Study:8-B「ハチャメチャな中二病」
「えーと、では今回の議題ですが……」
そう言って匣先輩が幾つかの白い紙を片手に真面目な顔で説明を始めた。
風紀委員の活動は色々ありますが、その主な活動としては生徒の服装の乱れや華美な髪型に対する指摘、不要物品などを発見の際の対処、怪しげな金銭のやり取りの取締などを行っています。
今回の議題はその内の一つで生徒の服装の乱れに対する事だった。
この神勉学園はハードスタディとセンタースタディとアンチスタディの三つに頭の良し悪しが区分されているのですが、どうやら出来の悪いセンタースタディの一部とアンチスタディがその服装を乱しているようです。それはいけません、服装は本来相手へ対する気配りなどが問われるもの。それをちゃんとしないというのはあまりにも相手に対して失礼な行為です。即刻注意して身なりを正すように促さなければ!
と、私が息巻いていると、同じくパイプ椅子に座ってキィキィと妙に嫌な音を立てていた委員長が一言。
「確かに身なりは大事だな。いざ決戦ともなれば、正装になるのは当然のこと!」
相も変わらずこの人は何を言っているんだろう。この人の行く末が不安になります。それに――。
「神憑委員長……、服装の事を追求するならまずは自分のその格好をどうにかしてください!」
私が少々怒気を含んだ状態で委員長に言うのには理由がある。それは、神憑委員長の格好だ。
委員長はボサボサの黒髪が少し長く、深紅色の双眸が隠れてしまう程なのだが、それはまだいい。問題はその黒髪の所々に赤茶色のメッシュが入っていることにあった。しかも、服装も乱れに乱れまくっている。ブレザーは羽織物のようにしていて袖を通しておらず、下のシャツも第二ボタン、いや第三ボタンくらいまで外れてしまっていた。ズボンも腰パンでその場に立っていたら明らかに歩いた時に裾が擦れてしまいそうな程ずんだれていた。
そんな状態の神憑委員長が、よりにもよって神勉学園の生徒達が見習うべき風紀委員の着こなした制服姿をしていないというのはいささかいけないことのような気がする。
「む? この格好のどこに問題があるのだ? 我が妹よ」
「だから妹じゃ――もうそれはいいです。だんだんめんどくさくなってきましたんで。……神憑委員長は私達というか、全生徒の見習うべき服装と髪型をしなくてはならないんですよ? 皆が目標とする格好でいること……それが風紀委員の長としての責務じゃないんですか?」
ズドキュゥゥゥゥゥンッ!
何やらどこからか効果音が聞こえた様な気がしましたが、それはともかくとして私は神憑委員長に向かってビシッと人差し指を立ててそう諭しました。すると、それを聴いた委員長は急にプルプルと両手を震わせながら目を泳がせた。
「そ、そうか……吾輩は部下達の見習うべき鑑! 手本! これからの武勇伝を語り継いでゆくための伝説を作り上げてゆかねばならないのか!」
「あれ? また話が別の方向にズレて……」
「ねぇねぇ、伊里香ちゃん。委員長は何を言っているの?」
舞が神憑委員長の言動、行動あらゆるものに納得が行かずに首を傾げる。私は説明してあげようとしたが、どうにも言葉が出てこなかった。すると、私の代わりに匣先輩が舞の肩に手を置きにっこり微笑み言った。
「僕が代わりに教えてあげるよ」
そう言って匣先輩は舞や他の委員を引き連れてどこかへ行ってしまった。あれ、いつの間にか私……神憑委員長と二人きり? え、何これ? 何でいつのまにかこんな美味しいシチュになってしまってるの? でも、私は神憑委員長の事が好きだなんて事はこれっぽっちも……ないし。かと言ってまるっきり大嫌いって訳じゃないけど。
「ふむ、……して吾輩がどのような格好をすればよいのだ?」
腕組をして唸る神憑委員長に私も顎に手を添え考え込む。そもそも、委員長の格好全てが間違っていますからね。う~ん、どこから変えればいいんだろ。やっぱ、まずは服装? それともこの髪型? でも、髪の毛はいじりにくいし……やっぱここは服装から!
