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四の姫と薬草使い~恋敵はヒゲのおじさん!?  作者: 十海 with いーぐる
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【4】騎士、登場。

「んびゃーっ!」


 天井の梁の上で、何かが甲高い声で鳴いた。

 見上げると、そこに居たのは黒地に褐色の斑模様に金色の瞳の猫だった。つぴーんとしっぽを立てて、翼を広げ、奥に通じるドアの方を向いている。


「あれが、ダインの猫?」

「うん、名前は『ちび』だ」

「羽根生えてるけど!」

「そう言う生き物なんだ」


 答えるフロウの額には、じっとりと冷たい汗がにじんでいた。

 あの仕草、あの目つき、何が来たかは予想がつく。つくづく間の悪い奴だ。シャツと毛布と靴下と、こんなに早く洗い終わるとは!


(せめて服は着てろよ、ダイン……)


 がちゃっとドアが開き、ぬうっと金髪混じりの褐色頭が突き出される。

 何てこったい。裏庭に出る時は着てた筈の上着、脱いじまってる。ダインの上半身を覆っているのは、もはや金髪混じりの褐色の髪と、銀色のロケットのみだ。


「終わったぞー」


 のほほんと答えるその右肩に、かろうじて畳んだ上着が担がれているのが見えた。なるほど、洗濯する間、濡れないように脱いだか。で、そのまま戻って来た、と。

 ばーんと張った胸板も。くっきり割れた腹筋も、何もかもフリーダムに、オープンに。


 一目見るなり、少女は拳を握ってうつむいて、ぷるぷる震え出した。

 しまった、目を塞いでさしあげるべきだったか。


 ってなことを考えている間に、つかつかとダインに歩み寄った。


「やあ、レディ・ニコラ!」

 

 にっこり笑ってるよ、あのど天然が!


「どうして、ここに? よくこの店がわかったなあ」


 次の瞬間。

 ふわっと水色のスカートが翻り、赤い靴がどかあっとダインの鳩尾にめり込んだ。


「ふぐぉっ」

「さいってぇっ!」


 たまらず、半裸の騎士は腹を抱えて床にうずくまった。

 素早くニコラの足は元通り、行儀良くスカートの中に収まっている。

 いい蹴りだ。ただのお嬢様じゃなさそうだ。


 に、したってダインくん。ぬけぬけとレディの前に半裸で顔出すとはなぁ。よりによって、このタイミングで。

 


「……え~、弁護なし」

「ひでぇ……」


 ぱさり、とちびが床に舞い降りて、ダインの膝に前足を乗せる。


「とーちゃん?」

「……ありがとな、ちび」

「とりあえずさっさと服来て来い馬鹿」

「へーい」


 よれよれと立ち上がると、ダインはちびを肩に乗せ、すごすごと奥へと引っ込んで行った。

 一方でニコラ嬢は耳まで真っ赤にして、ぶるぶる震えていらっしゃる。

 そりゃーまーそうだよなあ。いきなり男の半裸とか見せつけられちゃ、なあ。


「……蹴っちゃった……ダイン、蹴っちゃった……」

「あ?」


 そっちか。


「まあ良いんじゃね?別に」

「ちょっと、すっきりした」

「そりゃ良かった」


 カウンターのコンロで湯を沸かし、ティーポットに茶葉を入れる。薄くかちっと焼かれた白いカップを選んでこぽこぽと注いだ。


「どうぞ?」

「……何、これ」

「アップルティー。落ち着くぞ」

「いただくわ」


 少女はカウンター前のスツールに腰を降ろした。見事だ。無造作にすとんっと腰を降ろしているようで、その実スカートの裾も乱れず、動きの中に気品がある。


 両手でカップを持って、こくっと一口含み、目を閉じてしみじみと、あったまったリンゴと茶葉の香りを味わってる。カモミールティーにしようかとも思ったが、この年ごろの子には、果実を使ったお茶の方がいいだろう。


 それと、甘いお菓子も忘れずに。

 木鉢に盛った丸いクッキーを差し出してみた。混ぜ込んだスパイスの色で赤みがかった褐色が強くなっている。

 つーんとした爽かな香りは、リンゴの香りと酸味と仲良く溶け合い、混じり合い、互いの味を引き立てる。

 相性がいいのだ。


「シナモンクッキーもどうぞ」

「ありがと………」


 小さな丸いクッキーをぽしっとかじるなり、ニコラは目を輝かせた。


「おいしい! これあなたが作ったの?」

「ん? あぁ。昨日は暇だったからな。」

 

     ※

 

 四の姫はしみじみと手の中のクッキーを見つめた。


 スパイスを混ぜ込んだクッキーをきれいに焼くのは、難しい。ちょっとでもオーブンの火加減を間違えたら最後、あっと言う間に焦げてしまう。かと言って焼きが甘いと香りが引き立たない。

 生地は均一に練られ、絶妙の焼き加減だ。しかも厚みも形もきれいに揃ってる。


(可愛くて、胸もあって、お菓子作りも上手だなんてーっ! おじさんなのにっ。おじさんなのにっ!)


