異世界転生するのに就職活動とか勘弁してください ~元ニートの俺だけどホワイト世界から内定取るため頑張ります~
遅かれ早かれこうなることはわかっていた。
巷で8050問題なんて言われているくらいの年齢まではと思っていたが、俺の場合は20年ほど早くその時が来てしまったというだけにすぎない。
とはいえ、両親が交通事故でいきなり他界なんて、世界は俺に厳しすぎやしないだろうか。
金を稼ぐことはおろか家事すらままならないベテランニートの俺は、こうなってしまってはもはや人生が完全に詰んだに等しい。
「よし、死ぬか」
善は急げだ。家の中を漁って手頃なロープを見つけると、俺はためらうことなく首をくくった。
バイバイ、俺の人生。願わくば来世では幸せを掴めますように――。
『あなたは異世界への転生を望みますか?』
頭の中に声が響く。異世界転生だってさ。
そうだね、転生してやり直したいね。だって俺の人生、こんなだったんだもの。
『セカナビへの登録ありがとうございます。ご案内を開始します』
は? セカナビって何? 登録っていったい――。
しかしそんなことを考えた次の瞬間には、俺の意識は真っ白に消えていってしまった。
目覚めると、俺はオフィスの一室といった雰囲気の部屋で椅子に腰掛けていた。
いや、ニートだからオフィスとか行ったことないんだけどさ。多分そんなイメージで合ってはいると思う。
「はじめまして。私、転生エージェントの渡瀬めぐると申します。この度はご愁傷さまでございました」
そして目の前にはメガネを掛けたスーツ姿の若い女性。
彼女の存在がこの空間をより一層オフィスらしくしているのかもしれない。
ていうか、あなた誰よ? ――いや、なんかさっき名乗りはしてた気がするけど、なんというかそういうことではなくてだね……。
「おそらく大変混乱なさっていることかと思います。きちんと順を追って説明しますのでご安心くださいね」
「あっはい」
実際混乱のさなかにある俺には、彼女――渡瀬さんの言葉にただ頷くしかない。
「まずは基本的な情報について確認させていただきます。お名前は、篠払歩さん。生年月日は明和11年2月7日の、ご年齢は32歳でお間違いありませんか?」
「あっはい」
俺がもう一度頷くと、渡瀬さんはニッコリと営業的なスマイルを見せる。
「それでは説明させていただきますね。まず誤解なさっている方が大変多いのですが、異世界転生というものは、望めば望んだ世界にただ転生できるものではありません。『カイシャ』という組織から内定をもらって初めて、そのカイシャが管理する世界へと転生が可能になるというわけですね」
「はぁ、カイシャですか……」
彼女が何を言ってるのか、正直俺はまだ理解できていない。
「あ、カイシャは『世界』の『界』に『神社』の『社』と書いて『界社』ですから、間違えないでくださいね。それで、先ほど申し上げました通り、篠払さんが異世界に転生するためにはその界社から内定をもらう必要があります。しかし特に昨今の転生業界は圧倒的な買い手市場と言われておりまして、さらに人気の高い界社ともなりますと内定倍率は非常に高いものとなっております」
「はぁ……」
なんだろう、彼女の言葉には何かおぞましい響きがある。これまでの人生で俺には関係ないと思ってきた単語がちょいちょいと耳に入ってくる。
「しかしご安心ください! エントリーシートの書き方から面接対策まで、私がきっちりサポートさせていただきます。ご希望の界社に内定が決まるまで、一緒に頑張っていきましょうね」
猛烈にイヤな予感がしてきた俺は、渡瀬さんにおそるおそる確認してみた。
「えっと、あの……。それってつまり、異世界転生するのに就職活動みたいなことをしなきゃいけないってことですか……?」
渡瀬さんは明るい表情で答える。
「そのとおりです! いやぁ、ご理解が早くて助かります」
いやいや、こちとら就活なんてしたこともないガチニートなんですけど。
ほんとマジで勘弁してください……。