「よし、委員長。まずは、そのブレザーを一旦脱いでください」
「ん? ぬ、脱ぐのか?」
「な、何ですかその少し恥じらった言い方は! やめてください、私が無理やり脱がしてるみたいじゃないですか! もうっ、ここに舞達がいたら完全に誤解されちゃいますよ! ほら、早く!」
「う、うむ」
神憑委員長は戸惑いながらも私に言われるがままにブレザーを脱ぎました。
「こ、これでよいのか?」
「はい、それで次はそのシャツを第二ボタンまできちんと留めた後、裾をズボンの中に入れてください」
私が指示して委員長がどんどんその命令をこなしていく。まるで今の委員長は私の操り人形同然だった。何でだろう、楽しくなってきた。私の友達の女の子が何であんなにも着せ替えが好きなのかが分かったような気がする。
「……おい、妹よ。それでここからどうするのだ?」
「え? あぁ、はい。えと、ブレザーを着て……って、ちょっと待ってください!」
「ん? 何だ?」
パイプ椅子にかけていたブレザーを手に取ろうとしていた神憑委員長を止めようと私は声を荒げる。すると、委員長は不機嫌そうに声をあげた。
なぜ私が委員長を止めたのか。それは、彼がネクタイを締めていなかったからである。
「委員長、ネクタイは?」
やや呆れ顔で私が尋ねると、委員長はああといった風に人差し指を立てて口を開いた。
「あれを締めると首輪をしている様な感じがしてな、どうも嫌なのだ」
それを聞いて思わず四つん這いになって首輪をしている委員長を妄想してしまう私。さらに厄介なのは、その首輪に繋がっている紐の先を私が持っていることにあった。しかも、私が何故か女王様の様な格好をして恥ずかしい仮面をつけて恍惚な表情を浮かべていたのだ。思わず、かぁぁっ!と赤面してしまう私。頬に手を当てるとほのかに熱を持っている。こんな姿、委員長に見せられない!と、思っていると――。
「どうしたのだ、妹よ。何やら顔が赤いぞ? 熱でもあるのか?」
と、突然委員長が私の額に手を当てて熱を測るという不意打ちを行った。その行為に私は一層顔を紅潮させてしまい、今にも頭から煙があがりそうだった。
「ひゃあ! や、やめてください委員長! も、もうっ!」
私は顔を俯かせながら委員長の手を振り払い咳払いをして一言。
「ネクタイがないのならもういいです。ブレザーも着たことですし……どうですか? 気分の方は? 少しは気持ちがいいんじゃないですか?」
「……いやないな。そもそも、このブレザーを着ていると動きにくいのだ。腕も回しにくい。これでは暴れられんではないか!」
「学校で暴れる必要ないからですよ。そうやって喧嘩っぱやいのどうにかならないんですか? ていうか、委員長はどうして風紀委員に入ろうと思ったんですか?」
「ん? そうだな……。風紀という字が格好よかったのだ。それで入ろうとな」
パイプ椅子に座り足を組みながら私に説明する委員長。その様子はどこか楽し気に見える。そういえば――。
「ところで、匣先輩とはどういった関係なんですか? 先輩は随分と委員長の扱いに手馴れてる様子ですけど……」
「うむ。やつとは腐れ縁――いや、戦を共に渡り歩いてきた同胞だ! やつは常に吾輩と共にあった。よき理解者とも言える……うんうん」
強く首肯して私に匣先輩のいい所を幾つも語り尽くす委員長の神憑先輩。でも、どうしてだろう? こんなにも二人が仲良くしていると、また私色々と変なこと想像しちゃって……。やだ、私ったら。
「ふぅ。……え~と、何で私委員長に服を着せてたんでしたっけ?」
「何? 妹よ、ついに記憶障害が激しくなってきてしまったか。ふぅむ、……やはりここは一度組織の人間に見てもらった方が――」
「ごめんなさい、すみませんでした。ちょっと冗談っぽく言っただけなんですけど、まさかここまで本気にされるとは思わなくて。えと、それでこの格好こそが風紀委員長として相応しいと思うんですけど、どうですか?」
「うむ、まぁ我が妹が言うのだから本当なのであろうな。だが、どうもこの格好は吾輩には辛すぎる。どうしても、この格好でなければダメか?」
「え、えと……本当はその格好が望ましいんですけど。でも、まぁ……委員長がどうしてもあの格好の方がいいというのであれば――」
と、私は思わず甘い言葉をかけてしまった。何で私は委員長に甘いんだろう。たまにはこう、キツく言ってあげないとこの人はダメになるような気がする。
そんな事を考えていると、気づけば委員長は既に元の格好になっていた。
「も、もう戻したんですか?」
