Study:2「ハチャメチャな遅刻者」
ここ、神勉学園にはおかしな点が幾つかあります。それがまず第一に校風です。どんなに頭が良くても悪くても普通に入ることのできるこの学園。確かに入試を受けた時も大して勉強していない人でもラクに高得点を取れるテストだったので少々違和感を覚えました。どうして、そんな簡単なテストを受けさせるのか。これでは頭の悪い人の出来不出来は見測れるかもしれませんが、頭脳明晰な人物は無理なのではと、僕は思っているのです。現に、入試の結果多くの受験者が満点を取ったのだとか……。ちなみに、そういった頭脳がずば抜けた人物は物凄く勉強ができるということでハードスタディメンバーに選ばれます。俗に『優スタメン』と呼ばれます。決してスターティグメンバーの略ではなくスタディーメンバーの略ですのであしからず……。逆に点数がメチャクチャよろしくない人物はアンチスタディメンバーと言って成績がダメダメのダメダメドンゾコクラスに入れられます。俗に『可スタメン』と呼ばれます。ちなみに、僕や鷹ノ宮さんはそのどちらでもない割と平均的なクラス――センタースタディメンバーに入れられます。『良スタメン』と呼ばれます。
って、あれ? そういえば結局僕第二を挙げてないですね。まっ、いいか!
まあ、そんなこんなで入学式は無事順調に進み、後は校歌斉唱を残すのみとなりました。いやはや、それにしても、結構ご家族の方々がいらっしゃっていて、僕もびっくりしました。やはりこの学園はいろんな意味で人気があるようです。決して制服が格好いいというわけでもありません。ごく普通のブレザーにネクタイなどという一般の高校の制服と変わらないのですが、それでもこの人気……。どうやら、余程幅広い偏差値でラクに入れる学園というコンセプトなだけはあります。まぁ、僕もその美味しい話につられたクチですからね、ハハハハ。
そして、いよいよ校歌斉唱が始まりました。上級生の方々が僕達のために神勉学園の校歌を歌ってくれています。その歌声の中で僕は鷹ノ宮さんに用があったのを思い出し彼女の方を見た。
「ところで鷹ノ宮さん」
僕は先程の一件について問いただそうと鷹ノ宮さんの腕を肘でつついて呼んだ。
「はい、何ですか? 私の下着をご覧になった変態臭いフェチの野丸平太くん?」
何だか物凄い肩書きをつけられてしまっていましたが、僕は負けじと続けます。
「その肩書きは少しばかり勘弁していただけませんか? 僕だってわざとじゃないんですよ」
少し猫なで声で交渉に打って出ますが、鷹ノ宮さんは断固として聞きつけてくれません。首を横に振って彼女は続けます。
「それでも下着を見たのは本当のことですよね?」
「うぐっ、確かにそうですけど。あれは不幸な事故というか……」
「不幸な事故?」
納得のいかないような訝しげな口調でそう言う鷹ノ宮さんに僕は慌てて訂正する。
「いいえッ、幸運な事故です!」
「やっぱり嬉しかったんですか?」
今度は怒るのではなく、少し頬を染めた感じで尋ねる鷹ノ宮さんに僕は少し戸惑って答えた。
「そ、そりゃあ鷹ノ宮さんみたいな綺麗な女の子の下着を見たら誰だって大喜びですよ普通……」
体育館の入り口で言ったセリフと大差ない言葉で答える僕ですが、返ってきた言葉はあの時とは少し違っていました。
「そ、……そう、ですか」
頬に手を当ててさっきよりも顔を赤らめる鷹ノ宮さんに僕は疑問符を浮かべながら問う。
「どうかしましたか? 顔、真っ赤ですよ?」
「ひぃあ、な、何でもありません!」
僕から顔を逸らして言う鷹ノ宮さんにますます僕は頭上に疑問符を浮かべました。女の子の考えることはよくわかりません。
と、その時、僕はふと鷹ノ宮さんの隣の席が空席だったことに気づきました。本来ならば、あの席もまた新入生の生徒さんで埋まっていなければならないはずなんですが……。
「あのぅ、鷹ノ宮さん。お隣はお休みですか?」
その質問に冷静になった鷹ノ宮さんが「ああ」と言った風な感じで隣の席を見て言った。
「休みではないようです。恐らく、遅刻か何かではないですか?」
その答えになるほどと僕は頷いた。その人物も僕同様寝坊をしたに違いありません。しかし、よかっ
たですよ僕はもう少し起きるのが早くて。もう少し遅かったら――考えるまでもないです。
「その席、本来なら誰が座ってるんですか?」
「ええと、さっき新入生の名前が呼ばれましたよね? えっと、私の前ですから……た、小鳥遊さ
ん……でしたっけ?」
――ッ!?
