最終話
「はあ……はあ……」
息も絶え絶えにシータはその場にしゃがみこむ。目の前には本当に息の絶えた敵、ボルトが横になっている。マザーとの共闘とはいえ、Aランクの者を倒す日が来るなど夢にも思っていなかった。
「ジュニアっ!」
声のする方向を見ると、プライムがマザーの元へと駆け寄っていた。体力の消耗はマザーのほうが激しいようだ。倒れたまま吐血を続けている。
「ジュニア、大丈夫!? ジュニア!」
「プライム……平気ですよ……僕は能力持ちですから……」
マザーはなんとか無事のようだ。泣き続けるプライムの頭にそっと手を伸ばす。
「孤児院を守ることができて……僕は幸せです……」
マザーがプライムを抱きしめる。
孤児院は守られた。
シータはボルトへと視線を移す。傷つき、醜い死体へと変わった青年。悲しむ仲間はその側にいない……はずだった。
「あっ」
シータの視界の端が何かを捉えた。
それは突然と現れた老齢の紳士だった。辺りを一瞥し、ほんの少し驚きの表情を見せた彼はゆっくりとシータの元へと近づいてくる。
「な、何よ」
シータは剣を握る。以前ボイル、シャルルと共にやって来ていた、名は確かエムジー。戦闘になってもおかしくはない。
だが力が入らない。いつもは軽い剣がまるでおもりのようだった。
「勘違いしないで下さい。私はあなたと戦う気などございません。」
そういってエムジーはシータの前で立ち止まりかがみ始める。
「ボルト様……」
エムジーは懐から布を取り出してボルトの顔を覆う。その優しくてゆったりとした動作には確かな忠誠心と愛がこもっていた。
同様にエムジーはミリカンの元へも行き、布をかぶせる。そのままミリカンの遺体をボルトの遺体の横へと運ぶ。
そしてマザーへと近づいて行く。
警戒するプライムをマザーは手で制して、エムジーの言葉を待つ。
「パスカル様、やはりあなたはお強い。まさかあのお二人が倒されるとは……」
「僕だけの力ではありません……彼女、シータさんの助けがあったおかげです」
マザーの言葉にエムジーがちらりとシータのほうへと顔を向ける。
「なるほど……ラグランジェの護衛ですか。」
「いいえ……孤児院の仲間です。」
「……そうですか。」
エムジーはゆっくりとマザーから離れていく。
「エムじい、ここのことは……その……」
「わかっております。帝王様には伝えません。」
ボルトとミリカン、二人の遺体の元へエムジーは歩いてゆく。つまりシータの元へと向かって来ていた。
「シータ様、というのですか。」
「はい」
様なんてつけられたことのないシータは少し緊張する。
「お二人の埋葬をお願いできますか。」
「えっ……」
突然の問いかけにシータは言葉がつまる。反射的にマザーの方を確認するとゆっくりと頷いていた。それを見てシータも頷く。
「はい。」
シータの返事に老齢の紳士は満足そうな表情とある一言を残して消えていった。
あなた達から変わるかもしれない、と言って。
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降り続けていた雨はいつの間にか止んでいた。それだけ時間がかかったということだろう。
マザーの体は動けるものではなかった、シータの体も疲労がたまっていた、プライムには力がない。
その中で二人分の墓を作ったのだから時間が経つのは当たり前だ。
三人とも両手を胸の前で握り合わせる。
国だの、敵だの、関係ない。死者へは祈りを捧げる。今のシータには自然な行為に思えた。
「プライム、奥へと行きましょう。」
プライムの肩につかまりながら立ち上がったマザーが唐突に指示を出す。
「いいけど……どうして?」
「シータさんに見せたいお墓があります。ついてきて下さい。」
プライムの肩を借りながらマザーは強引に進む。言われるままにシータも後を追う。
墓場の奥へと進むに連れて、次第に没年が古くなっていった。
