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第十五話 領主との謁見

今週も無事に投稿できました。

よろしければ一読してみてください。



 ストレンスの渋い表情に因って、北のギルド内の雰囲気は非常に重苦しくなっている。

 ギルドの職員達は、漸くギルド長の執務室などの整理を終えたところである。しかし執務室を中心に、建物の崩壊はかなりの範囲で出てしまっている為、建物自体の修復にはまだまだ時間がかかるのは間違いない。

 これまでにも、ストレンスの暴動に因って破壊された備品は数知れないのだが、建物自体まで崩壊させるほどのことはなかった。

 何がそれほどまでに激昂させたのか。不機嫌そうなギルド長に話しかけられるような胆の据わった者がいない為、職員には知る術はなかった。

 しかし職員達は暇さえあればストレンスの方に視線を向けている。

 なんとかストレンスと視線を合わせないようにしながら、それでもそちらに視線を向けてしまうのは、その隣に座る一人の青年が原因であった。

 感情を爆発させた結果、自らの執務室といくつかの部屋を崩壊させてしまったストレンスは、一旦は別室にてナイルと話をしていたのだが、崩壊した部屋のひとつに資料室が含まれていた為、そこから運び出された大量の資料や備品に因って、その部屋からも追い出されてしまっていた。

 結局現在はロビーの隅に設置されているソファーで、非常に渋い顔をしながら考えを巡らせている。

 そしてナイルはと云うと、暇潰しにとストレンスから渡された本を夢中で読んでいる。ナイルの頭の上には、退屈そうにローラが寝そべり、時折欠伸などをしている。

 職員のみならず、ギルドへ訪れている人々も、その異常に温度差のある光景に呑まれてしまっていた。そして誰しもが楽しそうに読書をする青年が気になっていた。


 「ストレンスさん、何をそんなに悩んでいるの?」

 「なんだ、もう読み終わっちまったのか」


 ナイルはストレンスから渡された本の、最後の一冊を閉じると、満足そうな顔をして背筋をうんと伸ばした。

 ストレンスはナイルを領主の下へ送る前に少々考える時間が欲しかった為、ナイルへ本を宛がっていたのだが、思いの外時間は稼げなかったようである。


 「そうか、じゃあそろそろ出るか」

 「考え事はいいの?」

 「ああ、たいしたことじゃねえからな」


 ストレンスはそう云うと一人の職員を呼びつけ、暫く外出する旨を告げた。

 外に出ると、待ち草臥れたアリウムと直立不動でたたずむ役人が二人を待ち構えていた。


 「ナイル、先ほど地震があったんだが大丈夫だったか?」

 「うん、大丈夫。アリウムは大丈夫だった?」

 「ああ、あれほど大きな地震は初めてだったが、怪我もしていないし問題ない」

 「そいつは良かったな」


 ストレンスはバツが悪そうにそう呟いた。


 領主の住む城への道中で、ナイルはアリウムにストレンスのことを紹介した。

 紹介したと云っても、ストレンスがギルド長であることと、ドラクロアの友人であることしかナイルは知らない為、アリウムに伝わった情報もそれだけである。その為ストレンス自身が簡単な補足を行った。


 ストレンスは十五年前まで、ドラクロアと同じく冒険者をしていた。更に遡るとドラクロアと共に各国を巡った時期もあった。その期間は三年と短いものであったが、その短い期間の中でもドラクロアの人柄を十分に理解し、また厄介さも十二分に経験していた。

 ストレンスは元々考えて行動することが苦手であった為、ドラクロアのやりたいこと、行きたい場所にほぼ無条件で付き合っていたのだが、その凡てでドラクロアは何かしら問題を起こし、毎回それに巻き込まれていた。根本的な解決はドラクロアがするのだが、そこから漏れた些事の尻拭いは基本的にドラクロアの周りにいる人間がすることになる。