僕はその名字に眼を丸くしました。鷹ノ宮さんの口から発せられた言葉に聞き覚えがあったからです。小鳥遊……まさか、そんなワケありません。と僕は自分の中でありえないとい言い聞かせてその疑念を払拭します。なぜそんなことをする必要があったのか……それには理由があるわけなんですが、それはもう少し後にでも……。
「どうかしました?」
鷹ノ宮さんが俯く僕の顔を覗き込んで尋ねます。って、ちょっとちょっとダメですよ鷹ノ宮さん、その仕草は。そういうのは僕のように免疫のない人には大ダメージですって!
と、僕は鷹ノ宮さんから少し離れるように体を逸らします。
と、その時僕は思わず足元の椅子に足をひっかけてしまい、後ろ向きに倒れ掛かりました。自分でも何が起こったのかパニックです。一瞬の浮遊感を感じて僕はそのまま硬い地面に叩きつけられ――ませんでした。
ポフッ!
と、何か柔らかいものに後頭部を優しく包まれて僕は何とか倒れずに済みました。しかし、この柔らかい二つの何か……はて、これは一体?
ふと上を見上げると、そこには見知らぬ顔。少し幼い感じを残したその少女に僕は思わずドキリとしてしまいました。少女は少し驚いた様な表情をしつつも、悲鳴一つ漏らさず僕のことをまっすぐに見つめていました。しばらくの沈黙の後、僕は鷹ノ宮さんの声に我に返り、慌てて体を起こして彼女から離れた。
微かに残る柔らかな感触の余韻を確かめるように僕は後頭部をいじりながらその少女を改めて見ました。スラッとした感じの体格に、ふんわりとしたこれまた柔らかく見せるボブヘアーに、トロンとしたタレ目。そして、僕を優しく包み込むように受け止めてくれたその正体――それは彼女のふくよかな胸でした。もしも、彼女の胸が少し小さければ僕は受け止めてもらうことが出来ず、そのまま後頭部を初めに予測していた通り床に打ち付けていたことでしょう。本当に後ろの席の人物が彼女でよかったと心底思いました。
「あ、あのぅ……ありがとうございます!」
「はぁ、……怪我はない?」
ゆっくりと首を傾げながら尋ねる少女に僕はコクリ頷き応えます。
「すみません、あのお名前は?」
「すずめ……『雛本 涼苺』。よろしくね、野丸平太君」
何故か既に僕の名前を知られていて僕は思わず驚愕を露わにしました。大抵の人は僕の存在なんか毛ほどにも思っていないのですが……。感動のあまり涙がちょちょぎれてしまいそうです。
「雛本……さん。ありがとうございます、でも、どうして僕の名前を?」
「私、同級生の名前を覚えるのが好きで……というか、人の名前を覚えるのが得意なの。それで、同じ
新入生の名前を覚えてたってこと。だから、君のことも知っているんだよ?」
ふとした質問に気兼ねなく雛本さんは答えてくれました。その時に見せる屈託のない笑みに僕は凄く癒される感じがしました。
と、その時、周囲の雑音が一気に消え去りました。校歌斉唱が終わったのです。振り返れば僕……少しも校歌を聴いてませんでした。どうしましょう?
