第二話 旅立ち
今週も無事に投稿できました。
ナイルがドラクロアの下で教育を受けるようになってから、七年程の月日が経っていた。
ドラクロアがまず学ばせたものは文字と言葉である。
アルナイルで使われている文字と言葉は大まかに数えると五つあり、ドラクロアはその全てを扱うことが可能だった為、ナイルにも全ての文字を習得させた。それに合わせて言葉も習得させた。
文字と言葉の習得がある程度進むと、ドラクロアは武芸の稽古を開始した。
ドラクロアは剣術を得手としているが、体術にも優れ、槍・弓・鞭・棒術もある程度嗜んでいる。その為ナイルにもその全てを叩きこんだ。
ナイルは祝福を授かっている為、その身体能力は非常に高いが、それを扱いきれるだけの技術がない。
自分の力がどれだけ強く、どれほどの痛みに耐えることが可能で、どれほどの運動をすることが可能なのか。それらを知ることによって、祝福で授けられた身体能力を最大限に活かすことが可能になる。
ナイルの習得速度が非常に速かった為、現在剣術以外ではドラクロアのそれを既に上回っている。
ドラクロアは魔法も扱うことが可能だが、魔法師ではない彼は魔力の量がそれほど多くはない。よってドラクロア個人では下級魔法までしか使用することが出来ない。
アルナイルでは魔法や魔物などの威力・脅威を九つの段階で分けている。
まず大きく分けて三段階、上級・中級・下級に分けられ、それらは更に細かく上位・中位・下位へと分けられる。
上級の上位のものは最上級と呼ばれ、下級の下位のものは最下級と呼ばれている。
ドラクロアが使用できる魔法の上限は、下級の上位。
ナイルは通常ローラによって魔力を封印されているが、解放された状態での魔力量は膨大である為、最上級魔法を丸一日使用し続けても魔力が尽きることはない。
ドラクロアはナイルに魔法を教えるに当たり、更に驚かされた。
アルナイルの世界の魔法には、火・水・風・土・光・闇・重の七つの種類がある。
魔法はそれぞれの属性の神々に魔力を捧げることで、その対価として魔法を使用することができる。
ドラクロアは水魔法を比較的得手としている。その代わり、火魔法を不得手としている。
魔法を司る神々はそれぞれ相反している為、逆属性の魔法を同水準で使用することができない。
不得手な属性の魔法を使用する場合、明確なイメージを想像し、更にそれを言葉に起こすことで漸く最下級魔法が使用できる。そして風や土といった水と相反する属性ではない魔法も、そこまで自在に使用できるという訳ではない。
ドラクロアの場合水の神の恩恵が強い為、他の神々も多少の恩恵しか与えることができない。
ドラクロアが使用できるとすれば、下級の中位程度の魔法である。
しかし広い世界には例外もあり、複数の神々の恩恵が等しく与えられる例も存在する。
複数の神々といっても、全ての属性の神々の恩恵が受けられる訳ではなく、多くても三種類程度である。そして複数の属性の魔法が使えたとしても、上級の下位魔法を使うことが限界である。
ナイルの魔法に対しての恩恵を調べてみると、複数の恩恵を感じることができた。
しかしその数は三つではなく七つ。七種類全ての恩恵を確認することができた。
複数の祝福に合わせて、全属性の恩恵を併せ持っているナイルに、ドラクロアは驚きと共に恐怖も覚えた。
ドラクロア自身が上級魔法はおろか中級魔法も使用できない為、ナイルには下級魔法しか教えることはできないが、魔法書を数多く蒐集していたこともあり、知識だけは覚えさせることができた。
一度ローラに二割程封印を解いてもらい、水属性の中級魔法のひとつを使用させてみたところ、ナイルはいとも容易く魔法を発動させていた。しかも無詠唱である。
これによって、少なくとも全属性魔法を中級以上で使用可能なことが判明した。
しかもそれは通常の三倍程度の規模と威力を持っていた為、上級魔法と遜色はない程であった。偏にナイルに内包された魔力量の賜物であった。
それ以来ドラクロアはナイルに下級魔法以外の使用を禁じている。
下級魔法でさえ中級魔法程の威力がある為、あまりにも危険だと判断した為である。
ドラクロアは回復魔法を手始めに解毒・強化・弱体魔法を習得させた。
