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第九話 きっとこれは

今週も無事に投稿することが出来ました。

今回はアリウムの一人称視点での話になります。

こうやって時折一人称になることがありますが

どうぞ御了承ください。


 ゆっくり目を開くと、ぼんやりと景色が広がっていく。

 初めは灰色のように見えていたと感じたが、いつの間にかそこに色がついていた。

 灰色に見えていたものなどもう忘れてしまった。


 まだ頭がぼうっとする。私は朝が弱い方だから、いつも微睡から抜け出すのに時間がかかってしまう。

 何気なく両手を顔の前に掲げその手首を見つめると、痛みはない。もう手枷はなかった。


 大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。そうすると少しだけ靄が晴れたような気がした。

 ナイルが眠っていた方へ視線を向けると、そこには誰もいなかった。毛布とバッグが放置されている。ああよかった、置いて行かれた訳ではないんだ。


 昨日寝る前に枕元に置いておいた果物を齧りながら、視線を周囲に向ける。すると木漏れ日の中にナイルの姿が見えた。ナイルは剣を非常にゆっくりと動かしていた。

 上段に構えていた剣をゆっくりと振り下ろす。その動きがあまりにも遅かった。振り下ろしひとつに十秒以上かかっている。剣を返すと左上に切り上げる。左にかまえた剣を、ゆっくりと右へ薙ぐ。

 ひとつひとつの動きがとても綺麗だ。しかし私が見惚れてしまっているからだろうか、剣が振られたと思うと、いつの間にか振り切られている。あんなにゆっくりした動きなのに、どうしてだろう。


 あれはナイルの訓練法なんだろうか、私はああいうことはやったことがないなあ。そうだ、やったことがないんだからやってみればいいんだ。でも私は剣なんて持ってない。仕方ない、何か代わりになるものは――ああ手頃な枝があった、あれで代用しよう。

 ああ、まだ寝ぼけているな。起き上がるとくらくらする。

ナイルがおはようと挨拶をしてきたが、こちらに顔は向けていない。あんなにも素振りに集中しているのに、私の気配に気付いたんだな、さすがナイルだ。

 私も少しでもナイルに近づきたい。ナイルから盗めるものは些細なことでも盗んでやろう。私が強くなれば、ナイルも興味を持ってくれるかもしれないし。


 「おはよう。私もやってみて良いか?」


 勿論とナイルが了承してくれた。早速ナイルの動きを真似してみよう。


 実際にやってみると、これは難しいな。真っ直ぐに振り下ろしているつもりなのに、僅かにぶれてしまう。そして一定の速度で振り下ろすことができていない。それに比べてナイルの素振りは非常に安定している。僅かなぶれもなく、振り下ろす速度も一定で、何度振り下ろしてもその軌道が変わらない。なんて滑らかな動きで剣を振るのだろう。おそらく下半身の鍛練を相当に熟したのだろう。重心がしっかりとしていることで、身体がぶれることがないんだ。

