波
外に出ても周りに敵はいない。マザーの感知能力は相変わらず広範囲をカバーしているようだ。
「マザー。今回は私一人で戦う。あなたは手出ししないで。」
マザーに反応はない。何かを考えているようだった。
「マザー、聞いてる?あなたは戦わずにいて欲しいの。」
「本気で言ってますか。」
マザーは鋭い視線でシータを見る。シータは少したじろいでしまう。
「まだ敵を見てすらいないのに僕にそんな指示を出してもいいのですか。」
ゆったりとした口調で厳しいことをマザーは言う。たしかにシータ一人で対処できない敵が来るかもしれない。
「あなたはピンチになれば僕が助けてくれる、勝手にそう考えてませんか。」
図星だった。基本的にマザーに戦わせたくはないがいざとなればやはりその力は頼りにしたい。
「プライムも余計なことを吹き込んでくれたものです。」
やれやれとマザーは一息つく。
「私がピンチになっても、マザーは助けないの?」
「そこまでは言ってません。ただ、僕の第一優先は孤児院を守ることです。そのためなら、あなたがどうなろうと構いません。」
シータの疑問にマザーは何の淀みや躊躇いもなくそこまで言い切る。
どう返せばよいのかシータには分からない。マザーに戦わせるのはよくない。だが己より強い者に戦うなというのもおかしな話だ。
「もう敵も来ます。とりあえずはあなたに任せようと思います。」
マザーはそう言って遠くを見る。
敵は三人組だった。全員が一般兵ならシータは負けないだろうが、一人でも能力持ちがいたら一気に分が悪くなる。三人の声が段々聞こえてくる。
「兄者、もう帰ろうよ~。何もありませんでしたって言えばいいじゃんか~。」「ばか、ヘルツ、静かにしろ。そろそろ目的地点なんだぞ。ラムダを見習え。」
「……」
「ラムダはただいっつも喋れないだけじゃないっすか。」
「だから、うるさい。せっかくチャンスを貰ったんだ。俺達でこの任務を成功させるんだ。」
三人組のうち二人の会話が大声で響く。会話からしてこの近くで任務があるようだが、この辺りには孤児院以外何もないはずだ。
「よし、あそこの建物の人に聞いてみよう。」
すでに大声で聞こえているのだが兄者と呼ばれていた長身の男が駆けてくる。敵意があるかどうかは微妙だが黒の鎧がローレンツの者であることを証明していた。
「すいませ~んって、どわぁ」
長身の男は駆け寄って来たかと思うと急停止する。
後を追ってきたヘルツと呼ばれた小柄な少年とラムダと呼ばれた太った女性もそれにならう。
「白の鎧、ラグランジェのもんか?」
長身の男がシータに尋ねる。
「ええ、そうよ。用件は何?」
しかし三人から反応はない。代わりにこそこそになってないこそこそ話をしている。
「兄者、まさかあの女の子が例のやつでしょうか。」
「分からん。だが場所はここらで合ってるはずだし、そうなのかもしれん。」
長身の男はシータの方を向く。
「いや、俺達は別に戦いに来たわけじゃない。ただちょっとした調査に来ただけだ。この辺りでラグランジェの強い兵、もしくは何か恐ろしい者はいねえか。」
シータは男の質問の答えに困る。周りに何もないここでそんな存在はせいぜい自分とマザーぐらいだが、それを教えていいものかはまだ判断がつかない。三人に敵意はなさそうだが油断は禁物だ。しかしなんとも応えにくい。
「お応えできません。用件がないのなら帰ってもらいますか。」
シータが応えあぐねているとマザーがピシャリと言い放つ。そして三人はまたよく聞こえるこそこそ話を繰り広げる。
「兄者、どうしましょう。何もなさそうですよ。」
「いや、しかし手ぶらで帰ったら何を言われるか分からない。よし、強かったら逃げるぞ。いいなラムダ。」
