(マザーの)過去1
マザーの過去が垣間見える話。
ちゃんとストーリーの一部分です。
「どうしてですか。マザーは多分強い。さっきだってマザーの援護がなければやられてました。」
「それでも駄目。ジュニアは確かに強い。でも戦わせるのは駄目。」
シータの反論にもプライムは動じない。頑なにマザーが戦うことを拒む。
「何か理由があるんですか。」
シータの問いにプライムは一旦目を伏せ、ため息をついてシータを見る。
「そうね、なにから話せばいいかな……」
プライムは手を顎にあてて考える。どうやら話は長いようだ。
「シータさんはうちにいつから護衛が来るようになったか知ってる?」
「前の人が初めてだって聞いてます……て、あれ?じゃあそれまでは誰が……」
護衛の任期は1年。それは前の人も同じだったはず。戦争はもっと前から、それこそ永遠に続いているのに護衛なしでこの孤児院がどうしていたのか。シータはこのとき初めて考え、そしてある答えを出す。
「まさかマザーが……」
「そう。1年半前までこの孤児院はマザーが守っていた。」
やはりマザーはただ者ではない。シータは納得しかけたが、
「ただし、先代の、ね。」
「えっ」
シータは驚くがたしかに先代のマザーなら長い間孤児院を守ることが時間的には可能だ。しかし問題は、
「先代って能力持ちだったんですか。」
シータは尋ねる。でなければ戦場近くのこの孤児院を長期間守ることなど出来るはずがない。
「ええ、とっても強かったわ。Bランクの相手を倒したこともあった。」
「Bランク!?」
並みの能力持ちならまず敵わない。Cランクのシータでは勝つことなどまずありえない。
そんなBランクを倒したということは先代マザーはBランク以上だったに違いない。
「だから孤児院は長い間安全だったわ。でも先代も歳にはかなわなかった。」
そしてプライムは苦しそうに言葉を続ける。
「1年半前、Cランクのローレンツの兵が5人も同時に来た。先代も善戦したけど時間がたつにつれ体力の衰えが明らかになっていったわ。そして」
シータは無言でプライムの話を聞く。1年半前、その戦いが意味することはつまり、
「先代マザーは力尽きた。」
やはり、とシータは思う。そして同時にある疑問が湧いてくる。マザーが倒れた後、5人の兵はどうしたのか。
「まさか、その後は……」
シータはリビングに視線を向ける。ある恐ろしい考えが出来上がったからだ。プライムもゆっくりと視線をリビングへ送る。
そこでは今のマザーがまだ寝顔をさらしていた。
「そう、その後はジュニアが5人の兵を倒したわ。」
「……!」
Cランク5人を相手に出来る。それがマザーの強さ。だとすればなぜ護衛など必要なのだろうかとシータは思う。
「マザーはそれだけ強いのに、なぜあなたはマザーが戦うのを拒むのですか。」
シータはプライムに尋ねる。だがプライムはマザーを眺めたまま質問に応えない。
「その前に、疑問に思わない?」
「……何をですか。」
プライムにシータは逆に質問をされる。
「先代が倒れるまで、ジュニアが参戦しなかったこと。」
「あっ」
プライムの言葉にシータははっとする。たしかに5人を倒すことが出来るなら今のマザーが初めから戦えば先代は死なずにすんだはずだ。
「なんでですか」
シータは再びプライムに尋ねる。
「簡単に言えば先代がジュニアの参戦を絶対に認めなかったからよ。じゃあなんで先代が認めなかったか。今度はそれが疑問よね。」
シータは頷く。先代が今のマザーの力を知らなかったからかとシータが尋ねると違うとプライムは言った。
「先代もジュニアの感知能力は使っていたから能力持ちなのは知っていたはずよ。」
ジュニア、つまり先代の実の子供だからかと尋ねるとプライムはここは孤児院よと言って笑った。今のマザーは7年前に来たらしい。そもそも歳が合わないとも言った。先代の歳はプライムも知らなかったが孫かそれ以上離れているぐらいだったらしい。
「なんで先代が傷つきながらもジュニアの参戦を認めないのか、実は思い当たることはあったのよ。それでも先代が死んでまで認めないのは訳が分からなかった。」
でもね、とプライムは続ける。
「先代が倒れた後、5人の兵をジュニアは淡々となんの感情も見せず殺していったの。そして倒れたマザーを抱えながら私たちを見て言ったわ。」
――僕がマザーになります――
「恐ろしかった。」
いつの間にかプライムは震えていた。何かを思いだし苦しそうにして今にも涙を流しそうなほど目を潤わせる。
「プライムさん?」
「ジュニアは微笑んでいた。初めてよ、人の微笑みをあんなに怖いと思ったの。7年間、孤児院で見てた子供のジュニアの顔じゃない。あの顔をジュニアにさせちゃいけない。だってあの顔はジュニアが来る前の、」
「プライム」
マザーの声が響く。横にはなっているがその眼は真剣にこちらを見ており、泣き崩れているプライムに続きを言わさせまいとしていた。
「やはり寝てしまいましたか。力を使うといつもこうです。」
マザーは少し残念そうにする。今の言葉から考えるに、マザーが寝たからプライムはマザーが戦ったと判断出来たのだろう。
「人の過去はその人以外が話すものではありません。」
マザーにそう言われたプライムから続きの言葉をシータは聞くことが出来なかった。だが、このときシータはマザーのためにも、プライムのためにも、全ての敵を護衛として一人で倒そうと心の中で誓ったのだった。