次に気がついた時には、俺は三畳ほどの広さの部屋に放り込まれていた。
四方の壁にはドアはおろか、窓さえもない。
ただ大きめのタブレットのような機械と、座布団が一枚おざなりに敷かれているだけだ。
『セカナビ ポータルサイト』
タブレットにはそう書かれたWEBサイトが表示されている。
色々触ってみたが、どうやらこれ以外を見ることはできないようだ。
俺が渡瀬さんから最初に与えられた課題、それはエントリーシートなるものを書き上げること。
まずは自分で書いてみて、それを後日彼女が添削してくれるらしい。
「えっと、エントリーシートの入力は――っと」
ポータルサイトの使い方は事前に説明を受けていたので、入力画面には問題なくたどり着いた。
親切なことに、『基本情報』や『学歴・職歴』はすでに自動的に入力されているようだ。ついでに『死因』なんていうトンデモ項目もあったが、そちらも入力が完了していた。
『基本情報』
名前 篠払 歩 (シノハラ アユム)
性別 男性
生年月日 明和11年2月7日
没年月日 明和33年8月13日
享年 32歳
『学歴』
明和18年5月 公立 園辺野高等学校 中退
『職歴』
なし
『死因』
生活苦による自殺(縊死)
――うん、就活なんてものに縁のなかった俺にだってわかる。こんなやつを欲しがる人間なんてどこを探しても存在しない。
しかしここに書かれていることは紛れもない事実だ。それを嘆いたって仕方ないじゃないか。
ここは前向きに、残りの項目を埋めることを考えるとしよう。
まず最初は、『この界社を希望する理由』だ。
俺はポータルサイトからメッセージを確認する。渡瀬さんからのメッセージには、一つの界社名が記載されていた。
『株式界社ナロウパ』――。
彼女からは、この界社に応募するつもりでエントリーシートを書いてみてくださいと言われている。
なんでも、転生希望者の中ではトップクラスに人気のある界社らしい。
メッセージに添えられていたリンクから、界社の公式サイトを開くことができた。
どうやらこの界社は、いわゆる『中世ヨーロッパ風のファンタジー世界』を主に管理しているようだ。
確かに異世界転生においては定番中の定番だ、人気があるというのも頷ける。
その情報を踏まえて俺はダイアログに文章を打ち込んでいく。
なんだ、意外と簡単じゃないか。
その後も勢いのまま、残りの項目――『人生で力を入れてきたこと』、『長所・短所』、『転生したらやってみたいこと』も次々と埋める事ができた。
「よしっ! 完成だ!」
『この界社を希望する理由』
私が行ってみたいファンタジーの世界を管理しているから。
『人生で力を入れてきたこと』
漫画を読むこと、テレビゲーム。
『長所』
諦めが早いこと。
『短所』
特になし。
『転生したらやってみたいこと』
チート能力で無双して私を見下す人々を残らずざまぁしたい。
そして最終的に私のことを慕う女性たちによるハーレムを築きたい。
(女性の年齢は12~25歳で、巨乳・貧乳を偏りなく。エルフ娘やケモノ娘も希望。 ※ただし全員処女に限る)
どうだ、ちゃんと書き切ることができたぞ。ニートにだってこのくらいのことはできるんだ。
俺は書き上げたエントリーシートをメッセージに添付すると、渡瀬さん宛に送信した。
「うーん、これは全体的に書き直しが必要ですねぇ……」
渡瀬さんがそう言いながらわずかに顔をしかめる。
さすがに完璧な内容であるとまでは思っていなかったが、まさか全部に対してボツをくらうとは。
俺の書いたものの一体何が悪かったというのか。
「まず前提としてなんですけど、篠払さんは基本情報の時点ですでに多少のハンデを背負ってる状態なんです。だから自由記述の項目では、とにかく自分のやる気や能力をアピールしていかないといけないわけなんですよ」
うん、たしかにその通りだ。俺の基本情報に関しては見るべきものが存在しない。
でも待てよ? ということは俺とは逆に、基本情報の時点でアドバンテージをもってるやつもいるってことだよな?