 クッキーをつまんだまま、ぷるぷる肩を震わせる。


(私には無理だ……かなわないっ)


「うぇ? ど、どうした? 何か、妙なもん混じってたか?」

「……ずるい」


 涙目でじとーっとにらみ付ける。


「は? な、なんだよ急に!?」

「うーっ」


(くやしい、くやしい、くやしいっ)


 ばりばりと猛烈な勢いでシナモンクッキーをかじり、アップルティーで流し込む。

 リンゴの香りのお茶は、ちょっぴりすっぱくて。砂糖も蜂蜜もはいっていないのに、ほんのり甘かった。


「……で、えっと……ダインに会いに来ただけ、で、いいんだよな?」


(んな訳ないでしょ!)


 口の周りにクッキーの粉をつけたまま、きっとにらんだ。


「ダインを取り戻しに来たのよ!」


 だけど。

 さっき、ちらっと見たダインの姿は、のびのびとして。騎士団の兵舎にいる時よりずっと、幸せそうだった。

 ここにいるのが、どれほど楽しいのか。くつろぐのか。伝わってきた。


(ここから、彼を引き離すことは、彼のためになるんだろうか?)


 声から力が抜ける。がっくりと肩が下がる。


「取り戻すって………何とも物騒な言い方だねおい」

「………そのつもり……だったわ」

「いや、用事があるなら普通に連れてってくれていいが」

「ちがうの。そうじゃないのっ!」


 用事なんかない。約束なんかしていない。これはただの、私のわがまま。彼を訪ねていったときはいつも、待っていてくれるって勝手に信じてた。思い込んでいた。

 それが叶えられなくて、怒って、慌てて押しかけてきた。

 全て私の暴走。

 最低。


「ダインは、ダインは『私の騎士』だからっ! それが、それが男と恋仲になったとか聞いてっ」


 ぼろっと涙が零れる。銀髪の騎士から告げられた瞬間、胸の外側に刺さったトゲが……今、やっと心臓に届いたみたい。

 堅い殻を打ち破り、柔らかな滴があふれ出す。後から後からぼろぼろと。


「休みのたびに泊まり込んでるって……」

「あ~……なるほどなぁ………」


 差し出されたハンカチは、きれいに洗われ、やわらかく、お日さまとラベンダーのにおいがした。

 素直に顔を埋めて涙を拭いた。ついでにこっそり、鼻水も。


「まあ、懐かれては居るが、な」

「いつから?」

「うーん、四ヶ月ほど前か。北の峡谷に、妖鬼の群が出た時があったろ」

「……うん、知ってる」

「あの時の討伐戦に、奴も参加してたんだよな。で、引き上げてくる時に、会ったんだ」


 この人は、私より先にダインに会ってたんだ。

 私と会った時、ダインの心には既にもう、この人が居たんだ。だから、あんな風に笑えたの?

 何の見返りも求めずに。何の欲も抱かずに。ただ私の前に跪き、名誉のために戦った。


「どうやって、知り合ったの」

「あいつが怪我してたから、手当てした…………まあ、そんなとこだ」


 バカみたい。

 最初っから、かなう筈なんかなかったんだ……。

 顔を拭ってる間に、二杯目のアップルティーが注がれていた。涙を流したせいか、のどが乾いていた。

 こくこくと一気に飲み干した。


「はー……」


 リンゴの香りが鼻から咽を吹き抜ける。ひりひり染みた塩辛い痛みが、ほんの少しやわらいだ。


「なあ、お嬢さん」

「ニコラよ。ニコラ・ド・モレッティ」

「そーか。俺は、フロウだ。それで、ニコラ」

「なあに?」

「一人で来たのか? 此処って結構治安良くないキワキワなんだが」

「きわきわ?」

「うん。あと路地の1、2本も曲がれば、スラム街さね」


 ざわわぁっと背筋が泡立つ。

 細い道から店の前を横切る道に飛びだした時。建物の影になった部分や、道と道の交わる角に、妙に目つきの鋭い男たちがたむろしていた、ような気がする。

 あの時はひたすら店しか見えていなかったけれど……今思うと、彼らは確かにこっちを見ていた。


「ちょっと怖かったけど。根性で来た!」

「根性って……またえらいお嬢ちゃんだこと」


 だって、ダインの事で頭がいっぱいで、他のことなんか考える余裕なかったんだもの!


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