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第10話

 デュラム曰く、神殿で神々に仕える神官や巫女さんたちは、(いにしえ)からの伝承に詳しい。俗世で暮らす農民や漁師、工匠(たくみ)商人(あきんど)より、ずっと。

 その昔、神々がいかにして世界や地上の種族を創造したか。神々ってのはどういう奴らで、どんなふうに世界を支配してるのか。地上の種族は、死ぬとどうなるのか。死後の世界――冥界ってのは、どういうところなのか。怪我をした人や病気になった人、呪いにかかった人を助けるにはどうすりゃいいのか――。

 そういったことにまつわる神話伝説を、気が遠くなるような昔日(せきじつ)から今日(こんにち)にいたるまで語り伝え、あるいは羽根(ペン)で羊皮紙に書き写し、忘却の塵芥に埋もれることがねえよう守ってきたのが、フェルナース大陸の各地にある神殿の聖職者たちなんだとか。



 ――ならば、そうやって守り伝えられてきた膨大な知識の中に、冥界や呪詛にまつわる秘密があっても、おかしくはないだろう?

 ――ああ、なるほど。けど俺、神官や巫女さんたちってお堅い感じがして、どうも苦手なんだよな。二言目にゃ掟だのしきたりだのって、口やかましそうだしさ。自分たちが守ってきた秘密をそう易々と、よそから訪ねてきた俺たちに明かしてもらえるかどうか……。

 ――ものは試しよ。こうしてたって、埒が明かないんだし。とにかく一度行って、たずねてみましょうよ。

 ――サーラさんの言う通りだ。今は迷っている時間などない。すぐに神殿へ出かけるから、急いで支度しろ。

 ――あ、おい待てよ、デュラム! ったく……普段は冷静なくせに、サーラのことになると途端に目の色変えて突っ走るんだからよ……!


 

 と、まあそんなわけで、だな。昨夜俺とアステルが訪れた神殿へ、今度はデュラムとサーラも一緒に行って、神官や巫女さんたちと話してみよう――ってことになったんだが。いざ再び丘の頂へ登ってきてみると、太陽神リュファトの神殿は昨夜訪ねたときと違って、なにやら朝っぱらから騒々しい。神々がまだ騒いでやがるのかと思ったが、どうもそうじゃなさそうだ。正面の入り口、青銅の大扉が開け放たれてて、神官と思しき白い長衣を着た男たちが、何かを運び出してる。

 二人で神輿でも担ぐように持ち上げてるのは、巨人が兜の代わりにかぶれそうなでっかい魚の頭。三人がかりで、えっほ、えっほと持ち出してきたのは、大蛇と見紛うばかりに長々とした魚の背骨だ。

 ありゃひょっとして……昨夜神々がむしゃむしゃ食べてた特大の焼き魚、その残骸じゃねえか?


「なあ、神官様。何かあったのか? 朝からずいぶん、騒がしいじゃねえか」


 神官たちの一人――他の連中に指示を出してるから、多分この神殿を取り仕切る神官長か、それに近い立場の人だろう――に、何も知らねえ顔して話しかけてみる。


「おや、参拝に来られた方ですか? お見苦しいところをお見せして申し訳ない。実は昨夜、この神殿に無断で入り込んだ不届き者どもがいるようでしてな」


「不届き者って……盗賊か?」


 俺も一応その一人なんで、内心ぎくりとしながらも、努めて平静を装う。


「いえ、何も盗まれてはおりません。しかしそやつらときたら、どうも神殿内で飲めや歌えやの饗宴を催していったようでして。今朝方わたくしどもが中を見ましたところ、焚き火の跡が白い煙を立ち昇らせているばかりか、身を食べ尽くした大きな魚の骨、食べかけの砂糖菓子や果物が載った大皿、注がれた葡萄酒(ワイン)が飲み残された杯などがそこいら中に捨て置かれ、ひどい有様でしたよ、まったく。偉大なる神々の王、太陽神を祀る聖域にて、あのような振る舞いをするとは一体何様なのか……」

「神様だと思うぜ、きっと」

「は? 今なんと?」

「ああ、いや! なんでもねえ!」


 うっかり口が滑っちまって、慌ててごまかす俺。


「そ、それよりさ。夜中にそこまで大騒ぎしてる奴らがいたなら、誰か気づくはずだと思うんだが……昨夜そいつらが騒いでたとき、この神殿にゃ誰もいなかったのか?」

「いえ、それが……わたくしども神官や巫女たちは日々、この神殿の奥まった一室にて寝起きするのが決まりですので、昨夜も皆そちらにおりました。ゆえに、神殿に立ち入って騒ぐ者がいれば、気づかぬはずがありません。しかし――おお大神リュファトよ、お許しを――昨晩はわたくしども、どういうわけか夜が更ける前に一人、また一人と猛烈な睡魔に襲われ、夜通しぐっすり眠り込んでしまったようなのです、はい。そしてまことにお恥ずかしい話なのですが、目覚めたときにはすでに朝、不埒な者どもは宴の痕跡を残していずこかへと雲隠れ――という次第でして」

「はは……そりゃまた不思議なこともあるもんだな。それじゃまるで魔法にかけられたみたいじゃねえか」


 相槌打ってみせながら、ちらりと傍らのサーラを見やる。魔女っ子は、隣にいたアステルに目で問いかけ、星の神様が軽くうなずくのを見てから、


「眠りの魔法ね」


 と、俺に小声で教えてくれた。

 なるほど。道理で昨夜訪れたときにゃ、神々の他に人影がなかったわけだぜ。みんな魔法をかけられて、奥の間でおねんねしちまってたんだ。


「ああ、ところでさ。取り込み中のところ、申し訳ねえんだが……」


 騒ぎの原因がわかったところで、こっちの用向きを告げることにした。


「俺たちゃ昨日、麓の町へ来たばかりなんだけどさ。実はちょいと聞きてえことがあるんだが……」

「存じておりますわ。死せる者たちが住まう冥王の国と、それに由来する呪詛について、知識を得たいとお望みでしょう?」


 こっちから切り出そうとしてた話の中身を、ずばり言い当てられた。目の前にいる神官様に――じゃなくて、不意に聞こえてきた声の主に。


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