終わらせると決めた恋の、始まり
馬車の中は、妙に静かだった。
車輪の音だけが、一定のリズムで響いている。
沈黙を破ったのは、エリシアだった。
「……お姉さま、勘違いしないでちょうだい。」
わざとらしくため息をつき、窓の外を見ながら言う。
「レオンハルト様が選ぶのは、どう考えてもわたしよ。
社交界での評判も、見た目も、愛嬌も……全部、わたしの方が上だもの。」
私は、特に反論もせず頷いた。
「そうね。」
短く答えると、エリシアは一瞬拍子抜けしたような顔をする。
「……分かっているわ。」
私は視線を落とし、膝の上で指を組んだ。
「最初から、そうなると思っていたもの。」
その言葉に、エリシアは満足そうに口角を上げた。
だが、すぐに声の調子を変える。
「だから――」
ぐっと身を乗り出し、囁くように続ける。
「侯爵家で何か成果を出したら、それは私の功績ってことにしましょう?
お姉さまは目立たないようにして、うまくわたしを立てればいいのよ。」
私は、ゆっくりと首を振った。
「それは無理よ。」
「……は?」
「実績は、必ず見ている人がいるわ。
誰の働きかけなんて、分かる人にはすぐにばれてしまうと思うの。」
淡々とそう告げると、エリシアの表情が歪んだ。
「これまでも誰にもばれなかったんだから、あんたはいつも通り私に譲ればいいのよ。」
一瞬、沈黙。
次の瞬間――
「何、私に対抗するつもりなの?」
エリシアは声を荒げた。
「上から目線で説教しないで!
わたしはわたしで、ちゃんとやるに決まってるでしょ!」
そして、ぎろりと睨みつける。
「今後も余計なことはしないで。
お姉さまは黙っていればいいのよ。」
その言葉に、私は何も返さなかった。
馬車の揺れが、言葉の代わりに答える。
「わかったわ。」
――これでいい。
私は、ただ静かに終わりを迎えたいだけなのだから。
侯爵家に到着すると、私たちは別々の部屋へ案内された。
広く、落ち着いた調度の客室。
だが、荷を解く間もなく、廊下の向こうから楽しげな声が聞こえてくる。
「レオンハルト様! お庭、とても素敵ですのね!」
エリシアだ。
レオンハルトの腕をつかみ、積極的にアピールしている。
胸が、ちくりと痛む。
ほどなくして、使用人が部屋を訪れた。
「アリア様、エリシア様とのご提案で、レオンハルト様とのお茶会が催されることになりました。
アリア様もご一緒に、と。」
私は一瞬、言葉に詰まった。
――なぜ、私まで。
廊下の向こうでは、エリシアの気配がはっきりと分かる。
きっと、私が参加してしまえば、鬼のような形相になることだろう。
「……申し訳ありません。」
私は小さく頭を下げた。
「長旅で少し疲れてしまって。
今回は、失礼させてください。」
「かしこまりました。
そのようにお伝えいたします。」
使用人は丁寧に一礼し、去っていった。
部屋の窓辺に立つと、庭園の一角がよく見えた。
白いテーブルクロス。
陽の光。
向かい合って微笑む、二人の姿。
――お似合いだ。
自然と、そう思えた。
……そう思ったはずなのに、彼のことになるといつも息をするのが下手になってしまう。
胸の奥で、何かが静かにほどけていく。
それと同時に、目の奥が熱くなった。
気づけば、頬を伝うものがあった。
「……どうして、こんなに羨ましいのかしら。」
可愛くて、愛嬌があって、誰からも好かれる妹。
何も努力しなくても、自然に人の輪の中心にいる存在。
その傍らには、私がずっと夢中になっていた相手が笑顔で座っている。
初めて優しくしてくれた人だから、つい気持ちが先走ってしまった。
――ほんの少しでいいから、私の方を見てほしいなんて。
そんなこと、思うべきじゃなかったのに。
そのことをすっかり忘れていた。
でも――
「もう、終わりにしよう。」
小さく呟く。
この想いに。
この立場に。
この、報われない期待に。
私はそっとカーテンを閉じ、背を向けた。
ここから先は――
それぞれの道を歩くだけなのだから。