 一時間程その動作を繰り返して、ナイルは剣を鞘に納めた。私は枝を放り投げると、額を伝う汗を拭った。


 「ナイルはいつも、これをしているのか?」


 汗で濡れた服を着替えながらナイルに尋ねた。


 「いつもはしてないよ、今のは確認してただけだから」

 「確認? 鍛練ではないのか?」

 「そんなんじゃないよ。自分の動きを確認して、調節してただけだよ」

 「そうなのか、それでこんなに疲れるとは、私の鍛練はまだまだ甘いな」


 ナイルが一番不得手にしているのは剣術らしい。

 ナイルは体術が最も得意だと教えてくれた。その他に槍・弓・鞭・棒術を習得しているらしい。本当に器用だと思う。短剣術と体術が少し使える程度の私には本当に羨ましい。

 私から見てもナイルの体術は達人級を超えているのは分かる。その他の剣・槍・棍・弓・鞭術は一体どれほどの腕前なのだろう。

 私の短剣術はぎりぎり達人級、体術は玄人程だと思う。父さんもそう云っていたし。父さんの体術は天災級だって聞いたことがあるから、まだまだ私じゃ敵わない。

 ナイルの体術はどれくらいだろう。間違いなく達人級を超えている。人狩りと対峙した時は絶対に本気じゃなかったし、もしかしたら父さんと同じで天災級なのかもしれない。


 「訓練かあ、たまにはしようかな」

 『やるの?』


 ローラはそう云うと、身体を人物大へと変化させた。

 妖精は身体を人物大に変化させることによって、魔法を使用する際平素に比べてより精密な操作を可能にさせると、いつだったか聞いたことがある。

 ナイルの訓練が見られるとは運がいい、見逃さない様にしなくては。


 『どういうのが良いの?』

 「そうだなあ、雨降らせてほしいかな」

 『分かったわ』


 ローラはナイルの注文を了承して掌を天に翳した。するとナイルの頭上高くに、無数の球体が出現する。ひとつの球体の大きさは鶏の卵程の大きさをしている。だがその球体に詰まっている魔力量が尋常じゃない、そのひとつで人一人殺めることも容易い程の魔力量を感じることができる。

 あれをナイルに向けて降らせるのか? そんなことをして大丈夫なんだろうか。ナイルはその無数の球体の下で剣を構えている。随分落ち着いた顔をしているけど、私だったらどうだろう。まず逃げることを考えるだろうな。


 『落とすわよ』


 ローラが腕を振り下ろした。無数の球体が一斉にナイルに降りかかる。

 嘘だろう? それに微笑みながら剣を揮うなんて。






 ダメだ、到底信じられる訓練じゃない。

 雨のように降り注ぐ光の球体を、ナイルはひとつ残らず切り落としていく。球体は重力に従って落下してるみたいだからそれほど速くはない。私でもひとつふたつ、たぶん十個くらいなら十分に余裕を持って躱すことができると思う。でも今ナイルに降りかかっている球体の数は無数だ。しかも絶え間ない。

 人はどんなに早く動けたとしても雨は避けられない。自分に当たる雨を全て掌で掴むなんてこと、到底真似できることじゃない。

 ナイルの右肩から先が、全く見えない。


 もう五分程経っただろうか、球体は相変わらずナイルに降り注いでいる。

 ナイルは相変わらず微笑みを浮かべながら剣を揮い、球体を見事に消していく。しかし次の瞬間、ナイルの左肩にひとつの光球が触れた。光球は弾け、強烈な炸裂音が響く。それを耳にした瞬間、思わず目を瞑って顔を背けてしまったが、何とかナイルに視線を向けた。絶対無事では済ま――済んでいるな。ナイルは悔しそうな顔をしているだけだ、別段痛がってるようには見えない。

 実はそんな殺傷能力のあるようなものじゃないのか?


 『うふふ、少し動かすわよ』

 「分かった」


 ローラの言葉をきっかけに、光球の軌道が変わった。さっきまで垂直に落下していた光球が、不規則に軌道を変えていく。


 「これは、ちょっと難しいね」


 ナイルが徐々に足を動かしだした。それまで腕だけで捌いていたことも信じられないけど、そんな僅かな動きだけで処理できるものなのか?

 それにしてもローラの操作も物凄い。全ての球体が全く違う軌道をしている。それなのに球体同士が全く接触していない。いったいどうやったらあんな精密な操作ができるんだろう。そしてナイルもきっちりとその球体を捌いていく。本当にナイルの技量は私の想像を遥かに超えていくな。


 『じゃあ速くしようかしら』


 ローラが怪しく微笑むと同時、光球の落下速度が増した。それは先程までと比べると五倍程度の速度だろうか。無数の光球が激しく軌道を変えながら、高速でナイルに襲いかかる。


