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第17話

 そんなわけで、その後は、どうにかして巫女様から話を聞き出そうと意気込む俺と、今まで通りのらりくらりと話を逸らす巫女様の間で、丁々発止と言葉の応酬が繰り広げられることになる……と思ってたんだが。

 どうも神々は、俺の予想とは違う運命を定めてたみてえだ。


「では、ちょうどいいですわ。どうぞこちらへ、勇者様」


 今日は俺が一人で来たってことを知るなり、巫女様はこっちにくるりと背中を向けて、歩き出した。いつもなら言葉巧みに俺の質問をかわし、適当なところで「あら、そろそろお祈りの時間ですわ」とか「いけない、用事を思い出しましたわ」とか言って話を切り上げ、神殿の中へ引っ込んじまうのに。あの巫女様、今日は今までと違って神殿にゃ入らず、その右手にある脇道へ向かってるようだ。


「ちょっ……どこ行こうってんだよ、巫女様……!」

「知識を得たいとお望みでしょう? リュファト大神が捕らわれておいでの冥界や、お仲間のマイムサーラ様にかけられた呪い――ーそれらにまつわる知識を」

「……っ!」


 冥界、呪い。今最も関心を持ってる二つの言葉が、思いがけず巫女様の口から出てきたもんで、胸がどくんと高鳴った。一拍遅れて、のどもごくりとつばを吞み下す。

 後を追うべきか、迷うところだ。頭の中じゃ「慎重になれ」って警鐘が鳴ってる。すました顔して実は仲間思いな妖精(エルフ)の、用心を促す声が。


 ――あの巫女には気をつけろ。敵意は感じなかったが、胸の内で何を考えているかわからん。貴様を勇者に祭り上げて、利用しようとしているのかもしれん。当面は警戒を怠るな。


 脳裏に響くのは、一月前――巫女様と初めて会って話した後で、デュラムが真顔で俺を見て口にした言葉。そう言えば、さっき宿を出る際にも、あいつから同じことを念押しするように言われたっけ。

 俺もあの巫女様にゃどこか危険なもんを感じるし、妖精(エルフ)の美青年が言う通り、警戒が必要なのは確かだろうな。

 それでも、ここで後を追わねえってのは……。


「おい! 待ってくれって、巫女様」


 結局、そう呼び止めながら足を踏み出してたのは、ついさっき、今日こそ巫女様から話を聞き出してやるって決めたばかりなのに、追いかけねえでどうするって思いがあったからだ。

 行く手にはひょっとしたら危険が待ち構えてるかもしれねえが、だからってここで尻込みしてちゃ時間だけが刻々と過ぎて、いつまでたっても前に進めねえ。

 竜のねぐらになってる洞穴に入らずして、(ドラゴン)のお宝は得られねえ――なんて伝説の英雄が遺した言葉もあるからな。今日は多少危険を冒してでも、俺たちが必要としてる知識を得て、デュラムやサーラの許へ持ち帰ってやりてえ。特にサーラにゃ、ほんの少しでもあいつの心が晴れて、未来に明るい希望が持てるような話を、聞かせてやりたかった。

 そこで俺は、腹をくくって足を速め、巫女様の後を追いかけた。

 もちろん、妖精(エルフ)の「用心しろ」って忠告を、頭の中から締め出したわけじゃねえ。万が一に備え、腰帯(ベルト)に吊るした剣の握り具合と、すぐに鞘から抜けるかどうかを、そっと確かめる。

 それから……剣の隣に紐でくくりつけた、小さな(シルク)の袋に触れた。


 ――フランメリックさん。これをお渡ししておきますから、ぼくがいない間、いざというときに使ってください。


 宿屋を出るとき、袋とその中身をくれた神様の言葉を思い出す。


 ――あなたが神々に、できればぼくにも頼りたくないって思ってることは、わかってます。けど……それでもぼく、あなたの力になりたいんです。


 ……恩に着るぜ、アステル。

 滑らかな(シルク)の布地に触れた手で、袋を強く握り締める。

 本当に必要なときは、使わせてもらうからな。


「おお、こちらにおいででしたかメイメア様。イスティユの港から、兄君がお乗りの船が到着したとの知らせが入りましたぞ」

「お兄様が? 予定よりお早い到着ですわね」


 一方、巫女様は俺の前を歩きながら、自分の許へ小走りに寄ってきた神殿の関係者たち――白鬚を蓄えた年配の神官や、まだ十代半ばじゃねえかって若い巫女さんと、言葉を交わしてる。


「取り急ぎ、港へ迎えの者を。いつもの宿屋に部屋は用意させてありますから、そちらへ案内して差し上げて。ああ、今日のお勤めが終わったら、わたくしの方からお訪ねしますと、言伝(ことづて)もお願いしますわ」

「承知しましたぞ」

「〈大巫女〉様。先日島に流れ着いた漂流者たちの代表がお会いしたいそうです。巫女様から衣服や食料の施しをいただいたことにお礼を申し上げ、神殿でリュファト大神にもうでたいとのことですが、いかがいたしましょう?」

