第十三話 竜人との戯れ
今週も無事に投稿することが出来ました。
私用の勉強が忙しく、筆が遅く荒くなっていますが
読んでいただければ幸いです。
「ごめんローラ、やりすぎちゃった」
「山が欠けただけじゃない。たいしたことじゃないわ」
苦笑いで謝るナイルを、ローラが優しく撫でて慰める。
「君は本当に桁違いだねえ、まさか龍化したヴィゴーレをねえ」
コルヌは若干顔を引き攣らせながらも、ナイルの肩に手を置いた。
ヴィゴーレは意識を失い、醜態を晒していた。
発端はたった一言。何気ない辛辣な言葉であった。
コルヌ達の一行と、ナイルの向かう先が一致していたこともあり、共に山を越えようという話になった。ヴィゴーレは一人猛烈に反発したが、オプリの説教ともいえる説得に渋々と従う形になった。
道中では一時も途切れることがない程に会話は弾んでいた。専ら話しかけていたのはナイルであったが、コルヌをはじめオプリとメレナの四人は非常に和気藹藹と会話を楽しんでいた。唯一の女性であるアーラは相変わらずアリウムとしか会話をしていなかったが、それでも楽しげな雰囲気は誰にでも分かるものであった。そしてヴィゴーレは一人、六人から少々距離を置いて不機嫌そうに歩いていた。ときおりヴィゴーレに対し、ナイルが話しかけたりもしたのだが、案の定なんの言葉も返ってくることはなかった。
山には幾つかの関所が存在する。
アクトリアへ向かう人々、そしてアクトリアから外へ向かう人々は須くこの関所を通ることになる。
各々の関所には随時二十人程の衛兵が常駐しており、関所を越える人々は凡て、この衛兵に手荷物等を検査され、交通料を支払う。
アクトリアはアークネースの州都であることから、人の出入りが非常に多い。良くも悪くも様々な人間がアクトリアの領地に出入りをすることになる。
関所を設置した当初は、物品検査や交通料などはなかったのだが、三代前のアクトリア統治者の判断により、それは行われるようになった。
物品検査の始まりは、アクトリア国内でのテロ行為であった。当時の統治者を快く思わなかった過激派により、アクトリア領内に小さくはない被害が出た。
それに憤怒した当時の統治者は、テロ一派と疑わしき人物を凡て拘引、その凡てに斬首刑を科し、人々の前で公開処刑を遂行したのである。
それは暴挙と云えるもので、疑わしいというだけで有無を云わせず拘引し、直ちに処刑が行われていった。領内はまたたく間に荒んだ。
そしてアクトリアから離れようとする人間が多く現れた。それを危惧した統治者は早急に関所を設け、領内から外へ出る者に対して、高額な通行料と領内から持ち出す資産の検査を要求したのである。
それは一般的な家庭が支払えるような金額ではなく、また富んだ者には更に多くの通行料を要求した。また持ち出す資産の検査では、その殆どを没収されてしまうという有様であった。
さすがにその事態を重く見た当時の国王はアクトリアに介入し、荒んだアクトリアは徐々に安寧を取り戻していった。
やがて問題の統治者は降格され、世代交代が成された。
関所で徴収される交通量は緩和され、物品検査も無許可の危険物は没収されるが、資産を没収されるようなことはなくなった。
現在関所での交通料はアクトリアの大きな収入になっており、その為アクトリア住民にかかる税率は非常に低いものになっている。
贅沢品にはそれなりの税率がかかっているが、医療品や食品、衣服等には殆ど税金がかかっていない。
このような現状は、先代の統治者が礎を築き、現在の統治者が発展させたことから成っていた。
現在アクトリア住民は過去の恐怖政治を忘れ、幸福な日々を送っている者が多い。
そしてナイル達も、ようやく山の中腹にある関所まで到着した。
既に日は落ち、星と月と篝火の明かり以外は闇に包まれていた。
それでも関所では多くの人々が列を作り、自分の順番が回ってくるのをのんびりと待っている風景が広がっていた。それは関所を通過するのにかなりの時間を要することを表していた。
ナイル達もその最後尾に並び、のんびりと話でもしながら待とうとしたのだが、ここでもやはりヴィゴーレが反発した。
待つ理由がヴィゴーレには理解できなかったのだ。