 思い返せば笑い話にもなるのだが、当時は事ある毎に喧嘩をしていたと、ストレンスは愉しげに語った。しかし同時に喧嘩では一度も勝てなかったと、悔しさも滲ませた。



 暫く思い出話に花を咲かせると、美しく非常に壮大な城門まで辿り着いた。

 そこでストレンスは大きく息を吸い込み、何かを決意して城内へナイル達を誘った。




 「やあナイル君、遅かったねえ」

 「コルヌさん、一人?」

 「うん、ここの人にお願いしてね、散歩させてもらってたんだ」


 コルヌはそう云うと、後に追従する衛兵を紹介した。


 「何か面白いものあった?」

 「そうだねえ、僕は自国の城以外入ったことがなかったから、何もかもが新鮮だねえ。これもナイル君のお蔭だね」

 「それは良かった」

 「いやいや、今のは皮肉だよ」


 コルヌはそう云うと愉しそうに微笑んで、ナイルの横に並んだ。


 「それはそうと、此方の御仁は?」

 「ストレンスさん。ギルド長をしている人だよ」

 「おお、貴方がストレンスさんですか、私はコルヌと申します。御高名はかねがね」

 「昔の話だ、今は雑用しかしてねえよ」

 「御謙遜を、相当な武人だと聞いていますよ。今でも現役で通じそうですね」

 「それはお前等若造がだらしないってことかい?」

 「いやいや、これは手厳しい」


 コルヌは竜人の自分と普通に会話をしてもらえることが嬉しいらしく、満面の笑顔でストレンスとの会話を愉しんだ。暫くすると部屋で待機している竜人を呼びに、名残惜しそうにその場を後にした。

 コルヌと別れたナイルはストレンスの後に従い、領主の下へと向かった。

 広い場内はナイルの好奇心を大いに掻き立てたのだが、それは後にするようにとアリウムとストレンスに言い包められた。


 幾つかの階段を上り、幾つかの廊下を進み、幾つかの部屋を抜けると、そこには巨大な空間が広がっていた。天井は遥か高く、この広間であればヴィゴーレが龍化しても両翼を十分に広げることが可能であろう。

