病の領地に差した光
この縁談が決まったのは、私たちが生まれる前――
両親が結婚したばかりの頃に、話はさかのぼる。
グレインフィール伯爵領に、冷たい雨が降り続いていた。
「旦那様、また倒れた者がでたとの報告がありました……。
今度は南の集落です。」
使用人の報告に、ロベルト・フォン・グレインフィールは頭を抱えていた。
寝台に伏した妻:マルティナ――結婚してまだ半年も経たない新妻の腹部を、無意識に見やる。
「くそっ……できる限りの手はうっているのに……。
これ以上どうしたらいいんだ……。」
「あなた……」
マルティナは不安そうに声をかけた。
「大丈夫だ。
君と……この子は、必ず守る。」
だが、ロベルト自身が一番、その言葉を信じ切れていなかった。
流行り病は瞬く間に領地を覆い、領民は疲弊し、物資も尽きかけていた。
貴族社会からの支援要請は、ことごとく断られている。
――感染を恐れて、誰も近寄らない。
できることを探し続けてきたが、もはや打つ手は残っていない。
強気に言葉をかけてはいるものの、このままでは愛する妻と待望の我が子を失うことになるかもしれない恐怖で、冷や汗がとまらない。
その場の誰もが息をのみ、場の空気は重く、沈黙が続く。
みんなの不安が伝わり、ロベルトの気持ちが、絶望の淵に落とされそうになった――そんな時だった。
「旦那様!ヴァルツァー侯爵家から使者が!」
「ヴァルツァー侯爵家……?」
隣接する領地の名門。
しかも医師の家系として知られる侯爵家だった。
ただ今まで関わりがなかっただけに、ロベルトは混乱した。
応接間に現れたのは、穏やかな眼差しのアルベルト・フォン・ヴァルツァー侯爵と、その妻:セレナ。
「はじめまして、グレインフィール伯爵。」
侯爵夫妻とまだ幼い息子、そして20人ほどの人々が伯爵家を訪れてきた。
「感染症が広がり、苦しい状態だと聞きました。
我々が力になりましょう。」
「このような時にお越しいただけるとは……。」
抱えきれない思いが溢れ、膝から崩れ落ち、泣きながら懇願する。
手を床につけ、頭を下げた。
「どうかお願いです。
妻を……このグレインフィールをお救いください……。」
そんなロベルトを見て、彼の肩にそっと手を添えて、アルベルトが答える。
「事情は承知しています。
私は医者です。
苦しむ人を前にして、見過ごすことはできません。」
アルベルトは静かに続けた。
「我が家の医師団を連れてきました。
薬も、人手も、惜しみません。
できる限り最善を尽くしましょう。」
ロベルトは、その言葉を聞いて、泣き崩れた。
「ありがとうございます…。
ありが…とう……ございます……。」
よほどの緊張状態にあったのか、ロベルトの言葉にならない感謝は止まらなかった。
アルベルトはその光景をみて、さっそく患者の治療に取り掛かっていった。