「……(コク)」
そして男はシータに再び尋ねる。
「そこのラグランジェの彼女さん、あんたは能力持ちとかいう強力なやつかい?」
シータは悩んだがこの三人組なら自分が能力持ちと言えば帰るだろうと判断した。
「ええ、Cランクの能力持ちよ。用がないなら帰ってちょうだい。」
なるべく威厳たっぷりに言うと男はそりゃお強い、とへりくだった態度をとる。
「それじゃ失礼します。おいヘルツ、ラムダ。」
そして男と少年はおもむろに耳栓を取り出す。
なぜ、とシータが思った矢先、
――アアアアアァァァ――
頭をかち割らんとする大きな声。それはラムダと呼ばれていた太った女性から発生、いや発声していた。
たまらずシータもマザーも両手で耳をふさぐなかで、男と少年は平然と剣を取り出し、シータに向かって駆けてくる。
耳栓の強力さにシータは驚くが二人の動きは驚くほどでもない。足だけで少しかわせば蹴りぐらいは入れられるはず、そう思ってシータは男の剣の軌道を見切り、かわした、
ザシュ
はずだったが肩に痛みが走る。
なぜ避けきれなかったのか、だが不思議に思っている暇はない。
次いで少年の剣が足を狙ってくる。
今度こそ、とシータは半歩でかわし、そのまま至近距離で蹴りを入れようとするが、
ザシュ
鎧の隙間から太ももを斬られる。
そして男と少年はシータから離れ、距離をとる。
二つの傷口はそれほど深くはない。恐らく二人に力がないからだろう。
だがシータにとって問題は傷の深さではない。そんな力のない二人の攻撃を避けられなかったことがありえないのだ。
やがて声が止まり二人が耳栓を外す。女性は肩で息をしている。
「……(ぜぇはぁ、ぜぇはぁ)」
「よし、奇襲成功だ。よくやったぞラムダ、ヘルツ。」
「……(ぜぇはぁ、ぜぇはぁ)」
「兄者、Cランク程度なら俺達のコンビネーションで楽勝ですよ」
「こらヘルツ、調子にのるな。ラムダの息が切れる今こそ俺達の見せどころだ。いくぞ。」
「はいっす」
すでに勝ち誇った顔をした男と少年が再び接近してくる。
これをシータはチャンスだと思った。耳をふさがなくて済む今、シータも剣を振るうことができるからだ。シータは剣に炎を帯びさせる。
「キャピタルエフ発動、《大なり斬り》!」
まっすぐ突っ込んでくる二人に向けて剣先を振るう。すると“く”の字型の炎が二人めがけて飛んでいく、はずだったが炎は見当違いの方向へと飛んでいってしまう。
なぜ、とシータが思ってもどうしようもない。
二人が接近し、剣を振るう。
これをシータはかわそうとするがやはりかなわない。痛みに耐えながら反撃として炎の剣撃を入れようとするがこれも当たらない。
再びシータから男と少年は距離をとる。
「兄者、いけますよ。」
「当たり前だヘルツ。最初にラムダの声を聞かせた時点で俺達の勝ちだぜ。」
男の顔が勝利への確信へと変わる。シータは先程からの体と感覚との不一致に納得がいかない。
「不思議そうな顔をしてるな、彼女さん。」
痛む肩の傷口を抑えるシータに男は得意気に話す。
「ラムダの声を直に聴いたものは平衡バランスが満足にとれなくなるんだ。ラムダは立派な能力持ちの一人なんだよ。」
「兄者、ネタばらしし過ぎですって。」
「かまうもんか。どうせ相手は満足に動けねぇんだ。」
たしかにシータは立つことでやっとだった。それは傷の影響よりも恐らく声のせいなのだろう。だがこのまま斬られ続けて体力が尽きるのも時間の問題だ。
「ラムダ、準備はいいか」
「……(コク)」
二人が耳栓を取り出す。
まずい、シータがそう思ったとき、再び咆哮が鳴り響いた。
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