「あの……。ちなみになんですけど、基本情報でプラスになるのってどういう人なんですかね?」
「そうですねぇ、若いという理由だけで、学生さんは一定評価が高くなりやすいですね。社会人であれば化学や農学といった専門性のある職業に就いていた方などが重宝されます。魔物が多い世界なんかですと、自衛官でしたりあるいは暴力的な団の方も需要があったりしますよ」
つまり転生界隈におけるニートの市場価値は、反社よりも下ということだ。これは地味に傷つく。
「他には死因もある程度評価の対象になりまして、例えば子どもを助けようとしてトラックに撥ねられたといったような場合ですと――」
「あっ、すみません。大体わかったので大丈夫です」
これ以上就職強者の話を聞かせるのはやめてくれ。俺のライフはもうゼロだ。
「あ、でも大丈夫ですよ。篠払さんより下の人なんていくらでもいますから。例えば逃げようとして電車に轢かれた痴漢常習犯とか」
そうかそうか、俺はそんなのと比較されるレベルってことだな。きっと渡瀬さんはフォローしてくれたつもりなのだろうが、卑屈を極めたこの俺に対しては逆効果ってもんだぜ。
「さて、それじゃあ篠払さんが記入した自由記述項目の内容についてお話していきますね」
そう言って渡瀬さんがいつもの営業スマイルを見せる。
「まずは『この界社を希望する理由』ですが、この記載内容ですとファンタジー世界を扱う界社の中からなぜこの界社を選んだのかが伝わりません。サイトに記載されている各世界の特徴をしっかりと把握したうえで、具体的にどういった部分に魅力を感じたのかを――」
うん、おっしゃるとおりだと思う。でもそんな事知らなかったんだから仕方ないじゃない。
「次に『人生で力を入れてきたこと』ですね。これって力を入れてきたことというよりは、ただの趣味ですよね? 漫画を何万冊も読んだとか、eスポーツの大きな大会に出場したとかの特筆すべき点があれば別ですが、ここは自分の能力をアピールするための項目ですので例えば――」
わかってる、わかってるんだよ。でもね、俺はニートなんだ。人生で何一つ力なんか入れてこなかったからこそのニートなんだよ。
「それから『長所』と『短所』についてですが、『諦めが早い』というのは一般的にはむしろ短所と捉えられてしまうでしょうね……。それと短所が『なし』というのも印象は良くないかと思います。短所がないなら、どうしてあなたは今まで働こうともせずに生活苦で自殺なんかすることになったのですかという当然の疑問が――」
ああ、そうやって正論で殴る蹴るの暴行を加えてくるのはどうかと思いますよ? ニートという生き物は恋する乙女よりも繊細なんだぞっ☆
「一番致命的なのは『転生したらやってみたいこと』ですね……。熱量が強いのは悪いことではないですが、ここは転生先で自分がどんな事に貢献できるかをアピールする項目であって、自分の欲望を書き連ねるものではないんですよ。特にカッコの中に関しては、読まれただけで評価が先ほどの痴漢常習犯レベルには下がる内容であることを理解してください。加えて志望理由にも関連するのですが、この項目は応募する界社の世界を分析してそれとマッチした――」
ごめんね、やりたいことって言われたからつい思ったことそのまま書いちゃったんだよ。それにしても、俺の評価は性犯罪者レベルだってさ。あはは。
そうして渡瀬さんのご指摘がすべて終わる頃には、俺は完全に打ちひしがれてしまっていた。しかし彼女はそんな俺に向かって両手でガッツポーズを取る。
「大丈夫です! ダメだったところは次に活かしていけばいいだけなんですよ! だって人は常に成長する生き物なんですから!」
「わ、渡瀬さん……!」
ボロカスにされた後だからなのだろうか。よくよく考えれば割と普通な渡瀬さんの言葉が、その時の俺には心の芯にまでジーンと響くような感じがした。
それから俺は、渡瀬さんの指導を受けながらエントリーシートの完成度を徐々に高めていった。
そしてそれと並行して、実際に界社への応募も進めていく。
もちろん基礎スペックの時点で相当なハンデを抱えているのだから、そう簡単に書類選考を通るはずなどない。数社、数十社とお祈りメッセージが届き続ける日々――。
それでも俺は諦めたりなんかしない。諦めたらそこで転生終了なんだ……!
そしてついに、大台となる100社目からの選考結果が届いた。
<件名:選考結果について>
篠払 様
株式界社モフワールド 採用担当の毛利と申します。
今回は、多くの界社の中から弊社の求人にご応募いただき、
まことにありがとうございました。
いただいた書類をもとに厳正な選考をいたしました結果、
今回は採用を見送らせて頂くこととなりました。
ご期待に沿えず大変恐縮ではございますが、
何卒ご了承いただけますと幸いです。
末筆となりましたが、篠払様の今後のご活躍を心よりお祈り申し上げます。
(メッセージはここまでです)
――ボキッ!!
