第十七話 訓練と発散
投稿遅くなりました。
申し訳ありません。
先日ナイルが破壊した山には、多くの生き物が住み着くようになった。
元々その山に住んでいた生き物なのだが、山の破壊の影響で他の山に退避させられていたのである。しかしグラド達自然種の力に因って、以前の姿をほぼ取り戻した山に、その生き物達が戻ってきたのであった。
ナイルが山を破壊したことで、無関係な動物などが巻き込まれると云うことはなかった。
ナイルは魔力の解放と同時に、影響を受けるであろう生き物を、即座に周辺の山などに移動させていたのであった。それに因って混乱する生き物が多数発生したのだが、暫くすると以前住んでいた山が元通りに修復されたことを感じ、こうして元の生活を取り戻していった。
ナイルがアクトリアに到着してから、既に一週間の月日が流れた。
ナイルはその間城内に軟禁されることになった。
それはナイルの存在をどう扱うかと云う問題から、一時的にフィロスの傍にいさせる必要があったためであった。
この一週間の間に、フィロスは一度王との謁見を済ませてある。
王にはナイルの存在を伝えることなく、ドラクロアの死だけを報告してある。
英雄ドラクロアの死は王を大きく落胆させることになった。しかし王は即座に頭を切り替え、別の要求をフィロスに申し付けた。
それはフィロスが作り上げたアクトリアの先鋭、その八割程を王の許へ出向させると云うものであった。
あまりにも横暴な要求にフィロスは反発したが、王はそれを許さなかった。結局アクトリアの重役達、王の息の掛かった者達に因って、二千を超える兵達がアクトリアを離れ、王都であるトランへと向かっていった。
ナイルのことでも頭を痛めていたフィロスは、到頭自室に籠ってしまい。クラノスも忙しそうに走り回ることになった。
ストレンスはギルドと云う組織を利用して、多くの冒険者を勧誘することに成功している。しかしそれでも数は圧倒的に足りてはいないと、十二分に理解していた。
期待していたフィロスの兵も王に徴収されてしまったことで、ストレンスの気持ちもだいぶ沈んでいた。
四日もすると、ナイルは城内の探索を終えてしまい、外に出たいと駄々をこねた。
フィロスとしても自由奔放なナイルをいつまでも繋ぎとめておくことはできないと理解しているし、同時に拘束などもしたくはないと考えている為、ナイルの自由にさせてあげたいとは思っているのだが、取り除くべき問題がまだ山積みだった為、どうにかしてナイルを城内に閉じ込めていた。
ナイルは退屈を紛らわす為に城内の書庫へ向かい、片端から膨大な量の書物を読み漁って、どうにか凌ぐことができた。
しかしどうやって読んだのかは不明だが一万冊を超える蔵書は、僅か三日と云う速さで読破されてしまったのである。
三日間徹夜で読み続けたとしても、一分間で三冊以上読まなければならない。
しかしナイルが一日のうちに読書に費やした時間は十二時間程である。
ドラクロアが所有していた本も混ざっていた為、ナイルはそれを除いて蔵書を読破していった。しかしそうだとしても相当な蔵書が存在する。簡単に計算しても一分間に五冊以上は読まないと読み終えることができない物量である。
ナイルは三日目の夜には少々目を赤くしながらも、楽しかったと最後の本を棚に納めたのであった。
コルヌはフィロスから処罰を言い渡されると覚悟していたのだが、現在のところ何の音沙汰もなかった。それはフィロスの多忙を見れば仕方のないことかと感じられ、コルヌ達は処罰が与えられるのをのんびりと待つことに決めた。
そしてその間、コルヌ達はアリウムを含んで訓練に勤しんでいる。
コルヌは訓練以上に様様な人と話したいと思っているのだが、ヴィゴーレやオプリなどに引き摺られ、渋々訓練に参加している。
この一週間でアリウムの戦闘技術は大幅に向上された。
アーラとの訓練は、今までアリウムが行ってきたものとは次元の違いを感じる程熾烈を極めたが、それはアリウムの能力を大きく向上させるものになった。
アーラはその向上速度に驚いたが、同時に愉しくもなり、さらに厳しい鍛練をアリウムに科した。未だにアーラの身体にナイフが届くことはないのだが、アーラ自身ひやりとする攻撃があることに、アリウムは手応えを感じていた。
一週間経過した今日、ナイルは初めて城の外にある訓練場に顔を出した。
「たまには身体を動かさないとね」
「俺の相手をしろ」
声をかけたのはヴィゴーレである。
