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第十二話 待ち焦がれる男

一週間お休みさせていただきました。

申し訳ありません。

また今週から続けさせていただきます。

少し短いですがよろしければ一読してみてください。



 「それで、彼はどれくらいで着くのかね?」

 「そうですね、彼は随分ゆっくりと進んでいるようです。あと五日といったところでございましょうか」

 「五日か。豪勢に歓迎してやらねばいかんのう」

 「そうですね。私も非常に楽しみでございます」


 クラノスの顔が日に日に柔らかくなっていくのが分かる。そういう私もきっと同じなのであろう。もうすぐ彼が、このアクトリアに辿り着く。初めに知らせが届いたのは五年前だっただろうか。あの時は私も忙しかったこともあり、あの男の様子を見に行くことすらできなかった。本来であればすぐにでも、それこそ知らせを聞いた当日にでも会いに向かいたかったほどだ。しかし私の立場はそれを許してはくれなかった。そもそも知らせがあったのはいいのだが、あの男は肝心の所在を隠したままだったのだから、会いに向かうことはそもそも難しかったのだろう。


 それにしても、知らせがあったときは本当に驚いたものだ。

 年老いても結局放浪癖が治らず、ふらふらと何処を彷徨っていたのかと思えば、これまで一度も便りなど寄越したことのなかったくせに、突然知らせを届けてくる。本当に気紛れな男だ。しかしまさか弟子がいるとは。今まで弟子なんぞとらなかったあの男が、一体どんな心境の変化だろうか。筆不精であるあいつが便りを寄越すほどだ、相当に嬉しい出来事だったに違いないだろう。


 あの男が旅立って、既に三十年にもなる。随分と早く感じる。しかし振り返ってみると、それはやはり短くはない時間だ。聞いたところによれば、あいつは放浪しながら本を集め続けていたようだ。ここで暮らしていた時にも、相当な数を取り寄せってやったというのに、まったく満足していなかったようだ。

 発端はあの人を亡くしてからであったか。結果としてあの人を亡くしてしまってから、貪欲に知恵を求め、知識を貪っていく姿は、見ている私が痛ましく思える程であった。

 それでもお前は、何かに縋ろうとしていたのであろうな。




 「クラノス、今日の予定はどれだけ残っている?」

 「はい、残っているのは国王への定例報告だけでございます」

 「そうか、今日は国王への報告の日であったか、失念しておったよ」

 「ここのところ旦那様は多忙でございましたから、無理もございません」

 「そうかもしれんがな。それにしても定例報告だけとは、今日は随分と楽な仕事しか残っておらんな」

 「はい、そのように手を回しましたので」

 「そうであったか、それは余計な手間をかけさせてしまったな」

 「滅相も御座いません、旦那様あってのアクトリアでございます故」

 「それは大きくでたものだ、私などたいした仕事などしておらんではないか、精々雑用といったところであろう」

 「とんでもございません。旦那様はアクトリアにおいて、延いてはソイズアルにおいて重要な方でございます。どうぞ御自愛下さいませ」

 「クラノスは相変わらず大袈裟なことを云う。しかしお前の思慮深さには感謝する。ありがたく休ませてもらうとしよう」

 「勿体なき言葉でございます。それでは時間になりましたら御呼び致します」


 クラノスがいつものように頭を下げて退室していく。

 まったく気を使ってくれるのはありがたいが、大袈裟なところはいつまで経っても直る気配が感じられないな。私自身、たいしたことをしているとは思えないのだが。

 しかしクラノスの云う通り、このところのんびりとした時間がなかったことは間違いないことでもある。やはりあの時期が近付いているのであろうな、できることならあいつを呼ばずに済めばいいのだろうが、それはやはり無理なのであろうな。

 州民だけでなく国民凡てが英雄と呼ばれるあの男に希望を抱いていることは間違いのないことだ。たとえそれが本人の望まないことだとしても、羨望とは脅迫にも似ているのだと、強く感じてしまう。

 しかし約三十年周期で訪れる厄災には、やはりあいつが必要になるだろう。現在でもあいつの後を継げるだけの人材は、このソイズアルにはいないのだから。

 否、もしかすれば彼ならばあいつの後を継げるのかもしれない。あいつの弟子になった彼ならば。若しそうであれば、あいつの肩の荷も少しは下りることだろう。


 あと五日程でこのアクトリアに辿り着く、まだ会ったことのない彼はどのような人物なのだろうか。あいつからの手紙には、息子が出来たようだと綴られていた。あいつがそれほどまでに気持ちを向けた相手であるならば、私にとっても家族同然だ。




