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生と死のサクリファイス  作者: なち
愛と憎しみの箱舟
3/7

◆失われた旋律◆



 コポッ…コポッ…



 ――それは誰の追想(ゆめ)なのか


 ――それは誰の仕業(せい)なのか…


 ◆―NO,U-20001…◆


4歳の誕生日を迎えて直ぐにVS480に感染した事が分かったマリアは、一時期隔離施設で体調管理をされていた。


何週間か精密検査を受けた後、ウイルスの変異体質と結果が出ると不思議な力に目覚め始めている事に気付いたのだ。


【マリアが歌えば、狂った者は正常に戻る】


【マリアの歌は生き物を操る。至高の歌姫】


 直ぐにそんな噂が広まり、学園に入る頃には既に有名になっていた。


フワフワと柔らかそうな栗色の髪が風に踊り、真っ赤なリボンが彼女の柔らかい雰囲気の中に女性の凛々しさを象徴していた。


どこに居ても誰かがマリアを見ている。それは高貴な眼差し。そして好奇な眼差し。


 年々その力が増していくマリアに注がれる視線にも慣れてしまうと、いつかはその刺すような視線の感覚すら麻痺してしまう。人の目を人の目と思えなくなる。


〔これは私の力〕


ある者には脅威とされる一種の洗脳を意味する能力。マリアの力を善とする者と悪とする者の論争が続いていた傍から、マリアの特殊な能力は歌のみならず会話にも影響が現れ始めた。


 元々の言葉が持つ力なのか、マリアの能力なのか。


マリアの声の力の前では全てが無力になってしまう。


驕るなと言う方が無理であろう。全てが自分の意のままに動くのだから、世界(すべて)を手にしたも同じその力。


そして…世界の均衡を求めた第一区の管理人がマリアの首に声帯(ちから)を抑制する首輪を着けた。


それは管理人(カミ)がマリアを畏れたから…


いつかは均等を崩してしまうかもしれないその力を。


 声を封印された歌姫。


誰もが愛した歌も愛された歌声も失くしてしまった歌姫に、次第に周りの視線は遠ざかっていった。


それでも残るのは、心を許せる仲間。


差し延べられた光輝の暖かい手はマリアには何よりも救済になったのだ。


 *


―マリア…


(はぁ…こんな時に限って…)


寮から学園までの間で、私は大切なパスを無くしてしまった。


個人情報の詰め込まれたリング。ここに住む住民は全て人差し指にはめられたリングによって管理されている。


食べるのも飲むのも、公共の何かを使うにも全てをそのリングで管理される、なに不自由ない不自由な生活。


ここで活きていく(かなめ)であるリングを落としてしまったのだから、間違い無くピンチである。


声帯を抑制する首輪を着けられて、誰かに助けを求める事も(はばか)れていた。


少し前までは髪に飾られていた大好きな真っ赤なリボンは、抑制装置を隠すために首巻かれている。風に舞う真っ赤なリボンが視界に入るとそのまま空を見上げて溜息をつく。


 一人で歩いて来た道をリングを探しながらトボトボ戻って行く。登校する人々は誰も流れに逆らう私の事など気にも留めない。


「うぉっ!?〔ボスン!!〕」


(っ…)


余所見をして歩いていた私は誰かにぶつかってしまった。鈍い痛みを主張する鼻を抑えて顔を上げる。


「大丈夫か…」


目深に帽子を被っている為相手の表情が分からないが、怒っているようではないそのようすに私は何度もペコッと頭を下げた。


「さっきからキョロキョロしてるけど。何…探してるんだ?」


この人はいつから私を見ていたのだろう。


声を失ってから周りから人が消えて、声すらかけてくれなくなったと言うのに。


私はおずおずと左手の人差し指を立ててその人の前に突き出す。


「あ…リングか」


 ピシッ…


本当は理解かってくれるとは思っていなかっただけに、その人の行動と言葉は私の中にある何かに小さなヒビを入れた。


私は自分に与えられたリングの色を教えようと、首に巻かれた真っ赤なリボンを抓んで彼に見せた。


「あー…色分けされてるんだっけ…悪い。俺、色が分からないんだ。それが何色かも分からない(笑」


帽子の中に差し込む陽の光に、私は彼の口元を飾る微笑みを見る。


(U-20001…)


彼の手を取って掌を広げると、私は彼の掌に指で文字を書く。


「識別番号か…ふむ。20001だね…」


ポツポツと呟いた彼は、私と同じように下を向いてキョロキョロと歩き出す。


「二人で探した方が早く見つかるだろう。君は寮から来たんだろう?じゃあ俺は寮への道を戻るから、もう一回学園までの道を探して」


彼はそう言うと学園への道を指差して、背を向けて歩いて行ってしまう。


 何故彼は何も言わず私のリングを探してくれるのか。

 もしかしたら、部屋に忘れたかもしれないのに。

 もしかしたら、嘘かもしれないのに。

 もしかしたら、彼は馬鹿なのかしら。


 ――パタッ…パタッ…


 風に揺らめく真っ赤なリボンに小さな染みが広がる。


(雨…?)


