憩
本作のジャンルをファンタジーから戦記へと変更しました。
シータは目を開ける。どうやら見ていたのは走馬灯ではなく夢だったらしい。
父親が死んでから幾度となく見た懐かしくもあり、悲しくもあるあの日の夢。
――国のためにも仲間のためにも能力持ちは戦わなくてはいけない――
自分が能力持ちだと分かってから兵になるまでシータに悩む時間は必要なかった。父親の信念に従うだけだ。母親は反対したが、自分の力をラグランジェ王国のために活かすことが当然だとシータは思っている。
部屋は暗く、傍らにある蝋燭の灯火がより大きく光っている。その横にはうつらうつら状態のプライムが座っていた。
「プライム……さん」
シータの声にプライムがかすかに反応する。薄く目をあけてシータを見ると突然ひゃっ、と声をあげて立ち上がった。
「シータさん!?良かった、良かった……」
そういってプライムは目に涙を浮かべシータに飛び付いてくる。
「プライムさん、痛いって。」
「だってシータさん全然目を覚まさないから……」
たしかに暗さは真夜中のそれだった。さきの戦闘が昼であったことを思うと意識がないにしては長いかもしれない。
「ごめんね、ごめんね、私があんなお願いしちゃったせいで……」
プライムが泣きながら謝ってくる。あんなお願い、とはマザーを戦わせないことだろう。
「いいのよ、護衛にマザーの助けは本来ないものなんだから。」
でも、でも、とプライムは泣き続ける。この人はただ純粋なのだろうとシータは思う。
「みんなは今どうしてるの?」
「いつも通りリビングで雑魚寝してるわ。ジュニアったらあなたの怪我を見て一線を越えてないから能力持ちならすぐ回復するだろう、って言って全然心配してないのよ。」
一転して見せるプライムの剣幕にシータは苦笑する。マザーに向けられるはずの怒りを表されてもどうしようもない。
「私もここまでの傷を負ったのは久々です。でもマザーの言う通り、意外と早く治るんですよ。痛いは痛いですけど。」
「やっぱり能力持ちってすごいのね。もう血も止まっているし。」
包帯でぐるぐる巻きにしたシータの肩の傷を見て、感心しながらプライムは言う。包帯に血は滲んでこそいるがもはや新たな出血はない。
傷の治りの早さから能力持ちと判明する者も多いのだ。
シータとプライム、二人が話していると、
――ガタガタ――
「あれっ?プライムさん、なんか足音がしない?」
「えっ」
シータは耳に神経を集中させる。
――ペチャクチャ――
「いや、足音っていうよりこれは……」
「たぶん……」
二人に聞こえてきたのは音ではなく会話だった。
「まったく、テグラルは八歳にもなって一人でトイレにもいけないのですか。」
「別にいいじゃないか。マザーだって一回ぐらい夜中にトイレいくでしょ。」
「僕は五人の子供全員に夜のトイレに起こされるのは勘弁なんです。いつもだったらプライムが引き受ける子の分まで今晩は一緒に行かなきゃいけなくてろくに寝れません。」
「ろくに寝れてないのはこっちよーー!」
「「うわーーーー!!」」
プライムがいきなり扉を開けて廊下にでたのでマザーとテグラルは大声をあげて驚いてしまう。
「なんだプライムですか。びっくりさせないで下さい。」
「そうだよ。僕、おしっこ漏らしちゃいそうだったよ。」
「そんなのどうでもいいの!ジュニア、シータさんの意識が戻ったからお礼言いなさい!」
「本当!?」
プライムの言葉に反応したのはマザーではなくテグラルだった。シータのもとへ駆け寄っていく。
「シータお姉ちゃん、僕すっごい心配したんだよ……」
テグラルは泣いていた。そこまでなつかれていたと思うとシータはなんだか嬉しい気持ちになる。
「ありがとうテグラル、もう大丈夫よ。」
「でも……血も……こんな……」
むせながら喋るテグラルの頭をなでてシータは大丈夫、大丈夫と繰り返す。もしも父親が生きて帰ってきて、もしも弟ができたならこれくらいの歳だろう、などとシータはどうでもいいことを考える。
テグラルはなかなか離れようとしない。布団に顔をうめて涙を拭いている。いつまでもこうしているわけにもいかないのでシータが少し困っていると、
「テグラル、トイレは大丈夫なのですか。」
マザーの一言にテグラルの身体が止まる。
ゆっくりと立ち上がり、徐々に震え出す。
「も……れ……る」
そしてトタトタと走りだし、誰かついてきてー、と叫びながら廊下の奥へ消えていった。
「私がいくわ。ほら、ジュニアもシータさんにお礼いって」
プライムもそう言い残して奥の廊下へ消えていく。部屋の扉にはマザーがぽつりと残る形になった。
「まぁ、なんといいますか、シータさんのおかげで戦わずにすみました。」
マザーはぺこりと頭を下げる。
「お礼なんていいわ。プライムと同じで私もマザーに戦わせたくないもの。」
最初の戦闘で一度だけ見た危険な微笑み。十五の少年にさせていいものではない。
「……そうですか。でも僕がシータさんに守られる義理もありません。それに僕にとって戦いはつらいものというわけでもないのです。今はむしろ、もう少し早くにシータさんを助けるべきだったと後悔してます。」
「いいのよ。私が無茶したんだから。それに今生きてるし。」
シータは肩の傷をさする。もしもあのときラムダと呼ばれた女性が自殺しなければ、結局、マザーが戦ったのだろうか。
「僕は、」
一度、マザーは言葉をつまらす。
「僕は、この孤児院を守るためなら自分がどうなろうとも戦います。」
誰に言うわけでもなくマザーは宣言する。ただ己の信念を言語化しているだけだ。
「私も、ラグランジェのために戦う。能力持ちである以上、戦うことは義務だと思ってる。」
「能力持ちなのに戦ってない僕は義務違反ですね。」
「本当ね。」
ははは、と軽く二人は笑う。お互いに戦いに関して真面目になりすぎたのを茶化す笑いだった。
やがてテグラルがプライムとトイレから戻ってきて、マザーと一緒にリビングへと戻る。念のためということでプライムはシータの寝るベッドの横の床で寝ることになった。看病で疲れていたのだろう、プライムは横になるなりすぐに寝息を立てる。
(もしもCランク五人を倒すことができるマザーが戦場で戦ったら、代わりに何人の兵が助かるのだろう。)
起きたばかりのシータは簡単には寝つけず、ぼんやりとそんな仮定を考えていた。




