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第18話

 自由を得た虜囚が、監獄の外へと這い出てきた。頭を低くして、のそりと。

 筋肉が盛り上がった左右の肩を交互に浮き沈みさせ、長い首としっぽをうねらせながら、一歩、また一歩と進む、ゆったりとした足取り。その優雅にさえ見える緩慢な動きから、(ドラゴン)にしちゃ大人しそうな奴だな――と、気が緩みかけたんだが。

 檻から出てきて鎌首もたげた蛇竜(ムシュフシュ)と、不意に目が合い、ぎょっとなった。

 喜怒哀楽、いずれの感情も宿さずにこっちを見下ろす、黒い硝子(ガラス)玉みてえな蛇の目。一見、つぶらで愛らしいが、その実、生まれて間もない雛鳥を、ぴいぴい泣き喚くのも構わず淡々と丸呑みにしちまう、無感情な捕食者の目――。


 見かけにだまされちゃいけねえ。こいつは……危険な相手だ。


 そう悟った、次の瞬間――シャアッ! 東方の蛇使いが笛の旋律(メロディ)に合わせて踊らせるという猛毒の眼鏡蛇(コブラ)さながら、俺の頭上高くで右へ左へ、ゆらゆら揺れてた竜の頭が、奇声を発して飛んできた。


「うわッ!」


 蛇竜(ムシュフシュ)の頭は正面から見りゃ、ちょいと潰れた五角形。大きさは俺が両腕広げてどうにか抱えられるくらい。そいつがくるんと反り返った角で風を切り、鼻息荒い闘牛みてえな勢いで突っ込んでくるんだ。その破壊力は間違いなく、投石機がぶん投げる石の弾丸に匹敵するだろう。

 まともにくらえば生身の人間なんざ即、粉々だ。原型を留めねえ、血まみれの肉塊にされちまうのが目に見えてる。


「っとととォ……!」


 間一髪、横っ飛びに跳んで避けると、その直後、竜の頭は地面に激突し、土やら小石やらを盛大に跳ね上げた。


「……ッ!」


 こめかみから顎まで、ほっぺたを伝ってきた冷や汗を、革手袋に覆われた手の甲でぬぐう。

 血みどろの挽き肉になる運命は回避できたが、安心してる暇なんざねえ。狙いが外れたと見るや、すぐに竜は長い首を振り上げ、頭を宙へと引き戻してる。次こそは獲物を仕留めようって腹積もりなのか、その首が二の矢をつがえた弓の形に反って、きりきりと引き絞られる。

 まずい。またあの頭が、石弾みてえにすっ飛んでくるぜ。

 続けて二撃、三撃と攻められることを予感して、いつでも後ろへ飛び退けるよう身構えた。

 相手を見すえたまま背中を丸め、腰を落とす。膝を曲げた姿勢でちょいと踵を浮かせて、脚のばねに力を込める。

 ここは一度後退し、間合いを離して反撃の機会をうかがうべきか――。

 そんなことを考えてると、


「勇者様。戦いの最中に口を挟んで申し訳ないのですが、一つご忠告を」


 ちょいと離れたところから俺と蛇竜(ムシュフシュ)の戦いを見物してた巫女様が、妙なことを言い出した。


「ご自分のまわりで何が起こっているか、もう少し気にした方がよろしいですわよ?」

「え……?」


 嫌な予感がして周囲を見回してみりゃ……太陽神リュファトにかけて、なんてこった! さっき(ドラゴン)を檻から出した四人の冒険者が、いつの間にか四方を取り囲んでるじゃねえか。


「げげっ……!」


 見るからに熟練の冒険者たちって感じの連中だ。四人そろって、くすんだ褐色の革鎧を身にまとい、その上に色()せた外套(マント)を重ね着してる。どいつも顔は目深にかぶった頭巾(フード)に隠れて、口許くらいしか見えねえ。

 もう一つ、四人に共通する点と言えば――それぞれの手に握られてるのが、先端が(かぎ)みてえに大きく湾曲した鎌剣だってことか。


「こちらの冒険者様たちには、勇者様がこの場からお逃げになったりしないよう、見張り役をお願いしましたの。蛇竜(ムシュフシュ)を生け捕りにするほどの方々ですから、勇者様でも振り払うのは容易ではないかと」

