はじまり
あとちょっとで世界を救える!
半世紀前、地表を覆っていた青い空と緑豊かな大地は、突如として訪れた環境の激変によって失われた。大規模な砂嵐と有害な大気が人々の生活を脅かし、地表での居住はほとんど不可能になった。それ以来、人類の大半は地下に巨大な都市を築き、安全な生活を送るようになった。
しかし、すべての人が地下に移り住んだわけではない。わずかな人々が地表に残り、過酷な環境の中で細々と生き続けていた。
リタもその一人だ。祖母と二人、砂塵にまみれた小さな家で慎ましく暮らしている。リタは小柄ながらも好奇心旺盛で、物を修理したり新たな道具を作ったりすることが得意だった。その姿には、荒廃した世界でも希望を見つけようとする芯の強さがあった。
「おばあちゃん、あとどこを掃除すればいい?」
リタはモップを片手に声を上げた。
「そうねぇ、今度は書斎をお願いしようか。」
キッチンで何かを煮込んでいる祖母が答える。その声は柔らかく、時間がゆっくりと流れているような感覚を与えた。
「書斎かぁ……また本だらけなんだろうな。」
リタは小さくため息をつきながらモップを持って書斎へ向かった。
書斎の中はやっぱり本で埋め尽くされていた。背の高い棚にはびっしりと本が詰まっており、リタが背伸びしても届かない場所もある。床には古い箱や紙束が積まれており、どうやらここを片付けるには少し骨が折れそうだ。
しかし、いつもは見慣れた書斎なのに、今日はどこか違和感があった。埃を払おうと棚の周りを掃除していると、ある部分だけ埃が薄いことに気がついた。さらに、積まれている箱の配置が僅かにズレているように見えた。
「……なんだろう、ここ。」
リタはモップを脇に置き、その箱をどけてみた。すると、床の一部に埋まった小さな扉が現れた。
「えっ、こんなのあったんだ……」
扉の周りは微妙にホコリが薄い。どうやら最近も使われていた痕跡があるようだ。リタは指で周囲をなぞりながら興味津々に扉を覗き込む。
「おばあちゃん! この部屋に変な扉があるよ!」
「え? 何のこと?」
おばあちゃんはすぐに部屋に来る様子はなかった。
リタはその扉を指先でそっと押してみた。カチリと小さな音がして、鍵が外れたようだった。そこには地下へと続く細い階段が隠されていた。
「なにこれ……階段?」
不意に胸が高鳴る。好奇心に駆られたリタは、モップをその場に置くと階段を慎重に下りていった。
階段を降りると、地下室には不自然なほど整然とした空間が広がっていた。壁一面に端末が並び、床には無数のケーブルが這っている。その中心に大きな円形の端末が鎮座し、青白い光を放っていた。
空間は異様な静けさに包まれており、まるで時間が止まったかのようだった。ほこりひとつない清潔さがかえって不気味さを際立たせている。リタは思わず身震いするほど冷たい空気を感じた。その中で、装置の光が微かに脈動しており、まるで生きているかのように見えた。
「何これ……?」
リタは慎重に足を進め、端末の側に立つ。ふと、端末が彼女の存在に気づいたかのように光が明滅した。
端末音声
「オ…ル…ビス……エリュ…シ…ア……」
リタは眉をひそめた。
「オルビス……エリュシア?」
その瞬間、端末のスクリーンが起動し、幾何学的な図形と文字列が次々と現れた。その中に「オルビス・エリュシア」という文字が一瞬浮かび上がり、すぐに消えた。
「これは……名前?」
リタは頭を傾げながら端末を調べ始めた。専門用語がずらりと並ぶが、彼女の目は次第に輝きを帯びていく。
「制御プログラムの構造……これ、全体を操作できる中枢か何かだわ。でも、この構造、どこかで見たことが……」
リタは記憶をたどり、数年前に両親の研究ノートで見た情報と一致する部分を見つけた。
「やっぱり、両親の研究だ。これが……でも、なんでこんなところに?」
彼女の好奇心が尽きることはなかった。端末に触れ、コードを読み解き、システムの中に隠された「何か」を追い求める。
だが、ふとした拍子に端末が静止し、再び機械音声が流れた。
端末音声
「……リ……シ…ア……確認……しました……」
リタは息を呑んだ。
「確認……って何を? 私のこと?」