第三話 初めての光景
私の書き物は拙いものですが
それでも読んでいただけるのは幸せな事です。
少しでも楽しんでいただけるよう
尽力したいと思います。
「グラド、怒ってないかな」
『ナイルのお願いだもの、不満はないと思うわ』
「そうだと良いんだけど」
ナイルはローラを肩に乗せたまま、残してきたグラドのことを思った。
ドラクロアの家の管理をグラドに一任した為、グラドは彼に同行していない。
グラドの性格上、ナイルを常に監視していたかったであろうが、ナイルにドラクロアの家の保護を懇願された為、泣く泣く家に留まることになった。
しかしグラドはドワーフの為、地面に接してさえいれば瞬時に移動することが可能なので、ナイルの近くに行こうと思えば、いつでも行くことができる。
勿論ナイルが望めば、遠く離れていたとしても一瞬でナイルの傍に顕現する。
家に残ったグラドとは対照的に、ローラはナイルの旅に同行している。
ナイルはローラも残って欲しいと願ったのだが、ローラは頑なにそれを拒んだ。
ナイルの行くところならば、例え其処がどんなところであろうとも共に行く。
それはナイルが子供頃から変わらない。そしてこれからも変わらないだろう。
「ノボタンの皆にも挨拶して行かなきゃね。何時帰ってくるかも分からないし」
『そうね、あの村には友達も多いし』
ナイルは初めてドラクロアにノボタンへ連れて行ってもらったときに、すぐに沢山の友人を作ることができた。
それはナイルの人懐っこさであったり、優しさであったり、容姿のせいだったりもしたのだが、最大の理由はナイルから溢れる雰囲気であった。
何故か好ましく思ってしまう。理由は分からないのだが、村の全員がそう感じていた。
「ノボタンの皆にもお世話になったから、帰ってくるときはお土産持ってこないとね」
『旅に出たばかりなのに、もう帰る時のことを考えているの?』
「おお、確かにおかしな話しだね。僕の旅はこれから始まるのにね」
『そうそう、ナイルは帰るよりも進む方が似合っているわ』
ナイル達はのんびりとしながらもしっかりとした足取りでノボタンへ向かう。
暫くすると村の門が見えてくる。二人の門番がナイルに気付くと、大きく手を振って笑顔を向けてきた。
「やあナイル、今日はどうしたんだ。随分物騒な格好をしているな」
門番の一人がナイルの姿を見て、怪訝な表情を浮かべる。
これまでナイルが剣を差して村を訪れたことはなかった為である。
「これからアクトリアに行くんだ」
「アクトリアに行くのか、ドラクロアさんのお使いか? 今までこの村の外から出たこともなかったのに、随分遠くまで行くんだな」
ナイルはノボタンに訪れることは多かったのだが、ノボタンから外界へ出ることは今までに一度もなかった。
「まあお使いだね、手紙を届けなくちゃいけなくて」
「そうなのか、外には危険なこともたくさんあるからな。気をつけて行くんだぞ?」
「ナイルは俺達よりも強いんだから、そんなに心配しなくても大丈夫だろ」
「それもそうか」
ナイルは門番達との会話を楽しんでから、門をくぐってノボタンの村へ入っていった。
「村長さんに挨拶してから、アクトリアに向かおう」
『そうね、ドラクロアのことも村長には伝えないとね』
ノボタンの村民は未だドラクロアの死を知らない。
日頃交流があり、村民の全員が懇意にしていた老人の死を知れば、村は短くない時間、悲しみに包まれることだろう。
ナイルは村長の家に辿り着くまでに、何人もの村民と挨拶を交わしていた為、村長の家に辿り着く頃には太陽も少し傾こうとしていた。
「それでナイル君、今日はどうしたんだい?」
ナイルと簡単な挨拶を交わした村長は、ナイルに訪問の意図を尋ねた。
「じいちゃんが、死んだよ」
「なんじゃと! ドラクロア殿が――」
ナイルの告白に村長は取り乱してナイルに詰め寄った。
村長はドラクロアとは古くからの関係で、冒険者として共に世界を巡ったこともあった。
その友が亡くなったと聞かされれば、動揺しない訳がない。
「今朝、静かに逝ったよ」
「――そうなのか。看取ってくれたんだな」
村長はナイルの落ち着きを受けて、冷静さを取り戻していく。
ナイルにとって唯一の肉親ともいえるドラクロアの死。それは村長が抱いた悲しみに劣るものではないはずである。
しかしナイルの瞳に悲しみの影はない。それはナイルがその死を理解し、しっかりと前を向いていることを表していた。
村長はそのナイルの様子を見て、ドラクロアが手厚く葬られたことを理解した。
「庭にお墓を作ったから、今度行ってあげてほしい」
「勿論じゃ。村の者にはもう話したのかい?」
「まだ話してないよ、僕はこれからアクトリアに行くから、村長から伝えてよ」
「アクトリアに行くのか。分かった、村の者には私から伝えよう。それで、何故アクトリアへ行くんじゃ?」