あれれー、おっかしいぞー。なんだか俺の内側から変な音が聞こえてきた気がするなぁ。
なんでかなぁ? さっきから腰が抜けたみたいに立ち上がることができないんだ。
不思議だなぁ? さっきからずっと目から水みたいのが流れ続けているんだ。
そっかぁ、心って、こんなふうにして折れるんだなぁ……。
まるで見えない糸に引っ張られるように、人差し指が『ログアウト』の項目をタッチする。
するとポップアップウインドウとともに、画面の中央にメッセージが表示された。
『ログアウトを実行すると、転生活動は終了となります。その際あなたの魂は消滅しますが、本当にログアウトを実行してよろしいですか?』
魂の消滅――つまりは俺という存在の完全なる終わりだ。
だけどそれがどうしたというんだ。そもそも俺はすでに一度自分を殺している。あの時に比べたら、ずっと楽に自分を終わらせることができるじゃないか。
半分モヤのかかったような意識の中、俺の指が『はい』のボタンへと伸びていく。
「――あれ?」
そこでふと、メッセージの項目に新着マークが点いていることに気がついた。
俺はひとまずログアウトをキャンセルすると、メッセージを確認してみる。
<件名:一次面接について>
篠払さん
こんにちは。セカナビの渡瀬です。
先日採用見送りとなっておりました、
スコラマギカ株式界社様についてご連絡いたします。
このたび先方にて求人の追加募集を行うとのことで、
篠払さんには一次面接に進んでいただきたい旨ご連絡いただきました。
ご希望される場合はこのメッセージにご返信をお願いいたします。
渡瀬めぐる
(メッセージはここまでです)
………………。
まあ待て、落ち着こうじゃあないか。
ほら、あれだ。あまりのショックで幻覚を見ている可能性だってあるわけだしな。うん、むしろその可能性のほうが大きいんじゃないかな?
俺は目をゴシゴシとこすり、ついでに両頬をバチンとぶっ叩いてから再び画面に向き直る。
どうだ、これでメッセージの幻なんて跡形もなく消え去っただろう。
<件名:一次面接について>
だがそこには先ほどと同じ件名、同じ本文のメッセージが表示され続けていた。
と、いうことはもしかして。
マジか?
マジなのか?
マジで一次面接に進めるのか?
「う……、お……、うおああああああああああっ!!」
俺は立ち上がり雄叫びを上げる。
狭い部屋の中が反響でギンギンとやかましい。
それでも構わずに、俺は長い時間叫び続けた。
あの後速攻で渡瀬さんに返信した俺は、ついに念願の面接対策へと入る。
「――生前の私は高校も中退してしまい、学ぶことが疎かになっておりました。転生を果たした際には、御社の管理されているガクエムソ界で魔法学園へと入学し、改めて学ぶということに真摯に――」
「いいですねっ! 自分の過去と前向きに向き合っている気持ちが伝わりますよ! この方向性で入学後や卒業後にやりたいことまで答えられるよう回答を練っていきましょう!」
「はいっ!」
面接を受ける一社だけにターゲットを絞っての、実践的なシミュレーションが続いていく。
「――というわけで、私の強みは他者を慈しむ心にあると考えております。この長所は魔法という強大な力を扱うことになるにあたって、自分中心ではなく他の人々を思いやることによって――」
「すばらしいっ! 面接なんて嘘つき大会です! この調子で話を盛っていきましょう!」
「はいっ!」
始めは取ってつけたようにたどたどしかった俺の答えも、繰り返していくうちにやがて完全に自分のものとなる。そしてそれは俺の中で確実に自信へとつながっていった。
「篠払さん! おめでとうございます! 一次面接通過しました!!」
「うおおおおっ!! ありがとうございます!!」
勢いのままに一次面接を突破した俺は、さらに最終面接に向けての対策を進めていく。
そして――。
「――そしてガクエムソ界でのさらなる魔法の発展に寄与するとともに、後進を育成していくことによってその未来にも貢献したいと考えております」
「――完璧です。私から言うことはもうありません」
「渡瀬さん……!」
「後は篠払さんが自分に自信を持てるかだけです! 頑張ってくださいっ!!」
そう言って渡瀬さんは俺に向かって両手でガッツポーズを取る。
おきまりの営業スマイルなんかではなく、彼女の笑顔は心から俺を応援してくれているように思えた。
「――はいっ! いってきます!!」
俺は転生活動最後の戦い――最終面接へと、胸を張って向かっていった。
「――えっと、篠払さんが悪かったわけじゃないと思いますよ? 優秀な候補者が多くて選考には頭を悩ませたって、先方もおっしゃってましたし……」
「……」
「ほ、ほら。今回は最終面接まで行けたんですから、次はきっと内定出ますって!」
「……」
「篠払さん……?」
俺は蚊でも鳴くようなか細い声をどうにかこうにか絞り出す。
「……もういいです。もう無理です。もう終わりです」
「えっと、ですから――」
「消えます。ログアウトします。なんならいっそ渡瀬さんの手で引導を渡してください」
壊れたレイディオ的に繰り返すだけの抜け殻のような俺を見て、渡瀬さんは大きくため息をつく。
「仕方ありませんね……。この手段はあまり使いたくなかったのですが……」
渡瀬さんはコホンと一つ咳払いをした。
「バイトで職歴を作りましょう。とりあえずバイトとして転生して、そこでの人生を終えた後に再度正社員を目指すんです。実際に転生したという職歴があるのとないのとでは、採用担当の印象は大きく違ってきますから」
「バイト……。そんなことが……」
俺が興味を示すのを見て、渡瀬さんが言葉を付け加える。
「でもあまりお勧めはしたくないんですよ。バイトでの転生は結構キツイものが多いんです。例えば村の入口で、『ここはナニナニの村です』って言い続けるだけの役割とか……。しかもそれを何十年も続けることになるわけですから」
俺はしばらくの間考え込んだ。
渡瀬さんの言う通りなら、確かにバイトとして転生するのはツライものがありそうだ。
それでも、それでもこんな俺にまだチャンスが残されているというのなら、なんとしてでもそれにすがりたい……!