――□■□――
入学式が無事に終わり、僕達は良スタメンクラスへと案内されました。教室は割と普通の高校と同じで何一つ変わりのない本当に普通の教室でした。もしかすると、優スタメンや、可スタメンの教室なら待遇が違ってそれぞれ教室が違ったのかもしれません。ちなみに、この学園の一つ気になる所がオープンスクールがないということです。普通はその学校がどんな所なのか事前に知るためにそう言った催しがあるはずなのですが、なぜかこの神勉学園だけはオープンスクールがありませんでした。……不思議です。
「さぁ、それではエブリワン、私達のクラスルームにエンターしましょう!」
そう言って教室の扉を開けながら喋った独特な話し方が特徴の人物が僕達の担任の先生となる人物――『井伊口 英巳』先生です。首周りに少し高そうなシルク製のピンク色のスカーフを巻いていて、目には赤縁のメガネをかけています。髪の毛は少しパーマがかった様になっていて、体格はスラリとした感じです。
僕達は井伊口先生に連れられて教室内に入りました。あっ、ちなみに言い忘れましたが英語の先生です。え、言われなくても分かるって? ああ、そうですか。
「ええと、では出席ナンバー順にシッダンしてくださ~い!」
なぜこうもテンションあげて話しているのかは分からないが、生徒の両親の手前よくやるものです。逆に尊敬の意さえ感じられます。
次々に椅子に座っていく僕達。ちなみに僕は四列目の五番目の座席に座ることになりました。もちろん僕の前の席は鷹ノ宮さんです。また、左には先程僕をその柔らかな胸で受け止めれくれた雛本さんが座ることになりました。
「あっ、雛本さん」
僕がふと彼女の名前を呼ぶと、ふっとこちらに視線を向けてにっこり笑みを向けてくれる雛本さん。ああ、その表情を見ていると本当に癒されます。その童顔な顔でそんな笑みを向けられたら大抵の男子ならばイチコロでしょう。僕もまたそうです。今の僕は、雛本さんのその笑顔に攻撃されて心臓がズキュンと打ち抜かれている状況にありました。おまけにあの時の感触を未だに払拭しきれていないのです。なんという恐ろしい攻撃を……。
「何を見つめているんですか、いやらしい」
そう言ってジト目を向けてくるのは鷹ノ宮さんです。頬を膨らませて怒っている姿が少し可愛いなぁと思ったのは無論内緒です。だって、そんなことをいえば、また体育館入口での出来事の様な事が起こりかねない……そう思ったからです。
「べ、別に見つめていたわけじゃあ……」
実際見つめていたのは事実なので、僕は上手い言い訳が思いつかずしどろもどろな感じになってしまいました。すると先生が話し始めたので、僕達は口を閉じて先生の話を聞くのに集中することになりました。
――□■□――
大方のこれからの流れや、明日からの学校に必要な物。寮生への注意事項など様々な話をされた後、僕達はその場で解散となりました。親子連れの所は親と一緒に家へ帰り、そうでない寮生の生徒は教室内に残っていました。昼は、学園の食堂で食べるそうです。僕達はそれまでの間、さっそく互いの友好関係を築こうと近場の席の人物と語り合っていました。
「えっ、じゃあ雛本さんはあの有名な『喜界島女学院』から来たんですか!? そこって確か相当偏差値が高かったような……。それがどうしてセンタースタディクラスに?」
僕は雛本さんがこのクラスへ来た経緯を聞いて驚いていました。すると彼女は笑って答えます。
「あはは、入試当日にちょっとしたミスを犯しちゃってね? それで、センタースタディクラスになっちゃったってワケ。でも、今はそれでもいいと思ってるよ?」
「え、どうしてですか?」
僕の問いに雛本さんは少し頬を染めながらこう言いました。
「だって、野丸くんがいるから……」
その言葉の意味、真意はよくわかりませんがそれでも僕は内心で興奮度マックスになりました。あまりにもの興奮に興奮山が火を噴いています。ドッカーン! と、欲望の火山が噴火してしまいそうな勢いです。というか、雛本さん。その話し方は反則ですよ! そんなこと言われたら……ぼく、僕、――勘違いでも意識しちゃうじゃないですかぁあああああッ!!!
「何ですか、鼻の下伸ばしていやらしい。言っておきますけど、野丸くんは私のモノなんですからね?」
と、横から割り込むように入ってきたのは先程からご機嫌ナナメのご様子の鷹ノ宮さんでした。何で怒っているのかは良く分かりませんが、一つ気になるのが私のモノという部分……。申し訳ないのですが僕は誰の所有物でもございません。
「いやぁ、そう言われましても……。それに、どうしてそんなに雛本さんのこと毛嫌いするんですか?
