エピローグ 旅立ち
お待たせしました。第1部、最終話です。
初代勇者マサヨシは、王都ジャスティアから東に離れた“荒野”に一人佇んでいた。
そこは“捨てられた荒野”と呼ばれる戦場跡地であった。
此処を荒野の一言で片づけていいものか迷うほどに荒れている。
赤い陽炎を纏う大地は、大きな窪地と岩しかない!
正確には、小さな岩と岩と大きな岩しかない場所。
窪地には、紫紺の粘性のある液体が溜まっている。
天には、厚い雲に覆われていて、昼間にもかかわらず、うす暗い。
しかし、雨が降るわけでもなく、全てが乾燥している。
当然、植物は、育たず、岩しかない。生物の住める環境ではないのだ。
しかし、不思議なことに魔物は生息している。
大陸の各地には、魔王との戦争跡地がいくつも存在するが、50年以上たった今なお荒野のままになっている場所も少ない。
その原因は、女神の加護が極端に少ないために、自然が回復する以上に多くの魔物が湧くからである。
通常、土地に宿る女神の加護は、自然の回復と共に増大していき、それに伴い魔物の数もゼロにはならないが減っていく。
しかし、ここでは大量の魔物が、僅かに回復した自然を破壊し、土地に宿る女神の加護は益々消費されていく、そしてまた魔物が増えるという悪循環に陥っている。
女神の加護が極端に少ない土地を指して“女神”に〈捨てられた荒野〉と人々に呼ばれているのだ。
この女神に捨てられた地獄の荒野が、元は水鏡の様な静かな湖面と柔らかな風が甘い花の香りを運ぶ草原であったとは、誰が信じるだろうか。
マサヨシは、かつて一度だけ見た幻想的な草原に思いを馳せながら、眩むような異臭を放つ湖を眺めていた。
「マリルのやつ、今頃あのフサフサシッポを垂らして左右に所在なさげに振って心配しているんだろうな・・・。よし!始めるか!!」
そう呟いて、マサヨシは己の中にある力に意識を集中させる。
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《マリル視点》
マサヨシの予想通り、王都から一緒に付いてきたメイド騎士マリルは、少し離れた丘からこちらの様子を窺っていた。
『お父さまは何をなさるのかしら?危ないことでなければいいのですが?』
暫くすると、お父さまがいる場所から光の柱が出現した。光の柱は、一気に拡大し光の壁となって少し離れた私のいる丘をも飲み込んだ。
咄嗟に、両腕で顔を覆ったが光の壁に揉みこまれて目が眩む。
『何が起こったの?はっ!光の中心には、お父さまがいた。』
「お父さま!初代お父さま!」
何が起こったのか見当もつかなかったが、光の中心にいたマサヨシの安否が気になり大声を出して思わず駆け出してしいた。
その時、信じられないことが起こる。
なだらかな斜面を駆け下りる私の足に草が絡み付き、私は緑に覆われた丘を転げ落ちることとなったのだ。
容赦なく大地に打ち据えられるはずのマリルだが、柔らかい立ち草に受け止められ怪我もなく転げる。
しばらく丘のふもとまで転がり続け、ようやく仰向けの状態で止まった。
ガバッと勢いよく上半身を起こして、辺りを見渡した。
私の目に飛び込んできた奇跡の光景に頭の中が真っ白になり、茫然とただ目を見開くことしか出来なかった。
「なっ?何がおこったの?」
そう呟きながら、のっそりと立ち上がり、この奇跡を為したであろうお方の姿を探した。
『え~と、お父さまは?』
見渡す限りの草原のなか、眩い日の光をキラキラと乱反射させる水を湛える湖の畔に一人の男が満足げに湖を眺めていた。
「お父さま~!」
大声を出して大きく手を振りながら、その男の許へと駆けていく。
しかし、途中で足を止めてしまった。
お父さまだと思っていた男がマリルの知る容姿と異なっていたからだ。
「あなたは、誰ですか!」
警戒して、背に在る大刀をいつでも抜けるように、その柄を片手で握りながら、誰何した。
男は、先ほどまで、にこやかに笑っていたが、私の様子を見て少し戸惑った顔をして、頭を掻いていた。
「答えなさい。あなたは、何者です?」
私の再度の誰何に何やら、困った表情で考え込に何やらブツブツと呟く男。
程無くして、何やら厭らしい笑みを浮かべて口を開いた。
「パパですよ~」
人を食った返答にマリルは迷わず背中の大刀を抜いていた。
「お父さまを何処にやったの?」
「待て!待て、待て。俺だ。マサヨシだ。お前のお父さまだ。」
慌てた様子でお父さまの名を語る男に、大刀を突きつける。