「渡瀬さん、俺やります。例えバイトからだとしても、いずれ必ず成り上がってみせます……!」
「――そうですか、わかりました。後ほどバイト求人ポータルサイトへのリンクを送りますね」
そう言うと渡瀬さんは、俺に向かって残念そうな表情を見せた。
「バイトへの応募はご自身で行なっていただくことになりますので、私がお手伝いできるのはここまです。篠払さんのお役に立つことができなくて申し訳ありません」
「いえ、俺がここまで頑張れるようになったのは渡瀬さんのおかげですよ!」
「――ありがとうございます。それでは、お元気で」
こうして俺は渡瀬さんと別れ、その後二度と会うことはなかった。
そして1か月後、俺はダラダラとバイト求人を漁っていた。
だってバイトをやるにしても、できるだけ楽そうなものを選びたいのは当然の欲求だろ?。
とはいっても、やはりバイトではろくな転生先が見当たらない。
今日のところは諦めて昼寝でもしようかと思った矢先、ある求人が俺の目に留まった。
「あれ……? これって――」
<求人内容:未来の勇者候補♪ 弱い魔物を倒すだけの簡単なお仕事です!>
今すぐ転生したいあなたに!
SSSスキルで異世界俺tueeeライフを送ってみませんか!?
☆LV9999でのスタート!!
☆SSSランクスキル✕3 付与確約!!
☆今ならSランクインベントリー贈呈!!
☆転生後半月でハーレム形成実績アリ!!
#ホワイト求人 #高待遇 #即日
「おいおいおいおいおいぃーっ! なんじゃあ、こりゃあ!!」
そのあまりの好条件に、俺は思わず跳ね起きる。
どうやらものスゴい求人を見つけてしまったようだ。これは早くしないとすぐに締め切られてしまう!
そう考えた俺は、すぐさまその求人に応募した。
するとほぼ時間も置かずに、明日にでも面接を行いたいというメッセージが入ってくる。
うおおおおっ、マジかよ!これってもしかしてイケるんじゃね!?
翌日、俺が指定された面接場所に到着すると、そこには一人の男が待っていた。
オールバックに撫で付けたギンギンの金髪に、こんがりと日焼けした肌。着崩された上等そうな上下のスーツからは、ギラギラと輝くアクセサリーがのぞいている。
「篠払歩と申します! 本日はよろしくお願いしますっ!」
俺がそう言って挨拶すると、男はまるでハリウッドスターのような笑い声を上げた。
「ハァーッハッハッハァー! イイね! YOUスゴくイイよっ! これはもう採用するしかないねェ!」
いきなりの展開に、俺は思わず声が上ずってしまう。
「ほ、本当ですか……! あ、ありがとうございます!」
「よろしく頼むよブラザー! それじゃあさっそく今から転生させちゃおうと思うんだけど、覚悟の準備はオーケィかなァ!?」
「はいっ! もちろんです!!」
やった……! 俺は最高の条件で異世界に転生することができるんだ……!