「ん? ああ。元の格好でもいいというのでな、どうもこっちの方が気が楽だ。和彦もそう言っていた」
「え、匣先輩がですか?」
「うむ。少し前だがな」
少し意味深な表情を浮かべ窓辺に視線を移し、空を見上げる神憑委員長は少し物寂しそうな感じがした。
と、そこに私達以外の風紀委員が帰ってきた。匣先輩の隣にいる舞も納得したような顔をしている。先程言っていた説明に合点がいったのだろう。
「やぁ、ただいま。僕の方は説明を終えたけど、二人はその間何をやってたんだい?」
爽やかな笑顔でそんな事を訊いてくる匣先輩。
「え、ええっ? ふ、二人きりって……確かにそうですけど。別にやましいことは何もしてませんよ? ただその――」
「うむ、少しばかり着せ替えをだな――」
「き、着せ替えッ!? 神憑先輩! 着せ替えって……そ、その……加賀峯さんをッスか!?」
鼻の下を伸ばす一人の男子生徒がそんなことを委員長に詰問する。
「ん? いや、着せ替えさせられたのは吾輩の方だが」
「ち、ちょっと委員長! 着せ替えとか少し危なさそうなセリフを言わないでください! また舞に勘違いされたらどうするんですか!」
案の定、舞は勘違いしてしまっていた。
「い、伊里香ちゃん。わたしが知らない間に、そんなにも成長してたんだね。わたし、嬉しいよ。仲の良い友達がこんなにも……ぐすっ」
急に鼻をすすりだし、目尻に浮かべる涙の滴を人差し指でぬぐい取る舞に私は焦り顔になる。
「そ、そんな……別に私はその、委員長も何か言ってくださいよ!」
上手い言い訳が見つからず、年上でもある神憑委員長に救いを求める私。すると委員長はコホンと咳払いをして口を開いた。
「うむ、吾輩もなかなかいい体験が出来た。普段では体験できない様な感触を味わえたからな。また機会があれば頼もうと思う」
「普段では体験出来ないような、体験……ッ!?」
一人の男子生徒が何を想像したのか鼻血を吹き出し後ろ向きにバタンと倒れる。その様子を見ていた匣先輩がやれやれと言った風に頭をかきながら委員長に、
「はは、柊羽。君はもう少し言い方に気をつけるようにした方がいいね。それだと、誤解を生んでしまうよ?」
と、助言をしてあげていた。そして、それを聞いていた私はその言葉が私に対しても言われている様な感じがして申し訳なく思って顔を俯かせてしまった。
時刻はもう午後五時。
たまっていた議題も全て消化して後は委員長の言葉で解散するのみとなった。
「うむ、では諸君。今日も一日ご苦労であった。今回は吾輩が持ってきた物が欠陥品で申し訳なかった。後日、ちゃんとした物を持ってくるからどうか許して欲しい」
「も、もういいですよ神憑先輩。私達も結構楽しかったですし」
「俺としては少し不満ッス。あの加賀峯さんが……」
「ち、ちょっと変な想像しないでくれる? もうっ!」
「まぁまぁ落ち着いて、伊里香ちゃん」
ぷんぷん怒る私を必死に宥めようとしてくれる舞に、私は内心で感謝していた。
こうして、今日の風紀委員会の活動は終了し私達はそれぞれ家へ帰るため帰路をトボトボと歩いた。
私の隣には、舞が道中で買ったメロンパンをその小さな口に頬張りながら満面の笑みを浮かべている。やっぱり舞は可愛いな。
とか私は彼女の横顔を一瞥しながら考えた。我ながら可笑しいとは思う。でも、私じゃなくても舞の彼氏になった人はこの気持ちが分かると思う。
「……彼氏、かぁ」
「ん? もぐっ、ほふはひはほ?」
「くすっ、もうっ。ちゃんと食べてから喋らないとなんて言ってるか分からないよ?」
手を口元に運んで小さく笑った私に、舞はゴクリと口内に入った物を飲み下してからもう一度同じセリフを口にした。
「だから、どうかしたの? って」
「うん。彼氏とか――」
「えっ!? 伊里香ちゃん、彼氏いるの?」
「い、いないよ! いたらの話……」
「な、なぁ~んだ。……よかった」
嘆息した後の台詞がよく聞き取れなかったが、私は別段そこまで深くは気にしなかった。
私達二人は楽しくガールズトークをしながら今日も家へと帰っていくのだった……。
というわけで風紀委員会の話終わりです。何だか神憑柊羽の話題のはずがすっかり伊里香の話になってましたね。まぁ、進行役が伊里香だったせいですが。そして、発覚する伊里香の色んな疑惑。
放課後、帰宅途中に呟く彼氏の一言と、それに反応する舞の反応。
う~ん……。果たしてこの先どうなってしまうのでしょうか。
次回はケモ耳少女が登場します。更新は少し遅れるかもしれません。