「いや。だから、俺だって言ってるだろ。説明するから、刀を下ろせ。」
「お父さまは、そんな軽薄な方ではありません。そもそも、年齢が違いすぎます。」
お父さまを語るその男は、背格好はお父さまと酷似していたが、明らかに年齢が違い過ぎた。
マサヨシ様は、齢75歳を超えるが見た目は精々齢かさに見ても50代前半にしか見えない若々しさというか化け物である。
それでも、目の前の男より、当然、年が行っているのが分かる。
というより、この男が若すぎるのだ。
この男、もしかしたら成人ですらないだろう。
明らかに若すぎるのだ、少年と言っていい。
ちなみに、この国の成人年齢は16歳だ。
「だから、よく見てみろよ。あっ、年齢は無視してね。」
警戒しつつも、その少年を観察する。
確かに、服装は、お父さまが着ていたものと同じようだが、身分を隠しての旅という事でその装いは一般的の旅装束だ、いくらでの同じものはある。
髪は、お父さまと同じく、黒髪でこの世界では珍しい色だ。
確かに、力ある輝きを放つ瞳も黒でお父さまものと同じ。
顔は・・・なかなかの美形ではなかろうか。
やはりかなり幼く見える・・・。
ヤバイ!結構、好みの顔だ。
私が、いろいろと観察していると。
少年は良い悪戯でも思いついたかのような笑みを浮かべた。
『あっ。お父さまの悪い時の顔に似ている・・・。まさか・・・。』
そんなことを思っていると。
「良いことを思いついた。では、とっておきの話をしてやろう。」
「な。なんだ?話とは、とうとう観念したか?」
「マリルは、なかなかお寝しょが治らなくてな。確か五つまではしていたな。」
「なっ!」
私は、思わぬ話題に絶句した。
「ある晩、お寝しょを隠そうとして・・・」
「なぜ!なぜ!それを知っている。やめろ!」
私の制止に構わず話を続けようとするニタニタと笑いながら少年。
「布団になんと「あー、あーあー。」」
「なんじゃ。ここからが面白いところなのに・・・」
少年は、なおもニタニタとイヤラシイ笑みを浮かべる。
「分かった。本当にお父さまなのですわね。」
「うむ。そのとおり。マサヨシ・S・ユスティシアじゃ。」
「ところで、どうしてこのようなお姿に・・・・。周りの奇跡もさることなが
ら、お父さまの姿も変わり過ぎです。」
「まず、俺の姿だがな。これは、俺の全盛期の姿だ。」
「と、言いますと。魔王を倒された頃のお姿という事ですね。」
ということは、お父さまの20歳の頃のお姿・・・。
「えっえ~。ウソ!その顔で20歳!」
「そこー!驚くとこ。そこー?」
「でも、いくらなんでも幼すぎます。もはや詐欺です。」
『いやまてよ。よく考えると、先ほどまで実年齢75歳で50歳代に見えていたんだから・・・年の差4つ程度は許容範囲か?』
「あの~。もしもし、マリルさん。」
『待て、待て、私。実年齢75歳で見た目16歳の方が問題でなかろうか?』
「おーい。マリルさんや~い。」
「ちょっと待って下さい。お父さま!まだ頭の整理が・・・。」
『いくらなんでも・・・術で姿を誤魔化しているだけでは?』
「因みに、術で見た目だけ変えてる訳じゃないぞ。今の俺は正真正銘20歳の頃の体だ。」
なぜか胸を張ってドヤ顔をするお父さま。
「・・・・本当に若返られたのですか?どうやって!」
「簡単に説明するとだな。勇者の力という事に尽きるのだが。」
「お父さま、それでは全く説明になっておりません。バカですか?」
要領の得ない答えに、つい本音が出てしまった。
「いま、バカと聞こえたような。まあ良いや。」
「勇者の力の一つに肉体の最適化がある。これは、加護力を使って戦闘に適した状態に肉体を変質させるものだ。たとえば、毒を吐く敵に対して毒耐性を得るみたいにな。そして、肉体の性能を劣化させる老いについても適用される。」
もう分かるだろうとお父さまは私の目を見つめた。
「・・・つまり、お父さまは齢を取らないと。」
「正確には、年をとっても若返れるだな。だから、俺は、自分の加護力を封じた。ジャンヌと同じ時間を生きると決めた時にな。」
少しの悲しみを瞳に宿し、気恥ずかしさから笑みを浮かべるお父さま。
「今回の旅は、必ず加護力が必要になる。だから、ここでその封印を解いたのだよ。ここを選んだのは、他人に見られる心配がないのと、もしかしたら、封印を解いた時の余波で、土地の枯渇した女神の加護が回復するかもと思ったからなんだ。」
「やはり、この地を救ったのはお父さまなのですね。さすがです!」
私は、感激のあまりお父さまに抱きつこうとした・・・その時!
