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運命だと思っていた相手は、妹の婚約者でした  作者: Aro Aiura


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仕事という名の距離

侯爵の書斎で依頼を受けたとき、私は一瞬だけ言葉を失った。


「私は今手が離せなくてね――。

この調査には、レオンが中心になって二人で解決してほしい。」


レオンというのは、レオンハルトの愛称だ。

彼の家族と友人、そしてエリシアだけが呼ぶことを許されている。


机に私が作った書類が置かれ、レオンハルトがそれを手に取り、目を通していく。


「おじ様…、でも……。」


一瞬レオンハルトの探るような目線がこちらを向き、また書類に目線を戻す。

私は戸惑いながらも、断る方法を探していた。


「アリア、この案件は君がこれまで担当していたものだ。

すまないが、君にはレオンの補佐となってほしい。」


そのまま断ろうとも思っていたが、確かにこれは私がまとめた案件だ。

誰よりも現状把握をしているし、私自身詳しく知りたいとも思っていた。


グレインフィール領でも遭った、流行り病による感染拡大。

それがこの医学を極めたきっかけでもある。


私が執務しているとき、よくレオンハルトも訪れていた。

考えてみれば、彼は次期侯爵家当主だ。


私よりも執務の経験は長く、多くのことを任せられているはずだ。


これまでの経験を生かした、息子の手腕を見たいという侯爵の意向も納得がいった。


「……承知しました。」


私はうだうだ考えるのをやめ、迷いなく答えた。

婚約の件は考えず、救える命を救うという侯爵家の意に沿ってこれまで実直に取り組んできたのだ。

ここで逃げるわけにはいかないと心を決めた。


でも、久しぶりに彼と話すことになり、胸がざわついた。

これまでお茶会をすっぽかし、会話も最低限度しかしてこなかったのだ。


気まずい気持ちはある。

全ては、この思いにけじめをつけられない自分への罰だと思った。


出立の日。


馬車の前で立ち止まり、私は一歩引いた。


「私は、別の馬車で参りますわ。

妹のこともありますし、私といるところを見られたら外聞も――」


レオンハルトが手を伸ばす。

私はそれを遠慮がちに見つめる。


「資料は読みましたが、実際にアリアの見解をお聞きしたいと思っていました。

それに、領地にたどり着くまでは時間があります。

この時間で打ち合わせもしたいのですが、ダメですか……。」


彼が残念そうな顔をする。

私はうっとためらっていた気持ちを落ち着かせる。


「だっ、だめというわけでは……。」


さし伸ばされた手を、遠慮がちに触れる。

手が触れあった瞬間、彼が強くつかんで自分の元へと引き寄せる。


「わっ。」


自分よりも大きく、暖かい体にすっぽりと包まれる。


「しょっ、小侯爵様!なっ、何を……」


私は頭がパニックになり、動けずにいる。

耳元で彼の甘く低い声が響いた。


「あなたは私の婚約者なのに、父がおじ様で、僕が小侯爵様?」


「ふぇ?」


驚いて、そんな声を上げてしまった。

執務室で見た冷ややかな目。

今度はその目がじっと自分に向けられていた。


「僕の名前をご存じですか?」


怒っているのかと思って、その目をそらせずにいる。

かわすこともできなかった。


「レオンハルト様……。」


「そう…そう呼んでください。

僕もアリアと呼んでもいいですか?」


彼のキレイな顔に笑みが戻る。

でも、それはつくられたもので、心からの笑顔ではなかった。


「はい…。」


レオンハルトの真意がわからず、私はおとなしく従うことにした。


「村に着いてからの時間は限られています。

同行してもらえると、私は助かるのですが……」


公的な理由を挙げられてしまえば、断れるはずもなかった。


「……分かりました。」


そう答えながら、私は自分の心に言い聞かせる。


(これは仕事。

この行為に、他の意味はない…はず……。)