何か理由でも?」
「べ、別にそんなんじゃありません。ただ、野丸くんは女心というのがちっともわかってないんです!普通、それくらい察してくださいよ! そんなんだから友達いないんです!」
――グホッ! 入学式開始以前にくらったダメージが回復しはじめていたというのに、再びの攻撃! ウグッ……なかなかやりますね、鷹ノ宮さん! って、それどころじゃありませんよ。えっ、女心ですか? 確かに僕は男ですから女心というのは少しばかり理解しかねます。う~ん……。
「友達いないのは関係ないじゃないですか! それにそれは鷹ノ宮さんも同じでしょう!」
僕は少しムキになって鷹ノ宮さんに言った。そんな僕と彼女のやり取りを雛本さんが困った様子で見ていたのはその時僕は気づいていませんでした。
「そ、そこまで……言わなくてもいいじゃないですかぁ~、うわぁああああん!」
突如、その場にペタンと座り込んで泣き出す鷹ノ宮さん。その様子は本当に幼い少女の様に僕の目に映りました。って、どどどどどどどどどどどうしましょう!? ま、まさか鷹ノ宮さんがこんなことで泣いてしまうだなんて、こ、これって僕のせいですよね? これで他の人に何かしら言われたり噂を立てられたりしたら僕の華やかな高校生活が第一歩から足踏み外して地獄行きじゃないですか! あわわわわ、ど、どどど一体どうすれば!?
と、僕がオロオロして困惑しているとそんな僕の両足に鷹ノ宮さんがギュッ! と抱きついてきました。突然のことに僕は更にテンパります。
「ちょちょっとどうしたんですか鷹ノ宮さん?」
「うぅ~、わ、私のモノだって言ってください~!」
泣きじゃくりながらそう僕に命令する鷹ノ宮さん。どういう意味なのかは良くわかりませんが、それで泣き止んでくれるのならば安いものだと僕は彼女に言いました。
「ぼ、僕は私のモノです! さぁ、言いましたよ?」
「………グスッ」
「あれ?」
――これは泣き止んだのでしょう――
「うわぁあああああぁあぁああぁあああんっ!!!」
「いやあぁああああああああああ!!」
泣き止んだと思ったつかの間、またもや泣き出す鷹ノ宮さんに僕はワケが分からなくなりました。
「あのぅ、多分正しくは『僕は鷹ノ宮さんのモノになります』じゃないかな?」
と、アドバイスをくれたのはさっきから僕達のやりとりを見ていた雛本さんでした。
「あぁ、なるほど……って、何でですかぁあああああああ!!?」
そりゃあそうです。なぜ、この僕が鷹ノ宮さんのモノにならなければならんのですか! そんなのお断りです、お断り! そもそも、モノってまるで道具じゃないですか。理由が全く持って理解不能です! ……しかし、さっきからうわんうわん泣いている鷹ノ宮さん。このままでは、確実に他の生徒に白い目で見られてしまいます。って、既にこっちに冷たい視線を向けている生徒がチラホラと!? ま、まずい……ええい、こうなればヤケです!
「僕は鷹ノ宮さんのモノになります!!」
刹那――さっきまであんなに泣いていたのが嘘のように突然ピタリと泣き止む鷹ノ宮さん。顔を俯かせるとそのままさらに僕の両足を強く抱きしめてきました。そのせいで、僕は思わずバランスを崩してしまいそのまま後ろ向きに倒れて――って、あれ? これってデジャビュじゃ……。
「きゃっ!」
ぽふっ!
どさっ!