途中で一際立派な先代マザーの墓があったがその前も通過していく。
「ねえ、誰のお墓なの?」 シータはたまらずにマザーに尋ねる。
「七年前、僕を孤児院に運んでくれた人の、です。」
シータの心臓が大きく鼓動する。
そうだ、ボルトの話によればマザーは戦場で突然倒れた。
「先代によるとその人は白の鎧を纏っていたそうです。」
マザーが倒れた後でボルトはサイコスと戦い、敗れた。そしてマザーとサイコスはいなくなっていた。マザーを見たラグランジェの者はサイコスしかいない。
「その人は気絶していた僕を運んだ直後に亡くなった……そうでしたよね、プライム。」
「ええ、今でも覚えているわ。先代が玄関で叫んでるから何事かと思ったら血まみれの男の人が居たんだもの。」
ボルトはサイコスを追い込んだと言っていた。
気持ちが昂る。
喉が渇く。
鼓動が一際大きく、早くなる。
「ここです。」
マザーに言われてシータは横を見る。
周りと変わらない普通の墓。しかし違う点が一つだけある。シータが見慣れた剣が立てられているのだ。
「パパ……」
シータはじっと剣を見つめる。行方不明だった父親がここにいる……
「やはりシータさんのお父さんでしたか。」
「……ええ」
シータは墓へと近づき剣に触れる。そうするだけで父親と会話が出来るような気がした。
(ねえ、パパ、私も立派な剣士になれたかな。)
シータは目を瞑る。強くて憧れていた父親の顔が鮮明に浮かぶ。
「『生まれた祖国のためにも、仲間のためにも、能力持ちは戦場で戦う義務がある。』これはお父さんの言葉ですか?」
「そうよ。」
「素晴らしい考えです。」
「だけどマザーにとっては苦しい考えでしょ?」
目を閉じたままシータは言う。サイコスがマザーを助けなければ今の会話もきっと存在していない。なんだかそれはとっても低確率で、だけど必然的なことに思えた。
「苦しくなんてありません。僕は……マザーJr.は、生まれた孤児院のためにも、大切な孤児院の仲間のためにも、戦います。」
プライムの肩につかまりながら、マザーも墓の前に立つ。
「けれど本当は……誰も戦う必要がないことが一番なんです。」
「誰も戦う必要がないこと……」
シータの脳裏に夢で見た幼き日が蘇る。
『戦争なんてなきゃパパが家に居られるのに。』
『まぁそういうなって、シータ。』
戦争なんて最初は誰も望んでなんかいない。でもいつか大切な人が殺され、敵国を憎み、当たり前のように戦争に参加していく。そこでまた新たな憎しみが生まれ、永遠に戦いが続く。
「やっぱり……シータさんはラグランジェのために戦い続けますか?」
プライムの肩を借りたままマザーも剣へと手を伸ばす。
「私は……」
ラグランジェのために戦う。でもそれは本当にラグランジェのためになるのだろうか。
「ねえマザー、ラグランジェとローレンツは憎しみ合い、戦い続けるしかないのかしら。」
「違います、と、たくさんの憎しみを作った僕が言うのはきれいごとでしょうか。」
マザーの手が剣に触れる。
その剣の持ち主はシータという娘を育てた。ジュニアという少年を誕生させた。
「きれいごとじゃないわ。少なくとも私達は理解し合える。」
シータはマザーと手を重ね合わせて考える。
今はまだ戦争は続く。何かを守るためには戦わなければならないかもしれない。
けれどローレンツとラグランジェ、両国民が理解し合ったとき、そのときはきっと……。
マザーJr.は戦わない
(完)
以上をもって完結とさせて頂きます。ここを見てるということは最後まで読んでもらえたということで、そんな読者が少しでもいれば嬉しい限りです。
読了時間を2時間に収めたいのであとがきめいたことは活動報告のほうでしたいと思います。(自分がやりたいだけだ)
新作も今日明日には投稿するのでよろしければどうぞ。
最後に、
感想、批評、評価、を貰えることをひっそりと期待して、
ご一読ありがとうございました。
ではでは。