馬車が走り出すと、思った以上に会話は実務的だった。


見回りの順路。

患者が多い地域の優先順位。

井戸や川の水源の確認方法。


「大雨のあと、上流から流れ込んだ可能性が高いですね。」


彼は私と同じ部分に着目していた。


「だが、全域ではない。

発症していない村もあるのか……」


「はい。ですから、生活習慣の違いも――」


意見を交わすたび、思考が噛み合っていくのが分かる。


「……君が補佐として参加してくれて、とても頼もしいです。」


ふと、そんな言葉を向けられた。


「よく考えられて、作成された資料だとわかります。

机上の知識だけでは、ここまではいきません。」


褒め言葉だと分かっているのに、胸が少しだけ痛んだ。


「ありがとう……ございます……。

っ――」


言いかけて、やめる。


――でも、これは妹の助言があって、なんて。


そんな嘘を、彼の前で口にするのは違う気がした。


村に近づくにつれ、レオンハルトの様子は変わっていった。


馬車を降りれば、領民に自然と声をかける。


「体調はどうですか?」

「薬草の配給は足りていますか?」


誰に対しても分け隔てなく、目線を合わせて話す姿を初めて見る。

侯爵令息という立場を、誇示することは一切なかった。


「……本当に、お慕いされているだわ。」


ぼそっと思っていたことが口に出た。


ご両親に似て、性格も誠実で、傲慢なそぶりもない。

先ほど抱きしめられたときは驚いたけど、それ以外はイメージ通りの王子様だと思った。


ふとそのことを思い出し、照れくさくて、煩悩を誤魔化すように首を横に振る。

彼はその様子を見て、少し驚いたようにこちらを見る。


「どうしたんですか?

そんなに照れて――」


「はぃ。てっ、照れてなんて……」


顔が熱くなり、恥ずかしさでそっぽを向く。

こんなに完璧な彼が、私と一緒にいるのは仕事のため、そう――。


だからこそ、妹の方が相応しい。

そう続けそうになって、言葉を飲み込む。


「アリア?」


「いえ。何でもありません」


それ以上踏み込まれないよう、私は話題を変えた。


調査は順調だった。


水源の一部で、明らかに異臭がする場所を見つけたとき、二人同時に顔を見合わせた。


「ここですね。」


「そうですね。あなたの見解は正しかったようです。」


同じ結論に辿り着いたことが、妙に嬉しかった。


夕暮れ時、簡易の休憩所で腰を下ろす。


「今日は、ありがとうございます。」


唐突に言われ、私は首を振る。


「こちらこそ。補佐どころか、助けていただいてばかりです。」


「そんなことはありません。」


彼は少しだけ距離を詰めて、私の両手を静かに握り、キスを落としていく。


「アリアと一緒だと、とても心強いです。

それに……一生懸命取り組んでいる姿を見て、あなたをもっと知りたくなりました。」


胸が、ぎゅっと締めつけられる。


「えぇっ――――?」


近づかないでほしい。

でも、離れてほしくない。


そんな矛盾した感情を、必死に押さえ込む。


「わぁ、……私は……。」


声が緊張で裏返る。


「ただ役目を果たしているだけです。」


そう言うと、レオンハルトはそれ以上追及しなかった。


ただ、柔らかく微笑む。


「それが、一番難しいことだと…、僕は思います……。」


朝とは違い、彼の自然な笑顔が見れた。

眩しすぎて、美しすぎて、完璧すぎて、この人と結婚したいなんて考えていた愚かな自分を思い出した。


(こんな綺麗な人は、きっと妹どころか、誰にももったいない…。)


その夜、宿舎の窓から外を眺めながら、私は思った。


決定的な出来事は、何一つ起きていない。

それでも確実に、何かが変わり始めている。


――この距離は、縮んではいけない。


そう分かっているのに。


心だけが、少しずつ彼の方へ傾いていくのを、止められずにいた。

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