僕はつぶっていた眼を開いて、現状を確認しました。僕の足に抱きついている鷹ノ宮さん。そして、ふと視野を広げてみると、僕の足の両足に程よく肉のついた色白の足がありました。え? 足? 少し動くとあの時感じたあの柔らかな二つの何かを再び感じ取りました。後頭部に感じる少しの体温。僕はふと上を見上げました。そこにはきょとんとした様子の雛本さんのお顔が――。
「あっ、ど、どうも」
「あぁ、はい」
僕の挨拶に、どう感じたのかは知らないが相手も同様にコクリと軽く会釈。
「大丈夫ですか、雛本さん」
「う、うん。突然のことで尻餅ついてお尻が少し痛いけど、怪我はしてないよ?」
まるで僕を気遣うような言い方に僕は思わず感動してしまっていました。
「それは良かったです」
「ぐすっ……ごめんなさい」
消え入りそうな小声で聞こえてきたのは鷹ノ宮さんの謝罪の言葉でした。目尻に涙を浮かべて鼻をすすりながら謝る鷹ノ宮さん。その言葉に、雛本さんは手を振りながら彼女のことを許してくれました。
「あ、ありがとう……ございます」
鷹ノ宮さんは涙を拭いながらそう言いました。
僕はその場に立ち上がり、尻餅をついた雛本さんに手を差し伸べます。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう、野丸君」
嬉しそうに笑みを浮かべる雛本さんに少しドキリとしながらも、僕は彼女の手を取り引っ張り上げた。
「私のことは引っ張り上げてくれないんですか、野丸くん」
そう言って猫なで声で僕の名前を呼ぶ鷹ノ宮さんに嘆息しつつ僕は彼女にも手を差し伸べました。
「ど、どうぞ」
「ありがとうございますっ!」
満面の笑みを浮かべてお礼の言葉を述べる鷹ノ宮さんに僕は少し戸惑いを感じつつも引き上げてあげるのでした。
――□■□――
時間が経過して、僕達は食堂へお昼を食べに行くことになりました。そして、席から立ち上がって食堂へ足を進めようとしたその時、ガララッ!! と、荒々しく扉を開け放ち何者かがズカズカと入ってきました。一斉にその人物へ視線を注ぐ僕達。そこにいたのは、小柄な体型をした少女でした。少し長めの髪の毛の一部を耳の上でツインテールの様に結っているその女の子は、どこかで見覚えのある子で僕と目が合った瞬間、目の色を変えて僕の所にやってきて思い切りハグをしてきました。
「おにいちゃ~ん!」
その言葉に誰もが我が耳を疑いました。何せ、その少女は僕のことをあろうことか「お兄ちゃん」と呼んだのですから。それは驚きなのです。
「え、えっと君は誰ですか?」
「えっ? な、何言ってるのお兄ちゃん? 私のこと忘れたの? あんなにいろんなことして遊んだの
に?」
ウルウルした瞳で僕を見上げるその少女に周りの視線が一気に冷たくなる。
「の、野丸くん。まさか、そんな小さな子とナニをしたんですか!?」
「ち、違いますよ! そ、それに中学生がこの学園に来れるワケないじやないですか! す、すみませんが本当に覚えていないんです。誰かと間違っているんじゃないんですか?」
雛本さんに負けず劣らずの童顔っていうか、体格そのものが幼いんですがこれほどまでに顔の整った美少女に出会っているのならば覚えていないワケがないんですよ。でも、残念なら今回ばかりはワケが違います。本当に覚えていないんです。この少女に「お兄ちゃん」と呼ばれる筋合いも僕は持ち合わせていません。しかし、見ず知らずの相手にいきなりハグしてくるとはとても考えにくいわけでして……となれば、やはりこの子は僕と知り合いなのか……と、いろんな考えが頭の中でグルグルメリーゴーランド状態なワケです。
「うぐっ、ひ、ひどいよ……あんなにたくさん遊んだのに……家の事情でお姉ちゃんと分かれて、もうお兄ちゃんだけが頼りだったのに……うぅ~」
そう言ってその場に泣き崩れて僕のブレザースーツの裾をギュッと握る少女。そういえば、この女の子、この学園の制服を着てます。やっぱり高校生ってことですね。あっ、そういえば名前聞くの忘れてました。