「まあ、律儀な方ですのね。けれどわたくし、あいにく別の用事がありますの。お礼は無用、神殿での参拝はご自由にとお伝えしてくださらない?」

「はい、ではそのように」


 へえ……あんなふうに指示を仰がれるなんて、結構頼りにされてるんだな、あの巫女様。

 王がいねえこの島を事実上治めてる神殿、その中でも特別な地位にあるって話は、どうやら本当みてえだ。

 俺が胸の内で感心してるうちに、巫女様は神殿の正面から右へ逸れ、脇道へと入っていく。神殿の傍らに生い茂る木々の合間を縫って、裏手へ向かう細道だ。

 そう言えば、神殿の裏へ回るのは、今回が初めてだな。


「なあ巫女様。この先、一体何があるんだよ……?」


 先を行く巫女様と、俺の間に木の枝葉が割り込み、視界がさえぎられた、ちょうどそのとき。俺が投げた問いへの答えが、枝葉の向こうから返ってきた。もっとも……それは巫女様の言葉じゃなくて、人間(ひと)ならざる「何か」の鳴き声だったんだが。


 シュルル、シュルルッ。


 毒蛇が舌をちらつかせながら発する威嚇の音に似た、奇怪な響き。危険を感じて、考えるより先に体が動いた。その場から跳ねるように飛び退き、地に足がつくと同時に右手は腰へ。

 剣をひっつかんで、いつでも抜ける体勢をとる。


「慌てなくても大丈夫ですわ。まだ檻から出してはいませんもの」

「檻だって……?」


 嫌な予感がする。剣をつかんだまま、一歩一歩前へにじり出て、視界の邪魔になってる枝葉を払いのけていくと――いた。巫女様が、四つの人影と一緒に。

 巫女様は木立を抜けた先にある、ちょっとした空き地で俺を待ってた。一緒に立ってるのは、元々その場にいたらしい、冒険者の身なりをした四人組。けど、それより気になるのは、連中の背後にでんっと置かれた、でっかい檻だ。

 高さは俺の背丈の倍近く、幅と奥行きは三倍以上あり、狼や獅子、熊でも閉じ込めておけるような鉄の檻だ。頑丈な鉄棒を縦横に組み合わせた格子が四方を囲い、上下も塞いでる。一度中に放り込まれりゃ、どんな猛獣もまず逃げられねえ鉄の牢獄だ。

 けど、今その中にいるのは、ただの獣じゃなくて――。


「巫女様。あんたそりゃ、魔物じゃねえのか……?」


 そう、魔物。人間だけじゃなくて、妖精(エルフ)小人(ドワーフ)鬼人(トロール)、巨人――地上に住むあらゆる種族にとって、恐れと忌避の対象となってる怪物。

 檻の中でうごめいてたのは、そのうちの一頭だった。


「どうぞこちらへ来て、ご覧になって。以前からこの島のあちこちに出没しては住人や家畜を襲うので、高額の賞金がかけられていた子ですわ。三日ほど前、こちらの冒険者様たちが生け捕りにしてくださいましたの。フランメリック様が真の勇者かどうか、力を試すにはちょうどよいお相手でしょう?」

「まさか俺に、そいつと戦えってのか? その……蛇竜(ムシュフシュ)と?」


 蛇竜(ムシュフシュ)。はるか東方の太陽が昇る地、二つの大河に挟まれた泥の大地に数多く生息するという強大な(ドラゴン)の一種。角が生えた蛇の頭と長い首を持ち、肩の筋肉が隆々と盛り上がった獅子の胴からは、鷲の鉤爪がついた四本足と(さそり)のしっぽが生えてる。

 (ドラゴン)は魔物の中で最強の力を持つとされる、危険な存在だ。半年前に〈樹海宮〉の地下でお宝を守る(ドラゴン)に追いかけられたときも、ただ逃げるしかなくて、戦おうだなんて思いもしなかった。

 その(ドラゴン)と戦うって……俺が? 一人で?


「ええ、そうですわ。フランメリック様がこの魔物に勝てば、わたくしが冥界と呪いについて、知っていることをすべてお話しますわ」

「……負けたら、どうなるってんだ?」

「そのときは、フランメリック様は真の勇者ではなかった――ということになりますわね」


 肩をすくめて平然と「それだけのことですわ」って言い添える巫女様。

 あっけらかんとしたその表情からは、自分の行いが原因で死人が出たってなんの痛みも感じねえって薄情さが透けて見え、正直怖い。うなじにぞわっと鳥肌が立ったのを向こうに悟られねえよう、俺は怒ったふりして眉根を寄せ、むーっと不機嫌(づら)をつくらなきゃならなかった。


「けれど安心なさって、そんなことは絶対にありえませんもの。わたくしは、そう信じてますわ」

「なんでそう言い切れるんだよ?」

「もちろん、フランメリック様は勇者だと、神のお告げがあったから、ですわ」


 神は絶対誤ることがなく、神が言うことは常に正しい。この巫女様は、本気でそう信じてるのかよ?

 俺が知る限り、そんなことはねえと思うんだが。


「……俺が勝ったら、約束は守ってもらうぜ」


 デュラムやサーラがこの場にいてくれたら――たとえ見守っててくれるだけでも、どんなに心強いだろう。けど今は、甘ったれたことを言ってる場合じゃねえ。

 フランメラルドの息子フランメリック。いざ、(ドラゴン)退治に挑戦だぜ。


「さすがは勇者様、勇気あるご決断ですわ。それでは――神々のご加護があらんことを」


 巫女様の合図に応えて、四人の冒険者が動いた。檻にかけられてた錠前が外され、鉄の格子戸が開け放たれる。


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