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ハッピーベアー

作者: 璃和

 僕は、双子の弟とともに、積み上げられたかわいらしいピンクの箱の隙間から、道行く人々を眺めていた。ふわっとした甘い空気に満ちた街。

今日は不思議と皆が、張り詰めたような、それでいてわくわくとした足取りで歩いている。

気のせいか、どの人からも幸せな甘い匂いがするのだ。


――カランカラン


 軽やかなベルの音。そして、軽やかに弾む足音が近づいてきた。


――僕たちのところに来るのかな?


――来ると良いね。


 僕たちは、少しくすぐったい気分で、聞き耳を立てた。

僕の仲間達の中にも、外にこうやって入ってきた人に、外へ連れ出してもらえたヤツもいる。

そいつらは、みんな大事そうに暖かい手に包まれて、透明で少しひんやりする外の風の中へ行ったんだ。

 足音は近づいてくる。


――もしかして、本当に?


――きっとね。一緒に行こうね。


 僕らの上に影が落ちる。

白い手のひらが、僕の体を掴んだ。そして、弟も。

良かった。離れ離れにならなかったんだ。

光で茶色に透けた髪からは、ふわりとお花が広がったような気がした。

彼女は、うれしそうに僕らを抱きしめながら、甘い匂いのする白い棚をすり抜けて進む。


「すみません。これ下さい」


弾んだ声で彼女が言うと、僕らは他の手に掴まれて、さっと視界がピンク一色になった。

弟と一緒に息を潜めてじっとしていると、すぐに僕はまた白い手に掴まれた。

そして、黒いかばんにぶら下げられた。

……と思ったら、急に彼女は走り出した。

揺れる視界。流れる色とりどりの人々。

その中で、僕は、僕の故郷がどんどん遠ざかっていくのを見ることしか出来なかった。


+++++++++


今日は特別な日だ。365分の1の大切な日。女の子の挑戦の日。

だから、いいんだ。ちょっとくらい。

あたしは、そう言い聞かせながら、学校を抜け出した。


 あたしの秘密兵器は、かばんの底に入っている。

今年は、火曜日だから夜寝ないで作った。なかなかの出来だと思っている。

そして、最後の仕上げが……ハッピーベア。

これは、茶色のふわふわしたテディーベアーで、水色のリボンがついたくまと、ピンクのリボンがついたくまでワンセット。リボンには大きめな鈴がついていて、それぞれ、右手と左手のどっちかにハートの刺繍がしてあってすごくかわいいんだ。それで、磁石で手をつなげる事が出来るようになっている。……すごく効きそうな気がしない?


 あたしは、お菓子と雑貨が置いてある『セレンディピティー』というお店に寄った。

こじんまりとしたこのお店の名前のセレンディピティーっていうのは、『幸運を招く力』っていう意味らしい。ピンクを基調としていて、すごくかわいらしいお店だ。


――カランカラン


透明な音が響く。そして、甘いバニラの匂いがあたしの鼻をくすぐった。

いつもお菓子をいっぱい買っちゃうんだけど、今日はそんなことをしている暇は無い。

あたしは、ハートの箱に入ったお菓子たちを横目に、狭い通路を早足で進む。

……あった!これだ。

ふわふわと暖かな生地で出来たテディーベアは、二匹で手をつないでまん丸な目で見つめてきた。

あたしは、それを手に取るとレジに急いだ。


「すみません。これ下さい」


あたしは、会計が済むとすぐに、ピンクのリボンのくまをかばんにつけた。

そして、もう一つの水色リボンは、手作りクッキーの袋の中に入れる。

……よし!準備万端!!後は……。


あたしは、急いで走る。あの人が待つ校舎に向かって。

かばんについたハッピーベアが、走るあたしに合わせてチリンと鈴の音を奏でた。

そのかわいらしい音を聞いて、あたしの顔に微笑があふれる。

人々が行き交う街の上で、あたしは幸せな気分だった。


校門が見えた。背の高いあの人が立っているのが見える。

あたしは、息を整えて彼に手を振る。

……頑張らなくちゃ……。


「……待たせてごめんね。これ――


+++++++++++++


 僕が、弟と再会したのは、次の日のことだった。

弟は紺色のスポーツバッグで揺れている。

昨日は、彼女が走るもんだから、頭を何回もぶつけて悲惨な状態だったけど、今日はのんびりと、でも軽やかな足取りで、歩いているから大丈夫だ。

この茶色のバッグもなかなか居心地が良い。……ちょっと寒いけど。


 でも、風の中に少しずつ春の香りが混ざってきた。

あともう少ししたら、暖かな日の光で日向ぼっこが出来るようになるだろう。


 僕は、弟に手を振った。弟もピンクのハートマーク振って見せた。

僕らはまた少しの間の別れだ。でも、またすぐに会える。

 彼女はスキップを始めた。


――痛いっ!やめてったら!!


僕は、声無き悲鳴を上げて、彼女を見上げる。

でも、彼女がうれしそうだから……我慢することにした。

僕は、揺れる澄んだ青い空を仰ぎ見て、静かに微笑んだ。

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