「暴落したってさ」
スマホに食いつく。歩きスマホなんて基本だった。電車の中も、階段を上るときも。教室で教授が話しているときも。大学なんて行かなくていい。俺には金があった。奨学金を返済しても、有り余るくらいの金だった。
株で儲けた金は一人で使った。大学生ながら高い焼肉屋や、キャバクラにも行った。シャンパンを三本開けたあたりで記憶をなくして、こんなものに大人は通うのかと後悔した。
でまかせしか言わないキャバ嬢の唇が、あまりにむっちり色っぽかったので、金をちらつかせたらラブホへ直行できた。こんな簡単に? 途中で萎えてしまって、金だけ置いてタクシーで帰った。
「マジで金欠」
いかにも大学生らしい飲み放題2980円の居酒屋。ゼミ仲間で集められた会にいやいや参加し、キャバクラと見比べた。金欠だとぼやく友人Aが、狙っているBに酒を勧める。飲み会に参加しながら、コイツらに全員奢ってやれるくらいの金が、俺にはあるんだ。そう思った。早く帰りたい。早く帰ってレートを見たい。
「わかる。あ、俺それ飲みたい」
Kが酒を飲み、目配せをしてタバコに誘った。Kはうなづいて飲み会から一時離脱した。喫煙所は誰もいない。酔いの回った視界でスマホを開いた。
「おいおい、Bを一人にしたら、Aに酔いつぶされるぞ」
「いいだろ関係ない。それにレートが見たかったんだ。一人で離脱するのは恥ずかしいし」
Kは俺と同じく喫煙者ということで、唯一仲のいい友人と言えた。
「あ、でも俺さっきお前がやってる株見たよ」
株のレートを見ると、グラフが急降下していた。
「暴落したってさ」
Kはさらっと言った。俺は頭が真っ白になった。
「なんでなんで」
ダメだ。損切りしないと。
「やばいやばい」
タバコの煙が目に入って涙が出た。それ以上に焦っていて、涙を拭う暇がなかった。とりあえず片っ端から損切りをして、株が落ち着くのを待った。これを失ったら、俺はどれだけの借金をする?
「なあ、俺最近失恋してさあ」
「黙ってろよ!」
自分の口座にマイナスが付き、どんどんと額が大きくなってくる。
「俺は今、それどころじゃないんだ」
食い止めようとして、自分の全ての株を売り払った後、借金は50万ほどになった。痛手だった。けれど、人生が終わるところだった。
「なあ、聞けって」
「なんだよ。今俺疲れてるんだよ」
酔いも覚めて、やけに冷静になった頭で考えた。どれだけ働けばいいのだろう。親に土下座をしよう。タバコの灰が落ちていた。ほとんど吸えていない。
「お前さ、いつも自分ばっかだな」
パッと、Kの顔を見た。Kは髪を切っていて、色も変わっていた。金髪になっている。いつから俺はKの顔を見なくなっただろうか。というかなんで髪なんか切っているのだろうか。失恋するまで伸ばすと言っていたはずなのに。
「髪切ったんだ。失恋した?」
「そうだって」
Kと俺はまた飲み会に戻った。金がないからKに出してもらうことにした。AがBを酔い潰していて、それをKが守っていた。久しぶりに見た友人たちの顔は、やけに大人びている。レートを見ようとスマホを取り出すと、真っ暗な画面に自分が映った。俺はなんだか子供だった。もう俺はレートを見ても意味がないのに、癖でスマホを開いてしまう。友人たちとの距離は、真っ暗の俺とは遠い気がした。
帰宅する時、駅の階段を登っていると、バリアフリーの黄色い点字ブロックが目に入った。いつもこれを頼りに歩いていた。スマホを見ていない今は、それは単なるでこぼこだった。電車に乗り込み、車窓を見ると、綺麗な風景が流れていった。綺麗だと気づいていなかった。




