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生と死のサクリファイス  作者: なち
愛と憎しみの箱舟
6/7

◆指先のパラノイア◆

※暴力的表現あり。



 コポッ…コポッ…


 ――それは残酷なほど甘い毒


 ――それは残酷なほど苦い蜜



 ◆―NO,N-30014…◆



 5歳でVS480に感染した彼女。戸上(とがみ) 真衣(まい)


感染直後から食事が喉を通らない。ある一部の物を除いて体が食物を拒否するようになりそれからは点滴と限られた食べられる物のみの生活を送っていた。


病的に白い肌と細い体は、女性特有の丸みもなくまるで枝のようだ。肩で綺麗に切り揃えられた美しい黒い髪が痩せた頬に影を作る。


体が弱く少しの運動もままならない彼女は、ただ勉強をした。


片っ端から本を読み漁り、神童と呼ばれる叶羽に少しでも近付けるように。


成績は学園2~3位を維持し続け、もうすぐ憧れの白制服(ブラン)が着れるまでになったのだ。


「優秀優秀。この調子で次のランクアップを目指すように」


「はい。頑張ります」


梧桐はニコニコと人の良さそうな顔で笑い、真衣に採点済みのデータカードを渡した。


「まぁ…勉強もいいけど、たまには外で新鮮な空気吸って散歩でもしろよ。いい刺激になると思う」


「運動は苦手です。それに私は、まだ知らない事が多すぎるので…勉強を休むわけにはいきません。失礼します」


困ったように口の端だけを上げて笑う梧桐に一礼すると、真衣はデータカードを胸ポケットに直して職員室を出て行く。


「知らない事が多い…か」


窓の外を飛び交う雀を見上げて、梧桐はどこか哀しそうに微笑んだ。


真衣は昇級試験用の参考書を抱きしめ、廊下の端で友達と談笑中の白制服(ブラン)を見つめて溜息をつく。



*



 ―真衣…



 クラス委員の仕事を終えた私は、もう一人のクラス委員である叶羽君の机に置かれたままの日誌を見付けた。


「あ…」


叶羽君が教室を出たのはついさっきだ。追い掛ければ間に合うだろう。


私は日誌を手に取り教室を出るが、どこにも彼の姿はない。


(もう降りたのかしら…)


憧れのブランに委員の仕事以外で話かけた事がない私は、彼の姿を想像するだけで胸がときめく。


日誌を胸に抱えてエレベーターで下まで降りると、校門に向かっている白い背中を見つけた。


「叶羽君…」


彼の後を追うようにゆっくりと歩いて行く。


緑化公園のベンチで綺麗な女性と並んで本を読んでいる姿を、私はただ何時間も見つめていた。


一度話し掛けるタイミングを失うと、次から次へとチャンスが逃げていく。


立ち上がった二人を追い掛けて行くと、薄暗い路地裏で見失ってしまう。


「はぁ…」


こんなに屋外で歩いているのは感染してから初めてかもしれない。


貧弱な体には少し疲労の色が見えてきた。


「ハァ…」


壁にもたれて、ふと視線をあげると私は見てはいけないモノを見てしまった。


憧れのブランとさっきの女性が、唇を合わせて荒い息を繰り返している。


私はこの行為を知らないが、この光景は知っている。


いつか。本の中に描いてあった。


「愛し合う者同士が…愛を求め愛を与える行為…」


いつ何処で読んだ本か忘れてしまったが、その一文だけは胸に焼き付いたから。


私にもいつか…そんな行為を求め、求められる相手に出会えるのだと信じていた。


私の視線の先では、それは決して“愛”と呼べる行為ではない。にわかに信じがたい行為が繰り広げられている。



 遠退く意識の中で見た彼の瞳は、まるで虫けらでも見るかのような色の無いものだった。


「ごほっ!?ごほっ!?ゼェゼェ…」


這いつくばって噎せる私に彼が吐き捨てた言葉は、私には理解出来ない言葉で苦しくてまた息が出来なくなる。


「かはっ!!」


息の仕方を忘れた口から零れる唾液。生理的に溢れる涙。


「ふっ…はぁっ!?ハァハァ…」


やっとの思いで呼吸を再開すると、彼氏の放った私を拒む言葉と態度に耐え切れなくなった。


「いやぁ…いやぁ…いやだぁ…私を…拒絶しないで…貴方の背中だけを見て…今まで頑張ってきた…のに」


既に私の前から居なくなっていた叶羽君の背中を思い浮かべて手を伸ばす。


心臓が破裂しそうなくらい収縮する感覚。意識が遠退き視界が真っ白になった。


 気が付けばそこは真っ白な部屋。見覚えがある。


(ああ…ここは…)


「気が付いたかい?」


白衣と真っ白な帽子にマスク。その隙間から覗く真っ赤な瞳。


「まったく…あれくらいで壊れてしまっては困るよ」


「セイ様…」


「私を知っているのか?」


白衣の方は第一区四天管理官の内の一人。医療を専門とする“セイ”と呼ばれる方。


「図書館の歴史書で拝啓しました…」


「あれは…閲覧禁止の書だろう…まったく…悪い子だね」


セイ様はどこか愉しそうに目を細めると、私の額にソッと触れる。


「随分昔の書だから、若かったんじゃないかい」


「今と…変わり無く…美しい…」


ゆっくりと私の瞼を閉ざすセイ様の指に誘われるように、私はまた意識を手放していく。


その間際に聞いた声は優しくて…


[もう少しおやすみ。私達の可愛い子供達…]



 何処から何処までが夢だったんだろう。目を醒ますと見慣れた自室の天井が視界に広がる。


 ズキン…ズキン…


頭が痛い。割れそうだ。


私を拒絶した彼の瞳が脳裏に焼きついている。激しさを増す痛みに髪の毛を掻き毟った。


「はぁ…許さない…許さない…私を蔑む奴等…叶羽君が私を蔑むなんて…私の方が…彼に勝っていると言うのに…」


這うようにクローゼットまで行くと、それを開いて大きめのケースを引っ張り出す。


「ふふっ…私の力…思い知らせてあげる…」


小瓶を両手に取って差し込む日差しに掲げると、小瓶の中の液体がキラキラと美しく反射していた。


「貴方達の…脆さを…ふふふっ。はははっ。あははははははっ!」


漆黒の髪から覗く痩せて窪んだ瞳が、眩しく輝く小瓶を睨みつける。


 教室の手前。窓から見えた叶羽君の姿。私は窓ガラスに指を添え彼の形になぞった。


「おはよう…私の(ブラン)


突然の風に煽られた叶羽君の髪。その隙間から見えた瞳はどこか愉しそうな色を帯びている。直ぐに閉じられたその瞳。次に開かれた時にはまた世界を見下すようなものになっていた。


その視線の先を追うと、真っ赤なリボンが眩しい美しい少女が立っている。


「美しいモノは嫌い…」


ギリッと歯軋りをすると、私はその場から逃げるように教室の自分の席に座った。


 ――美しいものが愛されるこの世界が嫌い。



次話をお待ちください…

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