 そしてその広間には所謂玉座があり、そこに一人の男が座っている。

 その傍らには執事であろう男が直立不動でナイル達を見つめていた。

 姿は見えないが、他にも幾つか気配を感じることができる。玉座に座る男の護衛か何かなのであろう。


 「ようこそ、待っていたよ」


 男はそう云うとゆっくりと立ち上がり、真っ直ぐにナイルへ向かって歩みを進めた。

 男が立ち上がった瞬間広間に何とも云えぬ緊張感が膨らんだ。護衛の警戒心がそうさせたのであろう。

 しかし動こうとした護衛を執事が視線で抑え込む。緊張感の中に若干の戸惑いの色が混ざったのが分かる。

 男は微笑みを絶やさず、やや急ぎ足でナイルの許へと辿り着いた。


 ナイルはそれを興味深く見つめている。

 そのすぐ傍らでは、既にアリウムとストレンスが跪いていた。


 「君の名前を、教えてもらえるかね?」

 「僕はナイルだよ。おじさんは?」


 ナイルの発言でその場の雰囲気が一変するが、男は然程気にすることもなく微笑んでいる。


 「ふふ、おじさんか。私をそう呼ぶ人間は、他にはおらんだろうな。私はこのアクトリアで領主をしておる。名はフィロス・ウェールスと云う。聞き覚えはあるかね?」


 フィロスは少し期待を込めてナイルへ問いかけた。


 「聞いた覚えはないけど、見た覚えはあるよ。じいちゃんの持ってた本に載ってた」

 「そうか、本で読んだことがあるか。ナイルよ、よくぞアクトリアへ参った。領主として、そしてドラクロアの善き友として、君を歓迎しよう」

 「ありがとう。フィロスさんもじいちゃんの友達なんだね」

 「そうとも、ドラクロアは私にとってかけがえのない友だ。君はその息子なのだろう?」

 「息子かどうかは分からないけど、じいちゃんは家族だよ」

 「そうか、家族か」


 フィロスは本当にうれしそうな笑顔をナイルへ向けて、楽しそうに会話を交わす。

 こんなにも愉しそうな友人を絶望させることになるとは。そうストレンスは俯いて顔を顰めた。


 「フィロス、話がある」

 「どうしたストレンス、凶悪な面が今日は一段と凄みを増しておるな」

 「まあちょっとな――二人で話せないか?」

 「何かあるのだな? 分かった用意させよう」


 いつの間にかフィロスの隣に控えていた執事が一度頷くと、一人の護衛が姿を現した。護衛は執事の言葉を聞くと足早に退室した。


 「ナイルよ、すまぬ。暫くの間別室で寛いでいてもらえるか」

 「僕はお城を探検したいな」

 「そうか、クラノス」


 フィロスの言葉にクラノスは即座に反応して、ナイルとアリウムと外へと丁重に誘った。


 暫くすると先ほどの護衛が戻り、フィロスとストレンスを別室まで送り届けた。


 「さて、一体どうした。珍しく憔悴しておるようだが」

 「まあな。とりあえずこれを読め」

 「なんだこれは。貴様握り潰したな?」


 ストレンスから皺だらけの手紙を受け取ると、文句を云い乍らもそれに藻を通した。

 見る間にフィロスの顔が蒼褪めていくのが分かる。その顔は驚愕故に弛緩し、手紙を持つ手は小刻みに震えている。

 一度二度三度とフィロスは手紙を読み返す。何度も何度も繰り返し

 何かの間違いであってほしい。自分の読み間違いに違いない。フィロスはその一心で手紙を読み返した。


 「読み間違えてねえよ。旦那は死んだんだ」

 「嘘だ――私は信じぬぞ!」


 フィロスは勢いよく立ち上がると、これ以上ない程に激昂してストレンスに掴みかかった。


 「信じる信じねえじゃねえんだよ」

 「そんな、そんな――」

 フィロスの指先から手紙は零れ落ちた。

 そして身体から生気がぬけたかのように、ソファーに崩れ落ちた。

 先ほどナイルへ向けた笑顔などまるで嘘だったかのように、フィロスの顔から感情が削げ落ちていた。


 「しっかりしねえか、それでもアクトリアの領主か」


 しかしフィロスからの返答などない。


 「お前の気持ちは分かる。俺だってこの手紙を読んだときは頭ん中が真っ白になった。しかし小僧の目がな、真実だと云っていやがったんだよ」


 ストレンスは手紙を拾い上げると、丁寧に畳み封筒へ戻した。


 「みっともねえ話だけどよ、俺なんてガキみてえに泣いちまったよ。しかも小僧の目の前でだ。恥ずかし話じゃねえか。小僧はそんな俺をじっと見つめてよ、只管俺が落ち着くのを待っていやがったよ。小僧はしっかり受け止めてんのによ、大の大人がこの有様だぜ。確かに俺達は旦那の死に目には会えなかった。だから遣り切れねえとこもあるんだとは思う。だが俺達は腐っても冒険者だ。いつどんなことで命を落としても不思議じゃねえ。それを承知で俺達はこの仕事やってんだ。でもよ、小僧は違うんだよ。あいつはただのガキなんだよ。俺達とは違うんだ。でもよ、小僧の顔見ただろう? 旦那は小僧の家族だったんだぞ。その家族が死んでまだ間もないのに、あんな顔お前できるか? 小僧はしっかり受け止めてんだよ。あの笑顔は――」


