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運命だと思っていた相手は、妹の婚約者でした  作者: Aro Aiura


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8/13

望まぬ花嫁修業が決まる

応接間には、穏やかな空気が流れていた。


まずは形式的な挨拶と、領地の話題。

父とヴァルツァー侯爵が向かい合い、最近の収穫量や税の調整について語り合う。


「今年は天候にも恵まれましてな。」

「それは何よりです。伯爵領は管理が行き届いていると聞いております。」


互いに当たり障りのない言葉を交わしたあと、話題は自然と――娘たちへと移っていった。


「さて……今回の縁談ですが。」


母が、待っていましたとばかりに微笑む。


「ヴァルツァー侯爵家のお力になれるよう、娘たちには厳しい教育を施してきましたのよ。

とくに妹のエリシアは、明るく、愛嬌があり、社交界でも評判でございます。」


「まあ、そうなのですか。」


ヴァルツァー侯爵夫人が、興味深そうにエリシアを見る。


「はい。誰とでもすぐに打ち解け、場を明るくできる子でして。

まさに、貴族の奥方に相応しい器量だと――」


「その通りですわ!」


母の言葉を遮るように、エリシアが声を張り上げた。


「わたくし、舞踏会でもたくさんの方とお話ししましたの!

皆さま、とっても楽しいって仰ってくださいましたわ。」


応接間の空気が、わずかに揺れる。

父が一瞬だけ眉をひそめるが、エリシアは気づかない。


侯爵夫妻と話している最中だというのに、言葉を遮り、自分をアピールしだしたのだ。

自分の失態を当の本人は気づいていない。


「それに、勉強だってちゃんと……」


「エリシア!」


母が小さく制する。


「もうこの子ったら、いつもはこんな子じゃないんですよ?」


すかさずフォローを入れて、場を濁す。


しかし――


「はは、元気なお嬢さんですね。」


ヴァルツァー侯爵が、朗らかに笑った。


「若さとは、時に礼儀を飛び越えるもの。

それもまた、魅力のひとつでしょう。」


「ええ、本当に。」


侯爵夫人も微笑み、頷く。


「素直で、感情豊かなのは良いことですわ。」


エリシアは、得意げに胸を張った。

両親も、ほっとしたように表情を緩める。


――やはり、そうなるのだ。


私は、静かに息を吸った。


これはいつものこと。

エリシアがとがめられることはない。


「君はどう思うかね。アリア嬢。」


侯爵は私に話を振ってきた。

私は気持ちを整理し、凛とした姿勢で臨んだ。


この気持ちに、早く区切りをつけたい、そんな思いが頭をよぎる。


「……恐れ入ります。」


私は静かに、規律を重んじた。


「発言の許可を、いただいてもよろしいでしょうか。」


その一言で、場の視線が私に集まった。

ヴァルツァー侯爵夫妻は、妹のこともあり一瞬驚いたようだったが、すぐに頷く。


「どうぞ。」


「ありがとうございます。」


私は深く一礼してから、言葉を選ぶ。


「私は……正直に申し上げますと、社交界デビューでは大きな失敗をいたしました。」


両親が、ぴくりと反応する。


「その結果、世間からの評判も決して良いものではありません。」


視線を落とし、続ける。


「それに比べ、妹のエリシアは明るく、華やかで、多くの方に愛される存在です。

……侯爵家の婚約者として相応しいのは、妹の方だと、私は考えております。」


胸が、少し痛んだ。

けれど、それ以上に――終わらせたい気持ちが勝っていた。


「ですから、どうか……妹をご検討ください。」


深く、深く頭を下げる。

エリシアは当然という顔をし、両親も納得の表情を浮かべた。


その瞬間。


「――待ってください。」


低く、しかしはっきりとした声が、応接間に響いた。


顔を上げると、侯爵家嫡男レオンハルトが手を上げていた。


彼は一度、伯爵夫妻と侯爵夫妻を見渡し、静かに言う。


「発言の許可を、私もいただけますでしょうか。」


彼は侯爵家の人間だ。

この場で私の両親への発言許可は必要ないはずだが、礼儀を重んじ、きちんとした手順を踏んでくる。

その所作は、非の打ち所がないほど丁寧だった。


「もちろんです、レオンハルト小侯爵様。」


父が頷く。


「ありがとうございます。」


彼は一礼し、続けた。


「私は、本日初めてお二人にお会いしました。

……正直に申し上げますと、今この場で、どちらが婚約者に相応しいかを決めるのは、あまりにも早計かと存じます。」


エリシアが、きょとんと目を瞬かせる。


「人となりは、時間を共にしなければ分かりません。

社交界での評判や、噂だけで判断するべきではないと、私は考えます。」


彼の声は穏やかだが、芯があった。


「ですから――

お互いを知るための、機会をいただけないでしょうか。」


応接間が、再び静まり返る。

ヴァルツァー侯爵は、腕を組み、少し考え込むように目を伏せた。


やがて、顔を上げる。


「……なるほど。」


そして、にやりと笑った。


「では、こうしてはどうだ。」


侯爵は、私とエリシアを順に見た。


「しばらくの間、二人を侯爵家で預かろう。

我が家では、医療と福祉に力を入れている。

その教育を受けてもらいながら、人となりを見極める。」


「なっ……!」


エリシアが、目を見開く。


「わ、わたし……そんなの聞いてないわ!」


凍りついたような表情で、首を振る。


「いやよ! 知らないお家でなんて……!」


だが――その思いは、慌てて両親によって遮られてしまう。


「それは、良い案ですわ。」


母が、あっさりと頷いた。


「貴重な学びの機会ですもの。」


父も、笑顔で頷く。


「侯爵家での教育を受けられるなど、光栄なことだ。」


「ちょっと! お父さま、お母さま!?」


エリシアの声は、誰にも届かなかった。

私もまた、驚きに言葉を失っていた。


何を考えているのだろうとレオンハルトに視線を向けると、彼と目が合った。


驚いて視線をそらした先に、青ざめたエリシアが途方もない表情をしている。

指先が、膝の上でぎゅっと握りしめられているのが見えた。


私はいつものことだが、今回はエリシアの希望も聞き入れられない。


「決まりだな。」


侯爵の一声で、すべてが定まった。


こうして私たちは――

望まぬままに、侯爵家へと向かうことになる。


花嫁修行という名の、新たな試練へ。

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