 クラノスに呼ばれ執務室を出る。

 年老いた私には、この屋敷は広すぎる。謁見の間に向かうだけでも一苦労だ。

 いつ頃からこのように感じるようになったのだろうか。以前の私であれば、この程度の距離で弱音を吐くことなどなかった。それが今ではどうだろうか。老いとは残酷なものだ。

 衛兵が私に気付き姿勢を直している。無理もない、退屈な仕事なのだから。しかし仕事は真摯にしてもらわねば困るな。ここは注意すべきところであろうな。


 「貴様ら、その為体はなんだ。衛兵という職務の重要さを如何に心得ている」


 クラノスに先を越されてしまった。こいつは職務には真摯で非常に熱心なのだが、少々気を回しすぎていると、常々感じる。私の威厳などどうでも良いのだが、それでも多少の体面は気にするべきだとは思うのだ。ときには私が注意すべきときもなくてはいけないと思うのだが。


 二人の衛兵が慌ててクラノスに頭を下げている。いやいや、確かにクラノスはお前らの上司ではあろう。しかし頭を下げるべき相手を間違えておらんか?


 「馬鹿者! 無礼を詫びるは私ではなく旦那様であろう!」


 ほれ見たことか、余計に怒らせているではないか。


 「申し訳ありません旦那様、私の教育が足りませんで」

 「なに、このような陽気であれば、気も抜けるというものであろう」


 外に目を向けると眩しい程の陽光が目を焼くようだ。このような穏やかな日常が、いつまでも続けばと、心から思う。

 クラノスが深々と頭を下げて、謁見の間の扉を開く。部屋中央の台座に鎮座した水晶が仄かに光を放つのみの暗闇に、私は今でも慣れることができない。

 やはり暗闇は苦手だ。


 いつものように、その水晶に向かい跪き、私は一人反応を待つ。

 この薄暗い部屋の中にいると、私はいつも思い出してしまうのだ。そして、今も思い出している。幼かった頃のあの日を。




 あれはもう六十年より昔のことだったか。私が初めて厄災を目の当たりにしたのは。

 夜であるにも関わらず、空を赫赫と燃やす炎。周囲から絶え間なく聞こえ続ける悲鳴。なす術もなく手足を捥がれ、無残にも頭から咀嚼される人々。まさに地獄だった。

 私は両親に縋りつき、唯々怯えていた。私だけでなく、この世界全てが恐怖に包まれているかのようだった。

 私達は贄だったのだろう。魔物達の足を僅かにでも止める為の、贄だったのだろう。その贄がどれほどの効力を持っていたのかは分からない。しかし私は無駄ではなかったはずだと、今でもそう信じている。

 当時あの町に住んでいた、数千の人々の命は、決して無駄ではなかったはずだ。そうでなければ、到底報われるものではない。


 私は一人、薄暗い地下室に押し込められた。私は何度もドアを叩き、声が枯れ果てても叫び続けた。しかしその声は誰かに届くことはなかった。そして外の様子もまた、私には分からなかった。


 私はどれだけの時間、暗闇の中で過ごしたのだろう。今となっては見当もつかない。数日だったかもしれない。一瞬だったようにも感じる。

 しかしその時間が如何程であったにしろ、その暗闇が身体に入り込んでくるような、身体の中に染み込んで、何もかも染めていくかのような感覚。それだけははっきりと刻み込まれたのだ。

