もしかしたら
「こないだの選挙誰に投票した?」
「あー、あまり良い人は居なかったんですけど、僕はAさんに投票しました」
「え、マジ?」
僕とエフ氏は、歩きながら会話をしていた。仕事終わりに一杯飲んだ後の帰り道だ。エフ氏は、僕の返答にうーん、うーんと、首をかしげながら、何か考えている。
さっきから選挙選挙と言っているが、選挙は今や、メンドクサイ会場まで出向く必要は無くなっていた。そんな前時代の悪習は、電脳の登場によって全て消え去ってしまった。ネットワークに繋がった電脳で、いつでも、どこでも、好きな候補者に投票をすることが出来るのだ。
もちろん、全国民への電脳移植にはかなりの抵抗があった、と聞いている。個人が管理されるのじゃないかと、不安を持った人間も多かったそうだ。しかし、彼らはまもなく社会に取り残され、消滅を余儀なくされた。
現在、そんな彼らの心配は心配は杞憂に終わっている。国民が国に管理されることはなく、個人は個人のままだ。だいたい、考えてみれば国が、個人一人一人を把握することなどあり得ない。技術的に特定は非常に困難になっているし、なにより費用が掛かりすぎる。
二,三分ほど歩いていると、銃を持った数人の警備が見えてきた。議会を警護している。彼らの後ろにそびえる大きな議会所では、夜だというのに、まだ多くの箇所で電気が付いており、官僚の忙しさが忍ばれる。
「しかし、最近警備員増えたなあ」
エフ氏がボソッと呟いた。
「まあ、こんなご時世ですからね」
僕はそんなふうに受け流したが、エフ氏は、ずっと考え込んでいた。
「でも、そうしたのは、今の議員達、特にあいつだろ?」
「かもしれませんね」
「そうだ、電脳化を推進したのも、あいつの親父だろ。あいつも、何かやるんじゃないか?」
エフ氏は、そう言って、こちらを見つめている。僕はとっさに言った。
「電脳化が悪いことだって言うんですか?」
エフ氏は、頭をかき、眉間に皺を寄せた。
「うーん、そうだなあ。今まで一度も口にしたことはなかったが、この際言うと、俺はあんまり賛成じゃないな。国民を監視することは事実上不可能だとか、やる気はないだとか言ってるけど、ほんとのところはどうだろう」
「そんなことありえない」
僕がエフ氏の杞憂を、一笑に付すと、エフ氏はむっと押し黙って、口を開かなくなった。
それからもう少し歩くと、大きな曲がり角に着いた。ここで、エフ氏とはお別れになる。僕はまっすぐ進んで、エフ氏は左へ曲がる、その先に、それぞれの家があった。
「それじゃあ、また明日」
僕がエフ氏に手を振っても、全く反応しなかった。酷いと思ったが、そのまま先に進んだ。疲れていて早く寝たかったからだ。
最後にもういちど振り返って、視界の左側に消えていくエフ氏に「おやすみなさい」と声を掛け、僕は家へ帰った。
別に何も意図していることはありません。本当に。