蒔く作業だ。
そのために身分を隠し世界中を旅することにした。
世界中を旅するにも何より身分を隠すにも一度王都に戻らないとだめか。王都なら、偽の身分証を発行したり、国境を通るための手形なども用意したり出来るからだ。
元々妻ジャンヌの療養ために滞在していたこの南の離宮から妻ジャンヌ付きであった犬の獣人のメイド騎士マリル一人だけを供に一度王都に戻ることにした。
これから儂のやるべきことは多く、またその一つが帝国との戦争の危機として顕在化している。
そのため一刻の時間も惜しいので、勇者としての力の一つである転移の加護を使っての転移魔法で王都ジャスティアに行くことにした。
転移魔法は便利だが制約も多く、供に転移できる人数が限られるうえ、人数に反比例して一度の転移距離が短くなる。十年以上使ってなかった勇者としての力発動に不安もあったため随伴を一人に絞った。しかも、王都までだ。
後は、転移魔法の制約ことやこれからすることの内容を考えると動きやすいので一人旅だ。
『そういえば、旅はよくしたが、魔王討伐を含めて一人旅は初めてだなぁ。いつもジャンヌが居たからな。』と気づき何とも言い得ぬ心細さが湧いてきた。
「さぁ、これから忙しくなるぞ。」
気づいた心細さを紛らわせるため声に出して自身に喝を入れた。
「はい!初代・お父さま。」
誰かに言った言葉でないのに返事があったので、声の方を向くとマリルが奥の給仕スペースから出てきた。
マリルは、メイド服の上から胸当てを装着し、上腕を手甲で被い、膝丈のフリルが可愛いスカートの下から覗く黒いタイツの脛部分はレーガスに覆われていた。武器は、馬も一太刀で割断出来そうな片刃の少し反りの有る大太刀が背負われている。
マリルは、女の子らしい華奢な体だが獣人としての種族特性である怪力を生かして背中の大太刀を自在に操る刀の達人である。
「えっ。・・・」
儂がマリルの完全武装をしている姿から、『もしかして旅についてくるつもりなのか。』と戸惑いを見せると。
「さぁ、さぁ初代・お父さま。」
といつの間にか儂の左腕に抱いて体を密着させて『放しません。』と上目使いで訴えかけてきた。
マリルは、儂とジャンヌで運営していた孤児院出身で儂と二人のときは、“初代・お父さま”と呼ぶ。儂としては、“二代目・お父さま”がいるのではないかと心配だ。そんな若干現実逃避気味な思考をしながらマリルの様子を伺う。
マリルは、にこやかにほほ笑みながら、亜麻色のふっわふわのシッポをパタパタと振っている。
『ちょっとシッポを捕まえてモフモフしたい。』という誘惑が儂の心に芽生えたが無視する。
また、くだらない現実逃避思考を打ち消して何と言ってマリルを説得しようか思案する。彼女を王都につれて行くのは王都での手続きや雑用を任せるためだ。
嬉しそうにしているマリルに悪いのだが、その旨を伝える。下手な言い訳より良いだろうと結論づけてのことだ。
「お前は、王都までで構わんのだが…。のう」
「はい!最後までご一緒致します。」
メリルは、『王都からは一人で行く』という儂の言葉にかぶせ気味に、当然、ついて行くと元気に宣言した。
儂が、渋い顔を顕わにすると。
「ジャンヌお母さまのお言いつけですので。『初代・お父さまは、肝心なところでヘマを為さいますのでしっかりお支えしろ』と。ですから、マリルは、初代・お父さまから離れることはございません。」
「ジャンヌの名を出すのは反則ではないか。」
「いいえ。ただの事実をお申し上げたまでです。」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
マリルの瞳を貫くように言外に『来るな!』と睨みつけてみるが、逆に『絶対に付いていきます。』と気合の籠る目力に圧倒された。
どうやら、マリルは引く気はないようで、儂はしぶしぶ折れることにした。ここで、騒がれでもしたら、出発すら出来なくなってしまう。王都での雑用は、他の誰かに任せればよいか。儂は、その誰かを頭の中でリストアップしながら、ため息をついた。
「はぁ。好きにしろ。」
「はい。お供いたします。お任せください。初代・お父さま。」
マリルは、また、ふっわふわのシッポを元気よく左右にパタパタと振った。
儂は、今度はその誘惑に逆らわず意趣返しの意味を込めてモフモフしてやった。
「キャッ!お父さま!」
マリルは飛び跳ねて距離を取る。シッポを胸元に抱きかかえて頬を“ぷくっ”と膨らませて顔を真っ赤にしてジト目で睨んでいる。
儂は『マリルは咄嗟だと初代が抜けるのだな。』とちょっとした発見に興味を示しつつ、警戒を解かないマリルを「まぁまぁ」と宥める。
儂から、ちょっかいをかけておいて悪いのだが、時間が惜しいので、マリルに有無を言わさずその身を儂の許へ引き寄せて、その肩に手を置き、転移魔法を使い王都ジャスティアへ跳んだ。
因みに、王都についてからマリルに
「天国のジャンヌお母さまにご報告させていただきます。」
と叱られた。
これから愛ゆえの暴走が始まるかも