「じいちゃんから手紙を頼まれたから、届けに行くんだ」
「そうなのか、アクトリアはアークネースの州都じゃ、こんなちっぽけな村よりもはるかに大きな都市なんじゃよ」
「うん、じいちゃんから昔聞いたことがあるよ。どんなところなのか楽しみだよ」
「私が初めてドラクロア殿に出会ったのがアクトリアであった。懐かしい話しじゃ」
「そうなんだ、それは初耳。それで、僕はアクトリアでの用事が済んだら、そのまま世界を探検してみるよ」
「旅に出るのか。ナイル君までいなくなってしまうと、寂しくなるの」
「今度ここに来るときは、お土産沢山持ってくるよ」
「そうか、それならば楽しみにしておかんとな。ナイル君の旅が実りあるものになることを、祈っておるよ」
村長は笑顔で、ナイルの旅立ちを祝福した。
ナイルは村長の家を後にすると、道具屋に向かった。
ドラクロアが残した道具の中から、旅で使用するであろう物は持てるだけ持ってきてはいるのだが、道具屋の主人にも一度相談してみようと考えたのだ。
「やあナイル。今日は一人かい?」
「うん、ちょっと相談があって」
「相談? どうしたんだい、何か困っているのかい?」
恰幅のいい主人は、今まで相談などしたことがないナイルのことを酷く心配した様子だったので、ナイルはたいしたことではないと笑いながら手を振った。
「これからアクトリアに行くんだけど、僕が今持ってる道具で大丈夫かなって思ってさ、足りない物があったら買っていこうと思ったんだよ」
「なるほど、アクトリアへねえ。どれ、今何を持っているのか見せてみな」
ナイルは腰に括り付けた小さな鞄を主人に手渡した。
「こんな小さな入れ物じゃ、全然入らなかっただろう」
主人は鞄の中を一通り見ると、ナイルに待つように言って、倉庫の中へ入っていった。
暫く何かを探すような音がしていたが、ナイルは気にせずローラと会話をして待つことにした。
「ナイル、用意できたぞ」
主人は背中に背負うタイプの大きな鞄、そして丈夫そうなロープと腰に括り付けるタイプの小さな鞄をカウンターに並べた。
『あら、随分大荷物なのね』
「そりゃそうだよ、ナイルが持っていた道具だけじゃ全然足りないからな。最低これくらいは必要になる。ドラの旦那は教えてくれなかったかい?」
「教えてもらったことはあったけど、あんまり必要性が分かんなかったんだよね」
『ロープとか、何に使うのかしらね。ドラクロアは崖下に降りるときに使うとか、動物の血抜きをするときに使うとか、色々便利とは言っていたけど』
「そうだね、それくらいなら必要性は感じないんだよなあ」
「馬鹿言っちゃいかん。俺もそう思うがドラの旦那も便利だと言っていたんだろう? それなら一本ぐらい持っておきな。旦那の言うことなら間違いないんだしな。それにいざという時に持っていなかったら、後悔しちまうぜ?」
「分かったよ、鞄の中に入れておくよ」
「違う違う、腰に着けておくんだよ。こうやって先端の片方を何度か結んでおいて、腰に着けておくのが一般的なんだ」
主人はそう言うとロープの先端を何度か結んで重りの代わりにすると、ナイルのベルトに取り付けた。
「見た目ほど重くないんだね」
「このロープはうちの店の中でも良品だからな、軽くて丈夫なのよ」
「ありがとう」
「こっちのサイドバックに毒消し薬や麻痺消し薬といった、簡単な医療品を入れといた。こっちのでかい鞄に入れてしまうと、急いで使いたいときに手間取っちまうからな」
『そういう物も、ナイルにはいらないんだけどね』
「僕毒を中和しちゃうしね」
「本当にお前は便利な体質しているよ。でも他人に使う場面があるかもしれないだろう? そんな時に持ってなかったらそいつは助からんかもしれないじゃないか。お前に中和できない毒もあるかもしれん。だから医療品は必須なんだよ」
「なるほど、それは思いつかなかったな」
「そんなことだろうと思ったよ。お前は知識があるくせに抜けてるからな、俺は心配なんだよ」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ローラもいるんだし」
『そうよ、私がいるんだから大丈夫』
「余計に心配だ」
主人は胸を張るローラに溜め息を漏らして、残りの道具の説明を始めた。
大きな鞄の中には携帯食料や固形燃料など、比較的嵩張る物が収まっているようだ。
ナイルは主人に代金を支払うと、挨拶もそこそこに店を後にした。
ナイルが村の出口に辿り着くと、門に多くの村民が集まっていた。
ナイルを視認した村民は、一斉にナイルを取り囲んだ。
「みんなどうしたの?」
「どうしたのじゃねえ! お前旅に出るんだって?」
一人の若者が声を荒げてナイルに詰め寄った。
それを発端に村民達から様々な声が上がる。
それは黙って旅立とうとしたナイルへの怒りの言葉であった。
旅に出るナイルの身を心配する声であった。
