第13話
「フランメリック様を『勇者』とお呼びした理由は、他でもありません。この方こそが将来、世界をお救いになる定めの勇者だからですわ」
ぜ、全然こっちが理解できる説明になってねえよ、巫女様……。
そんな不満を覚えたのは、俺だけじゃねえようで。
「ますます理解し難いな。この男が勇者だと? 笑えない冗談はやめてもらいたいものだ」
「冗談ではありません。この方は――フランメリック様は勇者です。そう神託があったのですから、間違いありませんわ」
「神託、だと……?」
「はい。この神殿で下されるリュファト大神のお告げ――神託が周辺の国々から重んじられ、毎年各国の使者が伺いを立てに来られることは、ご存じですね?」
「当然だ。私をそこの世間知らずと一緒にされては困る」
な・ん・で、こっちを指差すんだよ、デュラムの奴!
心の中で、密かに憤慨する俺。
この三年と半年の間旅をして、それなりに世界のことはわかってきたつもりなんだがな。俺よりずっと長く生きてる妖精のデュラムから見りゃ、まだまだ見聞が足りねえってことなんだろう。
「しかし……本当に神が告げたというのか? この男が、勇者だなどと」
「はい。七日前に、この神殿で」
むー。俺が不満げにむくれてるのを他所に、デュラムと巫女さんは話し続けてる。
「神託が下されたというならば、それを聞いた巫女がいるだろう。神の声を聞くことができるとなれば、相当な修行を積んだ特別な巫女のはずだが」
デュラムの言葉に「貴殿ではないだろう」って皮肉が含まれてることは、俺にもわかった。俺が気づくくらいだから、目の前の巫女様にも間違いなく伝わっただろう。
だが、巫女様はまるで意に介した様子も見せず、なんでもねえことのように、さらりとこう答えた。
「ええ、もちろん――わたくしがその『特別な巫女』ですわ、ウィンデュラム様」
最後に出てきた自分の名前を聞いて、妖精の美青年が長く尖った耳をぴくりと動かした。
まただ。この巫女様、さっきは俺の、今はデュラムの名前を言い当てたぞ。俺たちはまだ、この人にゃ名乗ってねえってのに。
「私の名を知っているだと? 貴殿は一体……?」
「すでに申し上げた通りですわ。わたくしはメイメア――〈神より言葉を預かる者〉〈過去と現在を知らされし者〉〈未来を推し量る者〉。そして、リュファト大神を祀るこの神殿でただ一人、神のご意思を伺うことができる〈大巫女〉ですわ」
夢見心地でいるかのような恍惚とした表情のまま、巫女様は語る。神に仕えてきて俗世の垢にまみれてねえからか、どこか浮き世離れして見える人だが、自分の数ある肩書きを一つずつ明かしてみせたときの口調は、かすかに誇らしげだった。長年の努力と経験に裏打ちされた、中身が伴う自信を感じさせる声だった。
その誇らかな響きを、妖精の鋭い耳が聞き逃すはずもねえ。相手がただ者じゃねえと悟ったらしく、デュラムが一瞬目を見開いた後、ぐっと眉根を寄せて、警戒の面持ちをあらわにする。
けど、あいつはちょいと動揺したからって、それをいつまでも面に出しておくようなことはしなかった。すぐにいつもの冷静さを取り戻すや、
「……ふん。神託があったという話は事実だとしても――だ。大神リュファトは本当に『メリックは勇者だ』と告げたのか?」
と、今度は神託の中身に疑惑の目を向けてみせる。
「不信心な方ですのね、神託をお疑いになるなんて。神々のお怒りを買いますわよ?」
「疑いたくもなる。この凡庸な人間が世界を救う勇者だと? 馬鹿馬鹿しい。あの大神は一体何を考えているのだ」
「わたくしには、神のお告げを聞くことはできても、その御心まではわかりませんわ」
「巫女らしい言い草だな。私に言わせれば、この男は鬼人並みの記憶力しかないうえに、いつも転んでばかりの間抜けだ。剣術の腕は確かだが、それだけだ。他に優れた技芸の才を持っているわけでも、魔法が使えるわけでもない。そんな無力な身で神々に抗い、運命に立ち向かうなどと息巻いている、ただの身の程知らずだ。森の神ガレッセオ、並びに風神ヒューリオスにかけて、決して勇者などではない」
「むぐぐ……」
最後のあたり、俺は勇者なんかじゃねえってのは、その通りだけどさ。デュラムの奴、そう言い切るまでに「身の程知らず」とか、なにもそこまで辛辣な批評をしなくてもいいじゃねえか。
さっき世間知らず呼ばわりされたことも含めて、抗議してえ衝動に駆られたが、声を上げる寸前でどうにかこらえた。デュラムが今語ったのは、確かに俺へのさんざんな評価だが、その口ぶりはいつもの皮肉っぽい調子じゃなくて、どこか真剣というか、必死な気がしたからだ。
まるで、悪口に聞こえるようなことを言ってでも、俺を何かよくねえもんから遠ざけ、守ろうとしてるような……?




