第九話紙袋と竜巻
厨房で倒れたシャーリーが、目を覚まして一番最初に見たのは、見慣れない天井だった。一瞬何が起こったのか分からず呆然としていたが、頭の中に倒れるまでの記憶が、走馬灯のように流れた。
『あぁ、羞恥で死ねる。』
顔を手で隠してプルプル震えていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「シャーリー様、起きていますか?」
それは、マックスの声。
『ど、どうしよう。自分の顔を見た瞬間に気絶する女とか、ほんと、最悪よね?』
自分でも、きっとそんなことをされたら、ショックを受ける。なんと説明すべきか悩みつつも、
「は、はい、起きています」
と返事をした。
「では・・・ドアを開けても良いでしょうか?」
マックスの声は、恐る恐ると言った感じで、シャーリーの方が申し訳無さを感じる。
『そりゃそうだ。また、自分の顔見て倒れるかも知れないって思ったら、躊躇するよね』
シャーリーは、何度も深呼吸してから、覚悟を決めて、
「どーぞ」
と返事をした。
ギーーーーーーーー
ゆっくりと開いたドアの向こうから、コソーッと覗き込むマックスの頭には、何故か、紙袋が被されていた。
目の部分だけが開けられていて、綺羅星の輝く瞳の上にある眉毛が、情け無く下がっている。
「・・・マックス様、その袋は・・・」
「カサンドラさんが、被れって」
自分の専属メイドの性格の悪さを知っているシャーリーは、頭を抱えた。
『あいつー、マックス様に何ちゅーことを!』
カサンドラは、多分、絶対、面白がっている。純粋で幼気なマックスをからかって楽しんでいるのだ。
「ごめんなさい!直ぐ、取ってください!」
「取っても、気絶しませんか?」
「それは・・・」
正直、シャーリーには、自信ない。初恋のミックスくんが、マックスと分かって以来、もう、何が何だか分からないくらい緊張してしまうのだ。
次の言葉が出ないシャーリーを見て、クスクス笑いながら、マックスがベッド脇の椅子に座った。
「シャーリー様は、正直者ですね。顔に、無理って書いてます」
「ご、ごめんなさい」
「いえ・・・この顔が、気絶する程気に入ってもらえて嬉しいです」
紙袋仮面が、キザなセリフを吐くと、シャーリーは、息を吐きながら上を向いた。
『はぅーーーーー、また、気絶しても、良いですか?』
誰に問いかけているか分らないが、なんとか気を落ち着けたシャーリーは、紙袋から覗くマックスの瞳を見返した。
きっと、マックスが、心の中で、
『シャーリー様の表情は、本当に、よく動く。貴族として、いかがなものかと思うけど、そこが可愛い。あぁ、抱きしめたい・・・。』
などと喚いていると知れば、また、気絶したことだろう。
つい、マックスが両手を彼女に向けようとした次の瞬間、彼は背筋が凍るような殺気を感じた。後ろを振り返ると、
カッ!
と目を見開いたカサンドラが、開けたままのドアの向こうに、鬼の形相で立っていた。
『あ、俺、殺される?』
魔法師団で百戦錬磨の先輩達にしごきあげられているマックスが、恐怖に固まった。
「マックス様?」
「いや、一応、婚約者と言っても未婚の男女だから・・・ドアは、開けたままにしてあります!それに、廊下にカサンドラさんも居るし!」
マックスは、誰も問いただしてなどいないのに、廊下にも聞こえる大きな声で、ベラベラ言い訳を紡ぎながら、ピンと背中を伸ばして、シャーリーと向き合った。
「クッキーは、料理長が最後まで焼いてくれて、母とチビ達が既に、半分以上食べてます。あと、母が、晩御飯を皆で食べたいと言ってます。チビ達は、晩御飯まで居ても良いでしょうか?」
早口言葉のように言い切ると、マックスは、ゼイゼイ肩で息をした。
「プッ」
「ぷっ?」
「プハッ、ハハハハハハハハハ、マックス様ったら」
何がおかしいのか、シャーリーは、笑い続ける。
「そんな紙袋被ってるのに、滅茶苦茶紳士なんですもの」
「いや、好きで被ってるわけでは」
「もう、ずっと被っててください」
「いや、無理だから」
笑い続けるシャーリーを見ていたら、マックスも気が抜けた。彼女に嫌われたくなくて、必要以上に格好つけてた。
弟のスコットに、『アンタ誰?』って言われるくらいに。
でも、紙袋被ってて、大笑いされて、それでも、嫌われてないって言うのがひしひし伝わってきたら、もう、全部曝け出しても良いんじゃないかと思えた。
「シャーリー様」
「は、はひぃ、ひっひっひっ、何でしょうか?」
「俺たち、婚約者ですし、いつか、夫婦になるわけですから・・・・シャーリー!・・・って呼んでも良いですか?」
言いきった瞬間、シャーリーが固まった。
『少し早まったか。』
マックスの反省も虚しく、案の定、シャーリーは白目を剥いた。
そのまま後ろに倒れていくかと思った瞬間、
ゴーーーーーーーーーーーー
裏庭で、竜巻が起きたて、ハッと意識を取り戻す。
「なんか、すごい音が」
「あ!スコット!アイツ、何やってんだ!」
ビリビリと窓ガラスが震え、外は、木の葉が激しく舞っている。マックスですら、ここまで激しい風魔法は使えない。
渦巻く強風が、あたりの小石を巻き上げてピシピシ窓に当たっている。その中でも、特に大きな石がベッド際のガラスに当たった瞬間、
パリン
粉々に砕け散った破片がシャーリーに降り注いた。
「シャーリー!」
庇おうとマックスがシャーリーを抱きしめたのと、シャーリーが気を失ったのは、全くの同時だった。
晩御飯を作った皆様へ
台所、死ぬほど暑かったね!
でも、私達頑張ったよね!
これでも読んで、笑ってね!




