第12話
昨夜、風神ヒューリオスに案内されたときと同様、神殿の本尊である太陽神像の前で止まるかと思いきや、巫女様は神像の傍らを素通りして、さらに奥へと進んでいく。
「こちらです。どうぞお入りください」
一緒についてきた神官様の手で、像の背後にある高価なレヴァン杉の扉――大小二つの扉があって、そのうちの大きい方――が開かれ、先へ通された。
「もう一つの……あっちの小さい方の扉は?」
興味本位に聞いてみりゃ、巫女様曰く、
「わたくしどもが日々寝起きしている部屋の出入口ですわ」
とのことだ。
それはさておき――俺たちの前で開かれたでっかい扉の向こうは、隅々まで掃除が行き届き、真っ白な大理石の壁や床が輝くばかりに磨き込まれたきれいな部屋だった。参拝以外の目的があって来たお客を迎える、応接の間だろうか。太陽神像が祀られてる大広間よりずっと小さいが、巫女様と神官様、俺たち四人が入っても狭苦しく感じねえだけの広さはある。
室内で一際目を引くのが、大理石の壁にかけられたつづれ織だ。羊毛から紡いだ糸で織った、壁面を覆い尽くすでっかい布に、色とりどりの絹糸で神話伝説の場面を刺繍した特大の壁掛け。こんなもんまであるなんて、まるで王侯貴族が暮らす宮殿の一室だ。実は一人、神様が交じってるとはいえ、表向きはただの冒険者一行に過ぎねえ俺たちと話すのに、ここまでいい部屋を使う必要があるのかよ……?
賓客扱いされてることに違和感を覚えながらも、俺は部屋の真ん中に置かれた卓を、巫女様や仲間たちと囲む。
「では、わたくしは表の片づけに戻りますゆえ、どうかごゆるりとお過ごしください」
神官様はそう言って出ていったんで、この場に残ったのは俺とデュラム、サーラとアステル、巫女様の五人。卓を挟んでこっちに四つ、向こうに一つ椅子が置かれてたんで、俺たちは巫女様と向き合う形で、並んで腰を下ろした。
卓も椅子も、部屋の扉と同じ高級木材、レヴァン杉でできてるようだ。
本当に、贅を尽くした部屋だぜ。
俺たちが席に着いたのを見て、巫女様が口を開いた。
「さて、まずは何からお話しましょう?」
「ああ、そりゃもちろん、サーラの――」
「先程、鬼人並みの記憶力しかないこの間抜けを『勇者』と呼んだことについて、その意味を問いたい」
と、身を乗り出しかけた俺を片手で制し、口を開いたのはデュラムだ。
「お、おいデュラム」
このところ、ずっと言葉少なだった妖精の急な発言に驚いて、俺は隣に座る美青年を見た。
「俺のことなんざ、後回しでいいだろ。今は何より、サーラのことを優先するべきじゃ――」
「この巫女が信用できる相手か、まず確かめる」
前を向いたまま、切れ長の目だけを俺に向け、デュラムは小声で胸の内を明かす。
「サーラさんの話は、その後だ」
「お前……」
いきなり腹を割らずに、まずは相手の出方を見て、人柄を推し量る、か。疑い深くて他人を容易にゃ信用しねえ、こいつらしい判断だ。
けど、他人様を疑って探りを入れるなんて嫌な役を、デュラム一人に押しつけていいもんか。ここは俺も、巫女様に何かたずねて、信じていい人かどうか、見極めてやろうかな……。
なんてことを考えてるのが、面を見りゃ丸わかりだったらしい。
「やめておけ。間抜けでお人好しな貴様には、無理だ」
デュラムの奴に、ぴしゃりと止められた。
「うぅ……やっぱりか?」
お前には人を見る目がねえって烙印を押された気がして、ついしゅんとなっちまう。
「はいはい、そこで落ち込まない、凹まない。あなたには他に、得意なことがあるでしょ?」
「うー」
「『うー』じゃないの。ほら、元気出して!」
俺がサーラに後ろからぽんぽんと背中を叩かれ、慰められてるのを横目で見て、デュラムがかすかに目尻を下げた。「まったく、仕方がない奴だ」とでも言うように。
反対に、口角が一瞬、わずかに上がったように見えたのは、気のせいだろうか。
「誰にでも、向き不向きというものがある。この手のことは、私に任せろ」
そう言うデュラムの声は、さっきよりちょいと柔らかい。それを感じ取って、俺もこの場は素直に従うことにした。
「ん……そっか」
すまねえが、頼むぜ。
気を取り直して、言葉でそう伝える代わりに、人差し指の先でほっぺたを引っかきながら、軽くうなずいてみせる。
その直後、巫女様の方からデュラムの問いに対する返答があった。




