プロローグ
「マザー……いるか……」
元々の鎧の色が白であることがわからなくなるほどに血まみれとなった男は弱々しく、しかしはっきりと通る声でマザーを呼ぶ。
「はい、どうかなさいまし……まぁ、大丈夫ですか!?」
玄関の扉をあけた老齢のマザーは驚愕する。こんな男が玄関にいたら誰でもそうなるだろう。それだけではない。さらにマザーを驚かせたのは男がぐったりとした少年を抱えていることだ。
「す、すぐに、手当てをしないと……それにその子は……?」
おろおろするマザーに男は言葉をつなぐ。
「俺の体はどうでもいい……もうだめに決まっているからな……」
そんなっと言ったマザーに男は少年を預ける。
「この子は一体……」
「戦場で倒れていたんだ……」
こんな少年が戦場に?一体国は何を考えているのか。それともこの子が特別なのだろうか。
「この子も……戦場じゃなくてここなら……違う生活ができるはず………だ」
マザーは預けられた少年を見る。
外傷は見当たらないがなぜか恐ろしく弱っている。か細く、小さな体。歳は7、8歳ほどだろうか。とても戦えるようには見えない。
「がはっっ」
男が血を吐く。もう長くは持ちそうにない。むしろここまでを気力で持ちこたえていた感じだ。
「教えて下さい!この子の名を!あなたの名を!」
マザーは必死に尋ねる。この子に残せる唯一の情報を。
「……この子の名前は知らない……」
男は残念そうに、そして膝を突きながらいう。もはや体力は限界だった。
「あなたの名前は……?」
この男は命を懸けてこの子を預けに来た。マザーはせめてその名をこの子に伝えたかった。しかし、
「……俺の名前は……」
ドサリッ
そこまでしか言えずに、男は息をひきとった。
夏中に(一章が)完結する予定です。