第7話
神殿を出て丘を下り、麓の港町イスティユに戻ってきた。
アステルが今後も一緒に来てくれるのは嬉しいが、さてこれからどうしたもんか。俺一人で勝手に決めるわけにもいかねえから、二人の仲間と相談してえが、こんな真夜中じゃ妖精の美青年も魔女っ子も、宿屋で寝てるだろう。
……仕方がねえ。明日は何があるかわからねえし、今のうちに俺も、宿で眠っておこう。
本日の夕方、俺とデュラム、サーラの三人が泊まることにした宿屋〈海精の誘惑亭〉は、町の表通りにある。鍵がかかった入り口の扉を叩いて、寝ぼけ眼のご主人に開けてもらった。今まで外へ出てて、戻るのが遅くなったことをわびてから、階段で二階へ上がる。
仲間が休んでるはずの部屋に入ると、意外なことに――。
「おいメリック。貴様、今までどこへ行っていた? 森の神ガレッセオと風神ヒューリオスにかけて、答えろ!」
「もうメリック! 起きたらあなたがいなくて、心配したんだから。夜中に一人で出歩くのは危険なんだから、やめなさいっていつも言ってるじゃない!」
「げ……デュラムにサーラ、起きてたのかよ……」
しかも、こっちへ二人並んで詰め寄ってくるし、ほとんど同時に俺の名前を呼んで、叱ってくるときた。
「す、すまねえ二人とも。実はだな――」
かくかく、しかじか。丘の上にある神殿へ行ってた事情を説明し、もう一度「悪かった!」って、二人に無断で外へ出てたことをわびる。
いけねえ、またやっちまったぜ。
よく一人で突っ走っちまうのが、俺の悪いところだ。おかけでこの二人にゃ、今まで何度も迷惑をかけてきたから、こんなときはもう、謝るしかねえよ。
幸いアステルが、すぐに俺の背後からひょこっと顔を出し、
「あの……ウィンデュラムさん、マイムサーラさん。お二人ともフランメリックさんのこと、あまり責めないであげてくださいね。神殿へ来てほしいってお願いしたのは、ぼくですから」
と、かばってくれたおかげで、助かった。
すまねえアステル、恩に着るぜ。
デュラムもサーラも、初めは厳しい口調で咎めてきたものの、事情がわかるとすぐに怒りを収めてくれた。魔女っ子は焼き立ての麺麭みてえにふくらんでたほっぺたを緩め、妖精の美青年は眉間に寄ってた皺を消す。そうやって表情を和らげると、二人とも神殿での出来事について、詳しい話を聞きたがった。
「……そう。死の神様たち、そんなことを言ってたの」
「ああ。呪詛について知りたきゃ、冥界へ来ねえかって誘われたぜ」
「ごめんなさい、メリック。あたしが呪いにかかってなんかいなければ、そんなお誘いされることもなかったのに……」
「いや、サーラは悪くねえって。おかしいのはあの死神たち――それに冥界の王だろ。なんで俺たちなんかと会いたがるんだか。しかもサーラの呪いだけじゃなくて、おっさんを捕らえて駆け引きの材料にするなんざ、一体なに考えてるんだか……」
「ウォーロ神とヒューリオス神、ザバダ神からは、助けが得られる見込みはなしか。そちらのロフェミス神は……?」
「すみません。ぼく一人じゃ大したお力にはなれないかもしれませんけど……気になるんです、皆さんのこと。お邪魔にならないようにしますから、どうかお供させてください」
「だーかーら、神様のくせに謙遜するなって」
俺が床に腰を下ろして話したことについて、デュラムは壁に背中を預け、サーラは星の神様に椅子を勧めながら、思ったことや疑問を口にする。それに俺が答え、一人だけ椅子に座って申し訳なさそうに肩幅狭めたアステルも、時々話に加わる。
そんなふうにしばらく話した後、
「ところでさ。明日からのことなんだが……」
と、俺は一番肝心な話――これからどうするかって相談を、仲間に持ちかけた。
「太陽神リュファトが冥界に捕らわれたことで、明日は何か起こるんじゃねえかって話だが、だからってそのときが来るまで、悠長に待ってるわけにもいかねえ。だから……俺は明日この町で、呪詛や冥界について調べてみようと思うんだが」
自分の意見もなく、ただ相談するのも無責任ってもんだからな。乏しい知恵を絞って考えてみたんだが、今俺たちに必要なのは、サーラにかけられた呪詛やおっさんが捕らわれた冥界に関する知識だろう。