「ところで、あのぅ君お名前は?」
「ぐすっ……ズズッ、うぅ~みふえ……」
「え?」
「『小鳥遊 巫笛』」
た、小鳥遊!? こ、この子が……あの入学式に遅れてきた転校生でしたか!? ん? そういえば、この名前どこかで聞いた様な……小鳥遊、たかなしたかなし……たか、…なし……み……ふえ。――ハッ!? ま、まさか……。
僕は物凄く心の奥底に封じ込めていた記憶がその名前によって呼び覚まされるのを感じました。まるで、その名前が封印を解く鍵だったかのように――。
「ま、まさか……みふえちゃんなんですか?」
「うぇっ? ぐすっ、……思い出してくれたの、お兄ちゃん?」
「その呼び方……昔から変わってませんね~」
「だって、まだ誕生日来てないからお兄ちゃんの方が年上だし……」
確かに小さい時にそう言ってましたけど、その体格でその呼び方だと兄妹みたいに思われそうで……。
と、その時、後ろから殺気を感じると同時に背中を何かにつつかれる感触を感じました。恐る恐る振り返るとそこには鬼――もとい、鷹ノ宮さんがふくれっ面で目尻に涙を溜めて僕を凝視していました。
「野丸く~ん、誰なんですか~その人は!」
「た、鷹ノ宮さん!? そ、そちらこそ誰なんですかその背後の守護霊みたいな鬼は!?」
「野丸くんの返答次第で優しく接したり殺したりする方です」
「あれ、前者と後者で被害が天地の差なんですけど……?」
鷹ノ宮さんの冗談かとも思いましたが、そうではなさそうです……。う~ん、どうしたものか。やはり、これは説明が必要のようです。
「はぁ、説明します……」
僕がそう答えると同時に、鷹ノ宮さんは満面の笑みを浮かべて椅子に座って僕の話を聞く準備を完了
させていました。
僕の隣の席の雛本さんも聞く気マンマンのようです。
「えっとですね――」
そう言って僕は説明を始めました。
彼女――小鳥遊巫笛さんは何を隠そう僕の幼馴染なんです。じゃあ、どうして忘れていたのかって? まぁ、それには理由がいろいろあるワケなんですが……軽く説明すると僕は一度事故にあって生死の境を彷徨いまくったワケなんです。実は僕には幼馴染が二人いて……一人は先程も言ったみふえちゃん。もう一人が、その姉である巫琴ちゃんです。実際、あの時僕があんなことをしなければ巫琴ちゃんもあんな被害に遭わなくて済んだんですが……。あの時の後悔は今でも僕の中で続いているんです。だからこそ、僕はその忌まわしい記憶を心の奥底に封じ込めていました。だから、必然的にその記憶の関連に当たるみふえちゃんのことも忘れてしまっていたワケなんですねぇ~。でも、彼女がここにいる……ということは巫琴ちゃんもこの学園に!?
そう思うと、何だかよくわかりませんが少しドキドキしてしまいました。あの事件以来、僕は小鳥遊家への出入り禁止、小鳥遊姉妹との連絡の取り合いも禁じられてしまったんですから、そりゃあ気になりますよ。名医のおかげで僕は何とか一命を取り留めることができましたが、巫琴ちゃんの生死は不明のままですから……。まさか、死んで……はいませんよね?
僕は一刻も早くそのことが聞きたくてみふえちゃんの小さな両肩をがっしり掴んでそのことを質問しました。
「……それは」
少し話し辛そうにするみふえちゃんに、僕はズキリと心が痛みました。まさか、そんなまさか……本当に巫琴ちゃんは……。
声に出そうで出ない。その言葉が……。しかし、何とか勇気を振り絞り僕はその言葉を言い出そうとしました。
「死ん――」
「別れたって言ったよね?」
そういえば……確かにみふえちゃんは僕に泣きながらそんなことを言ってました。別れたって……どういう意味なんでしょう?
「それって……」
「小鳥遊家は禁忌を犯して無くなっちゃったの」
その言葉を聞いて僕はどうにかなりそうな思いでした。小鳥遊家がなくなった? それって……そんなのって……。どうして、そんなことに?
