序章
初投稿作です。
暇潰しに書いているものなので
気まぐれにやっていくつもりです。
「どうか、この子に双月の御加護を――」
真夜中の森の中、唯一ふたつの月光が届く岩の上に、女は静かに籠を置く。
籠の中で眠る幼子の髪を幾度も撫でながら、女は涙を零し続けた。
涙を零す音以外、そこにはなかった。
数多ある星の中のひとつ、アルナイル。
七つの大陸のひとつ、ソイズアル王国の森の中に唯一魔物の寄り付かない場所がある。
双月の加護があると言われるその場所は常に同じ場所には存在せず、森の中を自由に移動する。
極稀に人が足を踏み込むことはあるが、再び訪れようとして辿り着ける場所ではなく、奇遇にも辿り着けた者は、一生の運を使い果たしたと揶揄された。
そこは‘双月の聖域’と呼ばれ、何物にも汚すことのできない場所である。
女はようやく重い腰を上げ、愛しい寝息に背を向けると、光の届かない森の中へ消えていった。
通常双月の聖域では、人が長居をすることはできない。そこに集まる自然種達によって気が付くと聖域から離れた場所に移動させられてしまうのである。
女がこんなにも長い時間聖域に留まり続け、尚且つ自らの足でそこから立ち去ることができたのは、聖域に集まった自然種達が興味を持ったからである。
かつて幼子を連れた者が聖域に辿りついたことはなく、さらに女がその幼子を聖域に放置していこうという光景を観察していたのである。
双月の光を浴びて、ただ静かに眠る幼子に、自然種達が集まってくる。
幼子はあまりにもその存在が無垢であり、邪気といったものを欠片程も感じさせることはなく、自然種達に忌避すべき要因は感じられなかった。
暫くの間自然種達は幼子を観察していたが、一人の妖精が声を上げた。
『それで、この子をどうするの?』
他の自然種達もそれを考えていたらしく、誰かが如何にかするだろうと、そんな風に思っていた。
自然種達は魔物以外の種族に対して、決して敵対的な感情は持っていない。むしろ好意的な感情を抱いている。
聖域に迷い込んだ他の種族を追い出すのは、偏に聖域を侵されたくはないという、唯それだけの理由からである。
聖域を侵すことのない動物等には、自然種達は特に何もすることはないのである。
『このままにしても、困るよね?』
幼子に自生できる程の力はない、だからこその無垢さである。
自然種達には何の責任もなく、むしろ幼子を置き去りにしていった女にこそ非があるのは明白である。
残された幼子をどうするのも、自然種達の自由であり、このまま放置することも、勿論自由である。
『祝福でも、してあげようかな』
その声を聞いた自然種達から、驚きの声が上がる。
‘妖精の祝福’それは文字通り妖精からの祝福である。
妖精は自然の中から生まれる、自然そのものである。
その身体は自然、世界の縮図。
魔力あふれるアルナイルの世界を、その身体で表している。
その身体が即ち魔力であり、世界である。
その妖精からの祝福は、世界、魔力そのものの祝福である。
祝福を授かった者は、妖精を超える程ではないが、劣らない程の魔力をその身に内包することができる。
猿人種は魔力量が他の種族に比べ、最も劣っている種族である。よって妖精の祝福を求める者は数多く、しかし実際に授かった者は極少数である。
妖精の祝福を授かるのに資格などはない。妖精が授けたいと思った者に悉く授けることができる。
だからと言って妖精が安易に祝福を授けることはない。
祝福の力は絶大である。
誰彼かまわず祝福を授けてしまえば、世界の崩壊にも繋がるからである。
その祝福を、幼子に授けようというのである。怪訝な声が上がるのも当然である。
『面白そうじゃない、猿人種の子供を祝福したことないでしょ?』
妖精の力は絶大ゆえに、授かる側には資質が必要である。
その膨大な魔力を内包できる器が基本的には猿人種にはないのである。
妖精が猿人種に祝福を授けない些細な理由のひとつでもあるのだが、例外はどこにでもあるもので、中にはその魔力を受け入れることのできる猿人種も存在してしまう。
今までの歴史上、幼子に祝福を授けた妖精は存在せず、そしてこの幼子にそれだけの資質があるのかは、誰にも分からない。
『もし受け止められたなら、育てましょうよ』
更に突拍子のないことを言う。
妖精が生き物を育む。しかも相手は猿人種である。
前例は勿論ありえない。
妖精は世界が顕現したものである。
世界は何物も育まない。ただそこに存在するだけである。
育つものは勝手に育つのであって、それは世界の恩恵などではありえない。
育つのに必要なもの、それは環境であり、その生物の本能である。
世界そのものが生き物を育む。そのありえないことをやってみようと言うのだ。
誰もが訝しむことは間違いない。
発言した妖精に、冷たい視線が突き刺さる。
『そんな眼で見ないでよ、ただの気紛れなんだからさ』
『気紛れで済むのかしら?』
『こんなことがあっても良いじゃない?