 ストレンスは息継ぐ間もなく捲くし立てた。

 同時に自分の中の納得できていない感情や悲しみも吐露していく。

 そうやって誰かと共感したかったのかもしれない。分かってもらいたかったのかもしれない。自分達が大切に思ってきた人が亡くなってしまった、やりきれない気持ちを。

 そして同時にナイルの心情を思うと堪らない気持ちにもなった。そしてその強い心を尊敬もした。

 ストレンスは纏まらない言葉で、必死にフィロスを激励した。それがストレンスにできる精一杯であった。





 ストレンスの励ましもあって、フィロスは少しずつ回復していった。

 瞳の中に光が戻っていくと、自然と涙が零れた。いくら拭っても、それは暫く止まらなかった。

 ストレンスは静かにそれを見守っていた。


 「すまぬ、もう大丈夫だ」

 「落ち着いたみたいだな」

 「うむ、しかしぽっかりと胸に穴が開いておるよ」

 「そりゃ俺も同じだ。たぶん小僧もな」

 「そうであろうな。しかしあいつが死んだとなると、ちと厄介なことになる」


 フィロスは領主としての顔でストレンスを見つめた。


 「厄災か?」

 「そうだ、国王は厄災に対してあれを利用しようとしておったからな」

 「はっ、胸糞悪い話だぜ」

 「私もそう思うのだが、しかしあいつの力と影響力を考えればおかしなことではない。私でさえ何かしら助力してもらいたいと思っていたほどだ」

 「確かにあいつがいれば厄災の被害を少なくできたかもしれねえ。だがあいつに頼ってばかりもいられねえんだぞ。死んじまったんだしな」

 「それは重々承知しておる。だからこそ私も準備を整えてきたつもりだ。貴様とてそうであろう」

 「勿論だ」


 三十年周期で訪れる厄災は、もう僅かで再来すると二人は確信している。しかし厄災がどの方向から訪れるのかなど未だ不明確な部分が大半であった。

 厄災が一体どのような理由から発生し、また何処から始まるのか、そして何を目的としているのかは、長い歴史の中でも未だ解明されていない。

 分かっていることは定期的な周期でそれは発生すると云うことくらいであった。

 既にソイズアル国内では厄災の兆しが各地で現れ始めている。そしてそれは国外でも同様であるらしく、友好関係を結んでいる隣国からも報告を受けている。

 厄災は何処か一箇所で限定的に発生する現象ではなく、世界各国で一斉に発生する現象であった。

 これまでの経験を基に、各国はそれぞれに対策を施し、なんとか厄災を乗り切っているのである。しかし人類の長い歴史の中で、何の被害もなく厄災を乗り切った国はなかった。

 それは厄災の最大の特徴である“物量”が原因であった。

 しかも厄災は回を重ねる毎にその物量を増加させ続けているのである。

 前回の厄災の規模等は何の参考にもならず、再び訪れる厄災に対抗する為の試みは、悉く突破され蹂躙されてきている。厄災はそれによって人々に甚大な被害を齎してきたのであった。


 「私にはソイズアルを守るだけの力も権力も持ち合わせてはいない。しかしこのアークネースだけはなんとしても守り切りたいのだ」

 「俺だって生まれ育った土地を好きにさせるつもりはねえよ。でもよ、どんな対策をしていたとしても、どうせまた破られちまうんじゃねえのか?」

 「前線に立つ貴様がそんなことでどうする」

 「そんなこと云ってもよ、根本的に数が違いすぎるんだよ」


 不明確な部分が大半を占める厄災において、推測できることがあった。

 それは人口の増加と共に厄災の量も増加しているのではないかと云うことであった。

 しかもその比率は一定ではなく、人口が僅かに増えるだけでも加速度的に増加しているように見受けられるのである。

 それが分かっているのならば人類が増加を止めてしまうかと云うとそうではなかった。仮令そうだと分かっていても、人口の増加は止まらなかったのである。


 「だからこそ、一人一人の戦力を上げる為に、これまで様々な苦労を強いてきたのではないか」

 「ああ、お前が作り上げた先鋭達は立派なもんだよ。個人の力量も、そして数も十分にある。集団としての統率も相当なもんだ。かなりの戦力になることは間違いねえ。でもな、凡てを守ることなんてできねえぞ。あれはそんな生易しいもんじゃねえ。お前だって重々承知のはずだろう」