ヴィゴーレは訓練場にやってきたナイルを即座にみつけると、それまで稽古をつけていたメレナを放置してナイルに駆け寄った。
放置されたメレナは、安堵の表情を浮かべてその場に倒れ込んだ。既に彼の身体はぼろぼろである。
『あなたはこの前相手したじゃない』
「あれは無しだ、そもそも俺に意識がなかった」
「そうなんだ、じゃあ今日は剣でやる?」
「ああ、俺はこれでやる」
ヴィゴーレは背中に収まっていた大剣を抜いて、その切先をナイルへ向けた。
ナイルも腰に提げた剣を抜いた。
「いくぞッ!」
ヴィゴーレは一歩後ろに跳躍すると、着地した瞬間足元を爆発させてナイルへ突っ込んだ。
上段から大剣が振り下ろされると、ナイルもゆっくりとその軌道に剣を向けた。
激しい金属音を響かせて、ヴィゴーレの斬撃が受け止められる。
ナイルの剣はその切先をヴィゴーレの大剣の刃に触れさせている。
刃の部分で受けるのではなく、剣の先端でヴィゴーレの大剣を止めてみせたのである。
完全に大剣の軌道を捕え、正確にその軌道に剣の切先を合わせなければ、このような芸当は不可能である。
しかもヴィゴーレは大剣を両手で揮い、全力の力で振り下ろしたのである。
それをナイルは片手のみで受け止めている。重複されたドワーフの祝福は既に竜人種の力を遥かに上回っている。
ナイルはその力の一端をヴィゴーレに提示してみせた。
「これが祝福の力か」
「うん、祝福の力が無かったら。今の一撃をこうやって受けることはできなかったろうね」
「では、祝福の力が使えぬ場合はどうするのだ」
ヴィゴーレはそう云うと大剣を引いて、ナイルの胴を引き裂くように大剣を揮った。
するとナイルは剣を斜めに構え、剣の腹でヴィゴーレの大剣を受けた。
大剣はナイルの剣を滑る。ナイルはその勢いを利用し、大剣の上を側転するようにしてヴィゴーレの大剣をやり過ごした。
「受け流すだけだよ」
「しかし凡ては受け流せまい」
ヴィゴーレは大振りを止めて細かく速度を上げて大剣を揮った。
相当な重量であるはずの大剣が、まるで重さが感じられない程の速度でナイルに襲いかかる。
しかしそのどれもがナイルの身体にも、そして剣にも触れることがない。
ナイルは一太刀目の動きから次にどうヴィゴーレが動くのかを予測して、最低限の動きで斬撃を躱していく。
予め予測された斬撃を躱すことは難しくはない。しかし予測はあくまでも予測であり、必ずその通りに動くわけではない。しかしナイルは軌道の予測と共にヴィゴーレの僅かな筋肉の動きを的確に捉え、その些細な情報から結論を導き出して、ヴィゴーレの行動を完全に読むことを可能にしている。
三秒ほど経過したところで、ナイルはヴィゴーレの癖を完全に見抜いてしまった為、直した方が良い個所を洗い出す作業まで並行して行うようになった。
ヴィゴーレが一旦後ろに下がり、息を整える。
「くそ、掠りもせん」
「じゃあ今度はこっちの番ね」
ナイルはそう云うとヴィゴーレに向け突きを放った。
尋常でない速度で襲いかかる突きに、ヴィゴーレは躱すことを放棄して大剣の腹で突きを受け止めようと、身体の前に大剣を盾のようにして構えた。
しかしナイルの剣が大剣に触れようとした瞬間、その軌道が大きく変化した。
ナイルの剣がまるで蛇のように大剣に絡みついたと、ヴィゴーレはそう感じた。そしてその瞬間ヴィゴーレの大剣は大きく吹き飛ばされ、ゆっくりと落下し地面に突き刺さった。
ヴィゴーレは呆然とそれを見つめていた。
「僕もじいちゃんにやられたときは、驚いたよ」
「何が起きたのかまったく分からん」
「もっと柔らかく剣を扱えるようになれば、ヴィゴーレさんにもできるよ」
「柔らかく?」
「うん、ヴィゴーレさんは威力も速度も凄いんだろうけど、柔軟さが足りてないと思うんだ。もっと体中の関節を意識すると良いよ」
「関節か」
「ヴィゴーレさんは膂力なんかもう十分にあるんだけど、それに頼って剣を使ってるよね。剣の重さを利用しようとか、身体のしなりを使おうとか、そう云うのはしてないでしょ」
「意識したことはない」
「じゃあ意識してみよう。その大剣は、もっとやれる剣だよ」
「そうか、もっと高みを目指せるのか。貴様に追いつくことも可能なのだな?」
「少なくとも僕は、剣術でじいちゃんに敵わなかったよ」
「良いことを聞いた」
ヴィゴーレは頬を緩ませて、ぎらついた視線でナイルを見つめた。
ヴィゴーレとナイルのことを、アーラがじっと見つめていた。
