禁止
自分に充てられた奥の部屋でシータは鎧を脱ぐ。護衛なので本来は一日中鎧姿でいなければいけないところなのだが、マザーの優れた感知能力のおかげで普段はインナーに適当な羽織ものという楽な格好でいてよいことになった。
「ふぅ~」
一戦終わったあとに休息ができるなど戦場ではありえない。
いや、逆に護衛だから一戦あるほうが珍しいぐらいかもしれない。やはり護衛は楽な任務なのだろうか。
しかし、戦場でもし自分がやられてもそれは自分がやられるだけでおわる。ラグランジェという国の単位でみれば戦力の微減にすぎない。
一方、護衛は自分がやられることはそのまま守る対象全員の死を意味する。一度の敗戦も許されない。
もしマザーに能力がなく、あのまま自分がやられていたらと思うといくら能力持ちのCランクでも厳しい任務だ。
ようは確率、そして期待値の問題。
護衛には基本何も起こらない。たまに現れる強敵のために大人数に何も起こらない日々を送らせるのは戦力のムダでしかない。
結局、前の護衛がCランクで無事だった以上今回もCランクの私で十分だと国は判断したのだろう。
やはりマザーの力を詳しく知りたい。それは自分の、ひいては孤児院の安全のためになる。
そうシータが思考を巡らしていると、
トン、トンと扉を叩く音。
「シータさん、そろそろ昼食ができそうです」
なるほど考えていただけで時間は結構たってしまっているようだった。
「さてと、」
マザーは長方形の机の短い辺に座る。机の全員を見られるいわば主の席だ。
「さ、どうぞ」
そしてシータに左斜め隣とでもいうのか、長い辺の一番近くの席を薦めた。
「あっ、シータお姉ちゃん僕の隣だ」
シータの隣にはテグラルを含めた比較的大きめの子供が3人、向かいが一つ空いていてその隣には比較的幼い子供が2人ちょこんと座っている。
つまり向かいの空席に座るのは、
「は~い、みんな出来たよ~」
プライムが大きな盆を両手に載せてやってくる。その上に載せられたお皿にはおいしそうなパスタが盛られていた。
プライムはそれを手早く分配し、マザーの右斜め隣、つまりシータの向かいの席に座る。そのときプライムがシータを見てほんの少し嫌な顔をしたのはシータにもわかった。
(やはり初対面のときに怒鳴ってしまうのはまずかったかな)
シータは少し反省する。一方であのときのプライムの発言はシータにとって許せるものではなかったのも事実だ。
「それでは」
マザーの突然の言葉にシータは少しだけびっくりする。そして子供たちが姿勢を正す。それでは?
「神に感謝をして、いただきます。」
マザーが手を合わせそういうと、
「いただきます。」
と子供たち全員も手を合わせた。シータも慌ててそれに習い、いただきますと小声でいう。
さすがこのマザー、礼儀まできっちり教えている。孤児院なんてみんな飢えて適当に食い散らかしていると思っていたのに。これでは食べるときも子供たちの悪い手本にならないよう気を付けなければならない。
と思ったシータの考えは杞憂に終わる。
食卓はあっという間に戦場と化した。フォークで巻くという動作を知らないかのように子供たちはそしてマザーまでもがパスタを胃へと流し込む。中央にわずかに置かれたおかわり用のパスタを巡りシータの隣の3人、いや、マザーも含めた4人は争っている。
そしてプライムも隣の2歳の子に片手で食べさせながら、行儀悪くもう片方の手で自分のパスタを食べていた。
「シータお姉ちゃんは食べないの?」
隣で早くもお皿を綺麗にしたテグラルがだったら俺が食べるとでも言いたげな目で尋ねる。
「駄目ですよ、テグラル。一人だけで沢山食べては。」
(あれっ、さっき子供たちとおかわりを奪い合っていたマザーがそれを言うの?)
そんなシータの心の突っ込みはマザーに届かない。
「というわけでテグラルだけじゃなく僕にも下さい。」
「へっ?」
(まだ私食べてないんだよ。てか今日ここに着いたんだよ。もっと歓迎的な昼食にならないの?てか戦闘中のマザーはどこいったの?このがっつくマザーは何者なの?)
マザーの言動にシータの心の突っ込みは加速する。
まだ一口も食べてないシータのパスタはマザーとテグラルに狙われている。
あげなきゃいけないのか。いや、奪われなきゃいけないのか。食卓の戦争に負けた者は食べることさえ許されないのか。
食欲に満ちた二人がじわりじわりと近づいてきたそのとき、
「テグラル、ジュニア!」
――ゴィ~ン――
――ゴィ~ン――
二人の頭上をプライムのグーが襲う。二人はイタタ、イタタと駆け回り涙目でプライムの方を向くが鬼の形相となったプライムに何も言い返すことが出来ず、代わりにごちそうさまでしたと小さく言ってリビングへ逃げていく。
「まったく。ごめんねシータさん。ゆっくり食べていいから。」
プライムがため息をつきながら席に戻る。シータははぁ、と返事をし、この孤児院の実質のマザーがプライムなのではないのかとリビングでぶつぶつと文句を言っているマザーと比べて思う。
なんにせようるさい二人が消えてシータはやっとこさ一口目のパスタを食べる。具の少なさをカバーするように味付けは濃い目で余裕のない中でプライムが工夫を凝らしているのが随所から伝わる。
向かいの席ではプライムが子供に食べさせ終え、これまた流し込むように食べていた。
「ああ、ごめんね。行儀悪くて。」
目線があってしまい、プライムがシータに言う。返答に困るシータにプライムは続ける。
「先代マザーが教えてくれたのはいただきますとごちそうさまだけ。行儀は悪いほうが飢えてるのが伝わって、なにか貰えるって信じてる人だったから。」
プライムは少し懐かしそうに言う。
「あの、先代って……」
「1年半前に亡くなったわ。」
歳だったからしょうがないけど。とプライムはつけ加えながら食べ進める。もうプライムのお皿も空になりそうだった。
ごちそうさまー、と隣の二人も食べ終えリビングへといく。まだシータは全然食べ進めてない。
やがてプライムも食べ終え、子供たちのお皿を片付け始める。それを見て慌てるシータにプライムはゆっくり食べて、と優しく言う。シータは自分が思っていたほどプライムに嫌われていないと感じ、少しホッとする。同時にプライムが思っていたより良い人だとも思った。
井戸水を桶に張り、プライムはカチャカチャとお皿を洗う。一方でやっと食べ終えたシータがリビングへ目をやるとマザーは子供たちと共に早くも昼寝をしていた。先の戦闘で見たマザーとはほど遠く、どこかあどけなさが残る。
「プライムさん、マザーっていくつなんですか」
席を立ち、皿を持ってプライムのもとへと向かう。
「ジュニアは今年で15になるかな。ついでに私が19。」
シータは少し驚いた。マザーが同い年だったからだ。
「でもなんでそんなこと聞くの?」
プライムはリズムにのって洗いながら尋ねる。
「いや、マザーの寝顔が幼くてちょっと」
「寝顔…?」
プライムの手が止まる。
少し歩き、リビングで寝ているマザーを見た後少し悩んで、シータの方に振り返る。
「ジュニアは戦ったのね?」
「えっ、あっはい。やっぱりプライムさんはマザーが戦えることを分かってるんですね。」
プライムからマザーの強さを聞ける、そうシータが思ったとき、
「シータさん、ジュニアは戦えない。いや、戦わせちゃいけない。」
険しいプライムの声が部屋に響いた。
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(本当はお気に入り入りをひっそりと期待しています。)