 「無論だ、だからこそ――あいつの助力は必要だと思っていたのだ」

 「旦那か。確かに旦那の力はすげえよ、剣術は神技級だったしな。それに不思議な魅力みたいなもんがあったな。なんかこう、心を奮い立たせてくれる存在ではあったよ」

 「だからこそ英雄なのだ。個人としての武力は貴様も知っての通りだが、それ以上にあいつを英雄たらしめた理由は、その魅力だと私は思っている」

 「魅力ねえ。そうかもしれねえな」


 そして二人は僅かな時間ではあったが、ドラクロアと云う人物が持っていた魅力を思い出していた。それは少しだけ二人の胸の穴を、癒してくれた。






 「ナイル君、緊張するね」

 「そうかな」

 「だってこれから私達は処罰を言い渡されるんだよ? 私は少し不安だよ」

 「コルヌさんはフィロスさんに何か悪いことしたの?」

 「そりゃあ山を破壊したのはナイル君なんだけどね。でもその発端はヴィゴーレなのだから、その監督をする立場にある私だって、その責任をとらないとねえ」


 ナイルはコルヌと肩を並べて先ほどの広間、謁見の広間でこそこそと話をしている。

 二人の少し後ろにはアリウムやヴィゴーレなど、その他の顔触れが静かに並んで領主の訪れを待っていた。


 「納得できてないと云う顔だね」

 「うん、なんで怒られるのか分からない」

 「ナイル君はアクトリア領内の資産を壊してしまった。だから怒られるんだね」

 「僕は山を壊したけど、山はだれか特定の人の資産じゃないよ」

 「確かにその通りだね。でも逆に凡ての人々が利用できるものではあるだろう?」

 「うん、世界は凡ての生き物が利用できるものだね」

 「そうそう、たとえばあの山で採取できる木材を利用することで、生計を立てている人がいたとしたらどうだろうね。その人が採る木材をナイル君は壊してしまったことになる。するとその人は困ってしまうんじゃないかな?」

 「うん、そうだね。でもそれだけでしょう? その人が山で木を切るのは自由だけど、僕が山を壊すのも自由じゃないかな」

 「なるほど、そうとも云えるねえ」


 コルヌはどうにかしてナイルに納得してもらうと考えながら話している。

 しかしナイルの考え方を少しずつ理解してきたコルヌは、ナイルの考えを改めさせることの難しさを理解しだしていた。


 「ナイル君、きっとその答えは領主が教えてくれると思うよ。何せこの領地を治めている、一番偉い人だからね」


 結局コルヌは楽な道を選んだ。


 「そうだといいな」

 『きっと無理よ』


 ローラの言葉を聞いて、コルヌもそうであろうと頷いてしまった。

 そして漸く、フィロスはストレンスを伴って謁見の広間へと戻ってきた。

 フィロスの姿が見えると同時に、ナイル以外の全員が跪いた。勿論ヴィゴーレも跪いている。


 「待たせてしまったな」

 「滅相も御座いません」


 コルヌが深々と頭を垂れながら応えた。

 ナイルはそれを見て、まるで別人みたいだねとローラを会話している。

 フィロスはそんなやり取りに少しだけ苦笑し、ストレンスは苦々しい表情を浮かべている。

 ストレンスはそのままフィロスから離れナイルの隣まで来ると、静かにフィロスに向かって跪いた。

 フィロスはそれを確認すると、クラノスが控える玉座に腰かけ、ナイルを手招きした。

 ナイルはいつものように笑顔を浮かべてフィロスの前で立ち止まった。


 「ナイルよ、君が何故今ここに立っているか分かるかね」

 「分からないよ。教えてくれるの?」

 「分からないか。ナイルは先日ひとつの山を破壊したであろう」

 「うん、ちょっとやりすぎちゃった」


 ナイルは恥ずかしそうに頭を掻いた。

 ナイルのその仕草が、ドラクロアのそれとそっくりであった為。フィロスはきつく胸を締め付けられるような気持ちになった。


 「あの山は、このアクトリアを支えてくれる重要なものなのだよ」

 「そうなんだ」

 「うむ、あの山が破壊されたことに因ってアクトリアに住む人々に迷惑がかかってしまっておる。それはナイルも理解していよう」

 「そうみたいだね」

 「ならば、ナイルが処罰される理由も分かるな?」

 「それは分からないよ」

 「ほう、それは何故だ」


 フィロスは少しだけ上体を倒して、ナイルを威圧するように姿勢を変えた。


 「さっきコルヌさんにも話したんだけど、山から資源として何かを採取したり、山を何かの代わりに利用したりすることは、僕が山を破壊したことと、何ら違いはないじゃない。それぞれしたいようにして、なるようになっただけでしょう。自分の都合の善いように利用していたものがなくなったから、それをなくした人を罰しようなんて随分自分勝手な言い分だと思うんだよね」