 何も見えず、何も聞こえず、そして誰もいない。世界は私を拒絶したのだと、そう思った。




 唐突に扉が開いた。私の中から歓喜と絶望の入り混じった感情が溢れだした。

 きっと私は泣いていた。そして意識を失う直前。あの男の顔を見たのだ。




 「面を上げよ」


 聞き慣れた声に私は意識を取り戻した。

 一度深く頭を垂れて、私は水晶に視線を向けた。

 水晶の中にぼんやりと王の姿が見える。相も変わらず、感情が見えぬ瞳だ。


 「それでは、報告を聞こう」

 「御意。この三十日間で発生した、アークネースの魔物による被害ですが」


 私はいつも通り事実を端的に報告する。

 ここ最近アークネースでの魔物による被害が、徐々に増えてきている。

 人的被害ではこの三十日間で五十余名。農作物への被害も緩やかではあるが大きくなっている。やはり三十年前の軌跡を辿っているのだろう。

 三十年前の私には力が足りなかった。しかし今であれば、少なくともアークネースの被害だけは最小限に抑えることができるだろう。

 私はそれだけの権力を手に入れたのだ。そしてその為の準備も整えてきた。今ならばやれるはずだ。

 私のような思いをする人々を、これ以上生み出してはいけないのだ。




 「報告御苦労。それで、あの男の所在は判明したのか?」

 「はい、所在は確認しております」

 「そうか、では早急に私の下まで出頭するように申し付けよ」

 「畏まりました。しかしその命に従うかは計り兼ねますが」

 「ソイズアルに住まう者に、私の命を拒む権利など存在しない」

 「それは重々承知しております」

 「それならば貴様がすべきことなど分かっておろう」

 「ひとつ、懸念が御座います」

 「ほう、なんだ」

 「かつて英雄と呼ばれた男も、既にかなりの高齢にございます。国王の期待を裏切るやもしれません」

 「かまわん、いくらでも使いようはある」

 「畏まりました」


 腸が煮えくり返りそうだ。反吐が出る。何故こんな男が国王なのだ。

 しかし今は堪えるしかない。時期に変革は起きるはずだ。それは既に芽吹いているのだから。




 「本日の報告は以上になります」

 「そうか、これからも貴様の働きに期待しよう」


 水晶の光が収束していく。

 楽な仕事ではあるが、これほどまでに苛立つ仕事は他にないな。




 「旦那様、紅茶の用意ができております」


 謁見の間を出ると、クラノスがいつものように頭を垂れていた。

 私の心中を察しているのだろう。若しや顔に出ているのだろうか。気を引き締めなくてはいかんな。クラノスの入れた紅茶を楽しんで、心を落ちつけよう。




 「旦那様、よろしいでしょうか」

 「どうした、問題か?」

 「問題ということのほどではないのですが、彼についてひとつ報告が」

 「ほう、何かやらかしたか」

 「旅の竜人と少々いざこざがあった模様です」

 「彼は無事なのか?」

 「それは問題ありません、逆に竜人をあしらったそうです」

 「それは力で、ということか?」

 「はい、その通りでございます」

 「ほう、さすがはあいつに育てられただけのことはある」

 「はい、武術の腕前は非常に高いと報告されています。しかし問題はあしらわれた竜人でございます」

 「ふむ、そうだな。猿人種にあしらわれたとあっては、竜人種のプライドが黙ってはおるまい」

 「はい、今回の件が齎す影響は些細なものだとは思いますが、何か手を打ちますか?」


 なるほど、やはりあいつの弟子だな。竜人種をあしらうとは相当な腕前であることは間違いない。あいつを超えるかは分からんが、将来が楽しみだ。

 しかし森を出て数日しか経っていないと思うのだが、随分とやんちゃなようだな。

 ノボタンでも人狩りの集団をひとつ壊滅させたと聞く。そんなところまであいつに似る必要はないのだが。あいつはどんな教育をしたのやら。

 行く先々で問題を起こされては堪らんな。

 まあしかし、あいつの弟子だ、何とかするのであろうな。


 「いや、放っておいて問題あるまい」

 「畏まりました。それでは何か御座いましたらお申し付けください」


 クラノスが退室すると、広い部屋に私一人が残される。

 テーブルに残された紅茶を楽しむとしよう。

 

 あと五日。

 私を救ってくれた英雄の弟子は、どのような青年なのであろうか。

 何故森を離れたのか、それも気になるところだ。

 強力な魔物の蔓延る森の中までは、さすがに私の使いでも自由には入り込めない。

 ソイズアルの屈強な戦士達でも、難しいであろう。


 そんな森の中に隠居してしまう程、お前は人を嫌ってしまったのか?

 それとも何か別の理由があるのだろうか。

 お前はいつも、私には教えてはくれないのだな。

 嬉しいことや楽しいことはぺらぺらと喋るくせに、痛みや苦しみは、いつも教えてはくれないのだ。

 それでも近くにいれば察することはできる。だから私は、お前がここを離れてしまったことが、辛い。

 お前の痛みを分かってやれないのは、辛いのだ。

 私を救ってくれたお前のことを、私も救ってやりたかった。

 しかし私にはできなかったのだ。だからこそ、ここを離れたのだろう?


