真の敵
思わず耳を抑える。迫ってくる二人は普段のシータからすればどうということのない速さだ。しかし、ラムダの声にやられている今のシータでは対処できない。
接近され、攻撃され、離脱され、ラムダの息が切れる。再び接近されるときは耳をふさがなくて済むので反撃を試みることができるが平衡バランスのズレがシータの攻撃を外れさせる。
そして一撃ずつ喰らい確実に体力を削られていく。
この繰り返しをシータはあと二回やられた。
「兄者、もう少しですよ。」
「気を抜くなよヘルツ。ラムダだって無限に能力を使えるわけじゃないんだ。」
「……(ぜぇはぁ、ぜぇはぁ)」
ラムダは大きく肩で息をする。
「はぁ、はぁ……」
シータにも余裕はない。
ラムダの声などなくてもシータに攻撃を当てることはもはや男達にとって容易なことだろう。が、出来る限りシータが耳をふさいで剣を振れない状態にしたいのだろう。
シータはマザーの方を一瞥する。
マザーは最初の戦いで遠距離からの援護が出来ることをみせた。なのに今のところラムダが平気であるということからマザーはまだ能力を使っていないとシータは考える。
「お、そこの修道士を心配してるのかい?彼女さん。」
シータの目線に気付いたのか、男が喋る。ラムダが回復するまでの時間稼ぎの意味もあるのだろう。どこか抜けているこの三人組の中で、長身の男はそういった細かい箇所が上手い、とシータは感じていた。
「さては彼女さん護衛かなんかだな。じゃなきゃ能力持ちはこんなところじゃなくて戦場にいるはずだからな。まあ安心しな、俺達はCランクの首を持って帰りたいだけさ。修道士さんも安心していいぜ。」
男の言葉にマザーはじゃあ安心です、などと馬鹿げたことを大真面目な顔で言っている。三人組が孤児院にとって敵でないなら下手をするとマザーの援護を受けられないかもしれないとシータは思う。
「ラムダ、そろそろいいな。」
「……(コク)」
五回目の咆哮が響く。やはりシータは耳を塞がずにはいられない。
平衡バランスを失っているとはいえ、男と少年の攻撃はかわせば致命傷にはならない。だがこのままではじり貧だ。シータとしてはなんとか反撃の機会をつくりたかった。
ラムダの声が止む。
二人がまた迫ってくる。
(ここしかない)
声がない今なら耳を塞がなくて済むので剣を振ることができる。シータは意を決して、全エネルギーを体内で集中させる。男の剣は肩の傷口を、少年の剣は太ももの傷口を再び狙っていた。
二人の剣がシータの身体にせまる。
「くっ!」
「なっ?」
「あれ?」
こらえるは喰らったシータ。驚くは仕掛けた二人。なぜならば二人の剣が直撃し過ぎているからだ。
平衡バランスを失ったシータでは二人の攻撃をかわしつつ反撃することはできない。だからシータは反撃だけに意識を集中させた。
「《円弧斬り》」
ラグランジェの兵なら誰でもマスターしている基本の型。シンプル故に軌道がずれることもない。そこに炎をのせ、二人を鎧ごと燃やし、斬りつける。この威力こそ一般兵と能力持ちとの力の差だ。
ドサリと二人が倒れた。
「はぁ、はぁ」
しかしシータの払った代償も大きかった。傷口からは血がとめどとなく流れる。それでもまだもう一人、敵はいる。
ラムダと呼ばれていた女性は呆然としていた。まだ現実を受け止められないのかもしれない。
「兄者……ヘルツ……」
ウオオオーと声をあげラムダは泣く。それだけでも勝手に能力が発動するのか、声がシータの頭にがんがんと鳴り響く。
シータはもはや動けない。
ラムダの声による平衡バランスの消失、傷による多量出血、どちらも負担が多すぎた。それなのに残りのラムダは能力持ちだ。正直厳しい戦いになる、シータはそう思っていた。
が決着は意外な形で終わる。
ラムダは短刀を取り出すと、突然自傷をし始めた。
兄者もヘルツもいない、そんな世界で生きてる意味がない、そう泣きながら繰り返し、短刀を己へ向ける。
シータは見つめるしかない。ラムダにとって三人組の生活がどんなものだったのかはその行動から想像がつくような、それでいて他人の自分が想像出来るものでないような……………………シータは意識が薄れていくのを感じる。どうやら傷は思っていたより深いようだ。消えていく思考と視界の中でラムダの最期をシータは見届けた。
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椅子に座った少女がいる。
カールした桃色の髪にくりくりと丸い目、乱雑なその座り方、何より見た目を考慮すれば幼女と言っても問題はなさそうだ。しかし何よりも特筆すべきはその子が黒の鎧を着ているということかもしれない。
そんな少女の前の机には大きな地図があり、その上に駒が点在している。地図が北、つまりローレンツ側を下として置いてあるのは少女にとってそうすることが見やすいからだ。
少女は何かを感じとったかのように突如として背筋をピンと伸ばすと右側、つまり西に置いてあった駒を一つ取り除き横へと顔を向ける。
「ボルト~、やっぱり西に何かあるよ~」
これまた椅子に座っている青年がいる。黒い鎧に身を包んだボルトと呼ばれた黒髪の青年は偉そうに足を組んでいた。
彼の鋭い眼光は二十歳ほどの年齢にしてすでにいくつもの修羅場をくぐり抜け、相手に畏怖を与えさせる力を手にしていたが、少女には関係ないようだった。
「戦場でもないのにこの前も誰か殺られちゃったし~、この場所おかしいよ~」
「うるさい、ミリカン。お前は広域感知を続けとけ。」
「ちぇ~、あっ、こいつも殺られたよ~。まあここは戦場だししょうがないか~」
そう言って、ミリカンと呼ばれた少女はまた一つ地図の駒を取り除いた。そこに悲しみや哀れみの感情はない。むしろ笑顔さへ浮かべている。
「エムじいお菓子!」
ミリカンがそう叫ぶとどこからともなく突然、老齢で白髪の執事が現れる。その手にはしっかりと数種類のお菓子が載っていた。
「どうぞ、お好きな物をお選び下さい。ミリカン様。」
ミリカンはじっとお菓子を見つめるがなかなか手に取らない。
「エムじい、わたし前食べた赤いやつがいいよ~」
「赤いやつ、と言いますと?」
執事はやや困惑しながら尋ねる。だがミリカンが赤いやつは赤いやつとしか言わないのでとりあえず赤いお菓子を全部持ってきます、と焦り気味に言って突然と姿を消した。
「あ~あ、もう二人ぐらい死なないかな~」
ミリカンの発言にボルトは苦笑する。
ミリカンが能力を使いたくなるように国は考えた。その答えは兵の死を感知すればお菓子をあげるというなんとも単純で馬鹿げたものだった。
しかしそれで喜んで能力を使うほどにミリカンは子供、いや、ガキであるとボルトはここ数ヶ月、間近で見て判断する。
そしてボルトはこうも思う、国はミリカンを思い通りに操る正しい方法を選ぶことに成功した。そしてミリカンに倫理を教えることに失敗した、と。
再び執事が突然と現れる。今度は両手一杯の赤いお菓子を運んできていた。その中からお目当てのお菓子を見つけミリカンは大喜びしている。
(人の命をなんとも思わない、そんなモンスターをローレンツは産み出すのが得意だ。)
ボルトは幼き日を思い浮かべて自嘲気味に笑った。
ミリカン出したし幼女タグでもつけようかな……