◆無限の憂鬱◆
※銃火器が出てきます。
コポッ…コポッ…
―在りし日の幻想…
―ゆらゆらと波間に漂い…
◆―NO,T-20411…◆
「冗談じゃないわ!?」
月光に照らされたブロンドの髪が絹糸のようにサラサラと風に漂う。アリシアが激昂するその姿はまるで魔女のようだ。
「シリルを返して。さもないと…殺すわよ」
「物騒な事を言うなやぁ~。俺も上に言われて動いてるんやから…俺の一存で返すわけにいかんのよ」
全身を真っ黒な布で覆った男が、大きなゴーグル越しにアリシアを見る瞳には哀れむ色を見せている。その腕にはブロンドのおさげを風に靡かせた少女を抱いて。
ドン!?
アリシアが右手を男の前に差し出したと思うと、その手の先には2丁のデリンジャーが白煙を上げていた。
「管理部だろうが関係ないわ。私とシリル以外はみんな敵なんだから」
「おまっ!?ほんまに殺す気やったやろ!!なんつー怖いもん知らずや…」
僅か20センチ先で発砲された男は、その弾丸を小首を傾げただけで避ける。
「返して」
「だからなぁ~[ドン!?ドン!?]」
男の制止も構わずにアリシアはデリンジャーの引き金を引く。
「分かった!!分かったから撃つな!」
最小限の動きのみでその弾丸を全て避けた男が、アリシアの目の前に踏み込むとデリンジャーを掴んだ。
「返してもいいけど…俺達はもうこの子を管理できんようになるで」
男は呆れたように溜息をつくと、腕の中の少女をアリシアに差し出す。
「私が面倒をみるわ。私の妹なんですもの…命に変えても私が護る」
「お嬢ちゃん…家族愛は美しいけどな。盲目になったらあかん。お嬢ちゃんの命はお嬢ちゃんのやから、自分の為に使い」
黒衣の男は夜風に舞い上がるように闇に消えて行った。
*
―アリシア…
シリアの体調が悪くなったのは半年前。管理部から医療班がシリルを診にきてくれたけど一向に良くなる気配を見せない。
「一度入院させてくれないか。ちゃんとした施設で検査をしよう」
「お姉ちゃんと離れるのは嫌」
医療班の言葉にシリルは首を横に振った。彼女の言葉に私は胸が締め付けられる。
「妹がこう言っているから。診察に来てくれますか」
「しかし…」
「嫌だって言ってるんです」
「はぁ…分かりました」
そんなやりとりから二ヶ月。シリルは車椅子が無ければ動く事も出来ないくらい衰弱していった。
「シリル…一度施設でちゃんと診てもらいましょう」
「嫌よ…施設は恐いわ。私を実験材料のような目で見るんですもの…」
車椅子に座ったシリルのブロンドの髪をゆったりと三つ編みに結うと、日課である散歩に出ようと部屋のカーテンを開ける。
「痛い…お姉ちゃん…カーテンを閉めて…痛いわ…」
「えっ?!どうしたの…」
突然シリルが自分の腕を抱き締めて震えだす。彼女の言うとおりカーテンを閉めてシリルの前に膝を着く。
「太陽の光かしら…とても痛いわ…」
確かに露出していた肌の太陽に触れた部分が真っ赤に腫れ上がっていた。
「大丈夫…?医療班を呼ぶわね」
私は慌ててシリルの指輪を彼女の人差し指にはめる。救護コールを送ると、太陽の光が届かない場所に寝転ばせた。
医療班の見解は。太陽にアレルギー反応を起こしているのだと言う。
暫くは外出も控えて、部屋のカーテンを遮光カーテンに取り替えた。
しかし、外の空気が好きなシリルを何とか外出させようと私は昼間は寝たきりの彼女を夜に連れ出す。
陽が暮れてからの散歩が日課になった私達。友達と愉しく遊ぶ事も出来なくなったシリルの為に月明かりの下で彼女が眠たくなるまで沢山の本を読んだ。
昼間は私も学園に行かなくてはいけないから、一人にしておくのは可愛そうだけど学園に通うのは私達の義務。それを怠ると罰が与えられる。
シリルの昼食の用意だけして、私は毎日学園へ行く。私以外を拒絶するシリルを誰にも任せることができないから、授業が終われば直ぐに部屋に戻ってシリルに勉強を教えた。
「お姉ちゃん…見て…」
随分と筋肉が落ちてしまったシリルの足は棒のように細いが、白い足を震わせて彼女は笑顔で立ち上がる。
「あ…」
「少しは立てるようになったの…凄い?」
「凄いわ!歩けるようになったらよるの散歩ももっと愉しくなるわよ」
「うん。私、お姉ちゃんが学園に行ってる間に頑張って歩く練習をするわね」
そう言って微笑んだシリルはとても可愛くて、私は彼女の体を優しく抱き寄せた。
「無理しないでね。転んで怪我をしたら大変だから」
「分かってるよ」
クスクスと笑うシリルの髪が私の頬を擽る。
「今日は何の本を読もうか」
「妖精が出てくる本がいいわ」
「分かったわ」
可愛い妹の頭を撫でて、車椅子に座らせると本棚からシリルの要望通り妖精が出てくる本を取り出す。
静まり返った寮の廊下を車椅子を押して、お気に入りの緑化植物園へ向かう。
シリルが眠たそうに一つ欠伸をしたのを合図に、私は本を閉じて芝生に座らせていたシリルを車椅子に乗せた。
夜風が肌に気持ち良かったが、私はシリルの膝にブランケットを掛けて肩からカーディガンを羽織らせる。
「今日はここまでね。また明日」
「うん」
ウトウトと船を漕ぎ出した妹。私が護らないといけない大切な者。私は彼女の為に生きる。彼女は私の生きる意味。
それから医療班のお世話になる事も少なくなり、シリルは車椅子から離れられないが少しずつ元気に回復していった。
一つのベッドで肩を寄せ合ってシリルの寝息を聴きながら、私もまた眠りの淵に落ちていく。
そんな緩やかな日々を送っている時に、管理部がシリルを連れて行こうと私の前に現れた。
普段からいつかの為に装備していた2丁のデリンジャーが役に立つ日がくるとは…
威力ばかりはないが、私の能力なら確実に相手を仕留める事が出来る。10歳でVS480に感染した私は暗闇であっても昼間と変わらない明るさで見える。視力もライフルスコープに負けない。ワザとでも無い限り私が的を外す事はない。
闇の中に消えていった男を威嚇射撃したデリンジャーをポケットに直し、私は眠っているシリルをギュッと抱き締めて安堵の溜息をつく。
「私は絶対…あなたを護る」
シリルを抱き上げて、美しく輝く月に背を向けて寮に向かって歩いて行った。
シリルを抱き締めて寝ていた私は、鼻先に感じる髪のくすぐったさに目を覚ます。
ピッピッピッ…
サイドボードに置かれたリングがメールを受け取った。
シリルを起こさないように私はソッとベッドを抜けてリングを指にはめる。
「今日は…雨か…」
雨の日は散歩に行けないからと、シリルが拗ねてしまう。今日は散歩が出来ないから、変わりに何か面白そうな物を用意しておこう。
私はドレッサーの前に座り髪を櫛で梳かして、シリルの笑顔を思い浮かべた。自然と私も笑顔になる。
―シリルが全て。
次話をお待ちください…