その傍らには肩で息をするアリウムがへたり込んでいる。
「アーラ殿、ナイルの剣術はどれほどだと思う」
「多分天災」
「あれが天災級の剣術か。途方もないな」
「根は神技だと思う」
「だろうな。山を吹き飛ばすほどだ、神技級と云うのも肯ける。アーラ殿、ナイルとやってみたいだろう」
アリウムは心なしかそわそわしているアーラを見て確信した。
「――訓練の途中」
「いや、正直身体がもう動かないんだ。少し休ませてほしい」
「そっか――じゃあ休憩」
「ああ、ありがとう。アーラ殿は好きなように訓練していてほしい」
「わかった」
アーラはそう云うと真っ直ぐにナイルへと歩いて行った。それをアリウムが面白そうに見つめていた。
「ナイル君、私と交替してくれないか、オプリがしつこいんだ」
「逃げるなコルヌ。今日こそ決着をつけてやる」
「もう勘弁してほしいね。正直身体が限界だよ」
「嘘云うな、まだ本気出してないだろうが」
「それはオプリだってそうじゃないか」
「お前が本気を出さないからだ」
オプリは逃げ回るコルヌの尻を追いかけまわしている。
それをすり抜けるように、ナイルの前にアーラが近付いてきた。その手には鞭が窺える。
「おいコルヌ。アーラが鞭を持っているぞ」
「ちょっと離れた方が良さそうだね」
二人はそう云うと逃げるようにその場を離れた。
「どうしたの?」
「勝負」
アーラはそう云うと手にした鞭を示した。
「アーラさんは鞭が得意なの?」
アーラは頷いて、手に持った鞭をだらりと垂らして構えた。
「そっか、じゃあ僕も鞭使おうかな」
ナイルは訓練場に置いてある鞭を見つけると、何故か二本の鞭を手に取った。
アーラはそれを見ると嬉しそうに腰に控えていたもうひとつの鞭を手にした。
「おいおい、アーラのやつ二本使うつもりか」
「アーラが微笑んでるね――嫌な予感がするよ」
「あいつの鞭はそんなに凄いのか」
「私でも鞭を手にしたアーラを相手にするのは嫌だねえ」
「ほう、それは面白そうだな」
「僕も初めて見るので楽しみです」
竜人達は二人から大きく離れて、これから始まる戦いを心待ちにしている。
息を整えたアリウムもナイルの実力を知ろうと、瞬きすら忘れて凝視している。
ナイルとアーラの両手には、一本ずつ鞭が見える。だらりと垂れたそれはぴくりとも動かない。にこやかに微笑むナイルを、無表情にアーラが見つめる。
ぱんッと云う乾いた炸裂音が二人の間から発生した。
「なんですか? 今の音」
「メレナには見えなかったかい? 二人の鞭が衝突した音なんだけどね」
その音を発端に数回の炸裂音が訓練場に響いた。
そしてアーラの口元が歪に歪んでいく。
「拙いぞ、アーラが笑ってやがる」
「あれ笑ってるんですか!」
傍目にはとても笑っているようには見えないのだが、どうやらそれはアーラの満面の笑みであるようだった。
「もっと速くできる?」
ナイルの言葉にアーラは高揚した。もっと出して良いと誘われたのである。平素鞭で全力を出すことのないアーラにとっては、その言葉は非常に甘露なものであった。
アーラの最も得手としている武器が鞭であった。その鞭が齎す破壊力は凄まじく、天災級を超えると謳われているほどである。しかしその破壊力から、アーラが鞭を使うことは稀有なことであった。しかし本来鞭が大好きな彼女が、それを我慢して生きているのだから、抑制させている欲求は相当なものである。
ナイルがどれほど鞭を扱えるかは分からなかったが、数度鞭を合わせてみれば、ナイルが相当の使い手であることが分かった。
そしてもっと速くと。抑える必要はないと誘われたのである。
アーラは歓喜した。
ナイルの誘いを発端に更に炸裂音の数が、速度が上昇した。
既に炸裂音は絶え間なく響き渡り、音は繋がっている。
二人の両腕はあまりの速度にアリウムなどには消えているようにしか見えていない。
ヴィゴーレでさえぼんやりとしか見えないそれは、次のナイルが発した一言に因って遂に完全に見えなくなった。
「もっといけるよね」
アーラの抑制された欲求は遂に完全に解放された。
そして二人はゆっくりと移動を開始した。
「おいおい、ヤバいぞ」
「分かっているよ、アーラのあの顔は拙いね」
「アーラ殿の本気はそんなに危険なのか?」
「下手をすればこの訓練場どころか城にまで被害が出るだろうねえ」
オプリとコルヌはいつでもその場を離れられるように身構えている。
その他の三人はよくは分かっていないが、取りあえず二人に倣って警戒だけはしている。