「何があったんですか?」
ホントは聞いたらいけなかったのかもしれません。でも、気になることはどうしても追求したくなる
ものなんです。
「……私達の家のある人物がある犯罪組織に加担してて、そのことが家にバレたの。それで、その人が
追放されたんだけど……その時にはもう手遅れで、私達は家の名誉も地位も全て捨てるハメになっちゃったってワケ。だから、ここに来たの。両親にも夜逃げされちゃって私は途方に暮れて……。お姉ちゃんがここにいるって聞いたから……」
「てことは、やっぱり巫琴ちゃんはここにいるんですか?」
「うん。そしたら、入学式の名簿表でお兄ちゃんの名前も見つけて……こんな平凡な名前はお兄ちゃんしかありえないって思って……それで急いで飛んできたの」
――んん? 何やら凄くシリアスな雰囲気だったのに、一番最後の失礼な言葉で一気に笑い話みたいになっちゃいましたよ? わざとですか? わざとですね? わざとなんですね? 全く、みふえちゃんは相変わらず僕に対して失礼極まりないです。まぁ、失礼なのは姉である巫琴ちゃんも同じでしたが……。しかし、彼女もここにいるとなれば、三年生ってことになりますね。みふえちゃんとは二歳歳が離れてたはずですから……。
「悲しいお話だね……ぐすっ」
おっと、何やら雛本さんがもらい泣きしていらっしゃる。やはり、そうですよね。悲しかったんですよね。
「でも、最後の野丸くんの名前が平凡っていうのはちょっと笑えたかな? ふふっ」
あれ? 雛本さん? それは悲し泣きですか? それとも笑い泣きですか!? でも、これで鷹ノ宮
さんにも事情が分かってもらえたはずです。これで、僕は前者の鬼に優しく接して――って、鬼に優しく接してもらえること自体ありえないのでは? と、ふとした疑問が湧いてきます。
「鷹ノ宮さん?」
「いえ、……何でもありません。ただ、小鳥遊さんもご令嬢だったということを知って……」
――ん? 小鳥遊さん「も」? 「も」って何ですか? え、それってどういう……。
「あの……鷹ノ宮――」
「そういえば、どうして小鳥遊さんは名誉も地位も失ったのに、苗字がそのままなんですか?」
さ、遮られた!? でも、確かにそれは僕も気になりました。どうしてなんでしょう?
僕は少し気になってみふえちゃんの方を見ました。彼女は少し浮かない顔をしながらも僕達に説明してくれました。
「家の名誉と地位は無くなっちゃったけど、代わりに代償を払う事で家の名前まで失うことを防いだ
の」
「代償?」
あまり良くない言葉に僕は少し顔をしかめます。
「それが私達よりも地位が上になった家にお姉ちゃんを許嫁として嫁がせることなの」
ガタンッ!!
僕はあまりにもの怒りに思わずその場に立ちあがって拳を震わせました。だって、そんなのってないじゃないですか。本人が望まないことを無理やりさせる。それも、家の名前の存続のために……。それに、どうして誰も止めないんですか? ありえません。
「みふえちゃんはそれに対してどう思ったんですか?」
「もちろん私は反対したよ。でも、お姉ちゃんは私のために……。それに、お姉ちゃんは記憶障害を負
ったの」
「記憶障害?」
その言葉に僕はさらに言葉を失いました。やはり、あの時の事故の後遺症が残ってしまったんですね。
「一時的な記憶の欠落……失ったわけじゃないんだけど、鍵がかかったみたいにその時の記憶が完全に
忘れ去られてるの。だから、その時の記憶に関連する人や物の事は全く分からない。もちろんそれはお兄ちゃんのことも含まれる。だから、……お兄ちゃんのことも……お姉ちゃんは覚えていないと思う」
それがどれほどまでに僕にショックを与えたかしれませんでした。ズキズキと痛む良心。あの時、あの時あんなことをしなければ巫琴ちゃんは……くっ!
「そう……ですか」
「……」
「……」
僕がしんみりとした表情をしてその場に静かに座ったのを見て鷹ノ宮さんも雛本さんもすっかり黙り
込んでしまいました。
でも、これで僕はこの学園での目的が少し増える事になったのです。巫琴ちゃんに会ってちゃんと謝らないと! そのためにも、何としてでも僕はこの学園の何処かにいる巫琴ちゃんを探さなければ!!
そう決心した僕は、その後昼ご飯を食べに寮生の皆と食堂に向かったのでした……。
というわけで新キャラがさっそくゾロゾロ出てきましたが、あいも変わらず自分の書く小説には女の子ばかりですね。現実でもそうある話じゃないですよ。これほどまでに女子に囲まれるという状況は……。おまけに、コメディというジャンルの割りに二話にしてジャンル変更かとも思われそうなシリアスな話が……。まぁ、最終的にコメディに終わっちゃいましたけど(笑)。
また、皆さん既にお気づきかと思いますが、今回の登場人物。今はまだセンタースタディクラスしか見せてませんが、同級生の名前に鳥の名前ばかりついているのに気づきました? 今後も同級生に鳥の名前が含まれているので探してみてくださいね? では引き続き三話をお楽しみに!