ナイルは攻撃魔法を習いたいと乞うたが、ドラクロアは回復と補助の魔法を優先させた。その理由のひとつとして、ドラクロアはナイルに、奪う者ではなく救う者になって欲しいという願いを込めた為である。
攻撃魔法とは即ち、相手を傷付ける魔法である。
回復魔法とは即ち、相手を癒す魔法である。
力の衝動というものは非常に甘い。
力とは傷付け、恐怖させる。そして憧れ、魅了し、破壊し、支配する。
ドラクロアは冒険者としてアルナイルにある全ての大陸に足を運んでいる。
アルナイルの世界にとって力とは、そういったものであった。
ドラクロアは冒険者であった。故に戦うことを忌避しない。時には襲い、時には守る為に戦うことは、必要なことだからである。
若かりし頃、ドラクロアは戦う為に力を求めた。敵対するものを打倒す為、殺すことだけを目的として純粋に力だけを求めた。
その欲求はドラクロアが幼少の頃に遭遇した出来事によるものかもしれない。只管に殺す為の力を求め、殺す為の技術を求めた。
そして多くの命を消してきた。それは猿人種だったこともある。獣人種だったこともある。魔族だったこともあった。
唯只管に殺すだけの毎日の中で、ドラクロアは愛すべき者を見つけてしまった。
それを守る為にドラクロアは力を揮った。そしてその力は、愛すべき者の命さえも奪ってしまった。
ドラクロアは嘆いた。ドラクロアには力しかなかった。それが正しいことではなかったのだと、その時に漸く気付くことができた。
それを知るには遅かった。あまりにも。
しかしそれを無駄にはしたくなかった。愛する者の為に。
その時からドラクロアは力を求めることを止め、知識を求めるようになった。
人に教えを乞うこともあったが、ドラクロアは書物から知識を得ることを好んだ。
それからのドラクロアは書物を求めて世界を巡った。
時に戦うこともあったが、相手を殺すことは少なくなり、それと反比例して生かすことを優先させるようになった。
一人の死者を出すことなく戦いを終わらせることは難しかった。ドラクロアの生涯の中で、死者を零にできたことはなかったが、その理想を貫くことを諦めなかった。
年老いたドラクロアは、ナイルが住む森の中に家を建て、静かに暮らすことにした。
諦めた訳ではなかった。しかし疲れてしまった。
そしてドラクロアはナイルに出会った。
何も知らない、無垢な少年に無限の可能性を見たのだ。
自分の理想をナイルに押し付けるつもりはない。
しかし自分の理想を、ナイルにも理解してもらいたかった。
ナイルがどんな道を歩もうともかまわない。それは本心である。それでもドラクロアは、ナイルに自らの理想を説き続けた。
ナイルがそれを受けて、ドラクロアの理想通りに生きてくれるかは分からない。
全てはドラクロアの我儘なのだから。
ナイルは下級魔法で使用可能な回復・補助魔法を覚えると、少しずつ攻撃魔法も習得していった。
知識の上では最上級魔法を含む全ての魔法を習得済みだが、実際に使えるようになるには少なからず練習を必要とした。
当初は必要以上に魔力を注ぎ込んでしまい、通常の五倍程の火球を作ってしまったりしたのだが、粘り強く練習を繰り返したことで、風属性以外であれば適切な量の魔力を扱うことができるようになった。
現在では下級魔法であれば、一流の魔術師に勝るとも劣らない程度の速度で魔法を使用することができる。
ドラクロアが住み着いた場所から、南へ三時間程歩いたところに村が存在する。
その村は半分森にめり込んだ状態で存在している。
村の周辺には幸いにも強い魔物は存在せず、村民の男手で十分に撃退できる程度であった為、森の恩恵を十分に受けることができるこの場所に村を作ったと考えられる。
ドラクロアはナイルが十四歳になった時に、ナイルをこの村に連れて行くことにした。
産み落とされてから長い期間、ナイルは自分以外の猿人種と出会うことがなかった。
ドラクロアに出会ったのでさえ十歳の頃である。
文字と言葉を十分に習得できたと感じたドラクロアは、ナイルに自分以外の猿人種や獣人種と接触させ、少しずつ外の世界に触れさせたいと考えたのだ。
村の名はノボタン。猿人種と獣人種が共存している村である。