 「ローラは厳しいなあ」


 なんなんだこの光景は。一体どうなっているのか全く分からない。ナイルの姿が三重にも四重にも見える。ナイルを中心に大気が乱れるのが分かる。まるで台風のようだ。

 ナイルの足元の草が一瞬で焼失する。土の焦げる臭いが鼻を衝く。

 この荒れた風の中、まばたきもしないで凝視している自分を褒めてやりたい。こんな光景はそう易々と見られるものじゃない。


 もう二十分程経過しただろうか、漸く光球は全てなくなった。

 結局ナイルの身体に触れた光球は四つだった。


 「四回も当たっちゃった」

 『そうね。惜しかったわ』

 「凄いな、とても私には真似できない」

 「爺ちゃんは全部切ってたのになあ」

 『そうね、彼は凄かったわね』

 「ナイルはその御仁に鍛えてもらったのか?」

 「うん、色んなことを教わったよ」


 ナイルは師のことを話してくれた。

 その人はかつて冒険者として世界を旅していたこと。ナイルが十の時から七年間、自分を育て鍛えてくれたこと。言葉や文字、歴史や信仰。様々な知識を教わったこと。

 そして亡くなったこと。


 「そうか、亡くなってしまったのか。一度御会いしたかった。ナイルの師であるのだから、それは強い御仁であったのであろう」

 「そうだね、爺ちゃん魔法は苦手だったけど、剣では敵わなかったな」

 「ナイルにも敵わないとは、とても信じられるものではないな」

 「棍や弓、体術では勝てたんだけどね。剣だけは追いつけなかったな」

 『どこかに彼程の使い手がいると良いわね』

 「うん、きっといると思うよ。世界は広いって爺ちゃんも云ってたし」


 ナイルが想像を膨らませている。まだ見ぬ強敵を思い浮かべるのかもしれない。きっとナイルにとってその人との戦いは楽しいのであろう。師との戦いは本当に楽しいものだったと笑顔で話しているし。ナイルも戦うことが好きみたいだ。師としたそれと同等の、それ以上の楽しみがあるに違いない。そんな人と戦ってみたい、話してみたい。

 ナイルの想像が私にまで伝わってくるようだ、こっちまでわくわくしてしまう。


 「ナイル、聞いても良いか?」

 「何を?」

 「ナイルの師とは、一体なんという名なのだ? もしかしたら名の知れる程の冒険者なのではないか?」

 「爺ちゃんの名前はドラクロア。ドラクロア・マグナスだよ」

 「ドラクロア――マグナス?」


 ドラクロア・マグナスって、そんなまさか。でもどれだけ記憶の糸を手繰っても、ドラクロア・マグナスの名前と一致する人物は唯一人しか浮かんでこない。

 まさか本当に、あのドラクロア・マグナスなのか?


 だってその人は、おそらくアズナイルの世界で知らぬ者のいない人物。

 数々の戦場で活躍した冒険者。

 彼が加担した側は必ず勝つとまで云わしめた冒険者。億を救い、また殺めたと云われる英雄。しかし晩年は争いこそすれ、不殺を貫いたと聞いたことがある。

 そして何故か突如として行方を暗ませた人物。

 そのドラクロア・マグナスがナイルの師だって?


 「ナイル、本当に、あのドラクロア・マグナスなのか?」

 「アリウムさんがどの人を指してるのか分からないよ。僕が知ってるのは物凄く剣術が上手くて、本が大好きな爺ちゃんさ」


 間違いない。あの人はそうだった。


 「それはやはり、あのドラクロア・マグナスだ」


 ようやく納得できた。ナイルの強さの秘密はそこにあったのだ。

 ナイル自身に優れた才能があったことも間違いない。でもナイルの若さで誰からの教えもなく技術を身に着けることは難しい。私だって多くの師がいる。そして多くを学んできた。だからこそ、教わることが如何に重要なことなのかも理解できる。

 でも七年という短い年月で、これほどまでに強くなるものなのか? 私は十年以上、それこそ物心ついた時からずっと鍛練を積み重ねてきた。

 私自身、自分のことを弱いとは思わない。でも敵わない人がいることも分かっている。でも私は誰よりも努力してきた自信があるし、同年代の獣人種だったら負ける気はしない。それなのにこの圧倒的なまでの差はなんだろう。驚きや嫉妬を通り越して、少し呆れてしまう程だ。

 才能の差というやつだろうか。でもそれだけじゃない気がする。根本的に私とナイルでは異なる部分がある気がする。


 ナイルにあって私にはないもの。

 そうか、ローラだ。何故今まで失念していたのだろう。ナイルにはローラがいるじゃないか。

 妖精が人に寄り添っていることは珍しいことだけれど、全くないことじゃない。村にやってくる旅人の中にも、妖精を伴っている人はいた。でもその全員が祝福を授かっている訳じゃなかった。そもそも祝福を授かることに資質がいる。