 ナイルはフィロスの威圧など全く気にせず、自分の論理、考え方を披露していく。


 「あと僕には理解できないんだけど、何故か人って自然から恩恵を授かっているとか、自然に生かされているなんて云ったりするけど、あれはなんでなんだろう。自然から恩恵を授かっていると感じ考えているのは人だけだよ。自然はそこにあるだけだもの。何も与えないし奪いもしない。人が勝手に利用しているだけだよね。自然を神格化させて、何か神聖なものに昇華させて信仰しているのかもしれないけど、それこそその人の勝手な都合だし、勝手な解釈だから僕には理解できないんだ。ああ、論点が変わっちゃったね。仮令突然山や自然がなくなってしまっても、それをあるがままに受け入れるのが生き物としての自然の在り方でしょう。文句を云うのは勝手だけどね」

 「なるほどな、確かにそれは真理であろう。しかしナイルの行動がアクトリアに住まう人々に対し不満を与えたことは間違いあるまい」

 「そうかもしれないね」

 「それでもナイルは罰を受けなければいけないとは思わないのかね」

 「罰を与えることは勝手だけど、与えられたからと云って僕は別に何も思わないし、したくないことだったらしないよ。僕がすることは山を破壊してしまったのは僕なんだってしっかりと受け入れること、それだけだよ。僕が持たなければいけない責任はきちんとそれを受け入れることだけだよ。天然自然を利用していただけの人々に対する責任は僕にはないね」

 「随分と身勝手なことを云うのだな」

 「身勝手かな。でも身勝手じゃない生き物なんていないよ」

 「確かにその通りだ。しかしだからこそ、法と云うものがある。ナイルが山を破壊したことで与えられる罰は、この法に因って決まる」

 「うん、じいちゃんの本で読んだけどたくさん書いてあったね」


 フィロスは更に身を乗り出して、ナイルを威圧する。


 「そうであろう。実に様々な法がこのソイズアルにはあるのだ」

 「あれこそ身勝手の極みだと僕は感じたけどね。意味が分からない物も多々あったし。でも僕には何の関係もないよ。僕はこの国に隷属している訳ではないもの」

 「ではナイルはこの国の人間ではないと云うことになるな」

 「うん、そうだよ」

 「では私がこの国から出て行けと命じれば出て行くのか?」

 「出て行くも何も、僕は初めから入国してないもの」

 「ほう、ではナイルは今どこにいるのだ」

 「この星の中にある島のひとつに、たまたまいるだけだよ」

 「なるほどな」


 ナイルの表情や瞳を見ても、その言葉の中に誤魔化しや言い繕いは欠片も含まれていないことが分かる。ナイルは純粋にそう考えているのだ。

 フィロスは大きく息をつきながら、玉座に深々と身を沈めた。そしてこの場から重役達を遠ざけておいたことは間違いではなかったと、心から安堵した。


 「やはり君は、あいつの息子だな」

 「そうだろう。しかも厄介さが増していると思わねえか」

 「ああ、あいつもこれほどではなかった」


 ストレンスは面白そうににやけ乍ら、ナイルの肩に手を置いた。

 フィロスの横でクラノスも苦笑いを浮かべている。

 ナイルはよく分かっていない様子で首を傾げている。

 そしてローラは相変わらず眠たそうに欠伸をしていた。


 「ナイルの考えはよく分かった、どうやら君にこの国の法を用いて罰を与えることは無意味なようだな。しかし代わりに提案があるのだが」


 フィロスは気持ちを引き締め直して、再び身を乗り出した。


 「私の願いを聞いてもらえないだろうか」





駄文乱文失礼しました。

誤字脱字は見つけ次第訂正いたします。


そろそろ物語にも動きを出せるような段階まで来たかなと

勝手にそう思っています。

仕事の都合上週一の投稿になりますが

気長に待っていただければ嬉しいです。


次回の投稿は、7/9-7/11の何れかになります。

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