「巫女様、あんた……!」


 俺と蛇竜(ムシュフシュ)、どちらかが倒れるまで、戦わせるつもりかよ。

 強大な力を持つ魔物と一対一(サシ)で戦うことになり、しかも逃げられねえよう囲まれちまった俺。正直言って、かなり危険な状況だが……このままやられてたまるかってんだ。


「――いいぜ、上等だ」


 恐怖と緊張を胸の奥底に押し込め、強気なせりふをのどの奥から絞り出して、気迫を見せる。両手で固く握り締めた剣を中段から下段に構え直し、改めて(ドラゴン)と向き合った。


「ここまでするからにゃ……絶対守れよ、約束!」


 巫女様を横目でにらんで、念を押す。

 目つきと声色から、怒気が伝わったんだろうな。普段は夢見るようにぼんやりした表情の巫女様が、目覚めたみてえにはっと息を吞み、一歩後ずさるのが見えた。

 へへっ。ちょいと怖がらせちまったようで悪い気もするが、俺だってここ最近、ずっとこの人の調子(ペース)に乗せられて、勝手に勇者扱いされたり、今も危険(ピンチ)に見舞われたりしてるわけだしさ。

 このあたりで一矢報いるくらい、させてくれてもいいじゃねえかってのが、正直な気持ちだぜ。

 話を本筋に戻して――四方を囲む冒険者たちに視線を走らせ、俺は考えた。

 幸い、あの四人は逃げ道をふさいでるだけで、自ら進んで手を出してくる気配はねえ。それなら、今は目の前の敵、蛇竜(ムシュフシュ)との戦いに集中するべきだろう。

 ……待ってろよ、サーラ。

 心配、不安、もどかしさ。今朝、そういった気持ちを言葉の端々ににじませながらも気丈に見送ってくれた魔女っ子の、精一杯姉貴ぶった顔を思い浮かべ、俺は口の端で「へっ」と苦笑する。

 一人で突っ走るなって、デュラムだけじゃなくて、あいつからもさんざん言われてるのに。今回もまた、やらかしちまったかもしれねえ。

 けど、俺だって冒険者の端くれだ。これくらいの危機(ピンチ)なんざ、太陽神リュファトにかけて、必ず切り抜けてみせる。

 そんでもって、サーラ――。


 お前を助ける手がかり、きっとつかんで帰るからさ。


 蛇竜(ムシュフシュが)再び頭突きを仕掛けてきた。

 弓形に反り返った首が勢いよく元に戻り、その先についた頭が俺を叩き潰そうと飛んでくる。威力ばかりか、速さも投石機が撃ち出す石弾並みだ。


「よッ……とォ!」


 今度は真横じゃなくて、心持ち斜め前に跳んで、かわした。同時に宙で身をひねり、傍らを通り過ぎていく竜の頭と、その後に長々と続く首の方を向いて着地する。

 反撃するなら今だ!

 目と鼻の先で伸びきってる竜の首を、大上段からの一太刀で叩っ斬って……やりてえところだが、今回は下段から、気合を入れて斬り上げた。


「でぇやあぁッ!」


 足を踏ん張り、腹と両腕に力を込めて、足元に切っ先向けた剣を、一息に頭上へ振り上げる。

 (ドラゴン)の身体は大抵、魔法がかかってるとしか思えねえ硬さの鱗に覆われてて、簡単にゃ傷つけられねえ。たとえ小人(ドワーフ)工匠(たくみ)が、これまた魔法じみた鍛冶の技で鍛えた武器を使っても、切り裂き、貫き、打ち砕くのは無理だって言われてる。

 けど、熟練の冒険者たちが酒場で乾杯しながら語らうのを聞いてると、どうも魔法の鱗が守ってるのは主に頭やうなじ、背中であって、のど元や腹は血の通った肉があらわになってることが多いようだ。

 実際、俺が今相手にしてる蛇竜(ムシュフシュ)も、長い首の後ろ側、うなじにあたる面は鱗がびっしりだが、よく見りゃのど元を含む反対の面は、柔らかそうな蛇腹がむき出しだ。

 そこを狙えば、ひょっとして……?


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