当然のようにヴィゴーレは列を押し退けようとしたが、オプリとコルヌによる説得と、最終的にオプリとコルヌによって強引に押さえつけられた。
ナイルも暫くは大人しく列の進みを待っていたのだが、そのうちに退屈に飽きてしまい、その場をコルヌ達に任せて森の中へ足を向けた。
アリウムも同伴するかと思われたが、アーラとの話に夢中になっているようで、ナイルはローラと二人だけでその場を後にした。
ヴィゴーレはそれを好機と見て、コルヌ達を振り払ってナイルの後を追っていった。
オプリはヴィゴーレを追いかけようとしたのだが、コルヌがナイルであれば心配はないとそれを制した。
ナイルは気儘に森の中を進み、そこに生る果実などを捥いで満足気に頬張ったりしていた。ヴィゴーレは気配を殺しながらナイルの後を慎重に尾行した。
「随分奥まで来ちゃった」
「そうね、久しぶりに二人きりになれると思っていたのだけれど、余計なのがついてきていて私は不満だわ」
「ずっとついてきてるね。上手く隠れてるつもりなのかな?」
「そうなんでしょうね」
そしてナイルはヴィゴーレのいる方向に目を向けた。
ヴィゴーレはそれに驚愕した。完璧に気配を消していたつもりだったのだが、ナイルは完全にヴィゴーレのことを認識していた。
ヴィゴーレは仕方なくナイルの前に姿を晒し、音を立てながらナイルへ近づいた。
「どうしたの? 何か用?」
「剣を抜け」
ヴィゴーレの言葉にナイルは不思議そうに首を傾けた。
ヴィゴーレはそれを無視して背の大剣を抜き、ナイルの眼前に突きつけた。
「剣を抜け」
「どうして?」
「無手の猿を殺してもつまらん」
ヴィゴーレはナイルの実力を測り切れていない。祝福のことを考えれば正に未知数であった。ヴィゴーレは長い時間ナイルの祝福を無効化させる手段を考えていたのだが、よくよく考えればそのような些事に考えを巡らせること自体が、今まで自分を培ってきたプライドに瑕疵を齎す行為だと気づいた。そしてヴィゴーレはそれまでの考えを凡て破棄して、力でナイルを屈服させることを決めたのだ。
「剣を抜け」
ヴィゴーレは三度ナイルへ申告した。これでナイルが抜かなければ、もうかまわないとヴィゴーレは思っていた。
しかし返ってきた言葉は、そんなヴィゴーレの思惑を消し去る程に衝撃的なものだった。
「貴方には無理よ、弱いもの」
「そうだね」
僅かな時間、ヴィゴーレの思考は止まり、そして憤怒と狂気がその体中に爆発的に広がった。
それはナイルとローラがヴィゴーレの逆鱗に触れた瞬間であった。
そしてヴィゴーレは吼えた。
その咆哮は周囲の木木を吹き飛ばし、上空の雲に風穴を開けた。
ナイルはその光景を淡々と見つめていた。
コルヌをはじめ、竜人達はその咆哮に反応し即座に身体を動かした。
相当に距離は離れていたが、アリウムにもその咆哮は聞き取ることができた。
アリウムはナイルの身に危険が迫っていると確信し、竜人と遜色ない速度でナイルへ向けて一直線に駆けた。
「おっきいなあ」
「大きいだけじゃない」
今ナイルの眼前には龍がいる。
その体長は二十メートルを越えようという程で、黒い鱗が艶やかな光沢を放っている。
その瞳は真紅に燃え上がり、理性の欠片も見当たらない。
龍は翼を大きく広げ、ナイルを威嚇すると、上空高く舞い上がった。
ナイルは悠然とそれを見上げ、龍の出方を窺っている。
「少し魔力を解放するよ」
「ええ、かまわないわ」
ローラの許可が下りた瞬間、ナイルの魔力が爆発的に増幅する。しかしその魔力は体外に漏れ出すことはなく、ナイルの体内を隅々まで駆け巡った。
龍は遥か上空からナイルへ狙いを定めると、一気に急降下を開始した。
ナイルはいつかと同じように軽く大気を撫でる。
ナイルに撫でられた大気は激しいうねりを発生させて、一瞬で圧縮され龍に向かって放たれた。
不可視で迫る高速の風に龍は回避する術を知らず、圧縮された風の塊に頭を打ち抜かれた。その衝撃は龍の強固な鱗を吹き飛ばし、その鱗は粉々に粉砕され、龍は一瞬意識失いかけた。しかし湧き上がる憤怒はそれを許さず、更なる狂気が龍を猛らせた。
「追い風くらいじゃあダメか」
「思ったより頑丈ね」
龍は大きく息を吸い込むと、口内から火球を吐き出した。