 祝福に失敗すれば、命を落とす。


 ナイルが妖精の祝福を授かっているのならば、あの魔法の威力にも納得がいく。でもあの身体能力の高さはやはり納得できない。

 ドラクロアという至高の師と、妖精の祝福という魔力。それだけでは何かが足りないのは分かるんだけど、何が足りないのかがやっぱり分からない。


 「爺ちゃんて、有名な人だったの?」

 「ああ、それは高名な冒険者だった」


 考えても、分からないものは分からないか。


 「そうなんだ、爺ちゃんそんなこと云ってなかったなあ」

 「彼の冒険譚は、書物としても多く出回っている」

 「そうなんだ、それは爺ちゃん持ってなかったな」

 「さすがに自分の話しを書物にされると、恥ずかしいのではないか?」

 「そうかあ、読んでみたいな」


 ナイルは剣を鞘に納めて、荷物を纏めだした。拙い、私は着替えた服をほったらかしだ、早く片付けないと。






 「ナイル、ドラクロア様とはどうして知り合えたのだ?」

 「ああ、森で偶然」

 「森で? ドラクロア様はそんな所で何を――」

 「隠居したんだって」

 「隠居――ナイルは何故森に?」

 「僕は森で暮らしてたから」

 「森で? 御両親と共に?」

 「僕に両親はいないよ、捨て子だから」

 「そう――なのか。すまない」


 別に気にしてないとナイルは手をひらひらと振っている。本当に気にしていないのだろうか。私には捨て子であったナイルの気持ちなどとても分からない。だから何も云うことはできない。

 何故そんな笑顔を見せられるんだ。本当に、何も云えなくなる。


 ナイルが語ってくれた生い立ちは、私からすれば酷なものだった。

 産まれて間もなく森に捨てられて、運よく妖精とドワーフに育てられ、ドラクロア様と知り合い、そして旅に出て。記憶の中に両親はいないけれど、何も寂しくはなかった。自分の中には不満はなかったと、そう語ってくれた。


 ナイルは幸せそうな笑顔に嘘は見当たらない。でもドラクロア様が亡くなった件だけ、少し悲しそうな眼をしていた。

 少しだけなのに、こんなにも私は胸が痛む。ドラクロア様を亡くして、本当に辛いのはナイルのはずなのに。私がナイル以上に悲しんではダメだ。

 でも、なんだか羨ましいな。そんなにも素敵な笑顔をみせられる程、大切に愛してもらったんだな。私も愛されてこなかった訳じゃない、でも不満がなかったなんてことは、絶対にない。

 いくら血の繋がった両親であっても、子供だった私を完全に満足させられる愛情なんて注ぐことはできなかったんだろうと思う。そして幼かった私も、両親から注がれる愛情がどんなものなのか、よく分かってなかった。きっとお互いに勘違いしながら、そして間違いながら愛情を注ぎ注がれたんだろう。でもきっと、それ自体は何も間違いはない。私はそれで正しいと思う。


 不満があったからこそ、私は父さんと母さんに反発したし、同時に愛していたからこそ、私は両親のことを疎ましく思うことがあったんじゃないかな。父さんと母さんも、そうだったのかもしれない。

 それはきっと私が子供だったから。父さんと母さんが大人だったから。大人には勿論だけど、子供は子供なりにそれなりの自分というものがあったりするから。だからきっと、こんなふうにすれ違ってしまう。

 それでも父さんと母さんは、愛する事だけは止めなかった。

 だから私は、愛されていることを絶対に忘れない。


 私は親の愛情を忘れたことなんてない。それでも、なんの不満もなく育った訳じゃあない。だから後暗いとこもある。だからこそ、ナイルのように笑うことはできないと思う。だからそれがとても、羨ましい。






 アクトリアはまだまだ遠い。ナイルが気儘に道草を楽しむものだから、余計に遠くなっている。でもその分私は、ナイルと一緒にいられる。

 だからそんな幸せな時間を邪魔しないでくれ。独特の臭いを漂わせて、私達の周囲を取り囲まないでくれ。そんな唸り声で威嚇してこないでくれ。それじゃあ隠れている意味がないじゃないか、馬鹿にしてるのか?

 私の邪魔をするな。でもナイルにいいところを見せられる機会でもあるな。たいした魔物でもないし、ナイルの手を煩わさせるのもあれだから、私が相手をするよ。

 ナイルも当然気付いているだろう。特に身構えることはなかったが、周囲への警戒だけは怠ってない。と思う。ナイルにとって気にするような相手じゃないのかもしれないな。


 藪の中からグレイウルフの群れが現れるのが視認できた。その後方にそれとは異なる影が幾つか窺える。

 ああオークか、相変わらず嫌な視線を向けてくるやつだ。その豚面で舌なめずりしてるのを見ると、本当にぞっとしない。まあ下級魔族程度に私が負けることはないけれど、できれば近づきたくない。それにしても光を好まないくせに、こんな日中に出てくるなんて珍しいこともあるものだ。得物は手斧と短剣か、弓を持ってないならかなり楽だな。