なにしろ呪詛については、剣術馬鹿の俺にゃわからねえことが多すぎる。冥界の王ヴァハルの力を借りて、遠く離れた場所にいる相手の体や心を蝕み、不幸な目に遭わせる魔法だって、昔本で読んだことがあるが、それ以上のこととなるとさっぱりだ。ましてや冥界についちゃ、俺に限らずデュラムやサーラにとっても未踏の地、未知の領域のはず。
呪いに身を蝕まれてる魔女っ子や、冥界に捕らわれたおっさんを助けるにゃ、まずはその二つに関する知識を増やしていくべきだろう。
幸い、ここはレクタ島――神々の王、太陽神リュファト誕生の地とされる神話と伝説の島。話を聞く相手にはこと欠かねえはずだ。丘の上にある神殿にゃ、あの三人の神様は別としても、呪いや死者の国にまつわる伝承に詳しい神官や巫女さんがいるかもしれねえ。今俺たちがいるこの町にも、古文書に記された神話を知る賢者や、竪琴の調べに合わせて伝説を語る吟遊詩人がいるんじゃねえか。それらを手当たり次第に当たっていけば、ひょっとすりゃ――何かしら道を切り開く糸口が見つかるかもしれねえ。
自らの力で、呪いを解くことができた奴はいねえのか。生きながら冥界へ行って、この世へ帰ってきた奴はいねえのか。もしそんな奴がいたなら、どんな手を使ったのか――。
実は、そういう話ならアステルが知ってるんじゃねえかと思って、神殿からこの町へ戻る道すがら、たずねてみたんだよな。けど、意外なことに星の神様は「すみません」と目を伏せ、かぶりを振った。
――実はぼく、冥界には行ったことがなくて、どんなところなのかよく知らないんです。呪詛についても、かかわるなって母さんから止められてるもので……頼りにならなくて、申し訳ないです。
――ああ……いや、いいんだって。あんたが一緒に来てくれるのは俺としちゃ頼もしいんだが、なんでも神の助けを当てにしちゃいけねえってのは、ずっと思ってることだからさ。
幾千もの綺羅星瞬く夜空の下で、神とそんな話をしたことを思い出しながら、俺はそっと仲間たちの様子をうかがった。
アステルはいい奴だと思うし、親切にしてくれるのも下心なしの善意からだって信じてえが、だからって頼りきっちゃ駄目だ。俺たちが知らねえことは、まずは自分たちで調べてみるべきだろう。
とはいえ、剣術馬鹿の意見なんざ、果たして受け入れられるかどうか。そんな不安が脳裏にもやもやと立ち込めてたんだが、
「あたしは……いいと思うわ」
サーラの奴がまず、賛成に一票を投じてくれた。
「実はあたしも、呪詛については自分で調べてみたことがあるんだけど、正直わからないことだらけなのよね。冥界についても、地方によってはあたしたちが知らない伝承があったりするかもしれないし、調べてみるのもいいんじゃないかと思うわ。それに……」
と、一旦言葉を切った魔女っ子は、くすりと笑って、俺を見る。
「メリック。あなたがあたしのために、できることをしようって思ってくれてるのは、嬉しいし。呪詛については、あたし自身にかかわることなんだから、あなたが調べるなら、あたしも手伝うわ」
それを聞いて、ぴくりと耳を動かしたのはデュラムだ。
「……神々が多くを語らず、かかわろうともしないことについて、我々と同じ地上の種族からどれほどの知識を得られるかわからんが……」
と、あまり乗り気じゃねえって顔をしながらも、
「どの道、今は他にできることがあるわけでもない。この町の住人たちに聞き込みをするなり、神殿の神官や巫女をたずねるなり、貴様の思うようにやってみればいいだろう」
最後はそう言って、俺の背中を押してくれた。
「それじゃ、決まりだな」
こうして明日やることが決まり、話し合いは終わったが、果たして朝まで眠れるかどうか。
神々の王である太陽神リュファトが冥界に鎖で繋がれ、明日は何が起こるかわからねえ。
いざってときに動けるよう、今は身体を休めるしかねえって自分に言い聞かせ、寝台の上で横になってはみたものの……やっぱり、不安なもんは不安だぜ。
どうか明日は、いつも通り太陽が昇りますように!