淡い恋心を伝える声であった。
自分もついていきたいという憧れと嫉妬の声であった。
どれも、ナイルを思う言葉だった。
「これで最後になる訳でもないし、大げさにする必要ないと思ったんだ」
「だからって何も言わずに行くことはないじゃないか!」
『そんなに怒ることでもないじゃない』
「怒るわ! それに心配もしてるんだ!」
『ナイルは強いんだから大丈夫よ』
「そういうことじゃない! そうだとしても心配しちまうんだよ!」
「そうよ、確かにナイル君はとても強いけど、何があるか分からないじゃない」
『何があっても、ナイルが楽しめるならそれで良いわ』
ローラの言葉に村民は一瞬動きを止める。
ナイルがどのようにして生きていきたいのかは村民の中で周知されていて、村民もナイルがそのように生きられることを願うようになっていた。
「皆を心配させちゃったのは謝るよ。ごめんね。でも気が向いたら帰ってくるし、もう会えないなんてこともないよ。帰ってくるときはお土産も持ってくるから、楽しみにしててよ」
ナイルは柔らかに笑いかける。
その顔を見た村民達は何故か毒が抜けたように、ナイルを責める気持ちが薄れ、消えていった。
「まあ・・・怒鳴って悪かったよ。でもな、心配してるのは本当だ。ナイルが強いのは知ってるし、俺達が知らないこともたくさん知ってる。それでも友達のお前が世界を旅してくるなんて聞いたらよ、やっぱ心配なんだよ。それに羨ましいとも思ってる。一緒に行きたいとも思ってる」
若者の言葉の中に色々な思いが籠っていることを、ナイルにもなんとなく分かった。
「まあ――寂しいんだよ」
若者は恥ずかしそうに呟いた。
「本当に行っちゃうの?」
若者を押し退けるようにして、数人の女性がナイルを取り囲んだ。
「うん。お土産楽しみにしててよ」
「そっか――行っちゃうんだ」
いつもであればナイルの笑顔を見れば、彼女達は満たされていた。
しかしナイルの旅立ちを知ってしまった今では、悲しさが胸を満たすだけだった。
抑えられない感情は、女性達をナイルに抱きつかせた。
「どうしたの?」
ナイルは不思議そうに彼女達を見渡した。
その光景を見ている男達は何故か溜め息をついている。
ナイルに抱きついた女性達は暫くおいおいと涙していたが、困惑しているナイルを解放すると、目を真っ赤にして笑顔を向けた。
「戻ってきたら、絶対振り向かせるから!」
「振り向かせる? 別にそっぽ向いてないよ?」
ナイルは十七歳を迎えても、未だに色事には疎い。決して枯れている訳ではない。
村民達はナイルの鈍感な性格をよく理解している。
一度一人の女性がナイルを部屋に連れ込み、肉体関係を迫ったことがあった。
裸体を晒した女性に対してナイルが発した言葉が「暑いの?」であった。しかしその言葉にめげなかった女性は、諦めずにナイルをベッドに押し倒そうとしたのだが、ドラクロアから基本だからと下半身の鍛練を執拗に受けていたナイルは、女性程度の重さではビクともしなかった。
逆に女性はナイルにベッドに投げられ「柔術なら負けないよ!」と笑顔で返され、何度も自分を押し倒そうとする女性を、ナイルはその度にベッドに投げ返したのである。
色々と尽きた女性が動かなくなると、ナイルは楽しかったと部屋を出て行ったのだ。
その話は瞬く間に村を駆け巡り、ナイルの異常な鈍感さは周知された。
ナイルは村民達との別れを済ませると、遂にノボタンを外から眺めることができた。
今まで村の内側からしか見たことのなかった光景。
ナイルが育った森に包まれるように作られた村。
ここで暮らした思い出はどれも楽しいもので、思い返すと微笑みが漏れてしまう。
そしてひとつだけ悲しいこと、ナイルは彼のことを忘れないと誓った。
ナイルは暫くその光景を見つめ、胸の中にしまうと身を翻して歩き出した。
太陽はだいぶ落ちてきていたが、まだ星が見える程ではない。
どこまでも続くかのように思われる道を見据えて、ナイルの好奇心はどうしようもない程刺激された。
広い空を遥か彼方へ向かう鳥達、道端に生える草を食む動物達、こちらの様子を窺っている魔物達の気配。
ナイルが身体に感じられる全てが好奇心を震わせる。
今まで書物の中でしか存在しなかった生き物達が、この世界には溢れている。
物語の中でしか想像されなかった生き物も、探せばきっといるのだろう。
ナイルは無限の可能性を感じさせる世界に、産まれて初めて感謝した。
ローラもナイルの中から溢れる感情に同調したのか、いつもより笑顔が美しい。
ナイルは何ひとつ見逃さないように、しっかりと目を凝らしてゆっくりと、この世界を探検しようと決めたのだった。
今回は少々短いですが、御了承下さい。
誤字脱字は見つけ次第訂正いたします。
次はこの世界の設定や、人物等を紹介しようかと思います。
12/7/8 修正を加えました。