今までしたことがなかっただけで、できないことじゃないと思うし
それに、皆誰かを祝福したことってないでしょう?
まあ一番の理由は、この子が可愛いってことなんだけどさ』
『確かに可愛いけど――祝福に耐えられなければそれまでですしね。育てることはどうかと思うけど、祝福はしてみるのも面白そうね。もし祝福できたなら、貴方が育てるのよね?』
『勿論私が育てるわよ、手伝ってもらうけどね』
妖精は悪戯をした少女のように笑い、おどけてみせた。
『まったく、碌なことを考えないのだから』
『でね、祝福なんだけど、私だけじゃなくて皆もしてみない?』
妖精の祝福は、通常一人が一人に対して授けるものである。
特定の一人に対して、複数の祝福を授けることはない。
できないことはない。しないのだ。
先に祝福を授けた者への、冒涜になるからである。
世界という最大級の信頼と愛情を意味する祝福。
その祝福は誰からも冒涜されてはならない。
だがふたつ以上の祝福を試みた者がいない訳ではなかった。
しかしそれは失敗に終わるものであった。
最大の理由は、祝福による魔力の量である。
一方的に注がれる魔力に、耐えきれないのである。
その祝福を複数授ける。
幼子が助かる可能性は間違いなく零になった。
『皆でって、貴方はこの子を殺したいの?』
『このままにしてたら、どうせ死んじゃうんだし。どうせなら皆で祝福してあげようよ、興味あるのよね』
今まで複数の祝福を授ける場面を、この妖精は見たことがなかった。それは勿論他の自然種達も同様である。
『その祝福は、ワシらもやるのかい?』
発言したのはドワーフである。
ドワーフは自然種の一種で、大地が顕現したものである。
妖精はそれ自体が魔力の塊だが、ドワーフは少々異なっている。
ドワーフは大地から産まれる。
大地そのものを媒体にしている為、その身体は土や岩である。
ドワーフの身体は矮躯で猿人種の子供程であるが、その身体は屈強である。
彼が言う祝福とは‘ドワーフの祝福’である。
妖精の祝福とは違い、その恩恵は身体に現れる。
ドワーフの祝福は、授かった者に強い力と頑丈な身体を与えるものであるが、筋肉量が増える訳ではなく、身体が変化するということもない。
『そうね、良かったら貴方達も祝福してあげてほしいな』
『おぬしはこの子を助けたいのか殺したいのか、分からんの』
この聖域にいる自然種は四十人以上、その全てに祝福させようと妖精は言うのだ。
ドワーフが混乱することも頷けることだろう。
『森の外にこの子を送っても、すぐに魔物に襲われてしまう。本来ならここに辿りつく前に、あの女と一緒に魔物に襲われていた。でもこの子はここまでやってきた。引き返した女は多分、生きては帰れないでしょう』
双月の聖域があるこの森は広く、そして多くの魔物が巣食っている。
その種類は様々で、下等な魔物が多いが強い力を持つ魔物も少なくはない。
『折角生まれてきたんだもの、愛されないなんておかしいじゃない。私達の祝福は最高の愛情表現だよ。だからこの子にしてあげようよ』
妖精は小さな身体を精一杯広げて、仲間達に気持ちを伝える。
『建前は良いから演説は止めなさい』
『おぬしはこの子に恋でもしたのかい?』
自然種は基本的に他の生物に少々無関心である。
世界のそのものである自然種は、そのあり方も世界と然程変わりがない。
侵されるならば反発するが、自ら行動を起こすようなことはない。
自ら誰かを傷付けることはないが、救うこともない。
ただ恋をすることはある、それは妖精に与えられた、唯一の心情である。
だが妖精が恋に落ちることは、少ないことである。
『この子のこと何にも知らないのに、恋したりしないよ』
『それじゃあどうして?』
『どうしてって聞かれると困っちゃうな』
妖精は困った顔でふわりと浮かんでいる。
『まあ良いでしょう。追及したとしても、貴方に答えなんてないのでしょう。それで皆はどう思うの、この子に祝福を授けてあげたい?』
集まっている自然種達に問いかける。
暫くの時を経て、答えが返ってくる。
『ワシらはかまわんよ、祝福してやろう』
『私達も良いわ、どうせ死んじゃうんだし』
幼子が四十以上の祝福にて亡くなることは、集まった自然種の中では確定事項である。
ただ祝福を発言した妖精の気紛れに付き合ってあげているだけだ。
『分かりました。ではこの子に祝福を授けましょう』
一人の妖精が幼子に近づく。
それに倣うように幼子の周りに光が集まっていく。