小さな雫が私の手にも落ちてから、私はゆっくり空を見上げた。


雲一つない真っ青な空には雨の気配が無い。


それでも雫はパタパタと私の手に落ちる。


「っおい!どうした?」


いつの間にか戻って来ていた彼が何処か慌てた様子で私の前に駆け寄って来た。


彼が何を慌てているのか、まるで目の前にフィルターがあるように彼の姿がはっきり認識できない。


「リングなんて見つからなくても再発行してもらったらいいだろうが…」


どこか困ったように笑った彼が、ゆっくりと手を伸ばしてきた。


「だから…泣くな」


そっと親指の腹で私の目の淵を撫でられる。彼の言葉の意味を探るように自分の頬に手を添えると、私の頬を伝う雫。


その時初めて自分が泣いていたのだと気付いた。


 ピキッ…


私はただ小さく首を横に振った。


「えっと…こぉ言う時はハンカチだな…ハンカチっと…」


ゴソゴソと鞄を漁る彼の姿に、私はもう一度小さく首を振る。


ジャケットのポケットからハンカチを取り出し私はそれを彼に見せた。


「悪い…持ってなかった。ははっ」


彼は自分の後頭部を掻きながらまた困ったように笑う。


私はハンカチで涙を拭いながら、また首を横に振った。


「マリアっ!!」


背後から聞き慣れた声が私を呼んだ。


「どうしたの?!何で泣いてるの?!何処か痛い?」


物凄い速さで駆けて来た私より少し背の高い、パッツンと前髪の揃った童顔の少年。幼馴染の桃谷(ももたに) 静流(しずる)が顔を蒼白にして私の肩を掴む。


「おっ…お前!!マリアに何かしたのか!?」


私を庇うように背に隠した静流が、彼と対峙している。


(違う…)


声を出したいのに私にはそれが出来ない。私は静流の腕を掴んで大きく横に首を振った。


「何もしてない。彼女がリングを無くしたって言うから一緒に探しただけだ。見つからなかったけど…」


「リング…?」


また帽子を目深に被ってしまった彼が静流に伝えると、静流は私の左手を握って人差し指にあるはずのリングが無い事を理解した。


「し…失礼な事を…ごめんなさい。僕は桃谷 静流です。彼女のリングは僕が紛失届けを出しますから、後は任せてください」


深々と頭を下げた静流の後ろで私も深く頭を下げる。


「そっか。分かった」


彼は短くそう答えると、既に登校する者の姿も無くなってしまった学園への道に足を向けた。


「えっと…」


彼は困ったように振返ると小首を傾げている。私の手は自然に彼の制服の裾を掴んでしまっていたのだ。


(あっ…)


 “ありがとう”と一言お礼を言いたい…


私は口をパクパクさせて、どうにか気持ちを伝えたかった。


「いえいえ。どういたしまして」


(えっ…)


まるで私の言いたい事が聴こえたかのように彼は返事をしてくれる。


(あなたは…)


「俺?東雲。東雲(しののめ) 光輝(こうき)


私が思った事が彼に伝わっていると確信した。


(…マリア…です)


「おっ。じゃあな。マリアちゃん」


口元にまた鮮やかな笑みを見せた彼。東雲さんが歩いて行ってしまった。


 パリン…


私の中にある何かが粉々に砕けた瞬間。


 東雲さんに出逢ってから私の中で、新しい力が開眼された。


彼との交流を求めて、私はその力を伸ばす努力を惜しまなかった。


直接脳神経に語りかける事が出来るようになり、普通に会話が出来るレベルになると私の世界は変わった気がする。


「これって頭に着けるものじゃないのか?」


不意に東雲さんが私の首に巻かれた咎人の証を隠すリボンを指で掴み、視線の先にいた少女の髪に飾られたリボンを見て言う。


《そう…ですね》


「マリアも頭に着ければいいのに。可愛いと思うよ」


私は自分の首に巻かれたリボンを見つめる。


「どぉした?もしかして…出来ないのか?」


出逢った頃より柔らかく笑うようになった東雲さん。


《できます…》


私はそのリボンをシュルッと首から引き抜いた。


リボンに隠されていた歪な抑制装置が露になる。


「…っ」


一瞬彼が息をのむ気配を感じて、私は俯いたまま止まってしまう。


「そっか…同じ…だったんだな」


東雲さんは小さく呟いて袖口のボタンを外して腕を捲くると、私の前に差し出した。


《あ…》


私は彼の両手首に巻かれた歪な抑制装置を見て目を見開いてしまう。


「俺…自分の力が抑えきれなくて…人を傷付けたことがあるんだ」


ゆっくりと拳を握った東雲さんは、自分の抑制装置に触れる。


抑制装置を着けられた人をみんなが“咎人”と言う。


世界の均衡が崩れるのを恐れるから。大きすぎる力は握られてしまうのだ。管理人(カミ)によって。管理(カミ)の力をも裏切る力。


「俺さ。もぉ隠さない」


抑制装置の着いた両腕を空に伸ばした東雲さんの横顔は、とても優しくて…


私は手にしたリボンをキュッと一度握り締め、それで髪を結い上げた。


《私も…》


白い首に食い込む歪な抑制装置を、恥かしがる事はない。畏れる事もない。


私の世界を変えてくれた。そんな彼に色を見せてあげたい。私がそう想う事は間違っているのでしょうか。



次話までお待ちを・・・

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