その火球の大きさは龍と変わりない程の巨大さで、遠く離れたナイルにも十分な熱量があることが確認できた。
「私でも火傷しそうね」
「それはいけないね」
そしてナイルは初めて龍へ掌を翳した。
狙い定めたのは火球。それへ向けて僅かに魔力を放出する。
魔力を注がれた風の神はそれに応えて突風を巻き起こした。
突風は螺旋状にうねりながら徐々にその大きさを増していく。
風は広がるようにではなく細を穿つかのように火球の中心点を貫くと、そこを起点に爆発的に吹き荒れた。
火球は無残に千切れ飛び、一瞬にして掻き消された。
しかし龍の勢いは止まらず、逆に速度を上げてナイルへ向けて落下していく。
そしてそこにコルヌ達が駆けつけた。
「あの馬鹿! 龍化してやがる」
オプリが双剣を抜き龍に対峙しようとする。
「あれが龍化なんだ、初めて見た」
しかしナイルがそれを止める。邪魔されては面白くない。
「ナイル!」
「アリウムは危ないからそこで見ててね」
ナイルはアリウムにいつも通りの笑顔を向けたが、さすがにこの状況ではアリウムの顔から不安の色が消えることはなかった。
「ちょっと肉弾戦してみようか」
「肉弾戦? 無茶だ、ナイル君!」
コルヌがナイルの暴言に必死で意を唱えるが、ナイルは変わらない笑顔でコルヌに手を振った。
そしてナイルは飛び上がった。
龍は突然眼前に迫ったナイルに一瞬驚愕し困惑するが、ナイルに凶悪な顎門で食いついた。
しかしナイルは龍の顎門を易々と受け止めると、勢いよく龍の頭を捻りあげる。
龍は自らを上回る強大な力に逆らえず、大きく体制を崩してそのまま背中から地面に激突した。その衝撃は凄まじく、周辺の木木を吹き飛ばしコルヌ達を襲った。
コルヌ達は吹き飛んでくる木木を何とか防ぎ、ナイルの安否を心配する。
次の瞬間、コルヌ達の眼前に巨大な火球が迫った。
コルヌ達竜人であれば、守りを固めればどうにかなるかもしれなかったが、アリウムはそうはいかない。間違いなく骨も残さず消し炭を生むであろう火球であった。
しかしその火球はナイルによって阻まれた。
火球はナイルの剣に両断されると、暴風を生み出すほどの剣速で一瞬にして雲散霧消した。
「ダメだよ、僕と遊んでるんだから。他の人を巻き込んじゃダメだ」
「少しお仕置きが必要ね」
「そうだね」
そう云うとナイルは剣を納め、代わりに棍を馬手に持つと軽やかに跳躍した。
龍がのそりと身体を起こした瞬間だった。
龍を含めた周囲一帯に突きの嵐が吹き荒れた。
ナイルが繰り出す突きは既に龍の目に追えるような速度を凌駕し、音速は疎か既に光速にまで届かんばかりの突きであった。
そしてそれは一突きではなく無数に襲った。
龍の身体は無残に打ち貫かれた。しかしナイルの突きは龍だけでなく周辺の大地、ひとつの山にまで影響を与えた。
無数に放たれた亜光速の突きは、小さくはない山の中腹を丸ごと抉り取る程の威力を誇っていた。
一瞬で龍は意識を失い、もとの姿へと戻っていく。
残されたのは球形に抉られた山と、虫の息のヴィゴーレだけであった。
そしてその光景を見ていたコルヌ達は、暫くの間呆然とナイルを見ていた。
大地に降り立ったナイルは、周りの変わり果てた光景をまじまじと見つめ、頭を掻きながら言葉を発した。
「ごめんローラ、やりすぎちゃった」
ヴィゴーレは意識を取り戻すと、勢いよく身体を起こした。
「目が覚めたようだねえ。具合はどうだい?」
「何が――何が起きたんだ」
ヴィゴーレは龍化した時の記憶を朧気にしか持っていない。
自分を見失う程の狂気のままに龍化したヴィゴーレは、無様にも狂気に自らを見失っていた。
「俺は龍化した――と云うことは、あの猿は」
しかしヴィゴーレの視線の先には、意識を失う前と変わらないナイルがアリウムと親し気に話している光景があった。
「君はね、ナイル君に完膚なきまでに叩きのめされたんだね。いやあ凄かったよ。あの棍術は間違いなく神技級だ」
「そんなバカな!」
ヴィゴーレには到底信じられるものではなかった。
竜人は龍化という特殊能力を持っている。
文字通り龍へと変化するのだ。
龍化した竜人は身体能力も魔力も上級魔族に匹敵する程の力を手に入れることができる。しかし龍化してしまうと多くの者は意識を失い、そして暴走する。
