双子であるという不幸
七年後――
「ねえねえ、お母さま見て!
エリシアね、このドレスとっても似合うでしょう?」
くるりと回って見せる妹――エリシアに、母は目を細めた。
「まあ、本当。お花みたいに可愛らしいわ。」
「でしょう?
エリシア、お姫さまみたいって言われたの!」
「ふふ、当然よ。あなたはとびきり可愛いんだから。」
エリシアのサラサラとした金髪が光り、はじけるような笑顔が飛び込んだ。
それに魅了された母は、頭を撫でてほほ笑んだ。
そのやりとりを少し離れたところで見ながら、私:アリアは本を閉じた。
「……お母さま。」
声をかけようとして、ほんの一瞬、ためらう。
それでも小さく勇気を振り絞った。
「今日の読み書きの課題、終わりました。」
「え? あら、もう偉いわ、アリア。」
母はエリシアにあった手を、私に移して撫でる。
嬉しい気持ちもあったが、なんだか照れくさくて、視線が下がる。
「エリシア、あなたもちゃんとやったの?」
「えー……あとでやるもん。」
先ほどとはうってかわって、表情を曇らせるエリシア。
「だめよ、きちんとやらないと。」
「だって難しいんだもん!
みんなアリアばっかり褒めて、全然楽しくないわ!」
ぷうっと頬を膨らませるエリシアに、母は困ったように微笑んだ。
「もう、あなたは本当に甘えん坊ね。」
その言葉は叱責の形をしていながら、どこか優しかった。
「ちゃんとやったら、今度はそのドレスに似合う宝石を買いましょう。」
「えっ、本当?」
目を輝かせて、エリシアは母に飛びついた。
「嬉しい!
ちゃんと課題やるから、絶対だよ?」
「はいはい、わかったわ。」
再び、エリシアの頭を撫でて、安堵する母。
(私もわがまま言えたら、良かったのかな……?)
先に課題を終わらせたのに、優遇されるのはエリシアだけ。
そんなことが日々繰り返された。
可愛がられるエリシアが、正直羨ましいとも思えた。
翌日の家庭教師の時間。
「では、昨日の課題を提出してください。」
私は丁寧に綴じた紙を差し出した。
「はい、先生。」
一方エリシアは椅子にだらりと座ったまま、机に肘をつく。
「……エリシア嬢は?」
「やってない。」
視線をあさっての方を向いて、どこかだらけた姿勢で先生に答えた。
「エリシア?」
私はさすがに態度が悪いと思い、エリシアの姿勢を正すように促す。
「だって、むずかしいんだもん。」
教師は少し困った顔をしたが、すぐに声色を変えた。
「そ、そうですか。では……アリア嬢のものを見せてもらいましょう。」
紙に目を通した教師の目が、ふっと見開かれる。
「これは……よくできていますね。」
私の胸が、ほんの少しだけ温かくなった。
「ほらエリシア嬢、アリア嬢を見習って――」
その瞬間。
「ずるい!!」
エリシアが叫んだ。
「どうしてアリアばっかり褒めるの!?
先生きらい!」
「エリシア、落ち着いて……」
私が差し伸べた手を振り払って、エリシアが机に顔をうずくめて動こうとしない。
「もうやらない! 勉強なんて大っきらい!」
次の瞬間、椅子を蹴って立ち上がるエリシアに、教師は慌てて声を落とした。
「……わ、わかりました。
では……エリシア嬢も、よく頑張りましたね。」
「え?」
私は、思わず教師を見た。
「アリア嬢、あなたは……妹を助けてあげる立場でしょう。」
「……」
その厳しい視線の矛先は、エリシアから私へと移っていった。
「ですから、あまり目立つことは控えなさい。」
「……はい。」
胸の中で、何かが音を立てて崩れた。
(エリシアはやるべきことをしていないのに、私が悪いの?)
そんな不条理な経験が、勉強をしている間も蓄積されていった。
もう自分は何をしたらいいのか、わからなくなっていった。
数日後。
普段は口数の少ない父の声が、部屋に響いた。
「アリア、なぜこんなことをした!」
父の厳しい声が響く。
「これはエリシアが提出した課題だぞ!」
「……それは、私が……」
言いかけた私の言葉を、エリシアが遮った。
「アリアがね、エリシアのを取ったの!」
「……!」
「エリシア、ちゃんと頑張ったのに!」
大きな瞳に涙を浮かべるエリシアを見て、両親の表情が変わる。
「アリアっ!!」
低く、冷たい声。
「妹の努力を奪うような真似をするとは……失望したぞ。」
「……」
「言い訳もしないのか?」
唇をぐっと噛んだ。
言葉を続けても、どうせ両親も先生もエリシアに味方することは目に見えていた。
泣けば、もっと自分が悪者になる。
――だったら。
「……ごめんなさい。」
その一言で、すべてが終わった。
エリシアは、私の顔をちらりと見て、ほんの一瞬だけ、
勝ち誇ったように、口元だけが、わずかに弧を描いた。
それから。
努力しても、褒められない。
正しくても、信じてもらえない。
(期待しなければ、傷つかない――。)
そうやって、私は少しずつ、処世術を学んでいった。
心を閉ざし、ただ耐えることを覚えたのだ。
エリシアが光を浴びるたび、
自分は影に下がればいいのだと。
――それが、この家で生きるための、唯一の方法になった。