『ちゃんと生き残ったら、大事に育ててあげるよ。だから安心して、私達を受け入れてね』
四十以上もの光が一か所に集まり、溶け合っていく。
それに共鳴するように、双月の光も強さを増していく。
『月も祝福してくれているみたい』
幼子に自然種達の魔力と、月の光が染み込んでいく。
『さあ、仕上げよ。皆この子にキスしてあげて』
自然種達の祝福はくちづけで授けられる。
場所に制限はないが、妖精の場合は額に、ドワーフは手の甲にする事が多い。
色とりどりの自然種達が、幼子の額と手の甲に次々とキスをしていく。
キスを重ねる毎に、膨大な量の力が幼子に注ぎ込まれていく。
『最後は私だね』
祝福を提案した妖精が、長い時間をかけて幼子の額にキスをする。
最後の祝福を終えた幼子の身体の中に、全ての魔力が注がれた。
『さあ、どうなるかしら』
『夢を見ながら、息絶えるでしょう』
四十以上もの祝福を授かり、生延びる道理はありえない。
ゆっくりと確実に、幼子の命が尽きるのを自然種達は見守っていた。
祝福から一刻程、幼子はすやすやと眠ったままである。
『おかしいですね』
一人の妖精が幼子の頬に触れる。
『何故この子は、まだ生きているのかしら』
『私達の祝福を、受け入れられたってことね』
『そんなまさか』
自然種達の顔に驚きの色が浮かぶ。
複数の祝福を授かって生延びた生物は、今までに存在したことはない。
これまで幼子に祝福を授けたことはなかったが、その魔力の量に耐え切れないことは覆すことができない筈であった。
『さて、これから忙しくなるわね』
一人の妖精が嬉しそうに幼子の周りを飛び回る。
『大丈夫なのかの』
ドワーフの疑問は尤もなものである。
妖精一人の祝福でさえ、ひとつの国を壊滅させることができる程の魔力を持つことが出来る。
しかし幼子には妖精とドワーフ、合わせて四十以上の祝福が授かっている。
この世界で最も魔力と力を持ち合わせた生物であることは間違いない。
『だから私達が育てるんじゃない。皆で祝福を授けたってことは、皆でこの子を愛してあげなきゃ嘘でしょう?』
『まさか生延びるとは思わんかったからの』
幼子が複数の祝福によって生延びるなど、誰にも想像できないことである。
『しかし、そうだの。愛してやらんと嘘になるの』
自然種達の祝福は最大の愛情表現である。
そしてそれは気紛れであっても、永遠に約束されたものである。
一度授けられた祝福は、決して覆ることはない。
『私達全員で、この子を育てなくてはいけませんね』
『そうそう、皆で一緒に育てよう。素敵な人になるようにね』
『勝手が分からんが、やるしかなさそうだの』
そこにいた全員が諦めた表情を見せるが、その顔はすぐに微笑みに変わる。
幼子が夢から覚めたのだ。
「ああ」
幼子は自分の周りにふわりと浮かぶ光をじっと見つめ、それだけを言った。
『うふふ。可愛い』
幼子の頬を撫でると、くすぐったいのであろう、幼子が笑う。
その笑顔を見た自然種達は興味を抑えられなくなり、次々と幼子を触り始める。
『ダメだよ、そんな風に触ったら、この子怯えちゃうから』
妖精の発言で自然種達は一瞬幼子の様子を窺ったが、幼子に怯えている様子は見えなかった。
むしろ幼子は楽しそうに自然種達を見つめている。
『大丈夫そうだの。怖がっておらんわ』
ドワーフがゆっくりと幼子を抱き抱える。
幼子は嬉しそうな笑顔をドワーフに向ける。
ドワーフは土や石を媒体にしてできている為、その身体もゴツゴツとしている。そのドワーフに抱えられれば、多少なりとも痛みを感じることは間違いない。
しかし幼子に痛みを感じている様子はなく、むしろ幸せそうである。
『この子には楽しく生きてもらいたいわね。今日から私達皆が、この子のお父さんとお母さんね。まずは名前を考えてあげなきゃ』
妖精は楽しそうに幼子の頬に触れる。
自然種達は一抹の不安を感じながらも、同時に使命感も強く感じていた。
幼子の力は世界を滅ぼすことも可能な力。幼子がどのように育つかによって世界の運命が決まるといっても良い。
祝福を授けたばかりに厄介なことになったことは間違いないが、祝福を授けた相手への愛情は永遠のものである。
幼子がどのように成長するかは自然種達次第であるが。それは決して歪んだものになることはないであろうと思われる。
双月と自然種の祝福を受けた幼子の物語は、ここから始まる。
誤字脱字があった場合は申し訳ございません。
気付き次第訂正致します。
12/7/8 修正を加えました。