話がトントン拍子に進みすぎて、なんだか怖いくらいだぜ。
ていうか、わざわざ正社員なんてものにこだわるよりも、やっぱりバイトで自分にあった働き方をするほうが賢いってことだな、うん。
そういえば昔、今は正規雇用よりも非正規雇用の時代だって政治家のオッサンも言ってたわ。
それにしてもバイトにこんないい求人があるのなら、渡瀬さんも最初からこっちを勧めてくれてたらよかったのに。何がツライ仕事を何十年も、だよ。
要するにあの人が渋ってたのも、それだと結局自分の手柄にならないからってことだったんだろうな。
まあ俺はあなたの力なんかなくても、自力で最高の求人に受かっちゃったわけですけど?
これからウルトラハッピーな異世界生活を満喫しちゃうわけですけどぉ?
そうやって浮かれまくている俺の目の前に両手をかざしながら、男が呪文のようなものを唱える。するとそこに光を放つ魔法陣が現れた。
「さあ、この魔法陣に飛び込むんだブラザー! レッツ・ダイヴ・トゥ・ヘヴーン!!」
俺は期待に胸を膨らませながら、自分のこれからの輝かしい未来へ向かって一歩を踏み出した。
「――いっ! おいっ! さっさと起きろ、ジェルト!!」
俺が目を覚ますと、目の前には甲冑をまとった兵士のような男がいた。
さらに周りには同じ姿の兵士たちが数十人ばかり集まっており、どうやら俺までもが似たような甲冑を身に着けているようだ。
「もう休憩は終わりだ。行くぞ」
「――え? 行くってどこへ……?」
「寝ぼけてんのか!? モンスターの軍団はすぐそこだってのに!」
どうやら俺――というか、俺を含めたこの兵士の集団はモンスターの討伐に向かうところらしい。
男は唇を噛み締めながら、吐き捨てるように呟く。
「今回ばかりは生きて帰れる保証のない戦いだ……。お前も覚悟を決めるんだな」
へー、生きて帰れる保証のない戦い――だってさ。
ま、俺にはそんなの関係ないけどね。なにせ俺はLV9999な上にSSSランクスキル3つ持ちだし。
――といっても、別にそんな力があるようにはあまり感じられない。
試しに地面を強めに蹴ってみたりするが、普通に土埃が舞うだけだ。
「なあ? 俺のレベルっていくつだ? あとスキルも……」
「いつまで寝ぼけたこと言ってやがるんだ! いい加減シャキッとしろ!!」
うーむ、やはり今のところそんなメチャクチャな強さがあるとは思えんな。
でもね、俺理解っちゃいました。
これはアレだね。これから始まるモンスターとの戦いの中で、秘められた力が覚醒する的なそういうパターンだわ。いやぁ、なかなか焦らしてくれるじゃないの。
「さあ皆行くぞ! わが祖国のために命を捧げるのだ!!」
隊長らしきオッサンの号令で、俺たちは目的の場所へと進み始める。
この俺にどんなスキルが発動するのか、これは今からワクワクが止まらないぜ……!
「んんーっ……」
渡瀬めぐるは、仕事が一段落したところで大きく背伸びをした。
デスクワークで凝り固まった身体が、多少はその柔軟性を取り戻した気がする。
そこに彼女の後輩である三河がやってきて声を掛けた。
「おつかれっすー、先輩。コーヒー買ってきたっすよー」
「おっ、気が利くじゃん。サンキュー!」
渡瀬は受け取った缶コーヒーを開けると、ゴクリと一口飲み込む。
仕事で疲れた頭の中に、砂糖入りのコーヒーが染み渡っていくようだ。
「ところで先輩。なんかまたバイトのポータルサイトに、『闇バイト』の求人が紛れ込んでたらしいっすよ」
「またぁ? ここのところしょっちゅうねぇ」
コーヒーを片手に頭を抱える渡瀬に、三河が続ける。
「あいつらマジでタチ悪いっすからねぇ。求人に書かれてることは全部デタラメで、スキルもなしにクソブラックな仕事に放り込むんだもん。しかも魂の管理も適当だから、そこで死んじゃったらまた転生できるかどうかだってわからないし」
「こればっかりは、私たちにできることもないしね。引っかかった人がいないことを祈るばかりだわ」
渡瀬が残りのコーヒーを一気に飲み干したところで、デスク上のモニターがピコンと音を立てる。
「おっと、お客さんみたいね」
「あららー。それじゃあ先輩、がんばってくださいねー」
「ええ、近いうちに飲みにでも行きましょう」
手を振りながら去っていく三河を見送ると、渡瀬は目の前のモニターへと向き直った。
「セカナビへの登録ありがとうございます。ご案内を開始します」