「君、凄い」
「アーラさんも凄いね。こんなに打ち合える人には初めて会ったよ」
「それは光栄」
「やっぱりじいちゃんの云う通り、世界は広いや。僕も本気出して良いかも」
『ほどほどにね』
「こっちも全力でいく」
「ヤバい! お前等逃げろ!」
「私はなんとか城への被害を抑えられるように頑張るよ」
オプリは三人を捕まえると大急ぎでその場を離れた。
コルヌは嫌な汗を掻き乍ら、腰の双剣を抜いた。
炸裂音がひとつ発生する毎に、訓練場の外壁が弾け飛んだ。
そしてその範囲は徐々に広がっていく。
砕かれた外壁は四本の鞭の衝突に巻き込まれ更に細かく粉砕されていく。
塵と化した外壁は無残にも暴風に攫われて、彼方へと吹き飛んでいった。
この時アーラの身体の中には快感が駆け巡っていた。
今まで殆ど出したことのなかった全力を、それ以上の力で受け止めてもらえることは、アーラにとってこれ以上ない程の快感であった。
どんな軌道で鞭を放っても、どんな速度で鞭を操っても、ナイルはそれに合わせてきっちり打ち合わせてくる。
アーラ自身、これほどの鞭使いとやりあうことは初めてのことであった。自分と同等以上に渡り合えることにも、アーラは驚いたのだが、それ以上に驚いたのが、今ナイルが使っている鞭である。
アーラが使用している鞭は訓練場に備え付けられている安物の鞭とは違い、非常に珍しい素材を使ったものであった。
それは龍化した竜人の鬣を幾重にも重ね紡ぎあげた、非常に強靭でしなやかな鞭であり、アーラの実力を十分に発揮させられる数少ない鞭なのである。
しかしナイルのそれは所謂大量製造された粗悪品である。
通常であればこのような打ち合いに耐えられるような品ではない筈なのである。しかしナイルは技術を以てそれを可能にしている。
既にアーラは気付いている。ナイルが自分以上の実力を持っているのだと。
これこそが天災級の実力なのだと肌で感じることができた。
二人の打ち合いは十分ほど続き、遂に終焉を迎えた。
「これで最後」
「うん、全力で良いよ」
アーラは一層微笑んで鞭を操る手首に強烈な回転を加えた。
回転を加えられた鞭はその動きを一気に変化させた。広がっていた範囲は急激に収束していく。鞭の先端が手首から発生した回転に因ってまるで槍のような形状に変化し、ナイルを突き刺そうと云う軌道で襲いかかる。その速度は更に上がり、ナイルの眼を以てしても千本程の矛先が自分に襲い掛かってくるかの様な錯覚を起こさせた。
この光景にナイルが絶望したかと云えば、まったくの逆であった。
その瞳にもまた、愉しいと云う感情が色濃く表れている。
ナイルは満面の笑みを浮かべて、一度腕をだらりと下ろし、高速でそれを振り上げた。
それと同時に幾千と云う鞭打が、アーラの鞭を下から突き上げた。
ナイルを貫こうとした鞭と云う名の矛は悉く弾かれ、やがてぽとりと地面に落ちた。
既に訓練場は崩壊している。周囲に見えるのは壮観な山山である。
「また、派手にやったもんだね」
コルヌは手の甲で額の汗を拭った。
途中からはコルヌが如何に目を凝らしても、鞭の軌道が殆ど認識できなかった。
アーラに本気は出させるべきではないと、コルヌは改めて認識した。
そして崩壊した訓練場を見渡して、大きく落胆したのだが、コルヌから見ればひとつだけ僥倖だったことがある。それは城への被害が皆無だったことであった。
どかりと腰を下ろして、コルヌは安堵の溜め息をついた。
「うん、愉しかったなあ」
ナイルはもう使い物にはならないであろう鞭を放り投げた。それは地面に触れると同時に粉々に砕け散った。そして、ありがとうと言葉を残してナイルは城の中へと戻っていった。
それをアーラとコルヌは見送った。
ナイルの姿が見えなくなると、アーラはがっくりと膝を着いた。
「おやおや、大丈夫かい?」
「気持ち――良かった」
どうやら達してしまったアーラに、コルヌは盛大に溜め息をついた。
駄文乱文失礼しました。
誤字脱字は見つけ次第訂正いたします。
仕事の関係で執筆に使える時間が極端に少なくなってしまいました。
ですので、申し訳ありませんが仕事が落ち着くまで
おそらく一ヶ月程度と思いますが、投稿を中止しようと思います。
八月の中頃には手も空くと思いますので
その折には投稿を再開させてもらおうと思います。
こちらの都合で投稿を止めてしまい、申し訳ありません。
待っていていただければ幸いです。