獣人種は全村民の二割程度しかいないが、差別や区別もなく隔てなく共存している。
ノボタンの村には、三百名程の住民が生活しており、主に農作と森で狩りなどをして生計を立てている。
村はその殆どが住居で形成され、小さいながらも道具屋や武器屋が存在する。
ドラクロアはノボタンの村民と概ね良好な関係を築いていた為、ナイルを紹介した際にも、容易く受け入れてもらうことができた。
ナイルはドラクロアの親戚として、ナイル・マグナスという名で紹介された。
これ以降ナイルは生涯に渡って、ナイル・マグナスと言う姓名を名乗るようになった。
ノボタンの村との交流が始まり、ナイルには少ない時間で多くの友人ができた。
猿人種の幼子から獣人種の老人まで、隔てなくナイルは打ち解けることができた。
特に女性からは好意を持たれた。
ナイルは色事への関心が未だ希薄な為、特定の女性と関係を持つこともなく、接してくる女性に対しても、隔てない対応を返すのみであった。
女性からすれば、純粋に懐いてくれ優しくもしてくれるナイルの可愛さ故の好意ではあったのだが、村民の男性からすればそれは嫉妬の対象になるものであった。
ナイルは麗人なのだが童顔である。そして普段身体を覆う衣服で見ることは叶わないが、その身体は美しく引き締まっている。
しかしその反面、ナイルは身嗜みを然程気にしていない。
寝癖がついていようとも、衣服を裏表に着ていようとも、気にしない。
それがなぜか村の女性の母性本能を擽るらしく、余計にナイルの周りには女性が集まってくる。
そして余計に男性陣の反感を買うのだが、どういう訳かナイルを恨む気はないようだ。
それはナイルが無意識に発生させている、とある効果によるもののせいなのだが、それは追々分かることであろう。
ナイルはノボタンの道具屋で、ソイズアル国での通貨の使い方を教えてもらった。
ドラクロアは各国の通貨を全てある程度の金額を所有しているが、国によって違いがあることと、実際に使ったほうが分かりやすいだろうと詳しくは教えてこなかった。
ソイズアル国で使用される通貨には、主に金・銀・銅の硬貨が使用される。
金貨以上の価値を表す場合は手形といった紙幣になることが多い。
銅貨百枚で銀貨一枚と等価になり、銀貨五十枚で金貨一枚と等価になる。
また銭貨と言われる硬貨も存在し、銭貨百枚で銅貨一枚と等価になる。
ソイズアル国に住む一般的な四人住まいの家庭が三十日で使用すると言われる金額が、銀貨二十枚分と言われている。
ナイルが十七歳を迎えたその年、ドラクロアは静かに永眠した。
ドラクロアはその時が来る少し前に、死期が近いことをナイルに伝えた。
ナイルはこれまでに死というものを少なくない数見てきた。
その中にはナイル自身が殺した命もある。
ドラクロアはナイルに生き物を殺すと言うことを、しっかりと教えたつもりであった。
糧とする為以外の殺生は出来うる限りしないこと。
糧とする為に殺めた、殺められた命に対して、感謝を忘れないこと。
殺意を持つ者が何故その殺意を抱いたのか、可能な限り理解しようと努力すること。
生物を殺めるということに、善意や悪意といったものは存在しないということ。
相手を殺める以外の選択肢が存在しない場合、躊躇してはならないということ。
それらをナイルに執拗に言い聞かせていた。
しかし、大切に思う者や愛しく思う者を亡くしたときにどうすべきなのか、それを教えることはできなかった。
ドラクロア自身、その答えを見つけることができなかったからである。
ドラクロアが眠りについたそのとき、ナイルはじっとドラクロアの顔を見つめていた。
ゆっくりと目を閉じて、穏やかに消えていくその命を見逃さないように。
ドラクロアが息を引き取って暫くした後、ナイルは悲しみから涙を流した。
ドラクロアが死んだことに対する悲しみ、大切な人が消えてしまった寂しさ、ナイルの中から溢れた感情は、そのふたつだった。
可哀想とは思わない、ドラクロアが全てに満足し、後悔のないまま亡くなったのかどうかは分からない。
しかしナイルは不満を残したままドラクロアが逝ったとは思わなかった。
どんな時間を過ごして、どんな経験をして生きてきたのかはナイルには分からない。