徒でさえ身体能力の高かったヴィゴーレが龍化すれば、その力は最上級魔族に逼迫する程になるであろう。だがナイルにとっては遊び相手程度の力量でしかなかったというのが現実であった。
だからこそヴィゴーレには信じられなかった。
龍化した自分を無傷で倒すことができる存在など許容できなかった。
同時にヴィゴーレは己の認識を凌駕する圧倒的な力が存在することを理解した。
ヴィゴーレはゆっくりと立ち上がると、ナイルへと近づいた。
「ごめんね、ちょっとやりすぎちゃった。一応治療はしたんだけど、痛いところはない?」
「大丈夫でしょう、見た目通り頑丈そうだもの」
そしてヴィゴーレはナイルに跪いた。
「どうしたの?」
「俺達竜人は強き者に従う。俺は負けた。俺は貴様に従う」
ヴィゴーレは自らのプライドをかなぐり捨てて、力こそ全てと云う信念に従った。
「止めてよ、僕は何かに従うのって嫌いなんだ。だから誰かを従えたりはしないよ」
「貴様がどう思うかは俺には関係ない。俺にとって力こそ凡てだ」
「君はそうかもしれないけど、でもね、力は一部であって凡てではないよ。それにそんなことを云うのなら、君は彼にも従わなきゃいけないんだよ?」
ナイルはそう云うとコルヌを指差した。
「ナイル君、まるで私がヴィゴーレより強いみたいじゃないか」
「うん、僕にはそう見えるよ」
ナイルは真っ直ぐな瞳でコルヌを見つめる。その光景をヴィゴーレが見つめる。ヴィゴーレの中には今、混乱しかない。
「ううん、ナイル君はやっぱり凄いねえ。分かった白状しよう。その通りだね、私は間違いなくヴィゴーレよりも強いだろうね」
「そんなはずはない! 貴様はいつも」
「私はね、君みたいに寂しがり屋じゃあないんだ。だから態々強いんですなんて云い触らしたりしないし、できる限り隠してもいるんだ。まあナイル君には分かってたみたいだけどねえ」
「そんな――」
ヴィゴーレの世界が、音を立てて壊れていく。
今まで力のみで作り上げてきた堅牢だと思ってきたヴィゴーレの世界は、実際はあまりにも脆く、小さなものであった。
その現実を突き付けられたヴィゴーレは自らを保つことができなくなっている。何もかもが疑わしい、自らが何よりも強いという夢を見ていたのではないかと、前後不覚に陥っている。
「君だけの世界なんて、作らなくていいんだよ」
ヴィゴーレはナイルの言葉が理解できずに、ナイルを見つめ返すだけだった。
「世界はね、初めからここにあるんだ。君が望むような世界ではないのかもしれないし、君の都合のいい世界でもないかもしれない。でもね、世界は君のことをずっと受け入れているよ。世界は初めからここにあるんだ。だから、怖がらなくても大丈夫だよ」
ヴィゴーレは怖がっていた訳ではなかった。
しかし不安はいつも抱えていた。
力こそが凡てという人生を送ってきた彼の中には、世界が既にあるものという認識は存在しなかった。
弱き者は強き者の世界の中だけでしか生きていくことができなかった。
弱き者には自らの世界を持つことすら許されなかった。
ヴィゴーレはそんな世界の中で産まれ育ってきたのである。
世界を持つためには、世界に認めてもらうには強くなくてはならなかった。
それだけがヴィゴーレの中にあった世界である。
ナイルに世界は既にそこにあると云われても、今のヴィゴーレには受け入れられることではなかった。しかしヴィゴーレの中の何かを変えるだけの力はあった。
それは明確なものではないにしろ、ヴィゴーレに安心感を与えてくれる感覚ではあった。
「世界は、既にあるのか」
「そうだね、ナイル君は良いことを云うね。僕たちは世界に生かされているんだってことを忘れないようにしないとね」
「僕は生かされているとは思わないよ、僕は世界と生きているんだ」
「なるほど、確かにその通りだ。まったくナイル君は壮大で考えが年寄り臭いねえ。勉強になるよ」
コルヌは楽しげに笑いながらヴィゴーレの肩に手を置いた。
「私達と色々な物を見てみよう。きっと楽しいから」
コルヌは優しく、ヴィゴーレを旅団に迎え入れた。
駄文乱文失礼しました。
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