第2話
「ただ今冥界には、リュファト大神が捕らわれておいでにございます」
「……っ!」
リュファト――この世界を統べる神々の王にして、昼を司る太陽神。アステルの親父さんであり、俺が今までに会った神々の中でも、特に思い出深い神様だ。
今でもその名を聞くと、つい耳をぴくりとさせちまう。
「おっさんが……冥界に?」
三年と半年前にシルヴァルトの森で出会い、束の間だが一緒に旅して冒険した、青い外套の剣士。俺がうっかり「おっさん」なんて呼んじまっても怒らず、俺のことを親しげに「メリッ君」って呼んでくれた、あの神様。波打つ金髪を肩に流し、眠たげで温かな目をした浅黒い顔が、懐かしい思いと共に記憶の淵から浮かび上がってくる。
けど、おっさんが冥界に捕らわれたって、なんでまた、そんなことになったんだ?
「……! どういうことですか? 答えてください、カーメイさん!」
今度の餌にゃ、俺だけじゃなくて、アステルまでもが食いついた。血相変えて、死神に詰め寄っていく。
自分の親父さんが、危機に陥ってるって話なんだからな。あんなに冷静さを欠いちまうのも、無理はねえだろう。
「夕方ぼくと話したときはそんなこと、一言も言わなかったじゃないですか!」
「おおロフェミス神、漆黒の空に綺羅星をちりばめる夜の王子よ。この知らせは我らが御身と別れました後、つい先ほど届いたものでしてな。夕刻御身とお会いした時点では、我らも存じなかったのでございますよ。とはいえ、お伝えするのが遅れましたことは、どうかお許しを」
恭しく――少なくとも、うわべは丁寧に――頭を下げる死神たち。
「一体なんで、そんなことに?」
俺が事情をたずねてみりゃ、カーメイからこんな答えが返ってきた。
「いかなる事情かは存じませぬが、リュファト大神はメラルカ神を追っておられたとのことでございます。そして――」
「大神様に追い詰められたメラルカは冥界へ逃げ込み、その後を追って大神様も、自ら冥界へお下りになられたのさ」
ドゥザーボって名の死神その二が、途中からカーメイに代わってそんなことを話し、
「しかし、冥界は我らが主ヴァハル神の領域。いかに神々の王といえども、ヴァハル神の許しなく立ち入ることは許されない」
と、ナキシルと名乗った死神その三が続ける。
「ゆえにヴァハル神は、不本意ながらもリュファト大神を召し捕られ、冥界の獄舎にお繋ぎになられたのでございます」
「嘘です! 父上が冥界に捕らわれるなんて、そんなこと……」
この知らせは。アステルにとっても相当衝撃だったみてえだ。
「信じるも信じぬも自由にございます、ロフェミス神。どの道、明日になればおわかりになることでございましょう――我らの言葉が、真実であると」
意味ありげな物言いに俺が怪訝な顔をすると、死神の首領は薄ら笑いを浮かべ、
「リュファト大神はあまねく世界を照らす太陽神にございます。あの方が冥界に捕らわれたとなれば地上はどのようなことになるか、察しがつくのではございませんか?」
と、こっちの不安をあおりやがる。
「何か、天変地異でも起こるってのか? その……太陽が、どうにかなっちまうとかさ」
「さあ? 貴殿のご想像にお任せしましょう。それよりフランメリック殿、ヴァハル神は貴殿が自ら望んで冥界へお越しになられるならば、リュファト大神の戒めを解いてもよいと仰せにございます」
それ以上、俺の質問に答えようとはせず、立ち去る気配を見せる死神たち。
「今や夜も更けてまいりましたゆえ、此度はこれにて。時を改め、いずれまた相まみえることといたしましょう」
「それまでに、よく考えることだ」
「そうそう。焦らず、じっくりとねえ」
「貴殿からは必ずや、ヴァハル神がお喜びになるご返答をいただけるものと、私めは確信してございますよ。それでは、今宵はこれにて……」
不気味なしわがれ声を響かせ、その身をじわりと夜の闇に溶け込ませるカーメイ。俺が瞬きする間に、奴の姿は跡形もなく消え失せた。他の死神たちも一人、また一人と闇に溶け、姿を消していく。
最後に名乗った死神――あれ? なんて名前だったか思い出せねえや――も無言で立ち去り、後に残ったのは二人だけ。青ざめた顔して立ち尽くすアステルと、その傍らに立つ俺だ。
漂流生活から解放されて、ようやく大地を踏み締められたと思ったら、なんてこった。今度は死神たちから、あの世への招待状を渡されちまうなんて。




