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疑問

「どうだい俺の能力は?圧倒的なパワーだろ」

 確かに単純な力ではシータは劣っていた。だがそれだけでは勝敗は決しない。

 シータは再び男へ突っ込んでいく。そこへカウンターを決めようとする男の金棒が降りおろされるが、シータはさらにそれを避け回り込む。

 そして空いている男の脇腹めがけて剣を突き刺そうとする。


(もらった)

 そう思ったのはシータではなく男だった。

 上から降り下ろされた金棒を相手が避けるのを想定し、間髪入れずに横への追撃を繰り出す二重のカウンター。金棒といういかにもモーションの遅そうな武器と腕っぷしを自慢するようなセリフは相手に素早さでなら勝てると誤解させるため。そんな相手の予想を裏切り、金棒を素早く扱うことで男は戦場を生き抜いてきた。今回もそのうちの一回にすぎない。

 男が敵対する女の突きより先に自分の腕が横に振られるのを確信したとき、

ゴワッ

 圧倒的に感じる己が周りのエネルギー。

 それは横に動こうとする腕を止める方向へ流れていた。

「なっ」

 そうして男に剣が刺さり、激しい炎が舞い上がった。



(危なかった)

 剣を男から抜きながらシータは今さっきの戦闘を反省する。

 脇腹目掛けて攻撃を開始した防御のできないタイミングを男に狙われていた。

 もしあそこで男が不自然に止まらなかったら……

 いったいどんな援護をしたのか。疑問の視線をマザーへと向ける。


 マザーの目は鋭くひかり、シータと男を観察するかのようであった。

「まだ生きてます。早くして下さい」

「えっ?」

 シータにはマザーがなんのことを言っているのか一瞬わからなかった。しかし地面に横たわる男からかすかに声が漏れたことで理解する。

「そうです。早くとどめをさして下さい」

 冷酷な表情に冷徹な声。

 決して一般のマザーからは聞くことはできない恐ろしい言葉。

 だがこのマザーは言った。さも当然という様子で言った。

 シータは逆らえなかった。

 いや、たしかに逆らう理由もない。

 シータは男のもとへと近づく。

「くそ……、たす……けて……くれ……」

 先ほどの一撃がやはり重かったのか、男は声になるかならないかの声量で慈悲を求める。

 たしかにラグランジェの兵がローレンツの兵を殺すことに理由はいらない。

 今までだってシータは戦場で何人も殺してきた。

 しかし、今シータは不思議な感覚をおぼえている。

 本当にこの男を殺していいのか。

 いつもより殺しへの抵抗が大きく感じる。

 なぜこのような感覚をおぼえるのかわからない。

 戦場ではないから?もう安全だから?

 それでも足はすすみ、男のそばへ到達する。横たわる男の真上から剣を降り下ろしたときその答えはでた。

(この男を殺すことにマザーがためらいをみせないから)

 男は小さな断末魔と共に絶命した。

 シータは振り返りマザーを見る。そこには慈悲の感情などかけらも見当たらなかった。

 恐い。シータは思う。マザーが恐い。男の命がなくなるのをなんとも思ってない。

「シータさん」

「……はい」

 名前を呼ばれただけで緊張する。改めて思う。このマザーは何者なのだ。

「僕の正義に反したこの男を倒してくれてありがとうございます」

 そう言って微笑むマザーの顔はシータにとってひどく危険な表情に思えた。




~~~~



 そこにはいくつもの十字架が立っていた。

 少し遠くの墓場へマザーは手早く男の死体を埋め、新しい十字架を立てる。そして膝をつき、胸の前で両手を握り合わせ、祈りを捧げる。

 あの男を傷つけ、殺したのはたしかにシータだった。

 しかし不自然に停止した男の動きや、とどめの命令、その張本人であるマザーが埋葬するのはシータにとって不自然な感じがしてただならない。

「院へ戻りましょう」

 いつの間にかマザーは立ち上がり歩き始めていた。

「はい」

 もはやシータに主導権はない。マザーについていき、孤児院へと向かう。

 マザーに聞きたいことはいくらでもある。

 どれほど強いのか、

 そもそもなぜマザーをしてるのか、

 そして、あなたの正義とは何なのか

 だがシータには何も尋ねることはできなかった。



 マザーが玄関の扉を開けると子供たちが駆け寄ってくる。

 二人の周りを囲み、大丈夫?と口々に安否を尋ねる。

 その奥ではプライムがなんともいえない面持ちでマザーを見つめていた。

「敵はやっつけたの?」

 子供の一人が不安そうにマザーに尋ねる。

「もう大丈夫ですよ。この強いお姉さんが倒してくれましたから」

 マザーはそういってシータを指差す。

子供たちの視線もシータを向く。

「へー、シータお姉ちゃん強いんだ~」

 テグラルという8歳の少年が感心した様子でいう。

 この子たちはマザーが強いことを知らないのだろうか。

 いや、当然シータもマザーが強そうだと感じてるだけにすぎないのだが。

「大きな金棒を持ったローレンツの男相手に剣をスパーンと入れるんです。かっこいいですよ」

「ほんとう!?」

 マザーの言葉にテグラルの目が輝く。他の子供たちもわいわいと言ってくる。

「まぁ、あはは…」

 適当に苦笑いしながらシータは思う。

 この子たちは怖くないのだろうか。敵を倒すとは何を意味するのかわからないのだろうか。

 しかしシータは自分の子供のときを思い出し納得する。

 ローレンツを倒すことはラグランジェの者にとって揺るぎなき正義。

 その考えは国全体に溢れ、まだ満足に喋れないときから脳に刷り込まされる。将来、実際にローレンツの兵を殺すときの抵抗を和らげるために。

「しかし任期初日から本当にありがとうございます」

「ええ、まあ」

 マザーからねぎらいの言葉がくる。

 あのときマザーの援護がなければ男からのカウンターを喰らってたことを思えばありがとうと言うのは本来シータなのだが、子供たちの感じから察するにマザーは自分の力を隠している。少なくともあくまでシータのほうが強いことにしている。そのためシータは曖昧な返事しか出来ない。

「お腹へった~」

 6歳ほどの男の子が平和そうに言う。たしかにお昼も過ぎた頃だ。

「そうですね。シータさんも疲れたでしょうし昼食にしましょう。プライム、お願いします」

「は~い」

 プライムはぶっきらぼうに返事をし、キッチンへ向かう。

 プライムはマザーの力をどこまで知っているのだろう。

 シータはプライムと二人で話したかった。でも最初の会話に今の返事、シータにはプライムとそんな踏み込んだ会話がすぐできるようになるとは思えなかった。

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