 ドラクロアよ。我が友よ。お前が息子と呼ぶ弟子と出会えることを、本当に心待ちにしている。

 私にできることであれば、どんなことでも力になろう。

 お前の息子なのだから、おそらくは無茶苦茶なことを起こすに違いなかろうが、安心してくれてかまわない。

 私と、私を支える部下全員が、暖かく彼を迎えることを約束しよう。




 「旦那様、もうお休みになられては」

 「もうそんな時間か。時を忘れてしまっていたよ」

 「何か考え事でございますか?」

 「友と、その息子のことを考えていた」

 「左様でございましたか。恥ずかしながら、私も職務の合間に考えてしまいます」

 「そうか、お前もドラクロアを大事に思ってくれていたか」

 「勿論でございます。ドラクロア様は私を旦那様に仕えるきっかけを与えてくださいました。親に捨てられ、物乞いや盗みを働いていた悪童が、今こうして旦那様に仕え、幸福な日々を送っていられることは、全てドラクロア様の御蔭でございます」

 「そうであったな。しかし苦労したことも少なくあるまい?」

 「確かに苦労は多々ありましたが、今思い返せば笑い話でございます。ドラクロア様には苦労の分、多くの楽しい思い出をいただきました」

 「そうか。そう云ってくれると、私も嬉しい限りだ。友との思い出が私の中にも数え切れないほど残っている」

 「しかし旦那様、これ以上は御身体に障ります。もうお休みくださいませ」

 「そうだな。彼と会う時に、万全でいなくては、おそらく身体がもたん」

 「はい、その通りでございます」


 クラノスはそう微笑んで返すと、寝室の扉の前で深々と頭を垂れた。

 夜着に着替えて窓から見える風景を堪能する。

 目の前に見える小さな山の向こうに彼がいるかと思うと、心が躍る。

 逸る気持ちを落ち着かせて、私はゆっくりと眠りについた。








 「旦那様」


 クラノスの声が聞こえる。心なしか違和感がある。


 「御休みのところ申し訳ございません。少々問題が発生致しました」


 クラノスの声で頭が覚醒していく。窓の外に目を向けると、うっすらと日の光が確認できる。

 まだアクトリアは紫色だ。


 「どうした。かまわぬ、入れ」

 「失礼致します」


 クラノスがいつもと変わらぬ姿で寝室へ入ってくる。しかしその顔からは、少々焦りの色が窺えた。


 「いったいどうした、珍しく取り乱しておるな」

 「申し訳ございません」

 「いや、それほどの大事なのであろう」

 「はい、端的に申し上げます。アクトリアを囲む山々のひとつが、少々欠けました」


 山がひとつ欠けた?

 端的過ぎて把握できんな。


 「もう少し詳しく頼む」

 「はい。しかしまずは窓の外に見える山を御覧下さい」


 珍しい。クラノスが動揺している。しかし見覚えもある。

 何故だろうか。嫌な予感もあるのだが、高揚感もある。

 これはまるで――。


 クラノスの言葉に従い窓の外へ、アクトリアを囲む山脈へと目を向ける。

 いつもと変わらない。アクトリアを守るかのように連なる山脈。

 そしてひとつの違和感を覚え、即座に理解した。

 山のひとつ、山頂から中腹にかけて丸く抉られている。

 そしてその山は、彼が辿っていた山に違いない。


 「なるほど、これは大事だな」

 「はい、今詳細を調べさせていますが、おそらく、彼が原因かと」

 「ふむ、私もそう思う。いやいや、また派手にやったものだ」

 「やはり、ドラクロア様の御弟子様ですね」

 「そうだな。クラノス、苦労をかける」

 「滅相も御座いません。正直に申しますと、少々胸が騒いでおります」

 「そうか、私もだよ」


 クラノスの言葉に思わず声を上げて笑ってしまった。

 こんなにも笑ったのは久しぶりだ。

 きっとあいつならこう云うに違いないな。



 ―――すまんフィロス、やりすぎた―――



駄文乱文失礼しました。

誤字脱字は見つけ次第訂正します。

よろしければ評価などしてもらえると嬉しいです。

また今週から週一で投稿しようと思っています。

よろしければ暇つぶしにでもどうそ。


次回の投稿は6/23になる予定です。

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