 それにしてもナイルはまったく気にしていないな。強者の貫禄というやつだろうか。


 グレイウルフが駆け出してきた。ナイルが動く気配はない。ということは私がやっていいんだな。大丈夫、約束は守る。私は殺されないし、こいつらも殺さない。

 まずは眼前のグレイウルフを蹴散らして、その後はオークだ。

 何故か知らないが身体の傷も疲労も既に完治しているから、全力で走ることができる。ナイルが治癒魔法でもかけてくれたのだろうか。そんな気配はなかったんだけどな。


 「殺さないでね」

 「了解だ」

 『――分かったわ』


 ナイルの言葉と同時に私はナイフを抜き、駆け出していた。ナイルに任されるのがこんなにも嬉しいとは。私が命令するより早く、その感情が身体を動かしている。

 今ならいつも以上に動ける確信がある。そんな爪や牙は私には絶対に届かない!




 グレイウルフを五匹蹴り飛ばしたところで、ふとナイルの肩に座っているローラに目を向ける。ローラの左手がぼんやりと光っている。何か魔法を使うのだろう。オーク達に掌を向けた。

 その途端、オーク達の動きが停止した。何をしたんだ?

 オーク達も何が起こったのか分かってないな、随分慌てている。

 なんだ? 足が――ああ、足が凍り付いているな。

 膝から下が凍り付いている。あれじゃあオーク達が慌てるのも無理はない。手にしている短剣や手斧で氷を叩くが、ローラの作り出した氷は欠けることもない。

 私が手を出すまでもないな、オーク達は既に無力化されている。


 おっと苦笑いを浮かべている場合じゃない、眼前の敵に集中しなくては。

 後ろからナイルが歩いてきている。ナイルが追いつくまでにこいつらを排除する。更に速度を上げられるか? うん、いける!

 三十程いたグレイウルフがどんどん減っていく、私はこんな速さで動くことができたんだな。


 「これで最後だ!」


 私の蹴りを腹部に受けて、最後の一匹が吹き飛んでいった。よし、一匹も殺さなかった。自分を褒めてやりたい。


 行こうかと云うナイルの声がすぐ後ろから聞こえる、思わず笑顔で頷いてしまった。



 「アリウムはナイフみたいな短剣が得意なの?」

 「ああ、私の持ち味はこの足だと思っている。速度を活かす為にはナイフが一番だ。

 私はナイルのように剣を揮えるだけの力はないけれど、速度で翻弄することを得意としている」

 「そうなんだ。確かに足が速いし、動きも機敏だね」

 「ナイルが本気を出したら、私でも追いつけないさ」

 「僕と比べても仕方ないよ。僕は祝福持ちだからね」

 「やはりナイルは祝福を授かっているのか。しかし妖精の祝福は魔力の恩恵だろう?」


 そうなのだ、妖精の祝福では身体能力の高さが説明できない。

 魔法によって強化することは可能だけれど、その場合身体が発光するから一目で分かる。しかしそんな様子はナイルには見られない。ということは純粋に身体能力が高いということなんだ。

 そしてその秘密がナイル自身によって繙かれた。




 妖精とドワーフの祝福を複数授かっているとは、いやいやありえないだろう。

 祝福は複数授けられない。それは勉強嫌いな私でも知っている、一般常識だ。しかしナイルが嘘を云っているようにも思えない。だとしたら、それは真実なんだろう。

 妖精の祝福による魔力の恩恵、そしてドワーフの祝福による肉体の恩恵。それがナイルの強さの秘密だったのか。そしてそれ以上の、最も大きな要因は、やはり才能だ。類い稀なる才能であることを理解できた。


 確かに祝福は大きな力を授けてくれる。しかしそれだけだ。

 大きすぎる力には、それを制御するだけの資質が必要なはずだ。力があれば技術が身に付く訳じゃない。技術は鍛練の積み重ねによって身に付くものだ。只管に同じ動きを反復して、多くの時間をかけて習得するものだ。ナイルがドラクロア様に技術を叩きこまれた時間はたった七年間。その七年間でナイルが身に付けた技術は既にドラクロア様のそれを凌駕しているらしい。英雄が数十年かけて身に付けた技術を、ナイルはたった七年で凌駕したということだ。