第三者の人生を、大切な人の死を、可哀想という自分勝手な思い込みで片づけることなどナイルにはできなかった。
大切な者が天寿を全うしたときに、可哀想と嘆く者もいるだろう。
しかしそれは酷く利己的なものである。
その嘆きは亡くなった者への嘆きではなく、自分自身への嘆きである。
大切な者を亡くして寂しい思いをしている自分自身こそが可哀想だと嘆くのだ。
それ以外に可哀想などと感情を抱く理由は存在しない。
事故の場合や殺められた場合であれば、可哀想だという感情も肯けるものであるが、ドラクロアは寿命によって息を引き取った。
そのドラクロアに対して、可哀想などという感情を抱くことは、ナイルにはなかった。
ドラクロアはナイルに二通の手紙を残していた。
そのひとつにはドラクロアが所持している財産について記載されていた。
ドラクロアが拵えた家には、夥しい程の書物が保管されている。その書物はナイルの好きにして構わないとのこと。
ドラクロアの影響で、ナイルも読書が趣味になっていたので、処分しようとは思わなかった。しかし誰かが管理しないと書物は風化してしまう。そこでナイルは加護を授けてくれたドワーフに、書物の管理をお願いした。
ドラクロアが所有していた金銭は相当なものであったが、大半はギルドに預けてあるとのことで、必要な時にはギルドから受け取れる旨が記載されていた。
そしてドラクロアが冒険者時代に使用していた武具についての記載。
家に置いてある武具についても、全て自由にして構わないと書いてあった為、ナイルは武具の保管された部屋から、いくつかの物を選んだ。
ドラクロアの家には少量の最上級品、そして非常に水準の高い物が多く残されていた。
一見どこにでもあるような黒いシャツでさえ、素材として黒龍の鬣を使用しているらしく、非常に高い耐久性に加え耐魔法効果が備わっていた。
ナイルはドラクロアの残した防具の中から、例に挙げた黒いシャツと茶色のズボン、灰色のローブを身に着けた。
そして武器として、ロングソードと数本のナイフ、そして棍を手に取った。
それらは全てが高水準の武具である。
まず茶色のズボン。これは土龍と呼ばれるドラゴンの革から作られており、強い耐久性と耐魔法効果は勿論のこと、更に常時移動速度向上という効果を持っている。
そしてローブは白竜の翼膜を素材として作られている。これには高い耐久性と耐魔法効果に加え耐熱耐寒機能、そして癒しの効果が常時発生している。このローブを羽織っているだけで、緩やかではあるが身体の傷は癒えていく。
腰に下げたロングソードはアダマンタイトを素材として製造されたもので、その強度と切れ味は折紙付きである。
ローブの内側に収納したナイフはミスリル製で、投擲する際に魔法を込めることによって様々な効果を付加させることができる。
最後に杖代わりに右手に携えている棍はザックームという樹木を素材にしている。
この棍は強度やしなりに優れている面もあるが、ふたつの特殊な能力を持っている。
ひとつは棍自身に自我があり、所有者に危険が迫るとそれを察知し、自発的に排除する能力。そしてもうひとつの能力として、棍であるにも関わらず所有者が望めば打撃を与えた相手を切り裂くという能力。見かけは普通の棍だが、そのふたつの能力故に最上級品として扱われている。
残念なことにこれらの武具の能力を、ナイルは知らない。
自分の好みに合ったものを、適当に見繕っただけなのだ。
そして最後に、ナイルへ充てた言伝が記されていた。
「自分が求める道を進み、笑いながら生きることを望む」
残された文章はあまりにも短いものであった。しかしナイルはそれを深く胸に刻んだ。
庭先にドラクロアの墓を作ったナイルは、後のことを妖精とグラド達に頼んだ。
ナイルは腰につけた小さな鞄の中に、ドラクロアが残したもう一通の封書を大切にしまうと、ノボタンに向けて歩き出した。
封書に書かれた、アークネースで最も栄えた都市へ向かう為に。
遮られることのない光の中。
肩の上に妖精を乗せたナイルが、背中に風を受けて歩き出した。
ナイルは、決して振り返らなかった。
駄文御了承下さい。
誤字脱字は見つけ次第訂正いたします。
4/21 修正しました。