お父さまの後ろから細く白い女の腕か伸びる。
「あら?ここを綺麗にしたのは、私ですわよ!」
お父さまの首に艶めかしく絡み付く女の細腕。
「誰だ!」
私は、咄嗟に距離を取り身構えた。
「おっと。もう終わったのかい?」
お父さまは、優しくその腕を撫でながら後ろから抱きつく女に話かけていた。
「ええ。終わったわ。あなたの若返りの力を乗せた加護力はこの一帯にうまくなじませたわよ。」
「そうか。ありがとう。」
そう言って、肩越しにその女の頭を撫でる。
「お、お父さま!その女は何者です?」
「というか、女!お父さまから離れろ!」
「や~よ。マサヨシと私は一心同体なんだから。離れないわ!」
「お父さま!誰です。お母さま一筋では無かったのですか?」
「なぜこんなところに女がいるのですか?私を置いて行こうとしながら・・・。まさか、今回の旅は、その女と過ごすのが目的では・・・。だから、若い体を取り戻したのですね。」
「お父さま!不潔です!」
「マリル、待て!誤解だ。変な妄想はやめろ!話が進まん。」
「では、ちゃんと説明していただけるのですな。お母さまに誓って。」
私は、どんな嘘も見破ってやろうとお父さまの目を見つめながら話を聞くことにした。
「ほら、前に出て来いよ。アリーシャ。自己紹介してくれ。」
「えぇー、嫌よ。久しぶりなんだからもう少しこのままにさせてよ。それに私は、彼女のことよく知ってるから自己紹介なんて今更だし。」
「ダメだ。先に自己紹介ぐらいしてくれよ。」
「なぜ?彼女は私のこと知ってるのですか?」
『こいつに何を話したんだ?』と、ついお父さまを睨んでしまった。
「仕方ない。俺から紹介しよう。彼女は、俺の加護聖隷だ。名前は、アリーシャ。昔話で話してやったことがあるだろう。」
加護聖隷とは、魂の裡に存在する加護力を制御又はアシストする存在だ。
女神の加護を受ける全ての者の魂の裡に存在する。
魂の裡に在る加護聖隷を具現化することで、半ばオートマチックに加護力を操ることが出来るので一定以上に実力者は加護聖隷の具現化を行うことが多い。
しかし、確かな姿で具現化するのは非常に珍しい。
その者が宿す加護力の量や質が具現化には大きく関係しているため、完全な姿の具現化は一種の特殊技能である。
因みに、一般的な具現化は、丸い光の玉が顕れる程度である。
「ほ、本当に、加護聖隷アリーシャ様ですか?」
「あぁ、本当だ。アリーシャ、これから一緒に旅をするんだから挨拶しろよな。」
お父さまの背中から無理やり引きはがされたアリーシャは、私の前に出てきて片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま両手で白いスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げてほほ笑んだ。
「アリーシャよ。よろしくね。」
私は、完璧なカーテシーと彼女の美しさに固まってしまった。
アリーシャは、銀の髪と金色の瞳は不思議な輝きを放っている。
小さな顔は、タマゴの様な輪郭に透けるような白い肌に、少し紅潮した頬と薄ピンク色の唇が妖艶な印象を与える。
白いワンピースの胸元は母性を湛え、腰は驚くほど細く絞れている。
カーテシーによって顕わになった健康的な足はスラリと美しい。
暫く見とれていた私は、我に返って慌てて挨拶を返した。
「数々のご無礼をお許しください。アリーシャ様。私、メイド騎士マリルと申します。」
私は、カーテシーで挨拶を返す。
「いいですわよ。マリルは、マサヨシの娘なんだから私の娘と同じですもの。気にしないわ。ずっと、マサヨシを通して見ておりましたし。」
「はい、よろしくお願いします。」
「よーし。互いの挨拶も済んだし出発するか。」
「ええ、行きましょう。マサヨシ♪」
「はい、お父さま♪」
「マリル、俺はこんな姿だから、“お父さま”は止してくれ。」
「では、なんとお呼びすれば?」
「あら?では、お兄さまでいいのでは?マリルは17歳で、それでマサヨシは20歳の頃の姿なのよね。なら、兄妹でよくて?」
「はぁ~?さすがに、無理があるだろう?種族が違うし・・・。なぁ、マリル?」
「いいえ!!無理じゃありません!種族差なんて養子なり孤児院出身なりと誤魔化せます!お・に・い・さ・ま♪」
「アリーシャ様、名案です♪さすがです♪」
私は、アリーシャ様から齎された突然の幸運に胸を躍らせながら、お父さま改めお兄さまの腕に抱きいた。
お父さまは、何か言いたげな様子だったが、すぐに観念して腕にしがみ付く私の頭をそっと撫でてくれた。
「あぁ、じゃぁ、今から俺は、マリルのお兄ちゃんだ。では、改めて出発だ。」
こうして、初代勇者マサヨシの最後の旅がスタートした。
外伝は、これにて一度終わりです。本編をUPしたら、順次第二部を本編のスピンオフ的に更新いたします。
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