 剣術では未だドラクロア様に敵わないと云うものの、私から見ればそれは既に人間の例外と云われる天災級だと思う。達人級までが、人が大凡辿り着ける限界の境地と云われているのに、ナイルはたった七年でその限界を突破している。

 以前父さんから、そこに辿り着ける者は限りなく少なく、類い稀なる才能を持ち合わせた者のみが辿り着ける境地とされている。と聞いたことがある。

ナイルが身に付けている技術は、祝福では説明できない。ナイルの最も大きな特徴は、その類い稀なる才能だったんだ。


 私には自分にそれ程の才能がないことを分かっている。

 だからだろうな。こんなに嫉妬して、憤って、憧れる人は初めてだ。

 ドラクロア様と云う英雄からの教え、そして祝福、最後に才能。どれも私には届かないものだからこそ、嫉妬も強く、それ以上に憧憬しているんだ。そして焦がれた人に、ナイルにそんな感情を抱くなんて、私は、なんて幸せなんだ。




 ―――――人にとって、嫉妬も憧憬もその対象を追いかけるに相応しい原動力を作り出す。

 アリウムは過剰の程の妬婦ということはない。しかしそれなりの嫉妬心は持ち合わせている。祝福というある種奇跡のような類のものは度外視したとしても、ナイルが持ち合わせている才能や、ドラクロアという英雄の武と智は、アリウムの嫉妬心を煽り立てるのに十分なものであった。

 その妬気を向ける相手が、自分が惚れた相手だからこそ、アリウムは嬉しかった。そしてアリウムは、この出会いに密かに思うことがあった―――――




 「ナイル、実は私は一度だけ、ドラクロア様に会ったことがあるんだ」


 ナイルがきょとんとしている。ちょっと可愛いな。


 「そうだったんだ」

 「ああ、もう十年以上昔の話しなんだが、私の父さんに会いに来たことがあった」

 「友達だったのかな?」

 「そうみたいだ、親しげに話していたのを覚えている」

 「そっかあ、奇遇だね」

 「ああ、本当にそう思う」


 父さんの友人であったドラクロア様。

 その唯一の弟子であるナイルに出会い、恋をするなんて、私の中ではそれ以外考えられない。


 私がドラクロア様と出会ったのは、まだ幼い頃だった。優しそうな老人だと、その時は思った。一度だけ抱えてもらったとき、父さんのような力強さを感じた。たくさんの話を聞かせてくれたし、とても温かい人だと感じたのを覚えている。


 ドラクロア様は確か一週間程村に滞在したと思う。その一週間の中で、一度だけ父さんとドラクロア様が手合せをしていた。互いに無手、体術のみの手合せだった。父さんと互角以上に渡り合うドラクロア様に、尊敬の念を抱いたんだったな。


 そして夜になると、ドラクロア様は話しをしてくれた。幼い私にとっては難しい話しを聞かされたのだが、各国を巡った冒険譚には非常に心を躍らされた。世界中の書物を求めて旅をしたドラクロア様の話しは、まるでそれ自体が物語のようだった。


 ドラクロア様は父さんからいくつかの書物を手渡され、非常に喜びながら村を出て行った。彼の下で強くなりたいと強く思ったのだが、その願いは終に叶わなかった。


 しかし今、ドラクロア様の技術を受け継いだナイルと出会った。

 そして恋に落ちた。


 焦がれる相手は自分よりも遥か彼方にあることは分かっている。どんな努力を重ねたとしても、辿り着くことはできないだろう。それでも、だからこそ追いつきたい、肩を並べたいと、余計に愛おしくも思う。そしてそれが叶わない今の自分に悔しくも思う。こんなにも心乱されたことは初めてだった。

 それでも、ナイルといたい。

 こんなにも満たされる気持ちを、手放したくはない。


 そう、きっとこれは、運命なんだ。




 ―――――アリウムはそう心の中で独白し、心を決めた―――――



一人称視点も、自分は好きです。

なかなか物語は進みませんが、ナイルの世界観や思考といったもの

そういったものがご理解いただけるように、今はまだ

回りくどい話が続くと思います。

今暫く我慢して読んでいただけると幸いです。


駄文乱文失礼しました。

誤字脱字は見つけ次第訂正いたします。


次作投稿は5/28-5/30の何れかになりますが

それまでに設定・人物紹介を投稿します。

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